波乱の中でも一番はモフモフ辺境伯ですわ 1
「まさか、叔父上が裏切るとは……」
その声音は、冷たいと同時に少なからず衝撃を受けているようだった。
それもそのはず、ランベルト様が辺境伯につくための後ろ盾だったのが、叔父、ガーランド・サーシェスだからだ。
「…………ランベルト、裏切りとは周囲に聞こえが悪い。むしろ、おまえを助けようとしているのだが」
「どういうことですか、叔父上」
「…………そこの、悪女にたぶらかされてはいけない。聖女を貶め、神殿を敵に回した女だ」
指さされた先は、間違いなく私だった。
周囲を見ても、ランベルト様に敵意を感じない。
あるのは、私に向けての悪意ばかり……。
(ゲームと、展開が違いますのね……)
ゲームの中では、辺境伯が狼の姿であることをよしとしない一部の勢力が軍部と手を組んでランベルト様を取り囲む。
そして、そこに一緒にいた聖女も巻き込まれてしまうのだ。
「そういえば……ガーランド叔父様は、その時もランベルト様の味方でしたわね」
「――――何を言っている」
つまり、すでにシナリオは変わってしまってるということなのかしら?
その割には、似たような出来事が起こるのはいったい。
「…………えっと。私が大人しく投降すれば、丸く収まるということでしょうか?」
「――――神殿が、ルティーナ・ウィリアス公爵令嬢の引き渡しを要求している。元々、神殿はランベルトが辺境伯になることを最後まで受け入れなかった。ランベルトに叛意を持つ者たちは神殿を支持している。これ以上領内に混乱を招くわけには行かない」
「なるほど……」
この後のシナリオでは、バッドエンド後とは言っても、国内でいまだ熱烈な支持を受ける聖女がランベルト様側であると宣言することで、この混乱は収まる。
(でも、今回は私が原因のようですわ……?)
淡い空色のドレスなんて着たところで、悪役令嬢という存在を隠すことはできなかったらしい。
どうしても、ランベルト様と一緒にいたくて、無理を通してしまったけれど、潮時なのだろう。
仮にも公爵令嬢なのだ。このままついて行ったところで、殺されまではしないに違いない。
「…………わかりましたわ」
「ルティーナ嬢、なにがわかったというんだ」
怒りをにじませた声。
こんな声が、私に向けられることはなかったから、驚いて思わずその顔を見る。
「え? でも、皆さまはランベルト様のために」
領民思いで、誰よりもサーシェス辺境伯領を愛しているランベルト様。
私の知っているゲームの中のランベルト・サーシェス辺境伯ならこの場面ではきっと私を引き渡したと思う。
もちろん、安全の確保はしてくれただろうけれど。
「――――叔父上。すでに、ルティーナ・ウィリアスは、俺と婚約をしている。婚約者を引き渡すなど、俺にできようはずもない」
「…………それでは、ランベルト、おまえへの支持を取り消さざるをえないだろう」
「ご自由に……。だが、ここは通らせていただく」
胸の前で手を組む。どうして、こんなことをランベルト様が言い出したのか、理解できない。
ランベルト様にとって、領民からも臣下からも信頼厚く、親や兄のように慕う叔父、ガーランドと離反するなんていいはずない。
「あの、私に抵抗する意思はありません!!」
「…………予想外だな。いつも冷静沈着で、サーシェス領のためにすべてを捧げるだけだったランベルトより、このお嬢様のほうが状況を理解しているようだ」
ランベルト様と同じ空色の瞳をした人。白髪が交ざった濃紺の髪の毛。
人間になったランベルト様は、きっと叔父、ガーランド様に似ているに違いない。
「…………ルティーナ嬢、俺から離れる気か?」
「え……?」
「――――ここまで、君なしではいられなくさせておいて、今さら」
周囲の温度が、どんどん低くなっていく。
さらさら薄い生地のドレスでは、すぐに凍えてしまいそうなほどに。
「……残念だ」
パチンッとガーランド様が指を鳴らした途端に、地面を覆い尽くす複雑な魔方陣。
私は、画面でこの魔方陣を見たことがある。
(魔力がすべて吸い上げられてしまう魔方陣ですわ!?)
この魔方陣が出現したフィールドでは、一切魔法を使うことができない。
ランベルト様は、魔法を使ってこそ最強の力を発揮できる。
「……拘束しろ」
魔力をすべて奪われてしまったランベルト様は、力なく膝をついた。
私を守りながら戦っても、勝ち目はないと判断したのだろう。
ランベルト様がこの場でそれ以上抵抗することはなかった。
こうして私たちは、捕まってしまった。
味方のはずの、ガーランド・サーシェスの手によって。
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