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【電子書籍配信中】悪役令嬢なので可憐に退場しますが、モフモフ辺境伯だけはおゆずりいたしませんわ  作者: 氷雨そら


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20/52

忍び込んででもついて行きますわ 3


 ***


 堅い床の上で眠っていた私は、上からふわふわした感触に抱きしめられて、目を覚ました。

 心地よくて低い、いつまでも聞いていたい声は、繰り返し私の名前を呼んでいる。


「ルティーナ!! ……ルティーナ!!」


 うっすらと目を開けると、美しい空色の瞳から雨がこぼれ落ちそうになっていた。


「…………どうして、泣きそうになっているんですか? ランベルト様」


 そっと、目元を拭おうと手を伸ばすと、ランベルト様はもう一度私のことを強く抱きしめた。

 ガタガタと揺れている……。一体ここは、どこだったかしら?

 どうして私は、こんなに狭い場所で眠ってしまったのかしら……。


 ゆっくり起き上がろうとした背中に、手が添えられる。

 そんなに長時間眠っていたわけではないのだろう。堅い床に寝ていたわりに、背中は痛くなかった。


「え…………!?」


 その時に、さらりとこぼれ落ちて視界に入った黒い色合いに、私は言葉を失った。


「――――目を覚まさなかったらどうしようかと思った。…………ルティーナ嬢」


 そうだわ。ランベルト様において行かれまいと、馬車の荷台に隠れたのでしたわ。

 そして、ブローチをつけたとたんに、猛烈に眠くなって……。


「…………君の魔力が移動していたことに気がついたが、急に香りが薄くなったから、てっきり諦めて自室にでもこもったのかと馬車を出発させたんだ」

「ランベルト様」


 さらさらストレートで、背中のあたりまである長い黒髪には見覚えがある。

 でも、そうだとしたら、ランベルト様が、この姿の私をルティーナだと認識している説明が、私にはつかない。


「それなのに、いつまでも、消えない魔力の香りを訝しく思って荷台を覗いたら、君が倒れていた」

「…………驚かせてしまって申し訳ありません」

「ルティーナ嬢」


 もう一度、抱きしめられる。

 ランベルト様は、お日様の下で実った林檎とオレンジみたいな香りがする。

 ずっとこのまま、何も言わずに抱きしめられていたいけれど……。


「…………ランベルト様、鏡がないのでわからないのですが、私の姿は今どうなっていますか?」

「黒い髪と瞳をした、華奢で可憐で美しい人になっている」

「う~ん。細くてボリュームがないのは認めますが、美しくはないと思います」


 ランベルト様の目は曇っているのだろうか?

 なぜなのか理由はわからないけれど、今私は、黒い髪と瞳をした、ごく平凡な容姿の前世の姿になっているに違いない。

 悪役令嬢として妖艶な魅力を持つルティーナと比べようのない細い体。


(けれど、容姿のことよりも気になるのは……)


 こんなにも姿が変わってしまったのに、どうしてランベルト様は私だってわかってくださったのかしら?

 私のこと抱きしめたまま、至近距離からまっすぐ見つめてくるランベルト様。

 その様子からは、私の姿が変わってしまったことへの戸惑いや嫌悪感は伝わってこない。


「…………どうして、私だとわかったのですか?」

「ルティーナ嬢。どんな姿であろうと、君が俺のことを好きでいてくれるなんて、どこか信じられずにいた。でも……」


 それは、答えになっていない。

 でも、ランベルト様の表情があまりに真剣だから、私はそのことを指摘できずに、まっすぐ空色の瞳をのぞき込む。


「――――そうだな。どんな姿でも、ルティーナ嬢が愛しいことに変わりはない。……姿が大事なのではないと、ようやく気がついた」

「ランベルト様」


 ランベルト様の手のひらにのった、絹糸のように艶やかで真っ黒な髪。

 この世界で、黒髪を見たことは、まだない。だから、黒髪はとても珍しいに違いない。


「夜の帳が下りたばかりの紫がかった空の色も愛しいが、月もない真夜中の空みたいな色にも、こんなに心動かされる」


 長い髪の毛に口づけが落ちるのをぼんやりと見つめる。

 その姿が、一瞬だけ、狼から白銀の髪をした男性に見えた。


 ……それは、ほんの一瞬だったから、幻だったに違いない。


「間違いない、君はルティーナ嬢だ。俺がこんなにも心動かされる人が、君以外にいるはずない」

「え…………。なぜ、確信しているのです?」


 そっと、私の胸元にランベルト様の手が伸びる。

 その指先が、そっと金と空色のブローチを撫でた。


「…………種明かしをすれば、魔力だ。同じ魔力を持った人間などいない。それに、君の魔力は甘くて、よい香りで、俺を捕らえて離さない。………あとは、その声だ。耳の奥で響いて消えてくれない、やさしいその声が、きっとどんな姿でも君だと確信させてくれる」

「え……。あの」


 まるで、無条件の賛美を受けているようで、私のことを見つめるランベルト様の瞳が熱すぎて、顔がほてってしまう。


「あとは、こんな無鉄砲なことをするのは、君しかいない。あと、俺がこんな風に近づいたとき、物怖じするどころか、どこかうれしそうなのも、君しか……」

「え……。あの」


 ランベルト様が、長い長いため息を吐いて、ブローチに空色の魔力を流し込む。

 すると、ポロリとランベルト様の手の中に金と空色をしたブローチは転がり込んだ。


 その直後、私の視界に映る髪の毛は、もとの紫色へと変化した。


「ルティーナ嬢?」

「は、はい」

「危険なことをしないと約束したはずだが?」


 両肩にポンッと置かれたランベルト様の手。

 そう、ランベルト様は今とっても怒っていらっしゃる。

 それは、私にもよく理解できる。


(ランベルト様には、きっとすぐに見つかってしまうから、連れていっていただけるように全力で説得しようと思っていましたし、危険なんてないと認識していましたの!)


 けれど、そんな言い訳なんてとても言える雰囲気ではない。

 眉を寄せて怒ったままのランベルト様は、なぜか私に口づけをした。

 そして、とても長い間離れていて、ようやく再会したみたいに、私は強く抱きしめられたのだった。

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

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