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NXΦZ  作者: Φ
3/16

共益費おばけ

 次の日、Φは休日にも関わらず、珍しく早く起きた。覚醒ままならない状態で手をスマートフォンに伸ばし、見たくもないようで見ないとすまないような動画を流した。動画は見ない。一点見つめの調味料にしたいためだ。昨日見たテレビに出ていた、動物愛護団体会長の犬跨(いぬまたぎ)さんのことをふと思い出しながら、覚醒のパーセンテージがフルになるのを待った。

 

 6、7、8分か9分か10分後、フルになったΦは控えめな服選びに格闘しながら、外に出る準備をしていた。今日はいつものような外出ではなく、資格試験を受けるために外に出るのだ。ノー勉のΦは、試験に落ちた時に恥ずかしくないようにいつもとは違って比較的地味な服装にするのだ。見もしない動画を選びながら、落ち着いた服のないこのクローゼットを嘆いた。

 

 10分後〜1時間後、かろうじてなんとかギリギリで試験対策の服を選び、なんか忘れてそうな気持ちを拭いきれないまま外に出た。

 

 向かう先は、遠くにある試験会場周辺のファミレスだ。会社推奨資格の試験があり、ノー勉のΦはいつも午前に詰め込みの勉強を行い、午後の試験に臨む。マップで人の少なそうなファミレスを選んでから、目的地に向かいながら瞑想用の音楽を流した。瞑想用の音楽はΦの集中を駆り立てるだけではなく、人間世界からの解放を許すものだった。面白いほどに俗世から離れ、独立した事物となりながら、五感の外へ行けるのだ。

 五感を超越するのに、五感を使わざるを得ないのは厄介だ、とでもいうようにΦは目的地につき、ドアを開け、なるべく端っこの逆お誕生日席を選んで腰を下ろした。

 

 ドリンクバーだけを選んで注文したXは水を取りに行き、席に戻った。そのコップ一杯の水を飲み干した後、問題集を開き、試験の流れについてなんの確認もせずに問1から解き始めた。

 

 1時間47分23秒後、五感装置野郎は試験会場へ辿り着いた。荷物をロッカーに入れ、受付を済ませようと受付スタッフに声をかけた。

 



 コント『試験会場』

 

「こんにちは〜、お名前書いて本人確認書類見せてください」と受付の女が言った。

「ああ、ええ」

 Φは胸ポケットを探り財布を取り出して免許証を引っ張り出そうとした。ない、Φは焦った。保険証でどうにかなるかと財布の中のカード類を出してみたが見当たらない。要するに、本人確認書類が手元にないというわけだ。

 

「あれ、やば、財布忘れてきたかも。すみません、財布忘れてきちゃって本人確認書類もその中にあるんで何もなくて」

「え、ホントになにももってきてないですか?保険証も?」

「はい」

「すみません、でしたら今日試験受けられないのですが」

「すみません、そこをなんとか」

「規則は規則ですし〜」

「お願いします」

「はぁ、分かりました。なら本人の確認さえ取れたらいいんで。質問するんで答えてくださいね」

「はい」

「生年月日は?」

「1995年4月9日です」

 「ご出身は?」

「東京です」

「足のサイズは?」

「26.5です」

「正解です」

「正解ですって。分からないでしょ」

「じゃあ、人生でチンジャオロースにケチャップをかけて食べた回数は?」

「13回です」

「気持ち悪」受付は小声で呟いた。

「なんだよ気持ち悪いって、聞こえてるぞ」

「気持ち悪」小声でゆっくり呟かれた。

「ゆっくり言うなよ、記憶に残るわ。夢に出るだろ」

「じゃあ〜、元カノにキレてつけたあだ名は?」

「なんだよその質問」

「いいから答えて」

「共益費ごまかしおばけ」

 Φは元カノとシェアハウスで暮らしていたが、元カノは一向に共益費を払おうとしなかった。

 

「ひど〜い」

「いいだろ過去の話なんだから」

 

「ではその元カノと別れたのはいつ?」

「いいよ、そんな質問」

「答えて」受付は大物女優かのようなスローテンポローボイスで唸った。

「3年前だよ」

「正解」

「正解ってなんだよ」

「はい、質問続けま〜す」

「では、その元カノと別れた理由は?」

「言うかよ」

「元カノがいなくなったのは誰のせい?」

「何言ってんだ」

「元カノはもうこの世に居ないくせに」

「な、なんだと」Φの心臓がビクッとなった。

「あなたがやったんでしょ」

「え、な、なにがだ」

「あなたが、やったの」受付は野太い声で言い放った。

 

 その声を聞き、初めてのような感覚にさらされたφは顔を上げて受付を凝視し、包丁9刺し分の衝撃を感じた。

 そこには、現世にいないはずの人間が立っていた。Φの元カノ、Xだったのだ。Φは現世のプログラミングがバグでも起こしたのかと思った。いや、そうに違いないと思わざるを得なかった。理由は事理明白だった。ΦがXを殺したからだ。

 

「気づいたの?」

 Xの声でΦの魂は震えた。実在する。

「あ、あぁ」Φは喉を震わせた。

 

 Φは自分が映画の中の登場人物になったような気分だった。クライマックスでの大どんでん返し、『ファイナル』といって終わらない物語、最強の武器を使っても死なないラスボス、意味がわからない。そんなことなら今まで積み上げてきたものはまさしく無意味だとそう悟るしか無かった。

 

  確かにXの首にはうっすらと絞められたかのような跡があった。Фはそれが自分の幻覚かのように感じた。むしろそう思いたかったのかもしれない。茫然としているところで、Фは自分の手がXの首の跡に触ろうとしていることに気がついた。

 Фはごめん、と言いながら自分の手を引っ込めた。

「遅いって〜」Xの声色は楽しそうだ。

 Φは何も信じたくないかのように「ごめん」と小さく呟いた。

「いいよ」とXも小さく呟いた。

 

「なんでなんだ。俺はお前の、どうしても許せないことがあって俺はこの手で・・・そんな・・・お前は確実に俺がやったはずだ・・・」

「そう、そうだったね」

「うそだ。そんな訳ねぇ」

「うそだと思うならこれ見て見なさいよ」

 

 Xは机に置いていた手を後ろの回し、黒ジーンズの尻ポケットから紙を一枚取り出して見せてきた。紙には赤文字で『バカ』だの『くたばれ』だの『脇くさ』だの幾多の罵詈雑言が書かれていた。 よく見るとそれは共益費の請求書だった。おそらく賃貸契約しているシェアハウスの運営会社スタッフからの罵詈雑言だ。

「まだ払ってない!」Xは誇らしげに言った。

「払えぇぇぇ! 生き返っても払わねぇのかよ」

「Φ、私は1度も死んでないわ」

「死んだ!」

「ううん、死んでない、あれは芝居。息を止めるのはキツかったわ。でも、芝居を完璧にするために1年間海女さんになって息止めるのを猛練習したんだもの。息を1時間止められるようになった。おかげでウニも沢山取れたわ」

「1時間? アスリートよりアスリートだろ・・・まぶしすぎるわ。しかし、なんでそこまで?」

「ふっ、それは至って単純明快じゃない」

「なんだ?」

 Xは後ろに振り返り歩いたと思ったら急に振り返り、手に持った請求書を突き出しながら、

「共益費」と可愛こぶった。

 語尾にハートがついているように。

「払え、払え、払え、払えぇぇぇ! なんで払わねぇんだよ〜」

「そういう運命なの」

「意味が分からねぇよ」

「ふっ、意味が分からない? そう言いたいのはこっちだよ、そう言いたいのはこっちだよ」

(そう言いたいのはこっちだよ)

 Xは最後だけ口パクで言った。Xは続けて言う。

「なんなの共益費って。なんでわざわざ家賃と分けるの? 一緒にしてくれたら、みんな幸せなのにぃ! なんなの? 共益費さんが『家賃さん仲間に入れてください!』って言って家賃さんが家賃さん同士で話し合ってみんな手でバツつくって拒否ったの?? まったく・・・修学旅行じゃなくて良かったよ」

「家賃と共益費の修学旅行ってなにぃ〜」

 Xは何も持っていない手をΦのほうに突き出した。

「この写真見てみろ、写ってるのは家賃さんばっかでどの写真も共益費さんが見切れてるだろうが!」

「共益費さん〜〜〜」Φは嘆いた。

「私はね、勝ち馬にしかお金は払いたくないの。生きているうちは痛み、雨、共益費からは逃れられないんだよ」

「なにそのしょうもない三大苦悩、もっとあるわ、納税、労働、教育とか」

「私はね、そう思ってハッとしたの。死んでいれば、共益費からは逃れられるとね」

「そんなことでか」

「死ぬのは簡単だったわ〜。だってあなたをけしかけて首を絞めてもらえばよかったんだもん。息は1時間止められますからね!」

 ΦはXが生きていたことが疑わしく思い、Xの首に残った微かな手の赤い跡を見つけ、それを触った。

 

 Xは息を止め出したが、すぐにうっ、ぷはぁ。うっ、ぷはぁ、と苦しそうに息をした。

「いや、全然息止められてないし、海に入ってる時間長すぎてふぐ化してない?」

「いいもん、うに沢山取れるんだから」

「ん〜。あ〜、いや、さっきから気になってたんだけど、お前さっきからなんか共益費払えそうな生活してないか?」

「え?」とX。

「息止めるのアピールすれば有名人になってお金稼げるし、うに沢山売ればいっぱい金入るだろ。てか最初見て俺が分からなかったのも潜りまくってて海女オーラ出てたからか」

「容姿に関してはそうかもね。でも、お金はそんな単純じゃないわ。だって共益費さんとずっと冷戦してたいじゃない」

「いや、いや、お前も共益費もアメリカ、ロシアの器じゃないぞ。せいぜいカナブンとカメムシだろ」

「ううん、ミジンコとミカヅキモ」

「微生物て自分と共益費さん過小評価しすぎだろ。でも・・・お前生きてたんだな・・・なんか怖いな」


 沈黙が流れる。その空気を終わらせようとXが声をかける。

「試験は?」

「あ、いけなかった。でも身分証ないから」

「ううん、私はあなたのこといっぱい知ってるから今日は特別入れてあげる」

「あ、ありがとう」

「じゃあΦが試験してる間に私は家賃と修学旅行行ってくるね」

「共益費だけいじめんなぁぁぁ。いい加減にしろ」

 


 

 Xとの奇妙な再会に動転しながらも、パソコンの前に行き、パソコン vs Φの試験を開始した。試験の選択肢を二択に絞り、即席の知識を当てはめ回答を重ねていった。初めて見る単語に圧倒されながら語感に抗い、閃きを問題に当てはめていった。

 

 死んだ元カノの登場に魂が抜けそうになりながらも試験を終え、即時通知の結果を見たΦは口角を上げた。合格点を優雅に超え、合格していた。もちろん手応えはない。むしろ手応えがあったら落ちているに違いない。Φにとっては何かわからないが受かっていることがベストだった。

  頭ん中で共益費と家賃が戦ってて全然集中できなかったな、と試験時を振り返りながらΦは受付まで向かった。 だがそこにXはそこにはいなかった。代わりにXがさっき立っていた手前にある机に手紙が置いてあった。Φは恐る恐る手紙を開いて読み出した。

 


 ショートコント『成仏』

 

(さっき言ったこと、思い出して付け加えたいものがあったので書かせてもらいました。生きているうちに避けられないもの、それは痛み、雨、共益費、それと、、、あなたがかつて生きていたという鮮明な記憶)

  「ど・・・どういうことだ」

  (あの日、私はあなたの激しい感情に動転して逆にあなたを殺したの)

「そ、そんな」Φは血の気が引くのを感じた。

 

(そんなあなたが今日まるで生きているかのように私の前に現れたのを見て私感動したわ。でも私はあなたを成仏させないとけない。そう決心して、今ここに安らかに成仏する方法を書いておきます。まず、この下にある紙を持ってある場所にいきます。そこであなたはそこにいる人にこの紙を渡します。そしてなにか言われたら、あなたはお札をその人に渡します。それだけであなたは成仏できます)

「そ、そんな簡単に・・・」

(これであなたも私も幸せになれます)

「そうか」

「あっ」

 Xが言っていた下の紙が落ちる。

 

 それを拾い上げてΦは絶叫した。

「ってこれ、トイストーリーのポテトヘッドのコスプレの請求書じゃん! 銀行でお金払わされるとこだったわ! あ、これ『おふだ』じゃなくて『おさつ』って読むのね!」


「え、ばれた?」

 机の下からXが這い出してきた。

 今の話は全部嘘か。Φは胸を撫で下ろした。

「ここは共益費だって! ふつう! 流れ的に!ここは共益費で丸く収まるやつじゃん! お客さんが『おあとがよろしいようで』って心の中で呟くやつじゃん」

 

「え〜だって、ポテトヘッド着てハロウィン行きたかったもん〜。スターウォーズのジャバ・ザ・ハットと迷ったけど」

「ふざけんな。いい加減にしろ」

 



 Xにしつこくお願いされたΦは、どんな仕返しに合うかと不安を覚えながらも、後日会うことを約束し、試験会場を後にした。


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