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モフモフ辺境伯はおゆずりいたしませんわ 4


 ***


 ランベルト様は、ウィリアス公爵家に招かれて泊まっていくことになった。

 辺境伯領と王都は早馬でも往復一週間かかる距離。

 そんな距離を、駆けつけてくれたランベルト様には感謝しかない。


 それにしても、推しと一つ屋根の下にいるなんて、今夜は眠れそうにありませんわ……。

 悪役令嬢だったことは残念だったけれど、推しと同じ空気を吸うことができることに感謝を捧げつつ、庭に出る。

 すっかり暗くなった夜空には、月が輝いていた。


「ランベルト様……」

「……ウィリアス公爵令嬢?」


 困惑している声ですら、あまりに甘くてしびれてしまいそうなほど魅力的だ。

 振り返れば、泊まっている部屋のバルコニーから外の空気を吸いに来たのだろうか、ランベルト様が私の後ろに立っていた。


「ランベルト様!!」


 月が出ていても真っ暗な庭。

 白銀の毛並みだけが、まるでもうひとつ月があるみたいにキラキラと輝いている。

 私は、ランベルト様の下に飼い主を見つけた子犬のように駆け寄った。


「……どうして、そんなうれしそうなんだ?」

「ランベルト様にお会いできたからです!」

「…………!?」


 ランベルト様は、沈黙してしまった。

 いきなり距離を詰めすぎてしまったかもしれない。


 そもそも、ランベルト様は、すべてのキャラクターを攻略した後に、新たに開始したストーリーですべてのキャラクターからの好感度を最低に下げて、ヒロインが辺境へと送られてしまうバッドエンドを迎えるとようやく会うことができる最高難易度の隠しキャラだ。


 ……すべてのキャラクターを攻略するよりも、すべてのキャラクターの好感度を最低に下げるのが難しかったわ……。


 誰からも愛されるヒロイン。とくに、一部のヒーローからの好感度は、ちょっとしたことですぐに上がってしまう。


「先ほどまで、ウィリアス公爵と話をしていた。……あの婚約打診の手紙は、ウィリアス公爵令嬢が書いたそうだな?」

「…………そうです。ところで、ウィリアス公爵令嬢なんて呼び方ではなく、ルティーナと呼んでいただけませんか?」

「…………え?」

「婚約者になったのです。ルティーナと呼んでいただきたいです」

「……婚約の件は、白紙にしてもらえるように、ウィリアス公爵に掛け合ってきた」

「え、ええ!?」


 ためらいがちに、そっと近付いてきたモフモフのランベルト様。

 距離が近くなる、ただそれだけのことでクラクラしてしまう。

 けれど、先ほどの言葉に背中に冷水を浴びせられたようになる。


「こんな姿の俺と婚約しても、笑いものになるだけだ」

「……むしろ、そのお姿が好きです」

「……今は、婚約を破棄されて自暴自棄になっているんだ。少し落ち着いたら、きっと後悔する」

「しません! 後悔なんてあり得ませんわ!!」


 暗い闇夜は、すべてを覆い隠してしまうはずなのに、隠すことなんてできないランベルト様の白銀の毛並みと美しい空色の瞳。


「……どうしてそこまで」


 その声は、少しだけ震えていた。

 目の前にいる人は、美しい毛並みをした狼の顔をしている。

 初対面の相手から、熱烈に求婚されたって、逆に疑ってしまうのは当たり前に違いない。


 急に吹き始めた夜風にフルリと震えれば、そっと私の肩にマントが掛けられた。

 やっぱり、ランベルト様はお優しい。それに、ものすごくいい香りがする。


「……説明するのが難しいのですが、ランベルト様の存在は、私の生きる気力でした」

「……先ほどが、初対面だったはずだ」

「っ……お噂に聞いて、ずっとお会いしたかった」


 ほんの少ししかメインストーリーには出てこないサーシェス辺境伯ランベルト様。

 私の今の言葉は嘘ではない。画面越しではあったけれど、推しにずっと会いたかった。

 だから私は……。


「わかりました!!」


 努めて明るくした声に、空色の瞳が軽く見開かれる。

 ランベルト様は、このまま一週間程度は王都に滞在する予定だと言っていた。

 

「――――何がわかったんだ」

「たしかに、初対面の相手と婚約なんて、疑ってしまいますわよね? まずは、私のことをランベルト様の婚約者候補として存分に吟味してくださいませ!!」

「……え?」

「とりあえず、お友だちから始めましょう? ルティーナと呼んでくださいませ!!」

「――――え? ウィリアス公爵令嬢?」

「ルティーナ!!」

「…………ルティーナ嬢」

「…………っ!!」


 推しから名前で呼んでいただけた喜びは、想像を絶していた。

 ここまでの興奮、前回の人生、今回の人生を含めても初めてだった。


 そこで私の激動の一日の記憶は途絶えてしまった。

 あとから聞いた話によると、倒れてしまった私を抱きかかえたランベルト様は、お父様の元に駆け込んだらしい。

 大変申し訳ないことをしてしまったけれど、抱き上げていただいた記憶がないことだけが心残りだ。

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