忍びこんででもついて行きますわ 2
そして、その夜私は、ウィリアス公爵家の宝物庫に忍び込んだ。
忍び込んだといっても、一人娘である私には、宝物庫の鍵が渡されている。
いざというときに、使うことができるように渡されているのだと私は解釈した。
「――――ランベルト様が持っていた、認識阻害のマント」
似たようなものは、公爵家にもあったはずだ。
入り口にある、鎖でつながれた分厚い目録に手のひらをのせる。
淡い光とともに、私の存在は認証され、必要とするアイテムが、白紙だったはずの目録に書き出される。
「これがいいわ」
その中の一つを指させば、当然のように私の手の中には、精巧な金色のブローチが一つ。
まるで、ランベルト様の瞳みたいな空色の宝石がはめ込まれ、控えめに一匹の狼が描かれている。
「――――推しを追いかけるためなら、全国どこへでも行きますわ?」
ランベルト様推しの私は、関連イベントに行くために、人生すべてをかけていた。
夜行バスに揺られて……。懐かしいですわ。
ランベルト様は、耳も鼻も、常人とは比べものにならないほどいいと言っていた。
認識阻害のアイテムでも、公爵家のこれは王国宝物級の品物だ。
これならきっと、忍び込めるに違いありません。
そっと握りしめたブローチ。
私は、最低限の荷物だけをまとめ、ランベルト様が乗る予定の馬車に隠すと、イタズラを前にした子どものように眠れない夜を過ごしたのだった。
***
ランベルト様に、ここ最近頑張って刺繍していたハンカチをお渡しする。
狼と薔薇の刺繍は自信作だ。
前世の私も、推しであるランベルト様をイメージした刺繍をハンカチに施していたけれど、その経験がここで役に立った。
差し出したハンカチを大切そうに胸元のポケットにしまい込んだランベルト様は、小さな声で「ありがとう」とつぶやいて、たぶん笑った。かわいい。
「……それでは、ケガなどしないように。危険に飛び込まないように」
「大丈夫ですから!」
「それから……」
まだあるのかしら、やっぱり子ども扱いなのかしら?
のんきにそんなことを思っていた私。
「他の男に目移りなんてしないように」
いつだって耳の奥が溶けそうになるその声は、低くて溶けかけたチョコレートのように甘くてドロドロしている気がした。
「するはずありませんわ!!」
「ほかにモフモフした男が現れても?」
「……当然ですわ!!」
「……少しだけ、間があった」
鼻先が近づいてきましたわ?
「んっ!」
唇に触れたのは、もふっとした肌ざわりとひんやりとした鼻先の感触。
「……なるほど。この姿で一番惜しいのは、口づけがうまくできないことだな」
一瞬で終わってしまったできごとに、呆然としていると、今度は頭を撫でられ、首筋に甘噛みされる。
「……ぴゃ」
「ああ、しまったな……」
眉根を寄せたランベルト様は、真っ赤になってしまっただろう私から距離をとる。
「ルティーナ嬢のこんな顔をほかの人間に見せるなんて、不覚だ」
最後に私の頬にひんやりとした鼻先が当たる口づけを落とすと、ランベルト様は背中を向けて振り返ることなく去って行った。
こうして私たちは、しばらくの間、離ればなれに…………。
(離ればなれには、なりませんわ!)
ランベルト様のお姿を見送って、すぐに私は、非常用の隠れ通路に飛び込んだ。
お父様にはお手紙を残してきたから、きっとあとから必要な物は送って下さるに違いない。
私室の扉をくぐって、決められたリズムで壁をたたくと、手のひらサイズに壁が光る。
そこに、右手をそっと添えれば、隠し通路が現れた。
私が入ると何ごともなかったかのように壁は元通りになる。
(ランベルト様より先に、馬車に乗り込まなくては!)
私は、全速力で薄暗い通路を駆けて、正面玄関にある馬車の荷台に隠れると、ブローチを急いで着けた。
そのとたんに、急激な眠気におそわれる。
「ふにゃ?」
そのまま私は、眠り込んでしまったのだった。
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