忍び込んででもついて行きますわ 4
あまりにランベルト様が強く抱きしめてくるから、苦しくて身をよじると、急に解放された。
「――――ランベルト様」
「ルティーナ嬢。なんとしてもついてくるのではないかと、想定していなかったわけではないが……」
それはもう。ずっと離れたままなんて、耐えられませんわ。
実物の推しが、同じ空の下に存在するのですもの。追っかけしないわけないですわ?
「……しかし、このブローチは、どこで手に入れた?」
「公爵家の宝物庫ですわ? 卒業と成人のお祝いとして、お父様が鍵をくださったのです」
「――――王国宝級の品だ」
「そうだったんですか? どうりで美しいと……」
美術的価値が高かったのかしら?
たしかに、空色の宝石と、ランベルト様みたいな狼の装飾にはその価値があると思います。
「装飾はたしかに一級品だが、そうではなく、魔道具としての価値が高い」
「ランベルト様のマントみたいに、認識阻害の効果があるものを探したのですが」
「いや。これはそんなものではない」
それだけ言うと、ランベルト様は宝石に空色の魔力を流し込んだ。
同じ色の宝石は輝きを増して、まぶしいほどだ。
「…………これで、もう眠くなってしまうことはないだろう」
「ランベルト様?」
「姿を変える際に、魔力を大量に吸い上げるようだ。先に、魔力を補充しておけば問題ないが、長い年月宝物庫にあったせいで、魔力が空になっていたのだろう」
「そうだったのですか……」
急に眠くなってしまったのは、魔力が抜き取られたせいでしたのね?
ルティーナはもともと、魔力を持っていても使うことができず、もちろん前の世界には魔法なんて存在していなかったから……。
(魔力を使うって、あんな感覚なのですね……)
もしかしたら、再現できるのではないかと手の平に魔力を集めてみようとした時、ポンッとブローチが乗せられて中断する。
「ルティーナ嬢。この宝石が吸い取る魔力は、相当のものだ。それから、魔法は危険なものだ。無計画に使ってみようなんて思わないように」
「ランベルト様…………。なぜおわかりに?」
「はは。なぜだろうな? 君の行動が予想できるようになってきた気がする」
ランベルト様の魔力が込められたせいなのか、左手のブレスレットと同じでとても冷たく感じる空色の宝石を指先でそっとなぞる。
「ルティーナ嬢……。黒い髪と瞳の美しい女性が、一体何だったのかはわからないが……。人前では決してそのブローチをつけてはいけない」
「…………どうしてですか?」
「黒い髪と瞳は、この世界には存在しない。…………一部の精霊や神だけが持っていると言われている色だから」
「え…………」
たしかに、ゲームの中に黒髪の人間は一人もいなかった。
色とりどりの髪と瞳があるのに、どうしてなのだろう。
それに、精霊や神だなんて……。
「わかりました……」
先ほどのブローチは、認識阻害をするというよりも、元の姿を見せるものなのかもしれないわね。
でも、ただでさえ、元王太子殿下に婚約破棄された公爵令嬢なんて目立ってしまうのに、これ以上目立つことは全力で避けたいわ。
「…………王家や神殿の耳にでも入ったら、一生囚われてしまうだろう。本当に先ほどの姿は、誰も知らない? 君の父上も?」
「――――誰も知りませんわ」
「はぁ……。気が変わった」
「……ランベルト様?」
私の横に座っていたランベルト様は、なぜか急に私を自分の太ももの上に座らせて、抱きしめてきた。
驚きのあと、遅れてきたのは、強い羞恥心。
「あっ、あの!!」
「黒髪なんて……。誰も知らない以上、君は俺のそばで守ることに決めた」
「…………それでは」
「一緒に来て、必ず守るから」
――――推しと一緒にいる権利をもぎ取りましたわ!!
太くてフワフワしている首元に抱きついた私には、ランベルト様の深刻な表情は見えない。
箱入り令嬢だったルティーナは、神殿や王族が秘匿している黒い髪と瞳の人間についての情報をまだ知らなかったし、もちろんゲームでも、そのことは触れられていなかった。
けれど、隣国の王族と深いつながりがあるランベルト様は、そのことについて知っていて、決意を秘めた表情のまま、私のことをやさしく抱きしめてきたのだった。
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