モフモフ辺境伯はおゆずりいたしませんわ 2
ごく普通の会社員だった私は、すべてのキャラクターを攻略するとヒーローとして追加されるモフモフ辺境伯ランベルト様を攻略したいが為に、全ルートを攻略した。そして、ようやくエンディングが見られるというその日に、会社の帰り道、事故に遭ってしまったのだ。
一部の熱狂的なファンを持つ、私の推し。
モフモフ辺境伯、ランベルト・サーシェス様!!
「国防の要であるサーシェス辺境伯と婚約できるなら、我がウィリアス公爵家の、ますますの繁栄は約束されたようなものです!」
「まあ、たしかにそうだが……」
「では、決定ですね!! この婚約打診の手紙に、直筆のサインをください!」
「用意周到だな……。しかし、いくらなんでも分厚くはないか? それに、破格の条件だな。いや、一人娘であるお前と結婚すれば、結局ウィリアス公爵家のすべてが手に入る……。同じことか」
こうして、婚約打診の手紙に、お父様のサインをいただいた私。
エンディングのスチルを手に入れることができなかったことだけが、心残りだけれど、本物を見ることができるなら、思い残すことなんてもうない。
***
それから一週間。今日は、とうとう断罪イベントのある卒業式だ。
お父様は、公爵家のすべての情報網を駆使して、王太子殿下が婚約破棄のため、嘘の証言を集めていたという事実を暴き出した。
王立学園の卒業式で行われた断罪は、実際は我が家とライバルの家であるバートン侯爵家出身の王妃と神殿が手を組み、最近王国での勢力を拡大し続けている我がウィリアス公爵家を陥れるために計画されたものだった。
王太子殿下は、王妃教育を完璧にこなした私が支えなければならない少し残念なお方なので、こんな用意周到な計画ができるはずがない。
結局の所、権力争いに学生たちは巻き込まれたというわけだ……。
「それで……。本気なのか?」
「ええ。断罪返しをした後、私はモフ……ではなくランベルト・サーシェス様に嫁ぎますわ!」
明らかに、この世界はヒロインがメインヒーローである王太子殿下を攻略するメインシナリオ。
そうであれば、野獣辺境伯様は、今も野獣のまま。モフモフな上に、相手もいないフリーの状態。
サーシェス辺境伯家は、国防の要。
そして我がウィリアス公爵家は、領地に豊富な鉱脈を持つ王国一の富豪であり王族の血を引く王家のスペア。
「しかし、婚約打診への返事がないな……」
「……あ、もしもランベルト様に断られてしまったなら、私は修道院に参ります。ご心配なく」
「な、なに!?」
お父様の瞳が、メラメラと燃えた。
「そうだな。馬鹿にされたままなど許されるはずもない。サーシェス辺境伯家と我が家が組んだなら、王家も口出しすることはできまい。なんとしても、この婚約は成立させよう。……ふふふ」
「心強いですわ!」
難しいことは、お父様に任せるとして、私は推しと一緒に幸せに暮らします。
そう、モフモフ辺境伯、ランベルト様だけは、おゆずりいたしませんわ。
ただ一つ、本当にランベルト様に申し訳ないことがある。
それだけは、一生を掛けて償っていく覚悟だ。
(ヒロインと結ばれれば、聖女と愛の力で、ランベルト様は人間に戻ることができるのよねぇ……)
モフモフのままだとしても、公爵家の力を使ってでも、絶対に周囲に何かを言わせたりしない。
それに、辺境伯ルートは完璧に頭の中に入っている。発見される重要アイテムの場所だって。
あと、スチルが手に入る場所も。
聖女を愛する予定のランベルト様が私のことを愛してくれるかどうかは未知数だけれど、私は絶対に愛する自信があるし、モフモフのそばにいられるだけで幸せだ。
必ず幸せにして見せますので、どうかお許しください。
「お父様? 準備はよろしくて?」
表向きにはお父様は、領地に帰ったという情報を流しつつ、王都に残っている。
ランベルト様への婚約打診には、好条件を盛りだくさんにつけておいて、ほんの少しだけ脅しも入っている。断られることはないだろう……たぶん。
「ああ、今日は、いつも以上に美しいな。ルティーナ」
「ありがとうございます。お父様」
紫の髪は高く結い上げた。
卒業式、乙女ゲームの中のルティーナは、王太子殿下の瞳の色、青いドレスを身につけていたけれど、今日の私のドレスは、ランベルト様の毛並みをイメージした白銀のドレス。
濃い紫の髪と青いドレスは、どこか毒々しかったけれど、白銀のドレスを身にまとえば、まるで悪役令嬢としてのプロポーションを存分に生かした夜の妖精のように可憐な美女の完成だ。
「では、お父様は頃合いを見て現れてくださいね?」
「ああ、任せておけ」
私たちはうなずき合った。
そして、私は公爵家のきらびやかな馬車に乗り、戦いの舞台へと向かったのだった。
***
私が会場に入った瞬間、周囲は静まりかえった。
婚約者であるはずの王太子殿下のエスコートも受けずに会場入りしたその意味。
それは、王族と公爵家の約束が守られなかったことを意味している。
「――――まあ、困るのは私ではないわ」
めくるめく、モフモフライフに夢いっぱいの私にとって、これから起こることは幸せな生活の序章でしかない。
その時、私から少し遅れて王太子殿下とエスコートを受ける聖女が会場に入ってくる。
……いよいよね。一秒でも早く、あのセリフが聞きたいわ!!
こんなに断罪されることを心待ちにするなんてあるかしら?
高鳴る心臓を落ち着かせようと、私は凜と背筋を伸ばした。