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転生するなら変身ヒーローで!  作者: 東雲藤雲
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第9話 剣の(てんてこ)舞

「ぐらだざぁぁぁぁぁん!」

 ある晴れた日のこと。

 ギルドの道すがら、後方から咆哮が飛んできた。

 声の様子からしてどうせ碌でもないようなことな気がしたので、最初は無視した。

「倉田さぁん! 無視しないでくださいよぉ!」

 声の主は諦めずに縋ってきた。

「なんだよ。その反応だと、どうせお化けか何かだろ!」

 荒木摩耶である。俺と同じ、日本からの転生者。

「違いますよコレですよコレぇ! 喋るんですよこいつ!」

 そういって差し出されたのは見事な拵えの剣であった。以前、王都でジャンヌさんからもらい受けたあの剣よりも数段も確上というか、比べものにならないのが素人目に一目で分かってしまうくらいに。名刀や名剣、聖剣と呼ばれてもおかしくないくらいの逸品。

「凄いの手に入れたな」

 さぞかし名のある鍛冶師が作り上げたのだろう。

「そんなのどうだっていいですから! 呪われてるんですよこれ、呪いですよ! 喋るんです!」

 今にも泣きそうな摩耶は、その剣を俺にぐいぐい押しつけてくるという危険な行動に出た。

「うおっ、危ね! ふざけんな!」

「ふざけてませんよ! 助けてくださいよ! この街の転生者のコーディネーターでしょ!」

 いつからそんな面倒な肩書きを背負わされたのか記憶に無い。

「少年よ。聞きなさい」

「は、え?」

 押しつけてくる摩耶の手の上から、件の剣の柄を握るとどこからか渋い声が聞こえてきた。

「聞こえるでしょ! 呪われてるんですよ!」

「私の声が聞こえますか、少年よ」

「ちょ、ちょっと待て! 誰だか知らんが、摩耶もどちら様も落ち着け! うるせえ!」

 場がとっ散らかってきたのでイライラする。

 主に半狂乱の摩耶が危ないのが原因で。

 しっかと握っていたのに、摩耶は器用に手をほどくと、俺に剣を握らせ自分はさっさと距離をとった。

「なんなんだよ!」

「はいもうそれ倉田さんの! 私は知りませぇぇぇぇぇぇぇぇん!」

「聞きなさい、少年よ」

 嗚呼、うるさいなもう!

 あまりに騒ぐから人が集まってきたじゃないか。

「ギルド行くぞ、ギルド」

 剣を片手に、空いた片手は摩耶に。

「ああ! そんな! 私関係ないじゃないですか!」

「お前が持ってきたもんだろうが! 話聞かせろ」

「聞きなさい、少年よ」

「ちょっと待った、声の人も場所を変えるので少し黙っててください」

「……うん」

 あとは逃げようとしている元JKを連行するだけだ。

「私は関係ありません! 離してください!」

「騒ぐな! 人さらいしてるみたいに見えるだろ! それに摩耶が持ってきたんだから話聞かせろ!」

「嫌ですぅぅ! もう私の手を離れたので関係ありませぇぇぇぇぇん!」

「うるさい! 黙って来い!」

 摩耶の抵抗力は微々たるもので、日頃から剣を振り回してるこちらの力に抗えはしないようだった。ズリズリと引きずるようにしてギルドを目指す。

 抜き身の剣片手に婦女子を引きずるなんて光景、完全に犯罪者のそれである。

 どうにか通報される前にギルドに辿り着くと、食事処の人気の少ない卓に着く。

 剣をテーブルに置いて、向かい合いで席に着く。

「で? これなんだって?」

「呪いの武器です」

「喋るよな?」

「呪いですよ」

 呪いであると譲らない摩耶相手で埒があかない。

 俺は改めて剣の柄を握ってみた。

「呪いではないぞ、少年よ」

「喋る……」

「私は意志ある剣――ていうかキミ、日本人だよね?」

 この渋い声の主、俺が日本人であると判るということは……。

「もしかして転生者ですか?」

「そうだよ。ところでそっちの女の子も日本人?」

 渋い声の割に結構フランクというか、軽いというか。

「そうです」

「……マジかよー。ってことは2人ともチート能力持ってるんだよね?」

「そうなりますね。ところでなんであなたは剣になってるんですか」

「俺の転生特典」

「剣に変身する能力ってことですか?」

「いや、そうじゃなくて姿はもうこのまま。転生特典で剣になるのを選んだわけ」

 それじゃ不自由じゃなかろうか。剣になってしまったら自分の意志で動くことすらままならなそうだが。

「自力で動けるんですか、剣で」

「え? もちろん動けないよ。剣だもの」

「倉田さん、私もう行っていいですか」

 剣の人と話してるというのに、それを遮って摩耶は言う。

「待てや。暫定呪いの剣を人に押しつけていく気なのか。ていうか話の途中だろが」

「その剣、触れてなければ声は聞こえないですよ」

「え、そうなの?」

「その女の子の言うとおり、俺の声は触っている対象にしか届かない。でも触ってなくても俺の視覚と聴覚は機能するから、俺の近くで喋ったりするとちゃんと聞こえるよ」

 なるほど、やっぱりそうなのか。薄々そんな感じはしてたけど。

 それにしてもこの剣の人、渋くていい声だな。その割に口調が若っぽい気がする。声の仕事とかしてたのかな。

「帰るならこの剣持って行けって」

「嫌ですよ。呪いの剣ですよ? 一体何が起こるやら想像しただけで……怖いです」

 見た限り呪われているようには見えないけど、何をそこまで恐れているのだろうか。

「少年よ、その女の子は俺がデマを言ったらすっかり信じてしまったようでな」

「どういうことですか?」

 と、訊ねつつ向かいの摩耶の腕を強引に引っ張り剣の柄に触れさせる。

「おぎゃぁぁぁぁぁあぁああああ!?」

「少女よ、聞きなさい。あれは嘘だ。俺は呪いの武器ではない。むしろその対極にあると自分では思っている」

「嘘だそんなことぉぉん!」

 うるせー女。

「ところでお名前は? なんて呼べばいいですか」

「名前ってこっちの名前?」

 名前にあっちもこっちもないだろう。

「もう面倒なので本名を教えてください」

「いちおう剣としての名前も考えといたんだけどなぁ。まあいいか、オカモトジロウです。よろしく。

 ”おか”は大岡越前の岡、“もと”は本、“治郎”は治療の治に、野郎の郎」

「ご丁寧にありがとうございます」

「岡本……?」

 剣の人の自己紹介が済むと、摩耶が少し落ち着いた。和名を耳にして和らいだのだろうか。

「少女よ、ごめん。呪いの剣っていうのは、あれは嘘だ。あのままだと永遠にあそこにいなきゃならない予感がして、ついつい」

「はあ!? じゃあ呪いは!?」

「ないから安心してくれ」

「……」

 パチンと指を鳴らす音が響いた。

「おい!?」

 摩耶のチート能力。フィンガースナップでの瞬間魔術発動。

「……」

 しかし何も起こらない。

「あれ? なんで?」

「チート武器だからね。何しても傷つかないよ」

「おま、場所を考えろって! いきなり魔術使うなよ……」

 摩耶がどんな魔術を使おうとしていたかは知らないが、発動しなくてよかった。どう考えても巻き込まれる可能性があったから。

「やっぱり呪いの剣ですね。ぶっ壊しましょう」

「落ち着けって!」

 目が据わってる……。

「よく話を聞けよ! 転生者だってさ」

「転生者……? やっぱり倉田さんは現地コーディネーターだった……?」

 だから変な肩書きをつけるな。それに俺と摩耶の異世界ライフの期間はそれほど差はない。

 それにしてもこの街には日本からの転生者がちょくちょく来るな。

「それにしても岡本さんはまたなんでそんな不便そうな特典を選んだんですか?」

「それはさ、喋る剣が使い手を導いたり、一緒に成長したりするのってロマンを感じない? それに俺ニートだったから自分で動くの面倒くさいんだよね。なのになぜか転生できるって言うし。でもそうなったら冒険はしたいじゃん? だから武器になって誰かと一緒に楽に冒険出来ればって思って」

 渋いいい声をしてるくせに言ってることがクソ過ぎる。

「確か……そういうゲームがあった気がするんですけど」

 摩耶が思い出すように呟く。

「気にするほど珍しい設定じゃないでしょ? 主人公が不思議な力を持った武器やアイテムを手に入れて冒険が始まるっていうの。まあ俺は日本だと何も起きなかったけどさ」

 それはあなたがニートだったからでは、と思ったがあえて口にして場を乱す必要もなかったので、その言葉は飲み込んでおいた。

 ニートなのも何か理由があるのかもしれないし、そういうデリケートな部分に触れることは気を遣わないといけない。

「それで岡本さんはこれからどうするつもりなんですか」

「もちろん使ってくれる人を見つける」

「はぁ。じゃあ摩耶でいいじゃないですか」

 深く考えずにそう言ってしまった。

「は!? 押しつけないでくださいよ! こんな得体の知れない物体を貰ったところで……ていうか、声からしておじさんじゃないですか。知らないおじさんと四六時中一緒なんて嫌です」

「嘘ついて悪かったけど、そこまで言う? この女の子キツいよ」

 ちょっと傷ついたのか、低いトーンで岡本さんが愚痴る。

 ただし摩耶の言うことはもっともである。17才の女子はそのあたり敏感だろう。見ず知らずの年上の異性に対して忌避感や嫌悪感を抱いても仕方あるまい。ましてやファーストコンタクトがあまりよろしくないとなると、さらに難しいか……。

「ちなみに俺を持ってると剣の扱いも上手くなる特典付きだから、剣を使ったことのない人でも安心だぜ」

 表情を知る術はないが、ドヤ顔をしてるのが声音から容易に想像できる。

 剣の腕が上がるというのなら俺が使っても得るものがありそうだが……俺には変身した時のビームセイバーがあるし、正体を知られてはいけないというルールを守れなくなる可能性もある。取り立てて必要と言うこともない。

「ていうか思ったんですけど、私たちがこの人……人? 剣? を持ってたら、チート能力者がチート能力者を使うことになりますよね。バランス的にどうなんでしょう」

「あー、確かに君たちが使ったらバランス崩壊しそうだよね。それに転生した意味がない気がする。俺たちを転生させた存在が、どういう意図でこういうことをしてるのか知らないけど、チート能力者同士でつるんでたら日本で生活してるのと大して変わらないし」

「あ。じゃあ売りに行きましょう」

 若干食い気味に摩耶。もう立ち上がっている。

 そんなに岡本さんが嫌なのか。

「ちょっと待って。それじゃあ普通の剣と一緒の扱いになっちゃう」

「ならないと思いますよ。ちゃんと特別感出てますし業物だって判りますから、値段もちゃんと付けて貰えますよ、恐らく」

「あれ? 待って。本当に売る気?」

 俺の言葉で、岡本さんの声に焦りが混じり始める。

「他に手がないのでは。岡本さんだって、またそこら辺に捨てられるよりはマシでしょう。俺は俺で岡本さんを使えない事情がありますし」

「そっちの女の子は? どう?」

 もう触ろうともしない摩耶に助けを求める岡本さん。

「摩耶、まだ岡本さん喋ってるから帰ろうとするな」

「……バレましたか」

 不承不承腰を下ろし直した摩耶の手を再び掴むと、また岡本さんの柄を握らせた。

「いぎぃ……!」

 何がそんなに嫌なのだろうかと、それを摩耶に問えば苦い顔をして「生理的に受け付けない」と返ってきた。

 ぱっと見では剣以外の何物でもないのに、何をそこまで拒絶感を示す必要があるのか。

「倉田さん、いいですか。女からしてみれば、男の下心というのは、それはもうわかりやすいんですよ。本能的に察知できるんです! その剣からはそれが滲み出ています! ただの呪いの剣じゃないんですよ」

「めっちゃ嫌われてるじゃん俺」

「最初に嘘なんかつくからでは?」

 自分で話をこじらせていればどうしようもない。

「なんかもう視られてる感じがして……!」

 本能凄いな。

「視覚あるって言うから、多分見られてるっていうの当たってるよ摩耶」

「あああぁぁぁあ……!! へし折ってやりたい……!」

 怨嗟の声を上げながら摩耶が頭を抱える。パチパチとテーブルの下から不穏な音が聞こえるが、何も起こらない。

「マジで能力なかったら死んでたかもね俺」

 俺には判らなかったが、どうやら岡本さんは自分の身に何が起きているのか把握できているらしい。

「視線が嫌なら……そうだな、刀身と柄の間に丸いガラス玉みたいなのがあるでしょ。そこを布で覆って貰えれば視覚はなくなるはず」

 それを聞いた摩耶が流れるような動作で布きれを被せる。

「これ何本に見えますか?」

 そう言って突き出したその手は中指が立てられていた。

「全然見えない」

「んふふっ……」

 あまりにも間抜けな光景だったので失笑してしまい、摩耶が睨んでくる。

 自己申告なのだから真偽の確かめようもないのだが、とりあえず折り合いが付いたらしく、落ち着いて話が進められる状態にはなったようだ。摩耶は中指を収めた。

「ここの部分が目ってことですか?」

「……うんまあ、そんな感じかな。こうやって覆われると凄い不便なんだけどね」

「倉田さん、ちょっと下がっててください」

「やめろよ」

 手持ちのメイスに手をかけたのを見て、俺はその行動をいさめる。何がしたいのか手に取るように判る。

「えっ? なになに?」

 岡本さんは呑気な声を上げる。視覚を遮れたのはどうやら確からしい。

「……ちっ」

 摩耶はメイスから手を離し、浮かせた腰を下ろしながら見事な舌打ちをかましてくれた。

「岡本さん、ついでなんですけど触れなくても喋れるようになりません?」

「それやるともうアイデンティティが揺らぎかねないんだけど」

 無理か。俺の変身能力の正体バレと似たような条件付けなのかもしれない。

「それで岡本さんは、そもそもどうしようと考えてたんですか?」

「ん? 最初に拾ってくれた誰かに付いていこうとしてたんだけど、1ヶ月くらい気付かれなかったんだよね。焦り始めたところで、その子が拾ってくれたわけ」

「あんな所に転がってたら普通気付きませんよ……」

 詳しく聞いてみれば、スクンサスから少し離れた場所、しかも整備された道からかなり離れた地点に無造作に、正に捨てられたかのようにあったという。

「もう……本当にたまたま光が反射したのが見えたんで何かと思ったらこれですよ」

 摩耶は心底後悔してるように吐露した。

「最近の若い女の子ってみんなこんななの? まあ俺が若い頃の同級生もこういう感じだったかもしれないけど、嫌われすぎでは?」

「何を言ってるんです。あなたが――本当かどうかは知りませんが、私に呪いの剣だなんて嘘ついたうえ、妙な気配を纏ってるのがいけないんですよ!」

「そら確かに若い子に拾って貰ってラッキーって思ったけどさ。俺も必死だったんだよ」

「はい言った! 正体現しましたよ、このスケベ魔剣」

「……ちょっと落ち着けって」

 ただでさえ剣を抜き身で取り扱っているというのに、これ以上騒ぎまでしたら周囲に迷惑がかかるし注意を受ける可能性がある。

「出来ればこう、純真無垢な大人しい感じの女の子と冒険を繰り広げたいなぁ」

「岡本さん、年齢は?」

「36才」

 その年齢だとニートじゃなくて無職にジョブチェンジだ。

 それにその年齢で女の子と冒険したいなんて、本当に下心の塊じゃないか。摩耶の言うことは正しかった。女の本能スゲー。

 そして年の割には幼いというか言葉遣いが若いのは社会を知らないが故なのだろう。精神年齢的に言えば俺たちは近いところにあるのかもしれない。

 声は渋いのに。

「剣となった身ではもう年齢なんて関係ないけど。魔剣というのはちょっと不本意ながら、近いものはあるかな。不朽不滅だし。でも本音を言うと聖剣とかもっとポジティブな肩書きが良いな」

 高望みが過ぎるだろう。異性目当てで下心を隠す気もない……いや、社会経験の差でそういう機微が働かないのだろう。だから負の感情が表立って漏れ出してしまう。

「まあ私はいりませんから。あとは本気で倉田さんに任せますよ」

「俺が新しい持ち主を探せってことか?」

「それしかないじゃないですか」

「じゃあやっぱ武器屋で引き取って貰ってさ、地道に持ち主を探すか? 結構な業物に見えるし案外すぐにみつかるよ、持ち主」

「存外若い子のほうがドライなんだなぁ」

 俺たちのやりとりを聞き、しみじみ寂しそうに呟く岡本さん。俺たちがドライなのはこちらの世界に順応しつつあるからだ。世代でひとくくりに出来るものではない。

「うーん、ただ気になるのは、そもそも岡本さんの品質からすると、スクンサスじゃ難しいかもしれませんね」

「え? 低いってこと? 一応チート武器だよ」

「呪われてるんですから当然ですね」

「いや、だから呪いってのは冗談でさ……」

「違う違う。剣だけの質を見ても充分すぎるくらいなので、多分予想以上の値が付くと思うんです。この街――スクンサスって、冒険者の数は少なくないですけど、依頼は比較的穏やかみたいなので、必要以上の性能を求める人って少ないんじゃないかなって」

 この前の使徒の襲撃を考えると、誰かがチート武器を持っていても良さそうだが。

 ナタリーさんとかどうだろう。あの人のメインウェポンは剣だし。問題はパーティに、拒絶感半端ない摩耶がいることだ。

 それに摩耶が言う見え見えの下心というやつを考えると、知り合いの女性に渡すには気が咎める……。

 いっそ技巧も見事な武具として美術館や博物館に収めたほうが平和に片付くのではないかと思い始めた。

 岡本さんは嫌がりそうだが、もとはニートだったのだからその辺は本人も折り合いが付けやすいと考える。引きこもってるか、展示されているだけかで状況は変わらないのだから。……こちら側の勝手な推測だけども。

「だんだん君たちの気持ちが俺から離れていくのを感じる」

 意外と鋭いな。

「少年達、なにしてるわけ?」

 やって来たのは、スクンサスギルド食事処のスタッフであるヘルミーネさんであった。

「あ、いや、その……」

 テーブル上には抜き身の剣、それを間に向かい合い話している冒険者。

「なにー? 取り分の話? 凄い剣じゃん」

 傍目からだと揉めているように見えたのかもしれない。

「取り分というか……この剣をどうしようかって話になってまして。拾ってきたのは摩耶なんですけどその摩耶が使いたくないって言うから」

「拾ったー? じゃあ元の持ち主は?」

「あー……それは、なんて言ったらいいのか……」

 異世界からの転生者ですとは言えないし、そも、言っていいのか判らない。

「え、なに。盗品なの?」

 不審さを覚えたのかヘルミーネさんが剣呑そうな声を上げた。

「や、違います違います! えっと……ちょっと持ってみてください」

 そうしたところで持ち主問題は解決しそうにないが、とりあえず気を逸らさせようと試みる。

「んー?」

 剣の柄を差し出され、ヘルミーネさんは素直に受け取ってくれた。被せていた布きれがはらりと落ちた。 するとヘルミーネさんは柄を両手で握り直した。

「ふーん。見た目だけじゃないね、重さも悪くないし取り回しやすそ、う……う?」

 剣を掲げたままヘルミーネさんの動きが止まってしまった。岡本さんが喋り始めたのだろうか。

 もう触れていない俺と摩耶に声は届かない。

「何これ、え? 星造?」

 ヘルミーネさんの表情が強ばった。

「せいぞうってなんですか?」

 なんかどっかで聞いた気がするが……。

「倉田さん知らないんですか? 星の力が凝縮して形になることがあるんですよ。それが武器の形や防具の形を取ったものを、星が造った装備――星造装備と呼ぶんです」

 淀みなく摩耶が説明してくれる。

 星が造り出すとは、どういう原理なのだろうか。

「はー。なるほど。喋る剣とか魔道具っぽくもある。ちょっと面白いね。投影されてる人格は……元は人?」

「そうみたいです」

 喋る剣という変な存在に触れても、ヘルミーネさんの反応はそれほど大げさではなかった。むしろこのくらいあっても当然とでも言いたげな様子だ。

 剣をテーブルの上に戻してヘルミーネさんが言う。

 摩耶は落ちた布きれをすかさずガラス玉に被せた。

「売れば結構なお金になると思うけどー、それはちょっともったいないかなって感じだなー」

「摩耶は下心が透けて見えて嫌だって言ってるんですよ」

「ああ。若い子にはこのスケベオヤジはキツいかもねー」

 若い子、というが、ヘルミーネさんもまだまだ若い範疇だと思うが。

 しかしそれにしても、スケベオヤジとは随分バッサリとやったもんだ。それにこの短時間でそう断じられるとは、岡本さんは思った以上なのかもしれない。男同士では計り知れない何かが、女性のアンテナには引っかかるのだろう。

「売るならスクンサスより、王都とかデカいところのほうがいい金額付くよー、そういうの欲しがる好事家は結構多いから。もちろん冒険者の中にも欲しがる人はいると思うし。なんせ剣として一級品だからねー」

「ヘルミーネさん詳しいですね」

「まーね。これでも元冒険者だから」

 意外な事実が判明。

「膝に怪我しちゃってさー。急な動きとかできなくなっちゃった」

 悲壮感を漂わせることなく、気軽に言ってのける。

「少年が使えば?」

「俺はもう2本ありますし……」

 それに何度も言うが変身能力と相性悪そうだし。

「で、マヤちゃんはいらない、と」

「はい!」

 確たる意志を明確に示す荒木摩耶という女。拒絶感半端ない。

「じゃあやっぱ売るしかないか」

「そうですね。摩耶は持ってるのも嫌そうだし、俺が王都まで行って売ってくるよ」

「いつでもいいですから。管理も今から倉田さんがお願いします」

 しかし……判らない。

 岡本さんの下心を受け入れられないのに、俺のは平気なのだろうか。と言っても、メンタルをやられそうなので訊ねることは出来なかった。それなりに付き合いのある知り合いにぼろくそ言われたら立ち直れない。

 確かそういった欲望は俺の年代がピークを迎えるという研究結果をどこかで見たことがあるような。とはいえ、病気のせいでそういう欲望が低下していた感覚はある。それを今も引きずっているのかもしれない。

「ヘルミーネさんはこのスケベオヤジソードは平気なんですか?」

「まあほら、私たちは職業柄冒険者相手にしてるし、そいつらに比べれば大したことはないね-」

 野生の獣相手にしたり魔獣を相手にしたりしてる人々だ。そういう荒くれ者がいてもおかしくない。それを1人1人律儀に相手をしていたら仕事にならないのだろう。

 改めて岡本さんを手に取る。

「なんかくそみそ言われて傷つくんだけど、人格否定じゃない?」

「しょうがないですよ」

 心は少年、身体は(恐らく)中年、そんな人のメンタルに触れれば多少ダメージは受けるだろう。

 実年齢の割にチグハグな言動が尚更それを助長してしまう。

 俺たちティーンエイジャーからしたらアラフォーのおじさんなんて、そもそもジェネレーションギャップが生じる。

 摩耶と岡本さんの間では、それも強く表れた結果なのだろう。

「魔剣クソスケベ、何か言ってますか」

「……いや、特に何も」

 とりたてて先ほどの会話で傷ついたことを伝える必要もないだろう。

 それよりも摩耶の中で魔剣扱いされているのはちょっと面白い。

「じゃあ後は頼みましたよ倉田さん」

「おうよ」

 俺は岡本さんを手に取ると、ヘルミーネさんに挨拶をして食事処をあとにした。

 摩耶とはギルド前で別れた。

「俺としてはやっぱり女の子に使われたかったなぁ。こう、なんていうかさ、その子を導いて世界を救う的な?」

「あんまり期待しないでください。岡本さん、これから武器屋に陳列される予定なんですから」

「世知辛えなぁ……。せっかく異世界来たけど何でもかんでも好きになるわけじゃないのね」

「それは剣になるという選択肢を選んだからこうなったんだと思いますよ……」

 ある程度自分で行動を起こせるなら、女性とパーティを組めていたかもしれないのだから。

「ニートの弊害がこんなところで出るなんて思ってもいなかった」

 気付いてないだけで、もっと大きな弊害があったと思う。これがニート思考か。

「でも安心してください。ここよりはるかに大きい街で、専門店に並ぶ予定ですから出会いは今までの比じゃないですよ。人は選べないでしょうけど」

「かわいい女の子がいい」

 こいつ……。

 本当にいい声で碌でもないこと言うよな。岡本さんのことは反面教師としてしっかり覚えておこう。


  ※


 岡本さんを持っていると、3本帯刀という、腰回り渋滞状態になってしまうので、古参の1本目を宿に置き、ジャンヌ剣プラス岡本さんという装備で王都に向かうことにした。

「王都って言うとお姫様とかいるの?」

「どうなんでしょうね。たぶん王女様はいそうですけど」

「それじゃあ王女様に持って貰って魔王討伐とかに行けば、まんま物語だし俺も伝説の剣になれるかも」

「なりたいんですか、伝説の剣」

「なりたくない? なれれば一生安泰だよ?」

 安泰と言うが、チート能力を得て転生した時点でこっちの世界では成功が約束されたも同然だろうに。それに剣になるというちょっと不便な状態を選んでおいて安泰も何もないだろう。

 展示されて名物になるとか、あるいは常に振り回される状態になるか。ニートであった岡本さん的には前者が望ましそうだが、本人は使われたがっているような節も覗かせるから、果たしてどちらが幸せだろうか。

「え。なにこれバイクじゃん」

「そうですよ。俺たちと同じ転生してきた人が作ってるんです」

「ヴォー! バイク初めて乗るわ!」

 乗るのとはちょっと違う気が……いや、本人が納得できているならそれでいいか。きっとこれからも不都合を感じることになるだろうから、今のうちに楽しんでおくのが大事だと思う。

「じゃあ出発しますよ」

「うい。ちなみに王都ってどんな感じ?」

「ここより圧倒的な都会ですよ」

「マジかよ……俺田舎出身だから人が多いの耐えられるかな」

「そういうときはもうただの剣のフリしてればいいじゃないですか」

「そっか」

 岡本さんは軽い返事を返す。

 己の行く先を深く考えてない辺りニートらしさが際立っている気がする。

 大通りに出てバイクに跨がる。

「お。いよいよだね」

 浮ついた声が聞こえる。いい年した大人が無邪気なものだ。

「これってナンシー?」

「なんです?」

「通じないか……」

 街道に出るとバイクの速度が上げられる。

「なんも感じねえ……」

 岡本さんの落胆し声を聞いた。

「風とか速度感とかわかりません?」

「ほら俺さ、五感でも聴覚と視覚だけ生かしてあるから。触覚ないから、このバイクに乗ってる感じがないわ。視覚情報で風景が早く過ぎているのを見られるだけ。それでもバイクが速く走ってるのはなんとなく判るけど」

「なんで触覚消しちゃったんですか」

「え、だって剣だよ? 切り結んだ時のぶつかり合いで痛かったら悪夢だよ」

 なるほど、確かに。

「それに自分で動けないとなると、下手に五感を残したらストレス溜まりそうだし」

 中々合理的な発想である。

「背中が痒くなったら掻きようがないじゃん」

 動きたい時に動けない状態は、恐ろしくストレスになるし、というか精神衛生上よろしくない。

「ところでその……身体っていうんですかね。その状態で背中ってどこにあたるんでしょう」

「剣の背中ってどこだろ。腹ならあるんだけど」

 いい年した男が腹を叩きながら物言う情景が、なぜか脳裡によぎった。俺の中の岡本さんへのイメージが偏って形作られようとしているのを感じた。しかしあえて言葉にはすまい。

 道中そんな遣り取りをしつつ王都まで走った。

 初めてのバイクに心を躍らせていたようだった岡本さん、言ったとおり五感を一部しか機能させていなかったため、自分が想定していた楽しみを感じることが出来なかったらしい。過ぎゆく景色だけが、高速で移動していることを示すばかりだったと、残念そうに感想を漏らす。

「なんだろう……風を感じたかったんだよね……バイクってそういう乗り物なんでしょ? 聞いたことあるよ」

「そうかもしれませんねぇ」

 楽しみかたは人それぞれだと思うが、それもできないとあってはそれはやはり俺は不便と感じてしまうかもしれない。

 触っていれば話すことは出来ても、心の中で何を考えているかまではわからない。はたして岡本さんは得た能力について今はどう感じているのだろう。すでに1ヶ月放置プレイを食らった身なのだから、何かしら思うところはあるかもしれない。

 気になって訊ねてみたところ。

「最長で3年くらい他人と喋らなかった期間あるし、別になんとも」

 引きこもれるのも才能の一種だろうか。

 3年。

 それほどの期間を誰とも喋らないなんて、ちょっと考えると気が狂いそうだった。俺が特段お喋りが好きだというわけではないが、入院生活中に面会を制限された時期があったのだが、他人と最低限の接触しかなく、これが中々にストレスフルな経験で、その時の思い出がフラッシュバックした。

 そこから考えると岡本さんはある意味最強メンタルっぽいが、そういう人が引きこもりになる理由まではどうにも訊ねづらくて結局聞くことは出来なかった。

 何やらかんやらと、気軽に訊くのもはばかられたのだ。空気、というやつだろうか。訊いてくれるなよ、という無言の圧を感じたのかもしれない。

「あ、ほら岡本さん、見えます? あのデカいのが王都ですよ」

「見える見える。ここからああ見えるなら相当デカいんじゃない?」

「デカいっすよ。あれが王城ですから」

「すっげ。王族やっば」

 触れていれば相手の声が聞こえるというのは、一方通行だと若干うざかった。到着するまでの間の岡本さんが異様にはしゃいだのだ。

「うわ、でっか。ブルジュ・ハリファに勝ってんじゃない? うわー、すげえ」

「さすがに盛りすぎですって」

「そうかなー。高さもだけど幅も結構あるでしょ、あれ。俺ちょっとああいう大きい人工物とか大好きなんだよね。ダムとか」

 ガンの付くダムとかも好きそうだ。

「異世界ファンタジーですし、もっと大きいものもあるかも知れませんよ」

「やーばい。異世界超楽しみ」

「王都の武器屋ですから冒険には事欠きませんよ、きっと」

「いやぁ、1ヶ月経ったときはどうなるものかと思ったけどさ、やっぱ人生どうにかなるもんだね」

 待って欲しい。

 元の世界でどうにもならなかったから死んだわけで。……転生できたのは良かったと思うけど。

 でも、やり直しとまではいかずとも仕切り直しにはなるか。俺もそうだし。

「お姫様に会いてー」

「高名な冒険者の手に渡ればそれも夢じゃないかもしれませんね」

「いや。そこは女子冒険者でお願いしたい」

 そういう自由気ままな要望を叶えられる状態ではないことを理解出来ているのだろうか。

 広い王都であるから女性に持って貰える可能性は、スクンサスに比べれば高くなるだろう。

 しかし思い起こされるのは摩耶の態度と発言。下心がどうのこうのという、あれだ。どうなることやら。

 そうして王都に到着すると、岡本さんのテンションはだだ上がりだった。門や塀の規模に心躍らせているようだ。

「中世ヨーロッパとはまた違うこの異世界感……すげえや」

 俺は初めての訪問からこっち、バイクの件も含めて何度か訪れているので、もう見慣れたものである。

 なのでいつも通りに冒険者用窓口を通過して王都に足を踏み入れた。

「とりあえず岡本さん」

「ん?」

「俺が知ってる店に持ってってみようと思います」

 いくつか武具屋を見て回ったりしているが、最初はやっぱりジャンヌさんに案内された、あのドワーフのオヤジさんの店に行くことにしていた。

 ひどく浅くはあるが、顔見知りということと、ジャンヌさんという共通項があること、かつその彼女の信頼を得ていることが強みになる。

「女の子いる?」

「さて、どうでしょうね。店主はドワーフの男性ですけど」

「どど、ドワーフ!? マジ!? 異世界きたー!」

 スクンサスにもドワーフやエルフはいたんですけどね。そういう出会いもなかったわけか。あの町は確かに人間が圧倒的に多いが、それすらも叶わなかった人だからなぁ。スポーン位置はどういう基準で決められているのやら。

 では職人通りに向かおう。

 道すがら岡本さんは人の多さに驚いて、

「生身だったらここでまた死んでたわ」

 なんてこぼしていた。

 ザ・大都会な王都の下町。これがゲームだったら処理上の関係で人の数は減らされているだろう。リアルならこの通り、処理落ちなんて気にする必要もない。

「はー。いろんな人種がいるんだな」

 岡本さんの声は触れているものにしか届かない。よって、彼の発言にいちいち応じていると、激しい独り言の多い人物と看做されかねず、しかし、何度か反射的に喋ってしまったが、人の往来の多さを考えれば気にすることでもなかったかもしれない。

「異世界って美人多くね?」

 それは多分、見慣れない人種があり人の多さがそう見せているだけだろう。元の世界で言えば、白人が亜細亜人の見分けが付けづらいのと近いアレだ。

「こんにちはー」

 ドアベルが響く。

 目的の武具屋に到着した。

「らっしゃい――おや、兄さん確か……」

「どうもお久しぶりです」

「どうかね、剣のほうは」

「お世話になってます。アンデッドはそれほど相手してませんけど、普段使いでもかなりいいです」

「それは良かった。しかしこれまた何かの縁でしょうかね、お嬢様もちょうどいらしてますよ」

 お嬢様って、ジャンヌさんが?

「ほら、あっちの奥に」

 店主が指さすほうを見ると、棚の向こう、武器の隙間にパツキン縦ロールがフラフラしているのが確認できた。

 ……確かに縁というか運命というものを感じざるを得ない。

 1、たまたま見つけた特異な武器を持つ俺。

 2、女子の使い手を求める岡本さん。

 3,久しぶりに訪れた王都でのジャンヌさんとの邂逅。

「ちょっと声かけてきます」

「ええ、ごゆるりと」

 ちなみに店主と話していた間中、岡本さんは間近で見るドワーフに感動したのか、ずっと喋り続けてうるさかった。

 武具屋は金属の臭いに溢れている。それは俺にとって中々好奇心を揺さぶられるものだ。並んでいる武具との相乗効果で相まってロマンが刺激される。男のロマンである。

「ジャンヌ、さ……ん」

 そこにいたのはあの日出会った冒険者の女性でなく、正に貴族令嬢という言い回しに相応しい人物がいた。

 髪型はそのままだが、服装は実に華美。

 尻すぼみな声がけだったが、ジャンヌさんはこちらに気付いた。

「アキラ! 久しぶりですわね! 息災にしてましたか?」

 武具屋にはそぐわない出で立ちだったが、そこにあるのが当たり前かのような堂々とした態度は、さすが貴族令嬢と言ったところか。

「ご無沙汰してます。ジャンヌさんは……元気そうですね」

 体中から貴族オーラをまき散らしておきながら、不調と言うことはあるまい。

「ええ。見ての通りですわよ」

 久しぶりのキメ顔に懐かしさを覚える。

「ここでこうして話すのも久しぶりですわね。例の使徒の一件で心配していましたわ。聞けば正体不明の黒い鎧の男がスクンサスを救ったとか」

 俺でーす。

「そうですね。どうなることかと思いましたが、なんとかなりました」

「街も貴方も、本当に無事で良かったです」

 行動の端々に可憐さを纏わせるジャンヌさん。

「それに何か……、確か新しい神殿が出来たとか」

 神殿?

 コロッセオのことか?

 確かに見ようによっては闘技場というより、神殿という見方も出来るかもしれない。

「そうですね。スクンサスの名勝地と化してますからジャンヌさんも機会があれば観光にいらしてはどうです?」

「……そう、ですわね。王都の貴族の間でも話に上がるくらいですから。その時は案内をお願いしますわ」

 今一瞬ためらいがあったような気が……。

 ところであえて触れなかったが、ジャンヌさんと対峙した途端、岡本さんの五月蠅さがマックスを迎えていた。

 贔屓するほど関わり深い間柄ではないが、それでもジャンヌさんは美女の部類に入るには十分だった。さらに追加の貴族オーラで魅力マシマシといったところだろう。

「この子! この子で!」

 さっきからこればかりだ。

「ところでジャンヌさん、付き人とかいないんですか? たしかご実家は侯爵家だと聞いたんですが」

「そんなもの必要ありませんわ。等級はまだ低いですけど、わたくしは冒険者です。……確かに家のものがうるさく言いますけど、いちいち聞いていたら何もできませんもの」

「こーのーこーでいいから!!」

 岡本さんが限界突破してきた。しかもちょっと上から目線なのがいらつく。

「……」

「どうしました?」

「ああ、いえ、何でもありません」

「……? ところで今日はどうしましたの? いよいよ王都でわたくしと活動する気になりました?」

 もしかしてまだ冒険者仲間がいないのか?

「王都は人が多くて水が合わないですよ。ジャンヌさんと行動するのは中々楽しめそうですけど。で、今日はこれで来たんです」

 俺は岡本さんを示す。

「これは……」

 まだ柄しか見せてないが、それでもジャンヌさんは強く興味を抱いたように見える。

「見せていただいても?」

「どうぞ」

 ベルトから鞘ごと外し、岡本さんを手渡す。……ようやく雑音が消え去った。

「なっ!?」

 カタン、と乾いた音が鳴る。

 岡本さんが地面とぶつかった音だった。

 どうせさっきまでの調子でいきなり喋り出したのだろう。鳩が豆鉄砲を食らったような様子のジャンヌさん。

「あの……なんです、これは」

 ジャンヌさんは真顔だ。

「喋る剣です。友人が拾ったんですけど剣は使わないので手放すことになって……。それで王都の店で買い取って貰おうということで」

「なるほど。確かに武具のことなら職人通りですわね」

 ジャンヌさんが岡本さんを拾おうとしたので、俺が代わって拾い上げる。

 そうするとまた雑音が響き始める。ここまでにないテンションの上がりかただ。

 異性目当てのところへいきなり貴族の令嬢が来ては、さすがに刺激が強かったかもしれない。

「魔道具、の類いでしょうか。剣に人格が投射されているのですか?」

「そう……なりますかね」

「そうですか……。でも星造装備の可能性もありますわね」

 星造装備とはチート特典に及ぶほどのスペックを保有するのだろうか。

「アキラ、本当にこれを手放すのですか? ……剣としての出来だけで言えば、わたくしが差し上げたあの剣よりも上ですわよ」

 ”だけ”を強調しているあたり、岡本さんが纏う気配に気付いてしまったのかもしれない。

 しかしジャンヌさんは再び岡本さんを手に取った。

「とは言え、喋る剣というだけでも収集欲を刺激されますわね……少々品性に欠けているようですけれども」

「気にならないんですか? 拾ったやつはエライ拒否感だったんですけど」

「わたくしを誰だと思っているのです。貴族なのですからこの程度さざ波のようなものですわよ。ただ単純にうるさいのは気になります」

 サラリと流れるような所作で岡本さんが鞘から解き放たれる。

「……これは本当に見事ですわ。ガルガルド」

「はい、お決まり――おっと、これは」

 ジャンヌさんが呼びつけたのは店主だった。棚の間から姿を現し、目の前の光景に驚いた態度を見せたが、すぐに岡本さんに気付き、顔つきを変えた。

「アキラが持ち込んだ品なのですけれど、どう見ます?」

「いやはや、恐ろしいものをお持ちですな」

 その言葉は純粋な褒め言葉だったのだろう。店主の表情は喜色満面だった。

「外見だけじゃないですわよ。持ってみてください」

「というと?」

「持てばわかります」

 差し出された岡本さんを取る店主。

 すると。

「うははは! たまげたなこりゃあ!」

 岡本さんの声が聞こえ始めたようで、店主はさらに嬉しそうな様子を見せた。

「星造や神器より、魔道具のほうがしっくりきますなぁ。ただ、ここまで見事に人格が投影されているのは見たことも聞いたこともありませんよ」

「そもそも剣に人格を付与して何か利点がありますの?」

「そうですな。例えば、魔術師の人格を投影して魔術を使えるようにしたり、剣の達人を投影すれば剣術のイロハを聞きながら剣士として腕を上げるとか、そういう使い方は聞いたことがありますが……。ただそれは我々が考える以上に、人格の投影を正確無比に行う必要がありますがね。今確実なのは、こいつはどうやら我々の姿が見えているようですから、単純に視界が倍になるかもしれません」

「あ。そういえば魔術打ち消しも出来ました」

「なんと。魔術を斬ったということですかい?」

「いえ、そもそも発動すら出来ませんでした」

「ほー! それはすごい! 魔術師殺しってところでえすかな」

「あと剣術の腕も上昇するとかって言ってましたよ、自分で」

「……どういう理屈なのです?」

「推測にはなりますがね、うちらが武器に魔術的な加護を付与するのと近い状態かと思われます」

「剣術の加護、ということですか。それはどの程度です?」

 話は俺たち3人の中だけで進み、店主さんの手に握られた岡本さんは完全に蚊帳の外。あの岡本さんがずっと黙っているとは考えにくいので、無視されているのかと思われるたが、

「おや? ……ふむん。――この剣が言うには、達人クラスは約束する、と」

 アピールするタイミングは逃さないようだ。

「……呪いの領域ではありませんこと?」

「ははは! それもあり得ますな!」

「しかしながら、達人クラスという話、それが本当なら……魅力的ではありますわね」

 訝りつつも強い興味を示した視線で岡本さんを一瞥するジャンヌさん。

「アキラはその剣を手放しに来たということですけれど」

「え! これをですかい? それは……ちょっと、いや、かなりもったいない気がしますなぁ」

「ええ、わたくしもそう思います。アキラ、本当に良いのですか?」

「はい。もう未練なんてこれっぽっちもありません」

「えらい潔いことですが、こんな逸品、そこらの店じゃ持て余しちまいますよ」

「この店でもですか?」

「そりゃまあ買い取ることは出来ますけどもね、ええ。出せる額には限度ってものがありますから、正直なところ損をするのは兄さんのほうですよ」

 王都でも難しいのか……。

「うちより儲かってる店なんてそりゃ山ほどありますから可能性はありますが、買いたたかれるでしょうなぁ。冒険者にも本業にも、それにこの人格投影の精度を考えると魔術師にだって需要があるでしょうからな」

 凄いな、岡本さん。いろんな意味で面倒くさい存在じゃないか。

「ではわたくしが買い取りましょう」

 あっさりきっちりばっさり切り捨てるようにジャンヌさんが言った。

「ガルガルド。貴方ならこの剣にどのくらいの値を付けます?」

「難しいことを訊きなさる。星造装備ってことはなさそうですから、相当出来の良い魔道具かつ武器として見るなら……あー……うむ、1億くらいですか。まあうちは出せませんけどね、ええ」

 は。

 とんでもない金額が提示され言葉を失ってしまった。

 ビリオンの十分の一……?

 億万長者……?

 いや、でも……チート武器ってことを考えると安いくらいなのかもしれないけど……いちおく?

「おやぁ?」

 岡本さんを持っている店主さんが、表情を変える。「この剣、泣いてますぜ」

 えぇ……。なんだってんだよ。

 店主さんから岡本さんを受け取ると、

「ひぐっ……おでが……いぢおぐ……!」

 うわ、ガチ泣きじゃん。

 嗚咽えげつなっ!

「でぎれう゛ぁ……いぎてるうぢに……う゛ぁあああああ!!」

 金額に驚いていたのは俺だけではなかったようだ。付けられた本人もこの有様である。

 とはいえ転生者であることを知る我々としては、一個人、一生命体に値段を付けると考えると少々酷な気もする。

 岡本さんの涙は、付けられた金額が大きかったからなのか、あるいは小さかったからなのか、どちらで流れたのかは俺には見当は付けられなかった。

「そうですか。ではアキラ、その金額でわたくしと取引しませんこと?」

「えぇ!? 1億ですよ!? そんな簡単に決めていいんですか?」

「ティキリア家の次期当主として、そのくらいの金額を動かすくらい造作無いことです」

 ジャンヌさんは俺が思う以上に凄い人だった。

 侯爵家で、その次期当主……?

 そんな人が冒険者なんて危険なことしてたらまずいんじゃなかろうか。そりゃ関係者ならお小言の1つや2つどころじゃないだろう。

 今のジャンヌさんが日々どの程度の頻度で依頼をこなしているのかは知らないけれども、毎度毎度装備を整えて出かけていく次期当主を見送る使用人達が気が気でないというのは想像に難くない。

 そう考えると……うん。そんな立場の人の手にチート武器が渡るのは悪くないというか、相応しいのではないだろうか。

 あんな岡本さんでも腐っても鯛。特典を得た転生者という事実がある。チート武器と化しているので冒険者にとっては強いメリットになり得る。摩耶が言うダダ漏れの下心もジャンヌさんにとっては大した影響は無いということだし。

 これWin-Winの関係で丸く収まるのでは?

 岡本さんだって、念願の女子に持って貰えるという決着が付く。しかもただの女子じゃなく侯爵家のご令嬢、文句の付けようもあるまい。

 というかこれにクレームを付けるなら海なり山なり川なりに捨ててやろうと思う。

「いやしかし状況が状況ならうちで取り扱いたいというか……研究しがいのある品なんですけどもねぇ。こんな名品、一度でもいいから作ってみたいもんだ」

「それならば我が家で買い取ったあとに提供いたしますわ」

 岡本さんの嗚咽が一瞬止まる。

「え、ちょ、俺解体されないよね」

 店主さんも借り物にそこまでのことはしないだろう。

 ……ジャンヌさんがゴーサインさえ出さなければ。

「岡本さん、そんな簡単にバラせるんですか?」

「いや、そんなことないはずだけど。されてること考えたら精神的にキツいから……」

 俺はフィクションでよく目にする、地球外生命体が解剖研究されている光景を思い浮かべてしまった。

 チート武器は異世界の水準というか扱いから考えると、オーバーテクノロジーどころの騒ぎではないだろうし。万が一に解明されでもすれば、様々な事物の技術的なレベルを引き上げる可能性がある。

 その事象を、はたして俺たちをこの世界に送りつけた存在は、是とするか非とするかは判らないのだ。万が一にバグとして取り扱われ、無かったことにする、されることもあるかもしれない。

 そうすると俺たち転生者はどうなるか。最悪存在したことそのものの消去すら考えられるが、それだと転生者を送り出している意味が理解出来ない。

「それで、俺どうなるの?」

「このままならジャンヌさんに買い取って貰うのが最適解でしょうね。実用的に扱われるか実験体になるかはわかりませんが」

「アキラ、その剣はなんといっているのです?」

「剣として扱われることを望んでいるみたいです」

 同じ転生者同士、助け船を出すのも人情というものだろう。

「魔術の無効化に、剣術の加護。そしてガルガルドでも及ばない技術の塊……」

「お嬢様、辛辣ですな」

「ではアキラ、小切手で用意しますから少し時間を貰えます?」

「はい。こちらは急ぎではありませんから」

「ではわたくしはいったん屋敷に戻ります。落ち合う場所は……ガルガルド、ここを使わせて貰っても構いませんこと?」

「もちろん。扱う額が額ですから人の多い場所だと危険でしょう」

 ひぇぇ。

 俺のじゃないけど1億が目前に迫ってくる……。

「それではわたくしはこれで」

「お気を付けて、お嬢様」

 岡本さんはさっきから沈黙したままだ。どうしたのだろうか。あれだけお喋りだった男が急に黙り込むだなんて。

「兄さん、うちで買った剣、手入れしやしょうか? そろそろ魔術付与も弱ってきているかもしれないし」

「付与って弱まるものなんですか」

「そもそも剣は消耗品でさぁ。魔術付与も、効力は落ちますわな。定期的にメンテナンスしておかないと、いざってときに痛い目見ますよ」

「それじゃあお願いします」

 ジャンヌさんが来るまでの間のちょうどいい時間つぶしになりそうだ。


  ※


 やはり武具店は良い所だ。心をくすぐられる。

 特に様々な種類が並ぶ武器の中にはは、使い方の想像も付かないようなものもあるし、男なら一度は放り込まれてみたい空間であろう。

 剣もあれば鎖鎌のようなものまであった。他にどんなものが売られているのか、武器の棚の一つ一つを眺め歩く。

 元の世界では考えられない光景の一つだ。

 特殊な状況を除けば、陳列された武器類なんて美術館や博物館にでも行かなければお目にかかれないだろう。

 実に目に心に楽しい空間だ。

「終わりましたぜ、兄さん」

「ありがとうございます。料金はどのくらいですか?」

「なにそれに関しちゃ、今日はサービスしますよ。あんな素晴らしいものを見せて貰えたんだ」

 ありがたい申し出だった。

「剣のほうは少し研いで、魔術付与のほうはまだ大丈夫そうだったので手は付けませんでしたよ。兄さんのほうで何か気になることはありませんかい?」

「いえ、特にはないです。扱いやすくて助かってます」

 初めて手にしたあの日から、このジャンヌ剣は手にしっくりと馴染み、これまで様々な面で助けられてきた。

「ではお返ししますよ」

 そうして受け取ったとき、ちょうど店内にベルが鳴り響いた。この音はドアに据え付けられたベルが来客を知らせるものだった。

「いらっしゃい」

 店主さんが声をかける。

「わたくしですわ、お待たせました」

 凜とした声が店内に響く。

 岡本さん取引の手はずを整えていたジャンヌさんだ。

「さすがにお父様の反対はありましたけれど、どうにか説得できましたわ」

 得られた達成感からか、満足げな声音を零した。

 ツカツカと足音を立てながらジャンヌさんが姿を見せる。

「あれ? 着替えてきたんですか?」

 最初のドレスのような服装だったのが、今は一転して、優美さと無骨さを併せ持った鎧に替わっている。

 初めて会ったあのときの装備だ。

「新しい剣を手に入れたのですから、使わない理由がありません。このあと早速慣らし運転ですわよ。喋る剣がどの程度のものか見極めますわ」

 それは出で立ちによるものだったのだろうか。さっきまでの貴族然とした振る舞いは一気になりを潜め、ただそれでもお嬢様冒険者感は消し切れていない。

 ところでジャンヌさんが一時席を外していた間、岡本さんは一言も喋ることがなかった。

 何か思うところがあるのか、それとも気まぐれか。

「アキラ、こちらです。受け取ってください」

 差し出されたのは小切手。

 よく見ると確かに1億レデットの額が記されていた。

「……じゃあこの剣を」

「確かに。これからお願いしますわよ」

 剣に挨拶をするというのは傍目から見ればちょっと間抜けな光景だが、相手は喋る剣である。岡本さんをきちんと個人としてみていると考えられるそれは、実直そうなジャンヌさんらしい行動だと感じた。

 問題は岡本さんがそれに値する人物かというところである。

 岡本さんは声は良いが、ちょっと性格に難がありそうな元引きこもり。貴族であるジャンヌさんのほうがまだ人生経験が豊富そうだ。

「はい。――アキラ、この方が話がしたいと」

「え? わかりました」

 岡本さんを受け取る。

「ありがとう、少年。俺はこのお嬢様のために身命を尽くすよ」

「そうですか」

「俺に付けられた値段が日本円換算でどのくらいになるのかは知らないけど、安くないことは理解出来る。俺に生きる道を与えてくれて、本当にありがとう」

 至って真面目な声音が届いてくる。

 突然どうしたのだろう。

「出来ればその金を両親に遺したかったけど、そこまで贅沢は言えないよね。こんなクソみたいな自分に価値があって意味がある、それだけで十分さ」

「岡本さん……」

 王都までの道すがら喋っていた人と同じ人物であると一致させるのは、今の岡本さんに対して失礼に思えた。同じ人なのに……。

「……」

「でも美女に使って貰えるなんて本当にラッキーだわー。しかも貴族様? マジで僥倖ー」

 クソっ。

 やっぱりそれが本音か。ちょっと感動した俺に謝れ。

 危うく「出会いは人を変えるんだ……」とかクサイことを言うところだった。

「なんにせよ自分に付いた価値を考えて、これから生きてください」

「チート武器だぜ。このお嬢様もすぐに元を取れるさ」

 どうもこの人は何事も他人事のように話す節がある気がする。

「ジャンヌさん、うるさくて使えないと思ったらすぐにでもたたき壊してください」

 岡本さんを渡しながら言う。

「? この程度大丈夫だと思いますが、でもアキラの言うとおりになったら屋敷の展示室に保管しておきますわ」

 ジャンヌさんが受け取ってくれたのを確認してすぐに手を離したので、岡本さんの最後の声は聞こえなかった。

「それにしてもわたくしが外している最中になにかありましたか? この剣……ええと、セイブザクイーンですか。随分下品さが薄れてますわね」

 は?

 セイブザクイーン?

 岡本さーん?

「……貴族様の所有物という自覚が出来たんじゃないですかね」

 適当に答えておいた。

 岡本さんはきっと周囲の環境に影響されやすく流されやすい、ある意味繊細とも言える性質なのかもしれない。

「アキラもわたくしの身分など気になさらぬよう。同じ冒険者として接してください、水くさいですわ」

「でも侯爵家のお嬢様で次期当主に、気さくに接するにも抵抗感が」

「世の中にはそういったしがらみを気にせずに接する人物もいます。アキラもそれに倣えば良いのです」

 うーん。俺の身の回りではそういう人はいそうにないな。

 何せこんな俺ですら、貴族という身分に対して一歩身を引いてしまっている感があるのだから、他の人はきっときちんとしているだろう。まして元々この世界の住人ならなおさらに。

 そしてそういうことに頓着しそうにない人物を今手放したばかりだ。

「いずれにせよ、これまで通り接させてもらいますよ。そもそも礼儀作法というものもわかってませんし」

「そうですわね。アキラは最初の頃から至って普通でしたし」

「本当ですか?」

 意外な答えに驚く。

「ええ、厳しく言いますと失礼な部類でしたわ」

「…………」

 あれ。俺もしかして下手したら処されてた?

 でも強引さで見たらジャンヌさんもある意味失礼な部類だった気がするけど……

 するけど……。

 うん。

 言わぬが吉だな。

 そもそも相手は貴族だし、こちらは(推定)平民なのだから、失礼もなにもない。前提が違うのだ。

 こうして普通に会話が出来ている分、ジャンヌさんの寛容さが窺える。

「さあ、それではガルガルド。この剣に合う鞘を拵えていただきますわ」

「はい、承知いたしやした」

「あ。ジャンヌさん、その剣、ガラス玉みたいな所で視覚情報を得ているらしいですから、その点踏まえておいてください」

 状況によっては、ジャンヌさんのプライバシーが無職のおじさんに開示される危険性がある。

「ここですね。……つついたら痛いのかしら」

 言うより前に行動に移しているあたり、ジャンヌさんらしい。

「なんともありませんの? じゃあ覆ってしまいますわね。使ってない時まで見られているなんて、さすがに良い気分じゃありませんもの」

「それじゃあお嬢様、その剣は少しの間預からせて貰いますよ」

 ジャンヌさんから店主さんの手に渡る岡本さん。

「出来上がったらお知らせしますから、それまでお待ちください」

「ええ、いつものように」

「しかしまあよく喋る剣ですな」

「そんなにですの? わたくしが持っている間は静かですけれど」

 猫でもかぶっているのだろうか。

「こんな強固な人格投影、魔術師が知ったらどうなるやら」

「持たなければセイブザクイーンの声は届かないようですし、迂闊に他人に触らせることのないよう気を付けますわ。ガルガルドもこのことは他言無用ですわよ」

「もちろんです」

「魔術師に狙われたらこちらの命も危ういですわ」

 ここまで評価されているなら、チート能力者冥利に尽きるだろう。

 剣としての能力は後々発揮されるはずだから。

 現状において岡本さんに関わった俺も摩耶もジャンヌさんも、未だ本命の剣として取り扱っていない。

 そう考えるとジャンヌさんが動かした金の大きさのとんでもなさが解る。

「さてと、それじゃあ俺はこれで失礼します」

「今日は素晴らしいものをいただいて感謝します。道中お気を付けて」

「ジャンヌさんも新しい剣を手に入れたからって無茶しないでくださいね」

「ご心配痛み入ります。アキラも今生の別れにならないよう」

 ニヤリと妖艶さも感じさせる笑みで冗談めかす。

 さて、受け取った小切手をバックパックに厳重にしまい込んで、店をあとにした。

 しかし……最初に出会った時と比べると、ジャンヌさんのイメージは随分と違う気がする。

 貴族の令嬢という割に強引で、人の話を全く聞こうともしなかったというのに、今日のジャンヌさんは全くもって落ち着いていた

 あれなら貴族令嬢と言われてもピンとくるだろう。

 少し会わなかった間にジャンヌさんにも何かあったのだろうか。それとも今日のジャンヌさんが本来のジャンヌさんの本質なのか……。

 今日は、岡本さんの価値が発覚した、ちょっとショッキングな1日だったが、その金は俺のものではない。

 スクンサスに戻って、小切手を手にした摩耶がどんな反応を見せるか、見物である。なにせ拾っただけの武器で億万長者だ。

 バイクを走らせ帰路についた俺は、それが楽しみで内心のワクワクを隠せなかった。


  ※


「え、まっ、え、え、え?」

 小切手を受け取って、摩耶は驚き慌てふためいてくれた。

 そう。

 信じがたいものを目の当たりにした時のような。

 いや、そうでもないか。何も知らずにあの小切手を渡されてしまったら俺も落ち着いていられるか自信はない。

 しかし今の摩耶ほど取り乱しはしないだろう。

「倉田さん、こんな、こんなの、えっ」

「現実だから受け止めろ。よく考えてみろって。そんなに驚くことでもないだろ、チート武器を売ったんだぞ」

 摩耶は腰に下げたメイスに手をかけた。

「おい何する気だ」

「これが現実なのか見極めないと」

 そういうのは頬をつねるとか、その程度の痛みでいいんだ。メイスでどうするつもりなんだ。死ぬ気か。

「倉田さんを殴って反応を見ます」

 夢幻の判別のために黙って殴殺されろとでもいうのか。

 摩耶の頬を引っ張りながら俺は問うた。

「逆に俺が殴ろうか? ええ、おい」

「いひゃい、いひゃい! わかりまひは!」

「そりゃ良かった」

 解放してやるとつねられた部分を撫でながら、俺を睨み付ける。

「でもあんなのがこんな金額になるなんて……」

「あんなのって、あれでもチート武器だぞ」

「言っても私たち、使ったわけじゃないから性能は知りませんし……」

 そうだ。確かに俺たちは岡本さんを剣として使わずじまいだったな。

「今更性能がどうのこうの言ってもしょうがない。もうその金は、摩耶のものだ」

「いやいやいや。売ったのは倉田さんですから、倉田さんが受け取るべきものですよ」

「なんでだよ。見つけたのは摩耶だろ。持ち主は摩耶だったんだから大人しく受け取れって」

「え、だってただの拾い物にこんな金額……。じゃあ半分! 半分こにしましょ!」

「俺は売りに行っただけなんだから、貰うにしたって半分は貰いすぎじゃないか」

「じゃあいくらなら受け取ってくれるんですか!」

 なぜ俺が分け前を貰う話になっているのだろうか。やったことは子供のおつかい程度だ。それで5千万も入ってきたら運気のバランスがぶっ壊れてしまう。

 ただしその理屈から言えば、1億を手に入れる摩耶の運気はどうなることやら。しかしそれに関しては俺はあずかり知らぬこと。他人の運など気にしていては何もできぬ。

「いらんいらん。宝くじが当たったと思って喜べ」

「よく考えてください、倉田さん。少なくともこの金額を簡単に動かせる相手と繋がりがある、そしてこの額で売ったという実績を鑑みれば、倉田さんだって報酬を受け取る権利が発生してもおかしくありません」

 一理ある。

 確かに今日、即日で岡本さんを売却できたことは、俺の人脈のおかげと言えなくもない。

「受け取るのが嫌ならどこかに寄付でもすればいいじゃないか」

「……いやぁ、それは、その、違うっていうかぁ」

 不安定な冒険者にとって、まとまった金を入手できることは、今後の活動と精神衛生上に大変良い方向に働くだろう。

 額が額であるから、それを全て手放すというのはさすがに勇気のいる行動だと摩耶も理解している様子。俺だって似たように躊躇するに違いない。

「受け取るのも嫌、手放すのも嫌ってんじゃどうするってのさ」

「だから倉田さんも受け取って、同じ咎をを背負いましょう?」

「どういうことなの」

「こんな金額を簡単に動かせるなんて……これ絶対綺麗なお金じゃないでしょう!?」

 ああ、そういうことか。

 要するに、出所を疑って受け取りを渋っていたと。

「安心しろ。それはきちんとした身分の人からいただいた、真っ当な金だ。王都の貴族の、ティキリアって名前の侯爵家のご令嬢だ」

「ティキリア……? 確かこの街から少し行ったところに同じ名前の街道がありますけど……」

 そういえば初めて会った時に、ジャンヌさんもそんなことを言っていた気がする。

「それにコウシャクって……どっちのコウシャクですか?」

「そりゃもちろん、”おおやけ”じゃないほう」

「はぁ!? ええ!? いや、それにしたって……。なんでそんな人と知り合いなんですか!」

「んー、色々あったんだよ」

 そう。

 あれは強引な出会いだった。強制イベントだったと言っていいが、そんな説明しても俄には信じられないだろう。細々と話すのも面倒だったので、一言で済ませてしまった。

「その色々が重要でしょうが!」

 ごもっとも。

「それに関してはいつか酒の席ででも話してやるよ。今はそいつの処遇。いつまでも小切手のままだと危ないから、早く換金しちゃえって」

「それはぁ……うぅ……」

 これ以上何を尻込みする理由があるのだろう。

「早く富豪になれ」

「そりゃまあ上手く運用すれば富豪になれるでしょうけど、1億じゃ、冒険者辞められるほどでもないですし」

「なんだっていいじゃん。余裕のある生活を送れるんだから」

「はぁ、わかりましたよ……換金します」

 熱心(?)な説得が功を奏したのか、摩耶は内心の読めない微妙な表情で歩き出す。

 すると周囲の風景が揺らめいた。よく見ると一面灰色のモノトーンだ。

 摩耶の行使できる魔術の1つだ。

 内部の認識を、外側に対して遮断する効果があるという結界を張っていたのだ。

 そのまま摩耶が歩を進め境界を抜けると、シャボンの泡がはじけるように結界が破れ、景色が完全に色を取り戻した。

 なんてこと無いただの道ばたで、大金に関して気兼ねなくやりとり出来ていたのはこのおかげだ。

 ジャンヌさんのくれた小切手は、ギルドの運営する銀行のものだった。当然、換金することになったので、向かうはギルドなのだが、摩耶の足取りは重い。

「だって考えてもみてくださいよ、倉田さん。絶妙とは言え、1億ですよ1億。簡単に手に入る額じゃないんですよ? それをポンと渡されて、はいあなたのものですよって、何もかも疑いたくなりますよ。しかもよりによって呪いの剣の一騒動のあとですからね?」

「それなら呪いで運気が下がって反発した、その結果で金をゲットできたと考えればいいさ」

「同じ立場だったとして、それで納得できますか?」

「貰えるものは貰う。ただし返せるならそれ相応の行動はする」

「じゃあこれも無かったことにしてくださいよ」

「それは無理だな。通じる相手じゃない。身近で言えば、そうだな……ナタリーさん相手にしてると考えてみろよ」

 そう返すと摩耶は全てを諦めたかのように肩を落として、黙った。本人がここにいたら俺たち絞められてたと思う。

「義理は通すというか、無用な借りを作らないというか……。岡本さんを買ってくれた人はそういう人なんだよ」

 ジャンヌさんに関して述べること、これは個人の感覚的な話になる。それを伝えきるにはやや時間を要しそうなので、こうして半ば強引気味に押しつけるようになってしまった。

 受け取ることで身に危険が降りかかることは無いということをギルドまでの道中で、改めて、しっかり、重点的に、強調して説明した。

 あとは付き添ってやるくらいしか出来ない。

 おっかなびっくりの歩みに付き合い、ギルドまで到着すると、ここでようやく覚悟が決まったらしく、摩耶は大きく1回息を吐いてから足を踏み入れた。

 そこからは淡々と事を進めた。

 窓口に行き、小切手を差し出し、身分証明を済ませ、書類を記入。

 そうしてつつがなく手続きを終えると、振り込みは数日後と伝えられて窓口から離れた。

「ははは……」

 乾いた笑いを漏らす摩耶。

「やったな、大金持ちだ」

「仲介料は1千万くらいでいいですか?」

「ヤバいブツのやりとりじゃないんだからさぁ」

「それだけ払ってもまだ9千万残りますからね、フフフ」

 早くも金銭感覚がバグり始めている。あとちょっと瞳孔が開き気味で、正気を失いかけているようだった。

「重ねて問いますが倉田さんが同じ立場だったらどうでしたか」

「別になんとも」

「……倉田さんはちょっとなんかバグってる感がありますよね」

「失礼だな、おい。正直言うと、俺は今回の額が少ないくらいだと思ってる」

「これ以上の額になったら、私はショックで死にます。要するに、倉田さんは想定の金額より低かったから対して動じてないと?』

「いや、もちろん1億という額は驚いたけど」

「私も驚きましたよ。ご覧の通り。あのスケベソードにこんな額が着くなんて思いも寄りませんでしたし。だからこそ現実を受け入れられないというか」

「メンタルの強さなんて人それぞれなんだから、あの岡本さんを平気で扱える人も、価値を見いだす人もいるんだよ」

「そんなものですかねぇ……」

 もう手続きを済ませたと言うに、摩耶はまだ逡巡している……。

「もういっそさ、ナタリーさん達と等分に山分けでもしたら?」

 ナタリーさん、ラウラさん、マルタさん、摩耶。

 4人で分けても一人当たり2千5百万。

「皆さんお金に関してはシビアなので、それなりの理由がなければ多分受け取って貰えないと思います」

 それじゃあ今回の件を思い返すと、受け取って貰えるとは思えない。3人は何も関わってないのだから。

「はぁ……1億なんてどうしよ……」

「必要な時に必要なだけ使えばいいさ」

「倉田さんはそういうところ、妙にドライですよね」

「ああ、それは……末期の病気で死人手前の状態が長かったからな。そういうのに執着するのは無駄だと悟った」

「ちょっと悟りの境地に片足突っ込んでません?」

 信じられないものを、そして人外に向けるような目で摩耶は俺を見た。

 最後にその視線で俺がちょっと傷ついて、呪いの剣騒動は幕を閉じた。

―了―

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