第1回カツ丼チャレンジ(前編)
「あおいちゃ~ん、一緒にカツ丼作ろ~」
「ああ? ヤブから棒に、いったいどうした?」
俺んちの玄関先に、お玉を持ったフリフリのエプロン姿の少女が現れる。
パンダ耳のような2つの黒髪お団子頭。
パンダのように丸顔たれ目で、ぽよぽよとあちこちの肉付きが良いぽっちゃり娘。
こいつの名前は『黒田真白』。
俺ん家のおとなりさんで、俺の幼なじみである。
ちなみに『あおいちゃん』呼ばわりされてる、俺の名前は『赤井青』。
ふざけた名前の、しがない高校2年生だ。
「実は、これには深いわけがありまして~」
真白は言いにくそうに、もじもじする。
長い付き合いの経験上、こいつがあらたまってこういう時は、食い物関係の悩みだろう。
見た目どおりの食いしん坊だからな。
「昨日、『とくまる』さんに行って来たの~」
「ああ、毎度おなじみ『とくまる』な」
俺たちの住む空振町には、『とくまる』というカツ丼屋がある。
トンカツ屋じゃなくカツ丼屋という呼び方は変だが、実際にカツ丼を看板メニューにしているので俺たちはそう呼んでいる。
その店のカツ丼は、揚げたばかりの上質なロースかつを、北海道羅臼産の昆布ダシを利かせたこってり甘めのつゆで煮込み、高級卵を惜しげもなく使ってとろとろと黄金色にとじたもの。
県内のテレビ局の企画で、カツ丼グランプリが開催された時に見事優勝に輝いた実績もある。
他ではめったにお目にかかれない、神レベルのカツ丼である。
ちなみに、とくまるはチャンポンもおすすめだ。
「で、その『とくまる』がどうしたって?」
「とくまるさんが値上げしちゃってて、カツ丼1杯1,000円になっちゃってたの~」
「ああ? マジでか!?」
とくまるのカツ丼は、吸い物付きで1杯850円だったはず。
前回値上げされた時も旨いからしょうがないと思ってたが、ここに来てついに1,000円の大台だと?
このご時世だから、やはり経営がキツいのか?
「カツ丼1杯の金額にしちゃ、厳しすぎるな」
「だよね~、2杯食べたら2,000円、3杯食べたら3,000円だよ~?」
1食で3杯食べる前提というのもおかしいけどな。
「とくまるのカツ丼を失ってしまって、俺たちはこれから何を心の支えにすればいいんだ……」
想像以上のショッキングなニュースに、俺は大いに床に突っ伏す。
真白と悲しみを分かち合おうと思ったが、当の真白はきゅむりんと瞳を輝かせ。
「それで、わたし決めたの~。とくまるさんくらいの美味しいカツ丼を自分で作れるようになったら、いいな~と思って」
「なるほど、それは良い心がけだな」
あのレベルのカツ丼が作れるかどうかは、ともかくとして。
「だから、あおいちゃんも手伝って~」
「なんでそうなる」
言っとくが、俺はチャーハンぐらいしか作れねーぞ?
そういうのはお前のおふくろさんに頼めよ。本職なんだし。
「ほら~、前にあおいちゃん『炒飯王に俺はなる~!』とか言って、毎日作ってた事があったじゃない」
「俺、そんな痛い事言ってたか?」
その時は、真白にも毎日味見してもらってたな。
おかげで人に食わせても恥ずかしくない程度の、パラパラチャーハンを作れるようになったが。
「だから、わたしも同じように頑張ってみようかな~と思って」
「しかし、正直俺たちだけであのカツ丼を再現するのは無理ゲーだと思うが」
「だめ~?」
そう言って、真白はうるうるしながら上目遣いで見つめてくる。
そんな顔されたら断りずれーじゃねえか。
俺はこいつのこういうところが苦手なんだよなあ。
「……はいはい、分かったよ。そんで、さっそくお前ん家で作るのか?」
エプロン姿にお玉まで持ってるくらいだし、準備は万端のようだな。
「ううん、材料は今から買いにいくところ~」
「じゃあ、その格好は何だったんだ?」
無駄に扇情的なカッコしやがって。
*
そんな訳で俺たちはカツ丼の食材を求め、てくてくぽよぽよと歩いて、近くのスーパーにやって来た。
カツ丼の材料はこんな感じか。
・トンカツ用の厚切り豚肉
・小麦粉(薄力粉)
・パン粉
・卵
・サラダ油
・玉ねぎ
・長ネギ
・濃口しょうゆ
・砂糖
・塩
・料理酒orみりん
・昆布ダシの素
肉とネギ類はマストで買うとして、調味料は家にあるもので足りるだろうけど、卵と粉類と揚げ油は買い足した方が良さそうだな。
まずは、野菜コーナーから回る。
なんでスーパーは野菜売り場からスタートするようになってるんだろうな。
「ん~? たしか、コンビニと違ってスーパーには生鮮食料を買いに来る人がメインだから、だったかな? あと、料理の献立って野菜から決めるからとか~?」
「なるほどな」
「あっ、あおいちゃん、焼きイモ買ってい~い?」
「帰りにな」
なんで、焼き芋はいつも入り口付近に置いてあるんだろうな?
俺は、玉ねぎと長ネギをカゴに入れる。
普段から買い物をしてる訳じゃねーから、この金額が高いのか安いのか良く分からんな。
この辺は玉ねぎの産地だから、玉ねぎはそんなに高くないはずだけど。
次に、精肉コーナーでトンカツ用豚肉を見る。
「げっ、国産とアメリカ産じゃ、倍くらい金額が違うぞ?」
あからさまな金額設定に、おそれおののく俺。
「う~ん。国産の肩ロースの方が見た目にも美味しそうだけど、どうしよ~?」
真白は豚ロースのパックを両手に固まる。
こいつは優柔不断だから、選ぶのが苦手なんだよなあ。このままじゃいつまで経っても決まらなさそうだ。
俺は真白から、国産の方をひったくる。
「お前が欲しいのはこっちだろ? 最高に美味しいカツ丼を目指すんだったら、妥協すんなよ」
「え~、でもけっこう高いよ~?」
「俺も半分出してやるから気にすんな。俺も一緒に食べるんだからな」
「あおいちゃん、ありがと~」
そう言って、天使のような屈託の無い笑顔を見せる真白。
やれやれまったく、世話が焼ける女だぜ。
あとは小麦粉と卵とパン粉、そしてサラダ油を購入。
なんやかんやで材料費が1,000円を超えそうだが、作る手間まで考えると、ホントに店で食うより安上がりになるのか?
こら、天使のような屈託の無い笑顔で、大量のお菓子をカゴに入れんな。
(登場人物紹介)
黒田 真白:
パンダ耳のような2つの黒髪お団子頭がチャームポイントの、丸顔たれ目のぽっちゃり娘。高校2年生。
見た目も性格ものほほんとしているので、いるだけで和むムードメーカー。
食後のデザートと夜の甘いものが大好きな食いしん坊。
料理の腕前は、お菓子作りは得意。
赤井 青:
真白のお隣さんで、幼なじみ。同じ高校のクラスメート。
見た目は黒髪短髪・中肉中背・目付きは少し鋭いがなかなかのイケメン。
少々ぶっきらぼうだが面倒見の良い性格。ケンカが激強。
自分の名前は、女の子みたいなので気に入ってない。
料理の腕前は、炒めものは作れる程度。