推しと二人きりなんて無理ですわ 8
握られた手のモフモフ感触に酔いしれていると、なぜかその感触がゴツゴツしたものに変わる。
「……!?」
目を見開いて凝視すると、その手はいつもの白銀の毛に覆われたモフモフではなく、どこからどう見ても成人男性の手だ。
「ら、ランベルト……様?」
「っ、振り返らないでくれ」
震える私の手を、無言のまま、もっと強く握ったランベルト様。
なぜかその手が私よりも震えているように思えるのは、気のせいなのだろうか?
首筋に触れるのは、くすぐったくて、さらりとした絹糸のような。
(……髪の毛?)
少々痛みを感じるほど握る手の力に、私の戸惑いは大きくなるばかりだ。
ほんの数秒のできごとだった。
その手は再びモフモフしたいつもの触感に戻る。
首筋に触れるのも、ふわふわで、やっぱりくすぐったい感触だけで……。
ようやく、手の力が緩められて自由になる。
そのまま、私の体を抱きしめてきた腕の中で、クルリと向きを変えて、目線を上げる。
「ランベルト様……?」
「発動しなかった……。君の、魔法」
振り返った先にいたのは、モフモフの毛並みが愛らしくて尊い、いつものランベルト様だ。
でも、聞かなくては。
もし、今起こったできごとが幻などではないなら、聞かなくては。
「……私の魔法、でしたの?」
「……ああ。だが、もう使わないでくれ」
「なぜですの」
「初めて見る魔法だ。使った結果、ルティーナ嬢の身になにが起こるか、俺にもわからない。それに、先ほどの君は……」
ふと、視線を感じて振り返れば、青ざめたカールと目が合う。
あんな顔をしたカールを、私は見たことがない。
先ほどのできごとを振り返る。
モフモフでは、なくなってしまったランベルト様。
その衝撃で、ほかのことに目を向けられなかったけれど、もう一つ、私の視界の端に映っていたのは。
黒……。黒い、髪の毛。
「ランベルト様、私の姿」
「ああ、あのブローチを着けたときと同じだった」
「そうですか……」
早朝の広場には、幸い誰もいない。
ランベルト様とカール以外には、誰にも見られなかったから、このできごとをなかったことにすることもできるのだろう。
そして、モフモフなサーシェス辺境伯ランベルト様と悪役令嬢ルティーナは、いつまでも幸せに……。
(……幸せに? ……検証は必要ですけれど、ランベルト様のお姿を戻せる可能性がある魔法。なかったことにする案はボツですわ?)
そんな私の頭上から、不安と焦りを織り交ぜたようなランベルト様の声が降り注ぐ。
「ルティーナ嬢! もう一度言うが、なにが起こるかわからない。解明されていない魔法は、危険なものだ。絶対に使ってはいけない」
「……はい! わかりましたわ!」
あら? どうしてそんな風に眉を寄せていますの?
ちゃんと、はい、と返事をいたしましたのに。
「……ぐ、不安で仕方がないのはなぜだ」
「安全第一にがんばりますわ!」
「がんばらないで、ほしいのだが……」
ランベルト様を取り巻く問題のほとんどは、元のお姿さえ取り戻せば解決する。
それなのに、私の身を案じてくれたランベルト様。
……でも、ランベルト様がどれだけサーシェス辺境伯領を大切にしてきたか、領主であることを誇りにしてきたか、ゲームの中だけとはいえ、私は知っているから……。
(ありがとうございます。私、その優しさに報いますわ!)
安全第一。けれど、ランベルト様の幸せのためにがんばると、私は密かに誓ったのだった。
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