破棄してくれるなら大歓迎ですが
ざまあ系ではありません
悪しからず
「貴様のような野蛮な女に聖女の称号など相応しくない!よって婚約を破棄し、聖女の称号も剥奪するものとする!」
衆目のなか愚者丸出しの怒鳴り声で吐き出された言葉に、僕は肩に掛かる髪を後ろへ払いながら首を傾げた。モルフォ蝶と揶揄される髪が、シャンデリアの光を反射して藍銅鉱のように光る。
「破棄してくれるなら大歓迎ですが」
左手を掲げて薬指を絞める指輪を示す。幼い頃から締め付けられていた為に、左手は薬指だけが不自然に細いままだ。
「外して良いとおっしゃる?聖女の役目も、もう果たさずとも良いと?」
「なにが聖女の役目だ。お前など、日がな一日王宮で怠惰に過ごしているだけではないか!早く指輪を外せ!私の婚約者も聖女も、もっと相応しいものがいる!」
かちん、と。
条件が揃って鍵が外れたのを感じる。喜びに震える手で、薬指の指輪を引き抜いた。
抜けた。
衝動のままに、忌々しい枷であった指輪を放り捨てた。そのまま、十年以上も展開を強制されていた術式すべてを閉じる。
もはや日常と化していた不快感が消える。もう少し待てばきっと、身体の不調もなくなるだろう。
清々しい気持ちだ。とても。
ふわ、と。
髪が浮き上がり焔のように揺らめいた。ほのかに毛先が、紅に輝いている。
そうだった。僕の髪は、こんな色にも輝けるのだった。
ふふ、と思わず笑いが漏れる。
「あー、清々した」
感情のままに言葉を口にして、ぱん、と胸の前で手を合わせる。
「いつまでお守りをさせられんのかと、うんざりしていたところだったし、解放してくれて嬉しいよ。うん。その功績に免じて報復はしないであげる。
さて、それじゃ捕まる前に逃げるとするかね」
着ていた服も装飾も燃やし、代わりに魔力で織った服を纏う。なにせ身に付けていたすべてが、与えられ着用を強制されたものだ。どんな害があるか、わかったものではない。
「解放?報復?逃げる?お前は望んで、私の婚約者の地位にいたのではないのか?」
「は?」
我ながら低い声が出て、周囲の空気が凍る。
「誰が喜んでブスのお守りなんざしたがるよ。契約で縛られて逃げられなかっただけだっての」
「ブス、だと?それはもしや私のことか」
「鏡見たことないの?まあ顔面崩壊とまでは言わないけど、地位がなければもてはやされない顔でしょ。性格なんかさらに輪をかけてブスだし、頭も悪い。
僕は地位にも貴族的な贅沢にも興味がないから、あんたの婚約者とか頼まれてもごめんだね」
ぐしゃりと顔を歪めて、両手を見下ろす。
ずっとずっと冷えて冷たかった手に、温かい血が流れてポカポカする。
「ろくに魔法も使えない幼子のうちに捕まえて禁術で契約結んで縛り付けて。そうでなければ大人しくなんてするもんか。力が強いと言うだけで捕らえられ、奴隷にされて、魔力を搾り取られて。
でも契約は切れた。僕は自由だ。ようやく。ようやくだ」
窓に駆け寄って硝子戸を開け放つ。吹き込む夜の風が、心地好かった。
どこへでも行ける。やっと。
「禁術?奴隷?どういうことだ?」
僕は今、機嫌が良い。
だから最後に、愚かな男に慈悲をかけてやることにした。
「愚かな王子さま。なにも知らないあんたに、優しい僕が教えてあげる。
この国は本来ヒトの住める土地じゃない。なにもしなければ草木は枯れ果て、土地は干上がり、大地は震え、山は火を噴く。それがこの土地だ。
いまヒトが暮らせているのは、聖女が、生け贄がその魔力で緑を繁らせ、雨雲を呼び、大地を鎮め、山を宥めているからに過ぎない。
それは途方もない労力を要し、地獄のような苦痛を伴う行為だ。
だから誰もやりたがらない。
だから、身寄りのない魔力の豊富な子供を捕まえて、禁術で縛って無理やり聖女に据えるんだ」
ひとりで足りないなら五人十人と、国は聖女を作り上げる。
僕は魔力が莫大だったからひとりで聖女の役目を担っていたが、おそらく国の重鎮は、僕の後釜の用意をすでに進めているはずだ。
なにせ苦行だ。長くはもたない。
「あんたには僕が怠惰に見えていたようだけど、当たり前だろう。
食べても食べても失われる魔力。複数魔法展開で脳の魔法回路は常に酷使されて、ぐっすり眠ることもままならない。
食べて寝る以外の、なにが出来るって言うんだ」
気を抜けば死ぬと、常に思って生きて来た。まあ、僕は天才だから、そう簡単に死にはしないけれど。
「聖女の位も指輪も婚約も、僕を役目に縛り付けるための枷だ。なにひとつだって、僕自身が望んだものなんてない。なにひとつだって、僕の自由なんかなかった。孤児の僕には、守ってくれる親すらいない」
悲鳴が上がった。
大地が揺れたからだ。
「これは、まさか」
「役目を果たさずとも良いと、あんたが言ったんだ」
「これまでお前を生かしてやった国に、仇為そうと言うのか」
「話聞いてなかった?」
もうすぐ追っ手が来るはずだ。殺しにか捕らえにかは知らないが。
「逆だよ。僕があんたらを、今まで生かしてやって来たんだ。感謝してよね」
ぐっと、王子さまが言葉を詰まらせた。愚者なりに、理解は出来たようだ。
「さてもう僕は行くよ。捕まるのも殺されるのもごめんだ」
「どこに」
「国を出る。ここはヒトの住む場所じゃない」
「国に愛着は」
「あると思う?」
思うと答えない分別はあったらしい。
「僕には身寄りがない。つまり、柵がないってことさ。僕を十年以上も生け贄に楽しくやってた国が滅びるならざまあ見ろとしか思わないし、この国の誰が死のうと惜しくはない、いや」
ふと思い出す顔があって、苦笑する。
「あんたの二つ上の王子さまは、あんたと兄弟とは思えないくらい美人だったね。あの美人が死ぬのはちょっと惜しいかな。ちょっとだけね。あとは、家畜やなんかが巻き添えになるのは可哀想かな。ほかはどうでも良いや」
また揺れる。この分だと、山が火を噴くのも近いかもしれない。
「どっちにしろ、僕はどうもしないし逃げるよ。じゃあね」
バルコニーを駆け抜け、柵を蹴って飛び出した。夜風に乗って、空を舞う。
慌てたようにバルコニーの柵を掴んだのは、王子さまだった。弟ではなく、美しい兄王子。
間一髪。それにしても、相変わらず、美しい顔だ。枷があの美しい王子であったなら、聖女を続けるのも悪くなかったかもしれない。
と言っても彼は血筋しか誇れるもののない弟と違って中身も優秀なようだから、聖女とは名ばかりの国奴の婚約者になど、なりはしないだろう。
夜風に煽られた髪が、服の裾が、はためく。紅に輝く髪と服は、夜の闇に好く映えた。
最後に見納めが出来たのは、良かった。
こちらを見上げる王子さまに手を振って、高く空へ舞い上がり、姿を消す。
さて、どこへ行こうか。
異変に気付いたときには時すでに遅く、聖女は空へ消えた。
輝く髪の美しい聖女が、目に焼き付く。
僕はうつむいて溜め息を吐いたあとで、室内を、呆然と立ち尽くす弟を振り向いた。
弟の横には金髪の女。確かどこぞの伯爵家の女だ。聖女の正体も知らぬほどの、政治に貢献しない家の娘。
弟が婚約者に不満を持ち、なにやら企んでいるのは気付いていた。だから、弟ではなく僕を婚約者にと、再三申し出ていたと言うのに。
「愚かな……」
みすみす、稀代の能力者に逃げられてしまった。
否。
立ち止まっている場合ではない。
彼女はその高い能力で、この国の維持を一手に担っていたのだ。その手が消えればどうなるか。未曾有の危機が、この国を襲う。
食い止めねばならない。ここには守るべき民がいるのだ。
「『焔の揺り篭』を起動しろ。すべてだ」
「ですがあれはまだ試行段階で、」
「噴火が起これば土地の多くが焦土になる。甘えたことを言っていられる状況ではないんだよ。それとも、お前が聖女の肩代わりをするか?」
「い、いえ。かしこまりました。技術部に通達します」
「よろしい」
なにをすれば良いか。どんな手段が取れるか。ひとつひとつ組み立てて、指示を出す。
「あ、あにうえ……?」
「なにも出来ないなら黙っていろ。邪魔をするな」
弟に言い捨てて、その場をあとにする。
聖女など、名誉職の皮を被せた人身御供だ。
年若い子供を、あんなことに浪費するなど、おかしい。
だから公務の傍らでずっと、聖女を解放する方法を模索していた。地力の改善は人力でも出来る。緑が増えれば雨も増えることも、実証した。雨雲を作る方法も。あとは火山と地震で、火山の噴火を抑える装置として開発されたのが、『焔の揺り篭』だ。
これから試行して、改良して、数年かけて実用化に向かわせる予定だった。
すべては、愚弟の婚約者になどされてしまった、あの美しい魔法使いを解放するために。
その、研究をしている部屋のひとつに、足を踏み入れた。
「リオン、ユーナ、フォル」
「あ、やっぱり?」
「はいはーい」
「わっかりましたよ」
名前を呼べば少年たちは、呆れたように答えて立ち上がる。
「免震だけで良い。完全にでなくても、ある程度逃がして、津波さえ起きなければ」
「簡単に言ってくれちゃってさぁ」
「だけって、ねぇ?」
「まぁまぁ。手当て弾んで下さいね」
ぶつくさ言いながら少年たちは、部屋に置かれた巨大な蒼い水晶に手を触れる。少年たちの手首にもそれぞれ、同じ色の小さな水晶のはまった腕輪があった。
「うっわ、キツ……」
「補助付き三人がかりでこれだよ」
「本来抗うものじゃないですからね、震災なんて」
軽口を叩きながらも少年たちは、事実辛そうな様子だった。水晶から手を離し、ぐったりとその場に座り込む。
「すまない。改良は続ける」
「頼むぜ」
「回路肩代わりしてくれてるからマシ、なんだよねこれでも」
「免震だけで十の魔法が必要ですからね」
「聖女マジバケモン」
「ほんとそれ」
「否定はしませんが」
少年のひとり、フォルが僕を見上げる。
「どちらかと言うとこれを、たったひとりに何年も押し付けて、のうのうと暮らしているこの国の人間の方が、鬼畜外道の化け物ですね」
「そうだな」
否定の言葉もない。
「あんたは改善しようとしたんだから多少マトモだよ。それより、聖女はどうしたんだ?まさか死んだんじゃねぇだろ」
「この前見たときはあと十年くらいは保ちそうだったけど」
「もしかして、殿下逃がしちゃいました?ついに?」
「僕じゃない」
解放したいとは常々思っていたが、今ではない。なにせ僕が守らねばならないのは、彼女ひとりではない。
「愚弟が馬鹿やって契約解除したんだ。僕が駆け付けたときにはもう空の上だった。紅の髪とドレスが、焔のように輝いて、美しかった」
「後半感想ですね」
「逃がしたのかよ」
「だから早く話した方が良いって言ったのに」
呆れたように言うが、そんなの。
「解放出来る目処も立たないのになにを?やろうと思えばすぐ解放出来るのに、準備が調わないからまだ苦しんでいてくれって?」
「あんた顔は良いんだから、顔面でごり押せば行けたんじゃね?」
「必ず助けますとか言って、手を握れば行けましたよ、たぶん」
「ま、もう遅いけど」
最後のひと言に崩れ落ちた俺の肩を、億劫げに立ち上がったリオンがポンと叩く。
「あーまぁ、おれらは感謝してるぜ?殿下のお陰で、生活改善されたんだし」
「そうですね。孤児院より良い生活ですし、歴代の聖女のように無理矢理禁術で縛られてもいませんから」
「ありがとね、殿下」
「どういたしまして」
慰め言葉に礼を返し、窓から夜空を見上げた。
彼女は今、どこにいるのだろうか。
どこに行こうかと考えるために進むのを止め、ふと気付く。
「魔法が……?」
いつの間にか魔法が、国を覆っていた。
これは地震の揺れを、逃がす魔法?完全に防ぐのではなく、力を逃がして被害を減らす魔法か。
確かにそれなら、術者への負担も多少減るだろう。
この国で、そんな風に、使い捨ての聖女を気遣ってくれるものなどいたのか。
否。
思えばあの美しい兄王子だけは、会う度に気遣いの視線を向けてくれていたか。
「誰か、大切なひとでもいたのかな」
聖女の役目は苦行だ。だが、為政者として数人の苦しみでほかの国民すべてが守れるなら、聖女制度を止めようとは言えないだろう。
「でも、地震を止めただけじゃ」
この国は地獄のような国だ。なにもしなければ地は揺れ、山は火を噴き、大地は干上がり、草も生えない。
せめて、噴火を止めなければ、焦土に。
「!」
増えて行く魔法の気配に、目を見開く。ひとつひとつは、小さな魔法だ。けれど、いくつも重ねることで、不完全ながら噴火を防ぐ網が出来て行く。それに。
「これは、人間の起こした魔法じゃ、ない?」
魔力の源が人間じゃない。なにか機構で、土地の力を使っている。噴火が頻発する土地だ。土地の火力は計り知れない。
「こんなもの、いつの間に」
完全には防げない。だが、国土すべてが焦土になることは防げるだろう。
もしやこれも、あの美しい王子の仕業だろうか。
よほど聖女の運命から救いたいものでもいたのか。それとも、個人の力に国の存続をかける現状を、危ぶんででもいたのか。
いずれにせよ、もう僕には関係のない話だ。
憐れんではくれても、彼は僕を救ってはくれなかったし。
ああでも、そうだね。
「追っ手が掛からないよう、目眩ましはした方が良いね」
幸いにも、魔力はすでに十分に回復して有り余っている。
「一晩、強い雨を」
国中に雨を降らせて、僕はその雨雲の上を飛べば良い。
国を出た頃には日も昇りきり、晴れた空に虹が架かるだろう。
「せめて、最後くらい、綺麗に、ね」
大嫌いな国のなかで、唯一好きだったものだから。
「ばいばい」
土砂降りの雨音を別れの歌に、僕は今度こそ国に背を向け飛び立った。
どうにか地震と噴火の対処は出来た。だが、雨の対処はすぐに出来ない。しばらくは干ばつに耐えながら、備蓄水や備蓄食糧で生き長らえなければならない。
この国の雨は人為的なもの。豊かな地下水が蓄えられるほどの雨は降らない。
いったいどれほどの民が、飢えや渇きで死ぬことになるだろうか。
暗い気持ちになった僕の耳が、雨音を拾う。
雨を求めるばかりに、空耳でも聞いただろうか。
思うも耳は、土砂降りの雨音を拾い続ける。
どうして。
信じられない気持ちで外に向かい、事実降りしきる雨を目に映し、肌に感じる。
「これは」
「『恵みの雨』ですね。この規模、この量、この効果を、ひとりで」
「魔力と回路が万全のときに本気出したらこのレベルなのかよ。バケモン通り越して神じゃね?もうさ」
呆然と立ち尽くす僕の横に、フォルとリオンが立った。
「もう大丈夫なのかい?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、大丈夫じゃないですね。ユーナはまだ寝ています」
「慣れと根性だな。けど、この雨は浴びた方が良い。ユーナ誰かに連れて来て貰うか?」
「浴びた方が良いって」
具合が悪いのに雨なんて、余計に体力を奪うんじゃないのか。
「聖女の慈悲ですからねこれ」
「どれくらい振り続くのかわかんねぇけど、水も土地の実りもしばらく心配いらねぇんじゃねぇかな」
「彼女が、これを?」
搾取され続けて、やっと自由を得た彼女が?
「もう、僕はお礼を言うことも出来ないのに」
「探せば?」
「え?」
「探せば良いじゃん。お礼が言いたい。会いたいってさ」
「いやでも」
こんな国も、こんな国の王族も、彼女は嫌いだろう。探されたくなど、ないだろう。
「彼女、優しい人間ではないですよ。この慈悲は、彼女好みの顔のあなたが、誰かを救うために努力したと思ったからではないかと」
「まあ九割聖女ためだけど、知らねぇもんな、聖女」
「自分は助けてくれなかったくせに、その誰かは真剣に助けるのかと思っているかもしれませんね」
「それでも雨降らせてくれっとか、よっぽど好きだよな、王子殿下の顔」
笑って言ったリオンが、元気出たからユーナ連れて来るわと立ち去る。
フォルが僕の顔を覗き込んで、笑った。
「あなたは出来たひとだから、王族が私情で動くなんてって思うのかもしれませんが。会いたいと表明するくらいは許されると思いますよ。それに応えるか応えないかは、彼女次第ですから」
僕から離れたフォルが、両腕を広げて雨を受ける。
「なにも知らない赤子の頃ならまだしも、今の彼女は誰にも捕らえられませんよ。彼女がそれを、受け入れない限り。言うだけはタダです。そうだ!いっそのこと、世界中へ向けて彼女への求婚を発信してはどうですか?」
「は!?」
突然なにをとぎょっとする僕へ、フォルは明るく言い放った。
「それで彼女が答えなければ、あなたもこの国も世界中の笑い者です。彼女があなたも嫌っていたなら、きっと胸がすくことでしょう。直接お礼が言えないならば、報復の機会を与えてあげれば良い」
それに、とフォルが優しい顔になる。
「もしも彼女が求婚を受けるなら。あなたは直接お礼を伝えて、彼女をなにものからも守ってあげられる。価値を理解せず捨てられた王子と、価値を理解し選ばれた王子で、対比も鮮やかです。彼女を蔑ろにしたどこかの馬鹿への、罰にもなって一石二鳥です!ボク天才じゃないですか?手当て弾んで下さいね」
「そんなに言わなくても給金は適正に払うから。ほんとうに、良いのか、そんな、勝手な」
僕の躊躇いを、フォルは笑い声で弾き飛ばした。
「国の存続より自分を選んだ女が相手ですよ?自分勝手度合いでは圧倒的にあちらが上です。遠慮してたら敗北必死ですって」
「それは、彼女が今まで」
「あーはいはいはいはい。彼女は無理矢理聖女にされてました。でもそれはあなたの決定じゃない。あなたがこの国の王子なことだって、あなたが選んだことじゃない。だからそれはひとまず横に置いておいて。あなたの、素直な気持ちはどうなんですか?もう一度彼女に会いたい?会いたくない?」
素直な気持ち。そんなもの。
「会いたいに、決まっている」
「…………へっ?」
街のいちばん目立つ掲示板の真ん中を陣取った貼り紙。懐かしい国名に何気なく目を寄せられて、読み取った内容に間の抜けた声が出た。
「これ、なん、え?」
「ああそれかい?」
身寄りのない外国人の僕を豪気にも住み込みで雇ってくれたおばちゃ、違った、お姉さんが、訳知り顔で語る。
「なんでも弟王子が無礼をして怒らせた聖女さまを探してるんだってね。弟の婚約者だったけど実はずっと惚れ込んでたとかで、長年国を守ってくれていた聖女さまに、謝罪と感謝と、求婚をしたいってさ。こっんな果ての国まで触れを出すなんて、よっぽど惚れてるんだろうねぇ」
「こんな遠い国まで、わざわざ?」
「世界中にばらまいてるって話さ。の割りに、聖女さまの意志に委ねたいとかで、兵を使って探したりはしてないらしくてね」
そんな馬鹿げたことを、どうして。
「この王子さま、えらく別嬪だし有能な人格者って有名らしいじゃないか。あわよくばって野心高い偽聖女たちで、連日お城は長蛇の列だってさ。あたしも、あと十年若ければねぇ」
「そんな、危険な」
「ええ?なにが危険だってんだい?」
これは、罠だ。そう。きっとそう。聖女がいなくなって、災害が防げなくなって、それで。
聖女を呼び戻すか、新しい聖女を捕まえようとしているんだ。
そうでなきゃ。だって。
「ああ!ここが災害の多い国だからかい?それがねぇ、この王子さまがいろいろやって、今じゃかなり災害が減ったって話だよ。それも、今まで聖女さまに掛けていた負担を減らすためだったってんだから、健気だねぇ」
そんな、まさか、それじゃあ。
「僕の、ためだって、言う?」
あの、美しい王子が、僕を救ってくれようとしていたって?
「え?」
「そんなわけ、ないよね。あり得ない」
勘違いだ。夢物語だ。
だって僕は、聖女とは名ばかりの国奴で。生まれだってさだかじゃない平民の孤児で。そりゃあ元王子妃候補ではあったけれど、そんなの首枷代わりのお飾りの地位で、長けるのは魔法ばかりで礼儀も教養もない。
あんな、美しく優秀な生まれながらの王子が、そんな僕を。
憐れみから、救ってくれようとはするかもしれない。それならわかる。
でも。だって。
「ないよ。ないない」
「どうしたんだい?そんな青ざめて」
「お姉さん。あのね」
貼り紙に、聖女の外見は書いていない。無意味だと、わかっているのだろう。
だから僕ではないのかもしれない。
でも、あの国の災害をひとりで食い止めていた聖女、なんて、過去にはおらず、未来にも、少なくともそんな数年の未来では、皆無のはず。ならば。
「この聖女って、僕なんだ。でも」
経歴を読む限り僕のことだ。でも。
惚れていた?求婚をしたい?
「お綺麗でお上品な王子さまが、僕なんかに惚れる、わけがない、よね?」
「いやあんた美人だよ王子さまだって惚れかねないさ」
「そんなわけ」
「疑うならさ」
お姉さんは、豪気に笑った。
「会いに行って訊いてみりゃ良いさ。安心しな」
もし嘘だったら、あたしがぶっ叩いてやるからね。
がははと笑って、お姉さんは僕の背を叩いた。
そして、再会した美しい王子は。
「どうか、僕の妃になってくれないだろうか。あなたが好きだ。守りたい」
僕の前に跪き、そう言った。
「僕は、もう、聖女は」
「わかっている。あなたの力が目当てでは、いや、雨を降らせてくれれば、ありがたいけれど」
「雨、だけ?」
「噴火も地震も、対策は取れた。ただ、やはり大地と水の乏しさは、厳しい」
ああそうか。
「だから僕、「違う!」」
ばっと立ち上がり、王子は僕の手を両手で掴んだ。
「一目見て、美しいと思った。まして契約が解けてからのあなたは、より美しい。契約で縛られていたとは言え、ひとりで国土すべてを守ってくれていた。尊敬し、感謝している。恩に報いたい。ただ、それ以上に、愛しい。そばにずっと、いて欲しい」
美しい、なんて、自分の方だろうに。
「……僕も、あんたの顔は好きだよ」
「好きなだけ見て触れて構わない。だから」
「うん」
この美しい王子が枷ならば、悪くないと思ったんだ。
「わかった」
いちどは滅びても良いと見捨てた国。その、王子さま。
「その求婚、受けるよ。歓迎する」
言うが早いかぎゅっと抱き締められて、僕は柄にもなく、きゃっなんて悲鳴を上げてしまった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました




