漫才『高校野球1海鮮』
一人一人抱えたものがある4人のシェアハウスの物語です。物語の途中から哲学・量子力学・神学・人間の秘めた能力についてなど少し難しくなりますが、漫才やコントなど盛り込んでいるので楽しく読んでいただけたらと思います!4人が本当は何者かを考えながら読んでいただくとより楽しく読めるかなと思います!
漫才『高校野球1海鮮』
2人がいたたたた、と言いながら同じベンチに座った。片耳を貸しただけでも分かる、70代前半のおじさん2人だ。そのうちの1人は超絶痩せていて薄茶色のサングラスをかけている。土でもついているのかと疑うほど茶色がかった白のポロシャツを着たおじさんで、両肘を交互に後ろにスイングする体操をやっている。歯が所々欠けている。その歯ピアノ全力高校球児おじさんの他にもう1人いるようだ。もう人は小太りの髪をジェルでセットしトップの髪を少し立てた、たらこ唇で顔が脂ぎっているおじさん。その光り物顔面海鮮バイキングおじさんが灰色のハーフパンツの右後ろのポケットから紙を取り出した。
「この前の相性の話でさ〜、俺この前の占い師の話メモしてさ、そのメモの通りに行動まで変えたんだけどうまくいかないんだぜ〜」光り物が嘆く。
「そんなことはないよ、それであってる」
「でもそれでも俺サチエさんとうまくいってないんだぜ〜?」
「そう言われても、そうあの人が言ったんだから」歯ピアノが諭す。
「まあな〜。そういえばサチエさんこの前すごい笑顔で話しかけてくれたんだ」
「それは単にお前がサチエさんのねずみ講話にまんまと引っかかってたからだろ」
「え、なんだそれ。初耳だぞ。『ねずみ工学部機械学科、得意分野パチンコ玉ずらし』的なやつか」
「アホ。違うわ。ねずみ講というのは、大根を素手でひとひねりした時に出るあの薄ピンクの汁を牛乳に溶かしてそれを6で割ったやつや」
「そうなんか、そりゃ和尚もおしゃかや。でもな、あの人は絶対違う!」
「なんでそんなに信じるんだ」
「運命ってやつかな」とその光り物は小声で呟いた。
「俺が2年前の町内のゲートボールでゴールしたとき、サチエさんも同時にゴールするのを見たんだ。世の中色々あるけどさ、普通に生きてればなんでもないこともそれが運命だとはっきりすることがあるんだよ」
「なんだ、タイミングがたまたま会っただけのことじゃないか」
「そうやな、それでも俺には運命を感じるには十分やった」
「運命ってものはそんなに簡単なものなのかい。幸せものだな」そう言って高校球児おじさんがかすかに笑いかける。
「世の中ほとんどが偶然でできているけどなあ、それは俺らが分からない必然からできているんだよ。俺らは1000あるうちの1だけしか見られないからそこでああだこうだ言うしかないのさ。俺が子供の頃俺のおばあちゃんと密猟仲間だったおじいさんがいっとった。まあそのおじいさんは死んだ後戒名が『背寄生隠粉』になっとったけどな」
「神も仏も家出しとったんかその時。まあいいや。そういえばそのサチエさん、最近見ないな。山にでも通って香川県中の廃棄単三電池でも捨てに行ってんのか?」
「そんなわけあるかい。サチエさんは人気者だから今頃どこかで数人とお茶でもしてるよ」
「お前は呑気でいいな。そのお茶に男がいたらどうする。きっとその男はサチエさんを狙うだろうよ。そこんとこ考えたことあるか」と球児。
「ん〜、そうか、そうだよな。全く考えてなかった。どうしよう。すごく不安になってきた」
「ならいいかお前。いずれお前もそのお茶会とやらに参加してサチエさんと話すこともあるだろう。ならそれがチャンス。周りを差し置いてサチエさんを手中に収めるいい機会だぞ」
「そんな事言われてもなあ」
「なら練習として俺がサチエさん役をやるからお前は口説いてみろ」
「ん〜、恥ずかしいな。恥ずかしいけど腹決めないとなあ。まあやってみるか。よし」
「サチエさんからお前に話しかけるぞ」
「わかった」
「あら海牛似さん、お久しぶりね。お顔出されることもあるのね」
「ああ、サチエさん。いやあ、たまたま今日だけ時間が空いてたから来てみたんですよ」
「あらいつもお忙しいのね。何かされてるのかしら」
「まあ少し仕事を。こんなご時世ですから何しても変わりませんがね」
「あらそんなことはないのよ。少しでも続けていけば何かしら大きなものになるのよ」
「そうですかね。サチエさんはそのような経験があるんですか」
「あら、あるわよ。私もかなり仕事人間でしたから。でもお金に運がなくて。でもある会社と出会って変わったの。イミシンゴリラという会社は知っていますか?」
「いえ、知りません」
「あらそれならちょうどいいわ。その会社では成功できていない人を集めて必ず成功させているすごい会社なの。でも、今ちょうど人が足らないみたいで。貴方みたいな志のある方にはピッタリですわね。何か成し遂げたいことはあるの?」
「まあ歳は歳なんですが、いつか独立したいと思っているんですよ」
「あら奇遇だわ。ちょうどよかったわ。少し会わせたい人がいるの。滅多に会えない人なんですけどちょうどスケジュールが空いているみたいでまたとない機会ですわ」
「ええ。サチエさんがそこまで言うなら」
「お前は亥年の12月か。ネズミがもうすぐそこじゃない」と呆れた歯ピアノ。
「だってイミシンゴリラ知らないから話わからなかったんだもん」
「イミシンゴリラはネズミ講の会社だ。会員制のコミュニティを運営していてそこでネズミ講をしている。乗せられやすすぎだろ」
「ダメなのか。というかなんでサチエさんがそんなもの勧めてくる前提なんだ。もっと別で練習させてくれ」
「よしわかった」
「あら海牛似さん、お久しぶりね。お顔出されることもあるのね」
「ああ、サチエさん。いやあ、たまたま今日だけ時間が空いてたから来てみたんですよ」
「あらいつもお忙しいのね。何かされてるのかしら」
「体を鍛えていましてね。ジムで」
「あら、ならイミシンゴリラにピッタリね」
「ゴリラですか。いいですね」
「会わせたい人がいるの」
「メスですか。パンパンに仕上がったメスをください」
「お前会員に入ったら人生の敗因になってしまうぞ」
「ダメだな。次お願い」
「あら海牛似さん、お久しぶりね。お顔出されることもあるのね」
「ああ、サチエさん。いやあ、たまたま今日だけ時間が空いてたから来てみたんですよ」
「あらいつもお忙しいのね。何かされてるのかしら」
「いつも読書をしています」
「あらどんな本?」
「脇毛をすね毛だと錯覚させる裏技」
「顔に汚物投げたいわ。できればカットボールで」
「ダメだなあ。他と違う感じに見せたいのになあ」
海鮮おじさんが嘆く。
「あら海牛似さん、お久しぶりね。お顔出されることもあるのね」
「ああ、サチエさん。いやあ、たまたま今日だけ時間が空いてたから来てみたんですよ」
「あらいつもお忙しいのね。何かされてるのかしら」
「いつも動物と戯れています」
「あらどんな動物かしら」
「犬や猫とか、あとネズミを自分で育てて非常食にとっているゴリラとか」
「意味深だわ」
「もうええわ」
「こいつらの戒名は『白球魔臼皮椅子』に『顔面砂婆好脂』だな」
Φはそう言ってベンチを立った。近くでおじさん同士の話を聞いても無駄だと感じた。
この世の全ての意味は無である。
Φの第一原理である。
普段はサラリーマンとして社会に溶け込んでいるこの男は、懐疑世界に住んでいる。どこか現世界にうまく乗り切れない。現世界は前世界でチップを払わなかったから、スキップできない障害物だらけなのだ。そんなことに気づいているΦはこの世界が意味もなく消費されるに値する対象でしかなかった。だからこの世界は早く離れて、即次世界へと向かいたかった。
しかしながら、現世界でもチップを払わないと次世界でいい思いをすることができない。現状チップなんて払っていないし払える見込みもない。それがΦにとって一番の悩みだった。この世でのそう簡単には拭えない悩みを抱えながら、Φは前世にチップを払わなかった人の間に溶け込むしかなかった。