推しへの愛はすべてに勝りますわ 3
(それにしても、私が女神に例えられるなんて……。おかしな話ですわ。悪役令嬢ですのに)
チラリと見上げたランベルト様は、今日も表情の読めない狼の顔をしている。
そばにいたいという気持ちばかりで、追いかけてきてしまったけれど……。
(どんどん、シナリオから離れていってしまいますわ!? それなのに、イベントは似ていますわ!?)
反乱軍を制圧したランベルト様。
幼少期からためていた魔力を、放出して周囲一帯を破壊し、窮地を逃れたという描写がある。
(間違いないです。間違いなく、このブレスレットが、その危険すぎる魔道具なのですわ!?)
そんな風には見えない、キラキラと控えめに輝く、空色の光……。
「ふにゃあ、ランベルト様カラーの公式ブレスレット」
ランベルト様のお母様が最後に贈ったという、貴重な品だ。
あらゆる意味で、一生外してはなるものかと、そっと握った拳に、上からそっと包むように重ねられた大きなモフモフの手。
そのときだった。
最高潮に盛り上がって、お祭り騒ぎになっていた領民たちが、不意に静まりかえる。
「ああ、やはりこの場面で発動するのか……。なんというか、時と場所を選んで使っているようにすら思えるな。……無自覚なのだろうが」
「ふっ、ふえぇ! もちろん、わざとではないですわ! ランベルト様とお約束したのですから!」
「わかっている。俺の、無邪気で残酷で、愛しい女神」
黒髪が、風に揺れ、視界に入る。
黒い光の粒は、その暗さを忘れさせてしまうほどに、まばゆく七色に輝く。
幻想的な光景だけれど、その魔法の真ん中に立つのは、ごく普通の女の子。
きっと、周囲の人たちを幻滅させてしまうに違いない。
悪役令嬢ルティーナとは、何もかも違うもの。
そして、目の前にいる人こそ、きっと神様が作ったに違いないお姿をしている。
最初から、この姿だったとしても、私の好みすべてを凝縮したお姿なのだもの、ぜったい推していた。
「この姿の君は、小さいから、抱きしめたら周囲すべてから隠すことができそうだ」
「……周囲の視線が集まって、逆効果です」
この姿の私ひとりなら、この世界にはないという黒い色彩以外、目立たないに違いない。
そんなことを思っているうちに、不意打ちのように、大きく背中を曲げたランベルト様が、頬に口づけを落とした。
狼の口で、首元にかみついてもらえないのが、少し残念に思えてしまった私は、相当重症に違いない。
「……なに? かみつかれるのを期待した?」
いたずらが成功したときのように、どこか意地悪げに、そして無邪気に笑ったその顔。
狼の姿に戻っても、なにかを言われるたびに、想像してしまうに違いない。
「……っ、どうしてそれを!?」
「……っ、冗談だったのだが」
顔を上げたランベルト様は、領民に背中を向けたままだ。
その顔が、真っ赤になったのを見たのは、つまり私だけだったに違いない。
直後、私の魔力の消費とともに、狼の顔に戻ったランベルト様は、ためらいなく私の首を甘噛みした。
一部始終を見ていた領民の盛り上がりは最高潮に達する。
ファンタジーに姿を変える二人の物語が、サーシェス領、そして王国や隣国で一人歩きしてしまうのは、時間の問題なのだった。
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