攻略難易度が高いですわ 3
***
公爵家の馬車は、どれもものすごく豪華だ。
けれど、この馬車は、公爵がお忍びで視察を行うときに使用しているもので、裕福な商家の馬車と言っても通るだろう。
「そこの角を左に曲がって」
「……お嬢様、なぜそんなに道にお詳しいのですか?」
困惑したように私に質問してきたのは、出発しようとした馬車に乗り込んできた護衛騎士のカールだ。
非番だったらしく、私服姿だったので、一緒に来てもらっている。
マリンもついてこようとしたけれど、侍女姿だったためお留守番だ。
カールは、ごく一般的な茶色の髪の毛をしているが、翡翠色の瞳が目を引く美丈夫だ。
うん、私服姿でも目立ってしまうわね?
深窓の令嬢として、街中に出るなんてほとんどなかったはずの私が、馬車に道順を指示している。
(……でも、前世の記憶を取り戻したから、ゲームでの道順を知っているからなんて、言えるはずないですわ?)
「――――王立学園で、王都の地図を学び、すべて頭に入っております」
「さ、さすがお嬢様!!」
護衛騎士のカールは、剣の腕に関しては申し分ないが、少々心根がまっすぐすぎるところがある。
ゲームの中に出てこなかったけれど、攻略対象だとすれば間違いなく脳筋騎士枠に違いない。
「素直なのはいいことだけれど……」
簡単に私の言葉を信じてしまった背が高くて筋骨隆々という説明がふさわしいカールを見上げて、軽くため息をつく。
その時、ガタンと馬車が停車した。
「……なにがあった」
私服であっても身につけている短剣を手にしたカールが、先ほどの陽気さを消してしまったように冷たい声で御者に尋ねる。
「何者かが、飛び出してきたようです……」
「えっ。飛び出してきたって、無事なの!?」
「……少々見て参ります」
もし、誰かにケガをさせてしまっていたら……。
不安に思っていたら、ガチャガチャと乱暴に馬車の扉が開いた。
「……ルティーナ・ウィリアスだな」
「え?」
馬車の中から引きずり出される。
予想外の出来事に、動くことも、叫ぶこともできずに顔を上げると、目の前にいたのは黒づくめの集団だった。
視線の先には、カールが倒れている。
公爵家の騎士団に所属する騎士たちは、精鋭ばかりだ。
その中でも、一人娘である私についている護衛騎士は腕利きばかりのはずなのに……。
というよりも、どうして私がイベントに巻き込まれているの?
ヒロインがいなくなってしまった弊害なのだろうか。
まさか、自分がこんな事件に巻き込まれてしまうなんて、平和な世界の記憶と、深窓の令嬢としての記憶しか持たない私には、想像もできなかった。
「きゃ!」
肩に担ぎ上げられて、連れ去られそうになったその時、ピタリと黒づくめの男性の足が止まる。
吹きすさぶ冷気。閉じていた瞳を開ければ、凍った足が目に入った。
「……ルティーナ嬢」
いつも甘く耳をくすぐっていたその声は、まるで刃のように鋭い。
私を抱えていた手が、冷たく凍っていく。
氷の魔力を持つ、ランベルト・サーシェス辺境伯。
でも、私のことをほんの少しも傷つけずに、さらおうとした人間の手だけ凍らせてしまうなんて、通常であれば考えられないほどの魔力制御だ。
「……無事か」
今まで経験したことのない、非常事態に混乱していた思考が、徐々に恐怖と安堵で埋め尽くされていく。
ヒョイッと両脇に手を入れて、軽々と持ち上げられる。
私は、思わずランベルト様の首元に抱きついた。
「そんなに震えて……。怖かっただろう? ところで、どうして、屋敷の外にいる」
「――――それは」
ランベルト様のスチルがほしくて、なんて言えるはずもない。
(まさか、こんなことになるなんて)
「まさか、こんな白昼堂々と。王妃か、それとも神殿からの差し金だろうな……」
「ランベルト様、ご迷惑をおかけしました」
震えが止まらない。ランベルト様が来てくれなかったら、一体どうなってしまったのだろう。
そんな私を落ち着かせるためなのか、ランベルト様の手が、そっと背中を撫でる。
「……もう、大丈夫だ」
「はい、ありがとうございます」
ようやく地面に降ろされて、涙に濡れた瞳で顔を上げる。
そこで私は、あまりの衝撃にうまく呼吸ができなくなって、ひゅっと息を飲み込んだ。
(――――っ、これは、ファーストスチル!?)
子どもをあやすみたいに、ためらいがちに私の頭を撫でたランベルト様。
なぜかヒロインの代わりに私を相手にしたそのお姿は、完全にゲームのスチルと一致していたのだった。
そして、少しだけランベルト様と私の距離は近付いていく。
友人と言うことは、つまり好感度が最低ではないということなのだから。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。




