鍋奉行検定33級
Φは月曜にもかかわらず、13時に起きた。1日有休をとったのだ。
昨日はしばらく眠れず、寝たのは朝のニュース恒例のじゃんけんに3回連続勝った後だった。
答えは出せないままでいた。今日1日では答えは出せないだろう、Φは覚悟していた。考えすぎるのは良くないな、そう思い立ち、ゆっくり急遽休日になった1日をいつもの休日ように過ごすと決めた。 大きなテレビで溜まったものを消費しようと録画を流した。それを遠目にфはトレーディングカードを広げ、自分役と相手役の2人を演じ、対決を始めた。この遊びは人生の縮図を体現しているみたいで好きだった。1日をこうやってぼーっとやり過ごすことは、大抵の人間が何も大したことをせず、人生をやり過ごすことを正確に比喩している。上の人間が自分達の地位を確かなものにするため、抵抗されないよう快楽を与えているが、並の人間はわかっているのかわかっていないのかそれに甘んじ続ける。そんな人間たちをどうにか動かそうとする政治家や思想家はレベルを落とした奴らだとΦは嘲った。
『エリート』なんて言葉はそういった背景でつくられたものなんじゃないかとΦは睨んでいた。
『エリート』という言葉の語源はラテン語からきていて意味は『選ばれた人』だ。ただ今は意味が変遷して『高学歴で一流企業に入った天才』だったり、まさしく『超絶金持ち一家の優秀な息子・娘』みたいなニュアンスで使われている。言葉の意味が変遷していき元々の意味とはずれていくことは止められない現象なのだ。もしくはその言葉を意図的に操って意味を変えて人々の行動を変化させることもできる。あくまでこれは推測でしかないが、エリートという言葉は裕福でない大衆に反乱を食らうことを恐れた貴族や資産家などが創り出した概念かもしれない。エリートという言葉を広めることによって大衆は憧れを感じる。その言葉によって他とは違った特別感が与えられる。コミュニティの変わらない日常で他と比べて突出し人の上に立つには何かしらの良い肩書きが必要というわけだ。それは職業とは違ったものでよりリーダー感のある肩書きなのだ。その時代時代によってこの「エリート」の概念は違っただろうが、例えば学歴社会で『エリート』=『高学歴』だとすると、ある程度元から教養があり、やる気のある大衆の一部は上に立つために努力し、その肩書きを勝ち取る。一方大衆においては努力しない層もいるのでここで大衆は2つに分かれる。さらにそこには『エリート』という言葉を以て明確なフィルターが生まれる。つまりこのエリートという言葉は意図的であれ、そうでないにせよ、大衆を2つに分断することができる。そして多くの大衆はその単語の存在によって『努力しない人々』のレッテルを無意識のうちに貼られ、劣等感を抱いたり、その優れた一部の層に対して攻撃的な感情を持つようになる。この二項対立が発生した結果、大衆の『不平等である』という不満の矛先は貴族や資産家から外される流れになったのかもしれない。この話の中で悲しいと思うことは、エリートとしていくら頑張ってエリート中のエリートになったところで貴族や資産家には一生上れないということ。彼らは独自のコミュニティを有しており、パッと出の天才をそこに喜んで入れようとはしない。だが、当の本人はそれに気づかない。彼らは貴族や資産家もエリートの一員である(同じ立場にいる)と思い込んでいるからだ。というか、エリートというものにしがみついて努力した者はうっすらそれに気づいていても、自分が大衆の枠を超えた上の存在であると自己暗示をかけなければ今までの努力が無駄になると思っているのかもしれない。結果、エリートは大衆の外に抜け出すことは不可能であり、貴族や資産家に操作されただけのただの概念で空虚な存在だ。『エリート』は大衆を分断するために使われたただの概念、というわけだ。要するに、人間の行動や文化などはこうした言葉一つでコントロール可能ということ。
Φはこうした構図の現世にイラついているが、その抜け出せない構図の中で何もせず他人事のように過ごしている自分は空虚だなと自分をも自虐した。この一連の作業を続けている自虐カード位置換え人形は、遠目で見ていた動物のドキュメンタリーに手を止めた。そこではリスともう1匹のリスが木の実を巡り奪い合いの喧嘩をしていた。どうでもいいような光景だが、なぜかそこに魅せられた。
結局カードの位置換えを終えてご飯の準備をし始めたのは、9時とかそんな時間だった。
きのこ鍋を作っていた。もう完成という時にΦはきのこを入れ忘れていることに気がついた。もう肉まで鍋に入れている。急いで大量のきのこを千切り、肉だらけの鍋に放り入れると、今度はきのこしか見えなくなってしまった。マジできのこが肉を食べたみたいだ。
そう思ったとき、ふと何か気が変わったように心が晴れた。
すぐさまこの鍋奉行検定33級職人はスマホを手に取り、登録した名前を必死で思い出した後、Xにメッセージを送った。