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第66.5話 幕間 影界―魔族の王、ゼア―

「――ぐぅっ! はぁ……はぁ……」

「ゼア様! 大丈夫ですか! もしや……」


 ここは、我ら魔族が影界と呼ぶ世界。自分の居住地。

 我が分身体を操作する際、無防備となってしまう我の本体のこと頼んでいた側近の女性、ロべニスが心配そうに声をかけてきた。


「……あぁ。やられたよ、我が『分身体』は。現界にとんでもない人間がいたんだ」

 限られた側近の中でしか使わない、少し砕けた口調。

 語る内容とは裏腹に、その口調には喜びが混じっているのを自覚する。


「そんな……いくら分身体とは言え、ゼア様のことを――」

「うむ。奴には気を付けなければ、な。しかし奴なら順調にクリスタルを回収できるだろう」


 奴との戦闘自体は、口汚く罵られ散々舐めたことをされたこともあり、思い出したくはない。

 しかし本来の目的は問題なく達成されるであろう予感に、喜びを禁じ得ない。いよいよ、長年の苦労が報われるのだ。


「そう、ですか。もう数日で『次元門』は閉じますが、他にやることはなさそうですか?」

 

 今回開かれた次元門。それは例えるならば、大地震前の前震。大きく開かれる前に小さく開いた穴。

 そこを通れるのは一定以下の魔素保有者、現界で言うSランク相当以下の実力しかない者だけであった。


 それ故に、我の才能ギフトを活用して能力を制限した分身体を送り、実力者揃いの側近達は影界で待機していた。


「ああ。俺の魔力も回復しなければならないしな……丁度いい小休憩期間だ」

「ですね。では、無事に戻れた者たちを労う準備をしてきます」

「あぁ、頼むよ……少し、疲れたから……寝る……」


 ◆◇◆◇


 ――翌日。


「ふむ、今回の収穫は……何もなし、か」


 戻って来た我が同胞たちの話を聞き、今回の遠征が失敗に終わったことを知る。

 いや、クリスタルそのものは得られなかったが、今後の展開に期待は持てた。それで良しとしよう。


「申し訳ありません、ゼア様……!」

「我らが不甲斐ないばかりに……」

 我が同胞が申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや……貴様らには危険な任務を全うしてもらい、感謝しかない。しばらくは養生するように」

「「「はっ!」」」


 今回の小規模な次元門。

 そこを潜れる程度の力を持っていない部下たち。

 その言い方は悪いが、それでも大切な同胞だ。戻らなかった数人のことを思い偲ぶ。


「ゼアさん! どうでしたか?」

 そこに水を差すように……いや、この言い方は彼に失礼だな。


「トージョー殿か。残念ながら、クリスタルは手に入らなかったよ。とんだ邪魔が入ってな」

 この世界にいる唯一の人間。

 現界から来た異世界人である彼がいなければ……此度の計画も経たなかったであろう。


 遠い過去のおとぎ話かと思っていたクリスタルの伝説。

 そのクリスタルを持って現れた彼がいなければ……。


「それは残念だったね。もしかして、ゼアさんでも勝てなかった?」

「あぁ……我が全力を出しても勝てるかどうか……」

 しかし……なぜこうも不快な気持ちになるのだろうか……。


「『虹色のアドルフ』と名乗る人間からクリスタルを奪ったのだが……さらにそれを奪い返されたよ。確か……アレクと呼ばれていたか」

 我を倒したアレクはもちろんのこと、アドルフとやらもかなりの実力者であった。

 あったのだが……。


「アドルフ……? 僕たちの元の世界では悪名高い軍人の名前だったなぁ~」

「……我が出会ったアドルフも、相当だったな」

 我が最愛の姉のような存在だったビライト。彼女が最期に遭ってしまったようなことが……。


 此度の遠征はあくまで双方の実力を測るために戦うことを目的としていた。

 現界の強者にはクリスタルを探し出して貰わないと困る。


 だが……アドルフだけは、彼がしていたことだけは許せなかった。


「……ま、別に知り合いって訳じゃないしいいんだけどね」

「……」


 この男は……何を考えているのか。

 薄っぺらい笑みの奥に不気味なものを感じる。


 警戒は怠らぬようにしなければ……。


 ◆◇◆◇


「トージョーですか……? もちろん厳重に警戒してますよ!」

 ロべニスに改めてトージョーに気を許さないように話したのだが……その必要はなかったようだ。


「あんな、何を考えているのかわからない奴! ……本当に、彼をこのままにしていていいんですか?」

「あぁ……」


 呟き、窓の外を見る。

 どこまでも暗い、希望のない世界。


「……我が魔物のほとんどを駆逐し、この世界を掌握してしばらく経つ。だが、みなの心は未だ……」

 この世界のように、誰も彼もが暗い気持ちを抱えている。

 自分自身もそうだ。未だ……心は満たされない。


「……食べ物は十分に行き渡っていますし、餓死する者も減りました。それでも――」

 それでも……奪い合いは絶えない。食料を、尊厳を、そして命を。

 まるで、満たされない不安感を、焦燥感を、そして絶望感を……奪って満たすように。


「それでも、この世界にいる限り……光を得られない限り、我らに希望はない。故に、トージョーと協力するのだ」

 彼がどこかに隠し持つクリスタル……それさえ奪えれば……。

 いや、この考えは止そう。そんなことをしてしまえば……我自身も失ってしまう。




「必ず……必ず現界を手に入れて見せる! 我ら魔族に光を齎すのだ!」

 この暗き世界に終止符を! 我らに希望を!


「……どこまでもお供します、ゼア・ビライト様」

読んで下さりありがとうございます(/・ω・)/

今回は魔族の王、ゼアのお話でした。


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