好感度を上げてみせますわ 5
「…………さてさて本題だ」
「…………ああ、そうだな」
ようやく解放されたけれど、なぜかしら、背中がさみしい。
その気持ちを紛らわせようとして、手首をチラリと見つめる。
キラキラ光る、ランベルト様の瞳と同じ空色の石。
「完成品だ」
店主さんからランベルト様に渡されたのは、一振りの美しい剣だった。
上から下まで吟味するように眺めてランベルト様は、その剣を腰に差した。
「あいかわらず、見事な腕だ」
「ああ、大切に使われていることがわかるから、気合いも入るさ」
「そうか……」
おお……。何度も通って武器をメンテナンスに出したときにだけ聞ける会話。
さすが、ランベルト様。すでにこのお店の常連だったのですね?
感心して、二人の様子を熱い視線で見つめていると、店主さんがこちらに視線を向けた。
「それにしても、婚約したっていうのは、本当だったんだな」
「婚約は、これからだ」
「ん……。じゃあ、恋人か? ……恋人なりたての相手にそのブレスレットを渡すのは、少しばかり重くないか」
「いや、恋人にもまだなっていない。友人として渡したんだ」
「は、はあ? サーシェス辺境伯殿、それはさすがに重すぎ……」
あくまで小さな石がついただけのブレスレットと言えば、それまでだ。
ランベルト様は、隣国とのつながりも深い辺境伯領の当主。
これくらい、用意するのはたやすいと思うのに……。
ところで、デートをしたなら恋人だと思っていたのに、違うのですか?
「――――説明、していないのか?」
「危険があったときに、駆けつけることができると説明した」
「間違ってはいないな……。だが」
「……死ぬまで友人だったとしても、そのブレスレットを渡す相手は、生涯でルティーナ嬢たった一人しかいない」
話の内容はまったく掴めないけれど、店主さんの様子を見る限り、このブレスレットの価値は、相当のものなのかもしれない。
「あの……。ランベルト様? 瞳の色をしたアクセサリーをいただいて天にも昇る心地でしたけれど、そんなに大切なものでしたら、私……」
そういえば、最後までシナリオをクリアして、あとはラストスチルとエンディングだけだったのに、このブレスレットは一度も登場しなかったわね。
いったいどういうことなのかしら……。
「――――本当は、ずっと誰にも渡さずに持っていようと思っていたのだが……。ルティーナ嬢に、持っていてほしいんだ。どうか、肌身離さずに」
「……一生持っていていいのですか? 私、まだお礼もしていないのに」
「……気がついていないのか? 俺は、もう十分すぎるほど、ルティーナ嬢からもらっている」
本当に私は、ランベルト様になにひとつまだ渡せていない。
手紙に書いてあったとおり、私の婚約者になってくださったなら、お渡しできるけれど……。
「生きていて、よかったと思えたんだ。この姿が好きだと言われた、あの瞬間」
「えっ」
「俺のこの姿を、哀れだと、助け出したいと言った人間はたくさんいた。でも、まっすぐ俺を見てくれて、好きだと言ってくれた人は、ルティーナ嬢だけだ。だから、このブレスレットを渡したい相手は、ルティーナ嬢しかいない」
そういえば、シナリオで、ヒロインはランベルト様の姿を気の毒だと言い、元の姿に戻れるように奔走していた。
そして、最終的に愛の力で、ランベルト様は元の姿にもどるのだ。
(……ランベルト様は、どんな姿でも素敵なのに)
ゲームをしているときには、それほど感じなかったけれど、ヒロインの言葉に今はいらだちを感じる。
だって、どんな姿でも、ランベルト様は素敵なのだから。
もちろん、モフモフ好きから始まった推しだけれど……。
ちらり、とランベルト様の瞳を見つめた。
手に光る宝石と同じ色の瞳がそこにある。
「あ~。つまり、渡す相手は間違っていないということか? まるで、時空を越えて愛し合う恋人同士のようじゃないか。とりあえず、よそでやってくれるか?」
(時空を越えたという意味では、私の状況はまさにそうなのかも知れませんわ)
「世話になったな」
「ああ。次来るまでに指輪でも用意しておけばいいのか?」
「そうだな。最高級のものを用意してくれ」
「この店の最高級の意味、わかっているか?」
「それ以下のものは、ルティーナ嬢に捧げるに値しないだろう」
「……わかった。全力で用意しておくから、覚悟しておけ?」
「――――頼む」
その会話のあと、私たちは、店の外に出た。
「……指輪ですか?」
「ああ、嫌だったかな?」
「…………ランベルト様がくださる指輪なら、空き缶のプルタブだって、生涯の宝物です」
「……ぷるたぶ、というものが何かはわからないが、おそらくそれは指輪ではないだろう?」
でも、ランベルト様がくださったなら、それは間違いなく最高の指輪ですわ。
うれしすぎて、スキップしそうになりながら、ランベルト様の手をぎゅっと握った。
この店の最高級という意味を、知りもしないで。
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