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6.断罪イベント?

 そして冒頭に戻る。

 わたしの目の前にはこの国の王子であるリチャード様。そしてそのリチャード様の婚約者である公爵令嬢のアシュレイ様がいる。二人はとてもお似合いの美男美女。婚約者が並んでいるのに二人の間に甘い空気はない。むしろ張り詰めた空気が漂っている。


「アシュレイ、君との婚約は破棄する。わたしは真実の愛を見つけたのだ。このクレア嬢と結婚する」

「殿下、どういうおつもりですか?」

「へっ? どういうことですか?」


 わたしは思わず間抜けな声をあげてしまう。

 会場は驚きと困惑に包まれている。アシュレイ様は殿下が幼い頃からの婚約者。完璧な婚約者に対して何を言うのだろうか。

 殿下はとんでもないことを言っている。これってなにかの余興? 特に庶民の間で流行っているよくある物語のような展開だ。庶民が王子様や貴族に見初められ、家が選んだ婚約者を捨てて結ばれる物語。現実にはそんなことありえないだろうけど、物語としては楽しい。けれど、自分に関わるとなると話は別だ。


「冗談ですよね?」

「冗談などではない」

「なにかの余興ですか?」

「余興のわけがないだろう。さぁ、君の気持ちを聞かせてくれ」

「どうしてアシュレイ様との婚約を解消されるのですか? しかも、一方的に破棄しようとされるなんて……」

「アシュレイは国が保護すべき治癒魔法の使い手であるクレアを排除しようとしているではないか。そんな人間とは結婚できない! 聖女ともいえるクレアはわたしが結婚して保護する必要がある」


 わたしは聖女なんかじゃない。治癒魔法は使えるけれどただの貧乏伯爵令嬢だ。アシュレイ様には排除されるどころかいろいろと助けてもらっている。

 そしてなによりわたしは殿下と結婚なんてしたくないし、領地に帰りたい。わたしには好きな人がいるのだから。


「待ってください。アシュレイ様はそのような方ではありません!」

「何を言っているのだ。クレアは嫌がらせをされていたのだろう」

「え? あなたヒロインなんじゃないの?」


 アシュレイ様は混乱しているのかよくわからないことを言っている。この国のヒロインというか完璧なお姫様はアシュレイ様だというのに。アシュレイ様を傷つけるなんて、殿下はなんてひどい方なの。


「確かに嫌がらせのようなことはあったような気もしますが、アシュレイ様はそんなことしません。無関係です。むしろわたしに優しく親切にしてくれていました」

「そうなのか?」

「…………」


 アシュレイ様は何故か黙っている。きっと、こんなことになってしまって驚いているのだろう。無実だとしても言い訳をするのはよくないと思っているのかもしれない。

 わたしにはわかる。アシュレイ様は顔には出していないが泣きそうなのを我慢して耐えている。なんとしてでも守らなければ。


「参考書が買えないわたしに不要になった参考書をくれたり、勉強を教えてくれたりするような方です。嫌がらせなんて絶対にありえません」

「だが、人気のないところで言いがかりをつけられたり、大事にしていた畑や花壇を荒らされたりしていたではないか……」

「どうしてそれがアシュレイ様だとお思いになるのですか? アシュレイ様は忙しい方です。そのようなことはしません」

「人に命じてやらせていたのだろう。アシュレイから言われれば断れない」


 どうして殿下がそんな誤解をするのかわからない。アシュレイ様は人に嫌がらせをするような人ではないし、他人を蹴落とさなくても遙かに高いところにいるような人だ。


「どうしてお疑いになるのですか? 親切にしておいて裏でいやがらせを命じるなんておかしいじゃありませんか。アシュレイ様は不要になったと言いながら、殆ど新品のものをくれるんです。わたしの成績も特待生だからと誰よりも心配してくれて……。この髪飾りだって、わたしを気遣って今日のためにアシュレイ様がくれたんですよ。おそろいだって」


 家族が用意してくれた今日のためのドレスに合うようにアシュレイ様は髪飾りを贈ってくれた。いつもおいしいお菓子をありがとう、と。

 いつもお世話になっているのはわたしの方なのに……。

 アシュレイ様もお友達とおそろいに憧れていたそうなので、ありがたく受け取った。


「なっ……本当にアシュレイと君が?」

「アシュレイ様のことは殿下が一番ご存じでしょう? そのようなことをされる方ではないとご存じですよね。アシュレイ様も遠慮せずに仰ってください。自分は無実だと!」

「……わたくしは無実です。クレアは大切なお友達です。そんなことはいたしません。信じていただけないかもしれませんが……」

「だが、クレアはわたしと結婚したいのは間違いないだろう?」

「いえ、間違っています」


 わたしの言葉に殿下が固まる。なぜかアシュレイ様も驚きの表情だ。


「い、いや、遠慮しなくていいんだぞ?」

「遠慮などしておりません。わたしは学園を卒業したら領地に帰りたいです。この国に貴族として生まれた以上、国のために働きます。ですが、どこで働いてもいいですよね。領民を守り、領地を盛り立てていくことは国のためになることです」

「いや、だが……」

「それに、わたし……気になる方がいて……」

「な、なんだと? 誰だ、それは!」

「入学してからずっとお世話になっていて……」

「だったらそれは私ではないか」

「いえ、殿下ではありません。ですが、このように大勢の方の前ではちょっと……」


 殿下にはお世話になっているというより、わたしがお世話をさせていただいているという方が正しいような気がする。わたしには殿下よりもお世話になっている方たちがいる。

 しかし、わたしはこんなところで告白する勇気はない。わたしの想い人も雲の上の方だ。わたしが明言を避けるとずっと黙っていたアッシュ様が前に出てきた。


「クレア、自分のうぬぼれでなければ私と結婚してくれないか?」


 信じられないことが起こった。

 アッシュ様がわたしに結婚を申し込んでくれている。アッシュ様は殿下の側にいることを許されている方。それなのにわたしのことを? 信じられない。これは夢だろうか。

 夢なら醒めるまでは自分の気持ちに正直になりたい。


「アッシュ様……。よろしいのですか? わたしは田舎の貧乏伯爵の娘です。領地に帰るつもりですが、家を継ぐ予定もありません」

「あぁ、一目見たときからずっと気になっていたんだ。家を継ぐとかそういったことは関係ない。君と一緒にいる時間は穏やかで、添い遂げるなら君がいい。君の領地で一緒に農作物の改良を頑張ろう!」

「はい……。嬉しいです!」


 アッシュ様とは園芸部で一緒に植物の研究をしている。アッシュ様は知識も豊富だし、この分野の魔法も得意でとても尊敬している。まだ先のことなのに卒業すれば会えなくなってしまうことを淋しく思っていた。それなのに卒業後も一緒に研究できるなんて!


「待て。勝手に二人で世界をつくるな。クレア、私たちはずっと一緒にすごしてきたではないか」

「いえ、殿下。三人ですよ」

 

 アッシュ様は冷静につっこむ。


「……ん? たしかに……」


 殿下も思い当たることがあったらしい。わたしは初めての昼食以外殿下と二人にはなっていない。常にアッシュ様がいた。


「いや、でも私たちは特別な関係だろう?」

「えぇ、わたしたち三人でいいお友達ですよね! 友人がいないわたしをいつも気遣ってくれて……」

「いや、だが……」


 これはもしや引っ込みがつかなくなっている? 殿下が本気でわたしとの結婚を考えてもらっては困る。


「わかりました! 殿下ったらアシュレイ様の気を引きたくてこんなことを言いだしたんですね。でも駄目ですよ。こんなところでそんなことを言っては。皆さん誤解してしまいます」

「気を引きたい?」


 アシュレイ様が不思議な顔をする。


「えぇ。アシュレイ様は完璧な婚約者でしょう? 殿下に対してわがままを言う方ではありませんし、ちょっと不安になったんだと思います。小さな頃からの婚約者でもお年頃になってどう接していいかわからなくなってしまったんですわ」

「殿下、不器用な方だと理解していましたが、もう少しやり方を考えてください。婚約者を傷つけるのは本望ではないでしょう?」


 アッシュ様もわたしに続いてくれた。


「殿下はほんとうに不器用な方ですね。婚約者の気を引くだけではなく、わたしの背中を押すためにわざわざこんな芝居を打ったのでしょう? わたしは自分の想いを告げる気はありませんでしたから……」

「え、いや……」

「殿下は私の気持ちをご存じだったのですね。クレア嬢と一緒になりたいけれど殿下のお側を離れられないと悩んでいることを……。そしてクレアの気持ちにも気づいていたのですね」

「まぁ、殿下。そのような深いお考えが?」


 アシュレイ様を始め、周囲の人たちも皆感心している。いろいろなところで「さすがは殿下」と聞こえてくる。


「アシュレイ様、わたしたちのためにご不快な思いをさせてしまいすみません。殿下はアシュレイ様に不満なんてありません。ご安心ください」

「……えぇ。皆様、わたくしたちの余興におつきあいいただきありがとうございました。皆さん、今日のパーティーを楽しみましょう!」


 一瞬戸惑った表情をみせたアシュレイ様だが、すぐに切り替えて皆に声をかける。会場の空気が一瞬で変わった。さすが、アシュレイ様。やはりこういった人が殿下の伴侶にふさわしい。


 その日のパーティーはとても盛り上がり、皆笑顔で終わった。


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