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あの日の約束は、  作者: 香久山瑠色
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【死亡理由書】三久島冴

 医者がどれだけ努力したってなくなる命があるのは仕方のないことだ。それはよく知っている。四宮約を救えなかった僕が一番。

 しかし、救おうとして失敗した命というのはどう捉えられるのだろうか。

 所謂、医療ミスというやつである。

 呼吸器を悪くして入院、手術を受けた患者が執刀医のミスにより、結果として亡くなってしまった。

 成功すれば、普通の生活に戻れる。それくらいの病気だった。それなのに、患者は命を散らしてしまった。

 遺族から訴えられるのは当然だろう。僕はそう思い、訴訟が起こるのを見ていた。

 風向きが怪しくなったのは、訴えられた執刀医の証言からだ。

「三久島冴主治医の指示の下に行った手術であり、当方よりも手術を指示した三久島医師に責任がある」

 あからさまな責任転嫁だった。

 確かに、僕は彼の人物の治療に携わっていた。手術も受けた方がいいと言ったのは事実だ。しかし、執刀は外科医である人物を紹介した。

 故に、手術を行ったのは彼の外科医であり、僕ではない。手術に失敗したのは外科医であり、僕ではない。のだが……

 感情的になった遺族は僕を責め立てた。

「あんたがあんな藪医者を紹介しなければ、あの子は死ななかったのに!!」

「あんたのせいであの子は死んだんだ」

「あんたのせいだ!!」

 当然、病院側は対処に戸惑った。外科医も僕も、自宅謹慎処分を受けた。

 ……何がいけなかったのだろう、と思う。

 素直に過ちを認めることができない、あの外科医を紹介したことが、やはりだめだったのだろうか。腕利きと聞いていたのだが。

 人間、誰にでも失敗はある。だが僕は思う。

 これは、誰の失敗だったんだろうか、と。

 仕事がなく、特に何もない自宅。未婚であるため、独り暮らしだ。相談できる相手もいない。相談したところで、何が変わるとも知れなかった。

 ふと、空に問う。

「あの子は、僕が殺してしまったんでしょうか、約」

 約が答えるはずもない。

 もう助からないと言われ、自ら命を絶った約。助かるはずだったのに医療ミスで理不尽に命を落とした患者。

 果たして、誰のせいでその命は失われたんだろうか。

 気分転換のために出たベランダで、階下を見下ろす。六階に住んでいる僕。

 頭にぼんやりと、四階以上の高さから落ちれば死ねるという知識がよぎった。

 もし、今後もこのように、救える命を掬えなかったとしたら、僕という医者に、意味はあるのだろうか、価値はあるのだろうか?

 そう思ったら僕は、柵から前のめりに倒れていけた。

 まっ逆さまに地面に向かって落ちていく。

 ──ああ、あのときの約はこんな気持ちだったのかな。

 僕は生という(しがらみ)から、医者という責任から、解放される感覚を味わった。

 …………

 ………

 ……

「○○総合病院の医療ミス問題について、先日、新たな展開がありました。中継が繋がっております」

「こちら、中継先です。ここはですね、某所にあります、マンションの前でございます。

 先日報道になった、手術を指示した内科医三久島冴さんがこの六階に住んでおり、病院から自宅謹慎処分を受けたという報道がありましたが……こちら、ブルーシートがかかっているところから六階上、あのベランダから転落死したと見られており、現場検証が進められています」

「自殺、なんでしょうかね?」

「遺書などは?」

「現在、調査中とのことですが、自殺と見られております。周辺住民の情報によりますと、自分で落ちたように見えた、と」

「引き続き、取材の方をお願いします」

「いやぁ、しかしこれはややこしいことになりそうですね」

「関係者の自殺……三久島医師は患者さんからの評判がよかったようですから、これからの批判が気になるところですね」

「批判が殺到するでしょうね」

「波乱の雰囲気を漂わせてきましたね」

 三久島医師の死は世間を賑わす話題になった。

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