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【電子書籍配信中】悪役令嬢なので可憐に退場しますが、モフモフ辺境伯だけはおゆずりいたしませんわ  作者: 氷雨そら


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28/52

推しと二人きりなんて無理ですわ 7


 どうしてあんな行動に出たのかしら。


 朝起きて、強い後悔とともにそのときの自分の行動に疑問符を浮かべることは、人生で多々あるだろう。


 すでに、ランベルト様は隣にいない。

 でも、まだそこには温かさが残っている。


 一緒に過ごして初めて知った。

 ランベルト様は、毎朝の鍛錬を欠かさない


 そっと、宿屋の外に出た私に、音もなくカールが付き従う。

 いつも笑顔で底抜けに明るいけれど、チラリと横目で見たカールの表情は、とても凛々しく、周囲を警戒しているせいか、冷たくすら見える。


「……それにしても、こんな早朝から鍛錬なんて、ランベルト様は、努力家よね」


 それに比べて、私はどうだろう。

 髪の毛やお肌の艶は、完全に侍女たちの努力のたまもの。

 公爵家令嬢として身につけた所作は、ルティーナの努力のたまものだけれど、記憶が戻った今となっては、努力したという実感がない。


「…………記憶を取り戻す前はできなくて、今がんばれることは」


 ルティーナの唯一の弱点……。


「そう、ルティーナ・ウィリアスは、精霊魔法が使えなかった」


 努力家のルティーナは、魔法についても努力しなかったわけではない。

 けれど、どうしても精霊が力を貸してくれなかったのだ。

 この国は、精霊魔法が中心だから、それが使えないルティーナは、血統も、美貌も、すべてが完璧であっても、王太子の婚約者として完全ではなかった。


「悪役令嬢らしい設定だけれど……」


 先日、ブローチに吸い取られた魔力。

 私に魔力がないわけではないことは、わかっている。


(もしかしたら精霊魔法は使えなくても、ランベルト様が使っているような魔法であれば、使えるのではないかしら?)


 そんなことを考えながら歩いて行くと、宿屋のすぐ前にある広場の噴水の前で、ランベルト様が魔法を使っていた。

 早朝、それでもすでに温かい陽気を感じさせるのに、ランベルト様の周囲だけが、まるで冬が来たように、氷のかけらでキラキラ輝いている。


 その光景は、あまりにも美しくて、そしてそのまま五体投地したくなるくらい衝撃的な上に尊かった。


「す……スチル!!」


 私は、昨日に引き続き地面に膝をついた。


 ヒロインは、辺境に送られる。

 その途中で、以前助けてくれた男性が、魔法を使っている場面に出会う。

 聖女とランベルト様の再会の場面は、ここだったのね……。


 この後、精霊魔法を使って聖女が花を散らして、まるで冬と春が同時に訪れたような幻想的な場面が、訪れるのだ。


「魔法…………」


 目をつぶって、ブローチに魔法を抜き取られたときの感覚を思い出す。

 手のひらが温かくなって、何かが生まれた感触。


「あ……」


 目を開いた私の手のひらにブラックダイヤモンドのように黒いにもかかわらず七色に輝く光の粒、

 それは、まるで淡雪のように儚くすぐに消えてしまったけれど。


 再会の場面では、聖女とランベルト様は、少しの間だけ時間を忘れてしまったように見つめ合う。

 けれど、顔を上げ、遠くを見ても、すでにランベルト様はいなかった。

 私は、ヒロインではない……。同じようになるはずがないのに。


 そのことに、ひどく落胆した直後、背中側から忍び寄った手に抱きしめられる。


 膝をついたランベルト様のモフモフした手が伸ばされて、まるで魔法を隠すように、私の手を包み込んだ。


 抱きしめられた私の視線の先で、遠く美しい氷の粒は朝の光にきらめきながら徐々に消えていった。



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