漫才『人嫌い』
この世の全ての意味は無である。Φは次世界に希望を抱きながら絶望して生きていた。そんなある日、自分が殺したはずの元カノXと再会する。Xの提案で昔の友人ZとNの4人でシェアハウスを始める。楽しい日常により現世に光を取り戻していたΦだったが、占い師デルの登場で4人の幸せな時間が壊れ始める。神とは、世界とは、人間(の秘めた可能性)とは何なのかを漫才・コントなどを交えながら突き詰めていく。
朝、Фはシェアハウスを後にした。今この場にいたら、自分が自分でなくなるような気がしたからだ。
どこというわけもなく、ただひたすら歩く。心を落ち着かせたかった。
昨日の鍋で何故か4人で集まるのが最後という気がした。何故そう思うのか明白にはわからないが、そういう気がしている。Φは無意識にも4人での生活を回顧していた。
Xはテレビを見るのが好きだった。いつも見る番組を決める主導権を持っていたのは彼女だったがある日テレビでお笑いのショーレースがあるということでΦとZでXにチャンネルをそれに合わせるように迫った。Xもお笑いが好きではあったがその時間はどうしても「汚れ狸の吐き毛玉だけで世界を救った男」というエピソードを流すドキュメントバラエティを見たかったらしくチャンネルを譲らなかった。大掃除を4人でしている時に下の階から苦情が入り、見てみるとNが高圧洗浄機で床を水浸しにしていたこと。Zが薄汚い野良犬を持ち帰り、風呂に入れると、汚れが浮き上がり、鎌の代わりに手に葉っぱを持った珍しい死神のマークが出てきたこと。怖がったXとΦが飼うことを拒み、仕方なくZが心優しい知り合いに快く引き取ってもらったが、後日その知り合いが何かをキメたことで逮捕されていたこと。その元野良犬は次に有名なラッパーに引き取られていったらしい。どの思い出も今となっては物恋しい。この生活がなくなり、また以前の自分に戻るかもしれないと思うと恐怖を感じた。また現世での楽しみが消え、死にたくなる。世の中を否定し続け、自分さえも呪うのだ。
Фはバスに乗った。なんとなくだ。終着点はどこでもいい。とりあえず最後まで乗ろう。心のもやもやが晴れない時、彼はいつもそうする。何十分過ぎただろう。ぼーっとして何をみるでもなく外を眺めていたΦは騒がしさにバスの入り口に目をやった。バス停で停車している。声の大きい2人組のおっさんが乗ってくる。痩せ型と小太りのコンビだ。歳は70代前半ぐらいだ。降りるドアの横の優先席に座った。座るや否や2人はしゃべり出した。2人の会話は一番後ろに座っているΦにも筒抜けだ。
漫才『人嫌い』
小太りの男がボヤく。
「人嫌いだわ~」
「いきなり何言ってんの?」少し笑いながら痩せ型が小太りの顔をみる。
「最近人間勝手だな~って思って。この前バス乗ってな?外の流れる景色を見てたんだよ。温和で大胆でえり好みしない太陽が、陰気で神経質で心を一生開きそうにないアスファルトに照り付けているのを」
「直木賞受賞前夜の回想か」
「そしたらふと、な?アスファルトになんか物が転がってんだ。俺はそれを一瞬だが見たんだ。そしたらビーフジャーキーだった。なんだ、ビーフジャーキーか。誰やこんなとこ捨てたんって思って、腹が立った。もういいわって思って、目をつぶった」
「なんやその話ぃ」
「そしてちょっと経ってな、気づいた。ん?あれはミミズかもしれん。生き残るために快適に過ごせるとこを必死で探してたかもしれん。愛くるしいミミズだったんや」
「気持ち悪い。正気か?」痩せ型が心配そうに小太りの顔を覗き込む。
小太りは構わず続ける。
「そしたらな。急に激しい懺悔の念に胸を食い破られそうになった。あいつは俺が何としてでも助けてあげるべきだった。降車ボタンをきつく鳴らしてブレーキをかけるバスの慣性の法則に抗いながら出口まで走るべきだった」
「バスが完全に停止してから立ちましょうね?ケガして周りに迷惑かけるといけないんで」
両者はにらみ合った。数秒経って小太りは続ける。
「でね、バスを降りるとともにすぐミミズのいた方角を振り向き、おとついおろした革靴なんて構わず一目散にミミズを想い、腕を前後に振るべきだった」
「そんなミミズのこと想ってるんだったら名称で呼ぶんじゃなくて名前つけてあげてください」
「んんん~、ペルシャ猫」
「ペルシャ猫!? 名称に名称重ねてどうする? 『ペルシャ猫安く売ってます』って言ってミミズ売るの!? バスを降りたのはビジネスのためか?」
「うるさいなあ。パッと頭に浮かんだのがペルシャ猫の純白のまなざしだったんや」
「具体的にペルシャ猫浮かんじゃってるじゃん。こんなでかい固形物でたらだめじゃん」
痩せ型はそう言いながらペルシャ猫の輪郭を身振りでかたどった。
「それでおまえ今純白のまなざし言ったな?」
「なんじゃ?詩的に『穢れのない』ていう表現やないかい」
「『純白のまなざし』て、白目むいてんじゃん。気絶しちゃってんじゃん。ミミズが猫騙って自分用のCiaoちゅ〜る横取りされてるの想像してペルシャ猫気絶しちゃってんじゃん」
「いちいちしつこいなあ。いいじゃん、つづけるぞ。それでな、俺は勢いも迷いも失うことなくやっと愛おしのミミズのとこ駆け寄ったんや。そしたらな、びっくりしたわ。ペルシャ猫じゃなかった。ただの木の棒や。おかしくなりそうだったわ。自分の目を疑ったわ。太陽が明日もアスファルトに優しく話しかけるか不安になった。サンタなんていないと思った。世の中全部くびれだけで判断してやろうと思った」
小太りがないはずのくびれを手振りで表す。
「どんな価値観や。ペルシャ猫いちいち引っかかるなあ」
小太りは止まらずしゃべる。
「俺は、こんな木の棒のためにここまで走ったんやと思ったらな。腹が立った。木の棒両手でへし折って草むらに投げようと思った」
「お前それは木の棒が可哀想だわ。でくのぼうにそんなことされたらたまったもんじゃない」
また両者が睨み合う。
「俺は木を細かく折って早く土にかえるよう促してんだよ。それを生き物が食べたり、風化したりして、いつかペルシャ猫いうミミズが食べるんや。な?俺は食物連鎖がスムーズにいくよう自然のためを思って木を折ったんや。そしてここで俺は気づいた。俺ら人は木の棒を見て勝手に『ビーフジャーキーだ!』『ペルシャ猫だ!』て決めつける。そして正義を我が物顔して肩にかけ、行動を起こして誤解と気づきゃ、物にあたる。人ってなんて自分勝手なんだ?」
「でも、誤解でもミミズを救おうと思ったのは立派じゃないか?」痩せ型がなだめる。
「あ、それは違うな。人は絶対に自分のために行動するんや。ペルシャ猫を救うのは結局いいことしたら後で自分にもいいことが起こると思ってるからや」
痩せ型が苦笑いを三回続けた。疲れたという感じだ。もうどうでもいいという感じでとうとう座っている長椅子の空いたスペースに寝そべった。そこから左の手のひらを出し、その手のひらに右手の指で何かを書いている。
小太りが思わず尋ねた。
「なんて書いてんの?」
気だるそうに痩せ型が答える。
「マウスウォッシュ開発した人の家の間取り」
「なんやそれ。どんな間取りや」小太りは呆れる。
「シャンシャンの間取りとおんなじ」
「ワンルーム?」思わず小太りは吹き出した。
「もうええ、早よせい」そう言って痩せ型の腕を引っ張りながら体を起こさせる。
「まあつまり、人間は全部自分にいいように行動してるんや」小太りが話を戻す。
「じゃあ、自分にむかついて自分を殴る人はどうなん?得なさそうじゃん」
「あれはな、自分を殴ることですっきりして自分への怒りを忘れるためにやってるんや。そうやったら少しは気分晴れるじゃん?分かったか?」
聞いていられないとばかりに痩せ型は頭を抱え、急に壊れたように身振り手振りで空間に何かを作り出す。
小太りが諭すように言う。
「何してる。何を型どってるんや」
「ん、これ? 平均的なおばさんがちょうど食べられるぐらいのミートパイ」
「おい、やめとけ。おばはんの口マイクワゾウスキーぐらいあるんか。もういい。話再開するぞ」
「でね、人間というのはね」小太りが気を取り直して言う。
「おい! ちょっと平均的なおばはんに特大ミートパイ食わせるから手伝って!」
痩せ型が焦ったように手振りで特大ミートパイを掲げる。
「本気かお前!」痩せ型も焦る。
「じゃあ俺おばはんの首つかんで口開けさすから口に放りこめ」
小太りがミートパイを押し込む。想像上だがなんとか二人で平均的なおばはんにミートパイを食わせることに成功したようだ。
「おい、ちゃんとノってやったぞ」小太りが痩せ型の肩を手の甲で叩く。
それでも痩せ型は気にせず、今度は床にあぐらをかいて身振りをする。
「今度は何?」小太りが疲れを見せる。
「ミミズと戯れてるんや」
「はい。はい。はいー!」
痩せ型は両方の手のひらで丸を作り、手の甲を上にして両手を交互に重ねるように上下させている。
「え、ちょっと大丈夫?何してんの?」心配になる小太り。
「この肉詰まりペルシャ猫と砂遊びして愛を教えてるんや。おい! 肉詰まり。砂でトンネルつくれ! 愛とはトンネルつくってそこに水流すことだ!」
「ミミズが愛に溺れるやないかい!」
「そりゃ寝耳にミ・ミズやなあ」
両者睨み合う。
しばらく小太りに視線を残した後、痩せ型は今度は右にある何もない空間にどなる。
「ミンミンミンミンうるさいなぁ!」
「誰としゃべってるんや」
「恐山育ちのセキセイインコ」
「恐山!?」
構わず痩せ型はインコがいるだろう右の空間に話しかける。
「それがね~、脱脂粉乳切れてて代わりに草野球したらさあ~、倦怠期来ちゃってバスティーユ牢獄で火薬バラ売りしたの」
「えっ」言葉を失う小太り。
また身振りをする痩せ型。
「アインシュタインのここあるや~ん?」左手の前腕を指す。
「前腕な〜」小太りがひとまず同調する。
痩せ形が前腕を指で縦になぞる。
「ここを縦に割ってみたら出てきた子犬と押し問答になっちゃて~、それで結局できたのがこの猪鍋。お酒もあるよ」
「うっさいんじゃ」小太りが一蹴する。
変に突き放されたのが逆に良かったのか、ちょっと嬉しそうな顔を小太りに向けながら、
「meとyouのダブル二番煎じ!」と声を張り上げた。
わかった、わかった、とぼやきながら小太りが痩せ型の肩を持ちながら無理やり元いた長椅子に座り直させた。
「あっ、あんたまた激しく筋肉質やね~」座るとすかさず小太りの胸筋を撫でるように触る。
「やめんか。これは親の形見や」すかさず痩せ型の手を払う。
まあ聞いてくれ、と小太り。
「結局色々言ってきたけど俺が言いたいのは、ミミズを見てそれをミミズとして扱うけど、それは猫かもしれんということや」
頭を掻く小太り。
「あー、極端にまとめるとな、俺らはただ夢を見てるかもしれんってことや」
「なあ、それなら今俺は夢を見てて実際お前はミミズかもしれんってことやな?」
そういうと痩せ型は小太りの目を見てちょっと勝ち誇ったようににやけた。
「なわけあるか。直木賞受賞を前日に控えた俺が人じゃないわけあるかい!」
それを聞いて痩せ型は薄目で蔑むように小太りに一瞥をくれながらはあ〜、と深いため息をついた。
「人って嫌いやわ〜」
「もうええわ」
この会話を聞き終えるとすぐΦは降車ボタンを押し、どこのバス停かわからないまま降りた。




