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【電子書籍配信中】悪役令嬢なので可憐に退場しますが、モフモフ辺境伯だけはおゆずりいたしませんわ  作者: 氷雨そら


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波乱の中でも一番はモフモフ辺境伯ですわ 5


 ランベルト様に、抱き上げられたまま神殿の外に出る。


(先ほど、神殿を取り囲んでいた騎士たちは、どうなったのかしら?)


 驚くほど、周囲は静まりかえっていた。

 ランベルト様が、降ろしてくれたから、そっと周囲を見渡す。


(えぇ!? 神殿騎士たちが、捕らえられていますわ! 一体何が起こりましたの!?)


 見上げたランベルト様は、目をこすって本当かどうか何度も確認したくなるほどの美貌だ。

 けれど、以前私がブローチの力で、姿を変えていたときにランベルト様が言っていたことの意味が、今ならよくわかる。


(魔力の香り、林檎と柑橘類みたいに甘くて爽やかで大好きな香りですわ。それに、声もかわりませんのね……)


 実は、ゲームをしていたときには、密かにランベルト様がモフモフではなくなってしまったなら、残念に思うのではないかと思っていた。


 でも、残念に思うのは、あのフワフワの感触がなくなってしまったことくらい。

 ランベルト様は、どんな姿でも変わることなく大好きな人なのだと痛感させられる。


「――――いったいどうなっていますの?」

「眠りから覚めてすぐに、ブローチをつけた。君の予想通り、この姿になったよ。神殿からの使者と対面した。ウィリアス公爵の動きにより、聖女の立場は、相当悪くなっているらしいな? やつらも、焦ったのだろう」

「……それで」

「すでに、サーシェス辺境伯領の神殿は、王都の神殿から離反した。俺の姿を戻したのは、聖女などではないのだから」


 それだけ言うと、ランベルト様は、前に進み出た。

 次々に部下に指示を与えて、すべてを収束させていく姿は、たしかに有能な若き当主といえるだろう。

 一瞬だけ、とても遠い存在に見えてしまい、さみしく思う。


「結局のところ、王妃と聖女が組んで、君を貶めることで、ウィリアス公爵家の力をなんとかそごうとしたのだろう……。だが、サーシェス辺境伯家は、我が領内での王都の中央神殿が好き勝手することを許しはしない」


 それは、王都の神殿と完全に敵対することを意味する。

 新しい神殿長が任命されるとともに、捕まってしまった神殿騎士たちは、王都に送り返されることになるそうだ。


 すでに、ウィリアス公爵領にいるお父様とも連絡を取り合い、神殿に根回しをしていたというのだから、ランベルト様の有能さには脱帽だ。


「ああ、聖女があの後、俺に会いに来たんだ」

「え?」

「ブローチを外して、いつもの姿のまま会ったところ、涙を流しながら、君にだまされているとか、その哀れな姿を自分なら戻すことができるとか、語っていたな……」

「――――それは」


 私は悪役令嬢なので、悪く言われるのは仕方がないけれど、ランベルト様の努力を知りもしないで、姿のことを悪し様に言うなんて。


「……君なら、代わりに怒ってくれると思った」

「ランベルト様は、悔しくないのですか?」

「いや、不思議だな。君と会う前ならば、もしかしたら悔しさを感じたり、揺らいだのかもしれないが」


 ふと、金切り声が聞こえたから、振り返ると、聖女がこちらに向かってくるところだった。

 サーシェス辺境伯騎士団の騎士が、引き留めようとするのを、振り払っている。


 蜂蜜色の瞳は血走り、ピンクブロンドの髪の毛も、今は乱れている。

 王都にいるときの聖女は、いつも余裕があるように、人を見下すようにこちらを見ていたのに……。


「どういうことですか。どうして、姿が戻っているのですか」

「さあ、聖女様に教える義理はありませんね」

「どうして! 魔法使いが告げた未来も、聖女の受けた神託でも、こんな未来なかったはずなのに」


 ランベルト様は、信じられないほど冷たい目で、聖女を見下した。

 未来……。そういえば、王都の魔道具屋店主も、ランベルト様の未来について話していた。


(きっと、ランベルト様が狼に似たお姿になったことと、告げられた未来というのは深く関係しているのですね)


 分岐された、そして確定されている未来なんて、まるで乙女ゲームのシナリオそのものだ。

 この世界と、元いた世界。なにかしらの力が働いて、あのゲームができたのだとしたら……。


「さあ、王都にお帰りください? まあ、ウィリアス公爵家令嬢、そしてサーシェス辺境伯次期夫人をこんな目に遭わせたのです、王都に居場所があればいいですね?」

「――――許さないわ」


 冷笑したランベルト様は、どこかいつものモフモフして素直なランベルト様とは違う人みたいだ。

 そんなことを思った瞬間、腰に手を伸ばされて、グッと引き寄せられる。

 ランベルト様は、私に少しだけ体重を預けてきた。

 その体が、あまりにも冷たくて、私は異変を察知する。


(ブローチ!! 魔力が続く限りは姿を保つことができる……?)


 動揺を表に出さないように、優雅に微笑みながら見上げたランベルト様は、明らかに顔色が悪い。

 それに、マントにつけたブローチの、中央部分の空色の宝石には、ヒビが入っていた。


「……っ、これ以上あなたの顔を見るのも、気分が悪いですわ? 聖女様、ごきげんよう」


 ランベルト様に、しな垂れるように、そう見えるように支えて、その場を去る。

 金切り声を上げる聖女は、新たに任命された神殿騎士たちに、連れて行かれた。


「ランベルト様……?」

「あと、少しだから」

「…………わかりました」


 本当は、今すぐランベルト様の魔力を吸い続けているブローチなんて、投げ捨ててしまいたいけれど。


 この姿を、領民たちに見せるまで、もうきっと、やめることはできない。

 それくらい、私にだってわかるから。


 たくさんの人たちが、あふれかえっている。

 ランベルト様が、手を振る。


(あと少し、馬車は目の前ですもの)


 魔力が完全になくなってしまうと、眠りに落ちてしまうだけでなく、命に関わることもある。

 それでも、私にはランベルト様を止めることはできない。


 馬車に足をかけ、周囲の注目が一層集中したそのときだった。


 ――バキンッ!!


 ランベルト様が、つけていたブローチの宝石が、空色の光を放って粉々に砕け散る。

 回数制限や、時間制限があるアイテムだったのだろうか……。


「そうか、結局俺には、君を守り、すべてを手に入れることなんて」

「っ、あきらめないでください!!」


 それは無意識だった。


 だから、私自身にも、止めることはできなかったし、魔力が底をつきかけたランベルト様ももちろんその発動を止めることはできなかった。


 

 

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