推しと二人きりなんて無理ですわ 4
大きな声は、私の姿を見つけてすぐに静まった。
「お嬢様!!」
翡翠色の瞳をした大型犬が、飼い主を見つけて飛び込んでくる幻影を見た。
そのままその茶色い影は、すごい勢いで私の元に走り寄って、目の前にひざまずく。
「お嬢様……。何も言わずに、置いていくなんて、俺はそんなにも頼りにはならない護衛でしたか?」
「うぐ…………」
「たしかに、前回は不覚をとりましたが、以後は身命をなげうってでも、お嬢様をお守りいたします」
「あの……。カールのことを頼りにしていないわけではないのですわ。ただ、なんとしてもランベルト様について行きたくて……」
翡翠色の瞳が、まっすぐに私のことを見つめる。
やっぱり、忠実な大型犬みたいだ。私の護衛騎士は……。
「そんなこと、たった一言命じていただければ、叶えて差し上げたでしょう」
「え、そんなことしたら、ウィリアス公爵家に反することになるわ……」
「俺は、お嬢様の護衛騎士です。剣を捧げた相手は、公爵家ではなく、ルティーナ・ウィリアスお嬢様ただお一人です」
嘘をついているように見えないから、カールは本気で言っているのだろう。
そういえば、ルティーナとしての記憶の中で、たしかに幼いカールから剣と騎士の誓いを捧げられた。
「…………申し訳なかったわ。カールがそんな気持ちでいてくれたなんて」
「俺は、お嬢様の行くところであれば、辺境であろうと地の果てであろうとお供いたします」
「……カール」
「感動の再会は素晴らしいが、そろそろいいかな?」
ヒョイッと抱き上げられる。
背中と首をそらして見上げれば、口元はなんとなく微笑んだように見えるけれど、目はまったく笑っていないランベルト様がいた。
すぐに下ろしてもらえたけれど、なんとなく空色の目は、曇らせてはいけない、そんな気がする。
「ランベルト様」
「――――サーシェス辺境伯。どうか、俺もお連れください。必ずやお役に立ちます」
「実力はわかっている。魔法が封じられた状況下では、確実に俺よりも強いことも……」
「は! 命をかけてお仕えいたします」
「…………カール殿は、これからもルティーナ嬢に仕えていくのか?」
「もちろんです」
「…………この先、何があろうと、ルティーナ嬢だけを優先するのか」
「問われるまでもなく、そのつもりです」
迷うことなく答えたカールに、申し訳ない気持ちがわき上がる。
だって、カールが剣を捧げたルティーナだと、今の私は言い切れるかしら。
「……許すも許さないも、決めるのはルティーナ嬢だ」
「…………お嬢様」
まっすぐに私を見上げた翡翠色の瞳。
子どもの頃から、ずっとそばにいてくれた、私の護衛騎士。
王妃と神殿を敵に回してしまった私の護衛騎士なんて、カールにとって得なことなんてないのに。
一瞬迷ってしまった私に、剣が差し出される。
「…………カール」
「お嬢様は、お変わりになりました。そのことが、俺を護衛騎士としておく迷いになっているのなら、今、もう一度誓いを捧げましょう」
「…………私」
「今のお嬢様は、すべてを諦めていたときよりもいいと思います」
護衛騎士としては、完全に言ってはならない言葉だろう。
でも、私の背中を押してくれるには十分すぎる一言だ。
「……ありがとう」
そっと、叩いた肩は、子どもの頃の記憶と違って、たくましかった。
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次回、ランベルト様視点のはず。




