謎の手紙 ランベルトside
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その手紙は、なんの前触れもなく届いた。
「は……? 婚約破棄?」
最初に書かれていたのは、王太子殿下からまもなくウィリアス公爵家令嬢が婚約破棄されるという衝撃的な内容だった。
ウィリアス公爵とは多少の交流があったが、こんな王都を揺るがす大事件を知らされるほど親しい間柄ではないはずだ。
あまりのことに困惑しながら何度も差出人を確認したが、その手紙には誓約魔法がほどこされていて、偽造することなどできない代物だ。王家の人間であっても、この手紙に嘘を書くことはできないし、差出人を偽ることなどできはしない。
手紙には、ウィリアス公爵とウィリアス公爵家令嬢の名前が連名で記されている。
「間違いなく本物だ……」
魔力を流して調べても、どこにも不審な点は見受けられなかった。
「……しかし、なぜこんな王国の最重要機密に値するような情報を俺に流してきたんだ」
ウィリアス公爵の意図がわからずに、手紙を読み進めるうちに、俺の困惑はますます深まっていく。
そこに書かれていたのは、なんとウィリアス公爵令嬢の新しい婚約者として俺を選んだという内容だ。
婚約した時点で、俺に渡される持参金の額は、どう考えても王家の姫君が隣国に嫁ぐ額よりも多い。
そして、ウィリアス公爵家令嬢ルティーナの個人資産、持っている権利、公爵家の相続権、すべてを俺に与えると書き記されていた。
破格すぎる内容に、きっとこのあと、なにかしらサーシェス辺境伯家から大きな見返りを求める内容が書かれているのだろうと確信して読み進める。
しかし、分厚い手紙には、なぜか婚約に関する意気込みと、結婚したときには必ず幸せにすると言った決意がひたすら記されていた。少し怖いほどに。
そして最後にようやく俺への脅迫と見受けられる文章が書かれていた。
そのことに、なぜかほっとしながら読んでいた俺は、衝撃を受ける。
――この婚約が成立しなかった場合には、ウィリアス公爵家ルティーナは、神殿に入るか、若い貴族令嬢を後妻に求める高齢の貴族に嫁ぎます。
そう書かれていたから……。
「……これは、新手の脅迫なのか?」
その手紙に書いてあった内容は、結局のところ受け入れても受け入れなくても、俺にとってはなにひとつ損なことなどないものだった。
しかし、このまま断ってしまって、ほんとうにウィリアス公爵家令嬢が俗世から身を引いてしまうのも、高齢の貴族の後妻になるのも寝覚めが悪すぎる。
いくら王妃になる予定だった娘が、婚約破棄されることになったからといって、人外だ、野獣だとこの姿せいで後ろ指を指されている俺を婚約者にするなど、ウィリアス公爵はあまりだと思う。
何度かお会いしたウィリアス公爵は、義を重んじる人間で、とても一人娘にそのようなことをするようには思えなかったのだが……。
この手紙には、もっと大きなことが、隠されているのかもしれない。
薔薇と甘い果実のようなよい香りがするその手紙。
どちらにしても、ウィリアス公爵家令嬢のことを放っておくことなどできそうになかった。
「はぁ、近々王都に行く必要があったな……。少し予定が早まるだけの話だ」
俺は、執務をすべて前倒しに片付けると、王都へ旅立ったのだった。
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