推しと二人きりなんて無理ですわ 6
崩れ落ちた私の脇の下に手を入れて、ヒョイッと立ち上がらせて、ランベルト様は、ため息をついた。
あきれられてしまったのだろう。
(でも、最推しに壁ドンされて、膝から崩れ落ちないなんてありえるかしら? 否、あり得ませんわ)
まだ、頭がポワポワする。
上気した頬をどうすることもできないまま、私はランベルト様を見つめる。
「……君の推しだというランベルトと、俺はどこか違う人間のような気がする」
「……たしかに」
ゲームのなかのランベルト様は、聖女を愛していて、それでいていつも一番大切にしていたのはサーシェス辺境伯領だった気がする。
でも、今のランベルト様は……。
……なぜか、領地よりも私を選びそうな気がする、なんて傲慢な上に考えすぎですわね?
「でも、私にとっては、今のランベルト様が最高の推しですわ」
「推しとは…………。あの黒髪の姿と関係あるのだろうか?」
聞いてはいけないことを恐る恐る確認するようなランベルト様。
たぶん、隠しておくことはできないし、ランベルト様に隠し事なんてしたくない。
ゲームでは、幼い頃、白銀の毛並みの今のお姿になったことしか、語られていない。
(いつか、話してもらえるのでしょうか)
脇の下で私の体を支えていた手が、するりと入り込み背中へ移動する。
「いつか、話してもらえたなら、それで……」
「そうですね」
私もランベルト様の体を上から抱きしめた。
柑橘系の香り、林檎の香り。
この香りは、甘くて、さわやかで、優しい。
「私、この姿になる前の記憶があるのです。そして、ランベルト様のことを直接ではありませんが、物語のなかで知っていました」
「そうか。この世界と縁のある者が、無意識のうちに作り上げたのだろうな」
「えっ?」
当たり前のように受け入れたランベルト様。
しかも、今の言い方だと……。
「珍しいが、ないわけでもない。ほかの世界とこの世界をつなぐ縁。引き寄せられるように、記憶を持ったままこの世界に来ることが」
「そうなのですね」
「黒い髪と瞳の女性は、その世界の君か」
「……はい」
ランベルト様は、ようやく納得がいったかのように、私からそっと離れた。
「その物語のなかの俺は…………」
「…………」
「残念ながら、君とは出会えなかった。そして、聖女の力で人の姿を取り戻す」
「なぜ、それを」
「…………この姿になったときに、いくつか告げられた未来の一つだ」
未来? でも、未来が複数あるみたいな言い方ですわ。それって、まるで……。
「君と出会うことは、この姿になったときに訪れた魔法使いたちが告げた未来、その中のどこにもなかった」
たぶん、告げられた未来は、乙女ゲームのエンディングなのではないかしら……。
そして、悪役令嬢とランベルト・サーシェス辺境伯の未来なんて、ゲームに描かれるはずもない。
「今は、この姿のままで生きていくのも悪くないと思っている。話してくれて、ありがとう。ルティーナ嬢」
「ランベルト様」
「……今日はもう遅い。君も寝るといい」
それだけ言うと、ランベルト様は、ソファーに横になってしまった。
たしかに、いつの間にか外は真っ暗で、月も出ていない。
ランベルト様の未来……。
聖女との未来で、ランベルト様は人の姿に戻ることができるはず。でも、そのエンディングを私は見ていない。
ランベルト様は、今の姿も悪くない、と言ったけれど、人の姿になりたい気持ちはきっと変わらない。
(私は、聖女ではないから)
おもむろに立ち上がり、ソファーのそばで横になるランベルト様に近づく。
「ルティーナ嬢?」
「……一緒に寝ませんか」
「…………それは」
「……無理ならいいです。隣の床で寝ます」
ガバリと起き上がったランベルト様は、無言のまま私を肩に担ぎ上げてベッドに下ろした。
そして、隣に潜り込む。
「ランベルト様」
甘い香りが眠気を誘う。
今夜の私は、前世を思い出したせいで、少しおかしいのかもしれない。
頭を撫でられた感触は、柔らかくてくすぐったい。
「ふにゃ、ランベルト様……」
「…………こんなにも、すぐ寝付くとは」
ふわふわの毛並みと林檎と柑橘系の香り。
その夜は、悲しい夢と幸せな夢をいっぺんに見た気がした。
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