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転生するなら変身ヒーローで!  作者: 東雲藤雲
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第7話 襲来

「止めろ止めろ止めろ止めろー!!?」

 耳元で響く大音声に、俺はスロットルを緩めブレーキをかけた。

「止まりました! 止まりましたから力を抜いてください!!」

 俺は身体を万力のように締め付けられ、非常に命の危機を感じていた。

 状況はこうだ。

 先日の王都訪問の際に手に入れたバイク、それはやはり珍しかったらしく、ナタリーさんやラウラさんは関心を示した。

 それでバイクがどういったものか説明すると、さらに興味を強く示し、乗せることが出来ることをさらに説明すると、二つ返事で飛びついてきたのがナタリーさんだった。

「なんなのよこれ! 馬より速いって言うか、なんで後ろに引っ張られるわけ!?」

 ちょっと悪戯して急加速をした結果が今の状況である。

 スタンドをかけて先に俺が降り、タンデムシートに座ったナタリーさんが降りるのを手伝う。

「死んだかと思った……」

 少し青い顔でナタリーさんが呟く。あの強気なナタリーさんにしては珍しい光景であった。

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫だが、私はもう乗らない!」

 一番強くバイクに興味を抱きそうだったナタリーさんにこう言わせてしまうとは、俺の普及計画は失敗に終わったのかも知れない。

「そんなにすごいのか?」

「いやもう怖い怖い!」

 急加速はやり過ぎだったか……。

「ほら、次ラウラ!」

「わ、わかったわかった」

 俺はまたバイクに跨がるとスタンドを払って、後部座席に乗り込むのを待った。

 グッ、と車体が沈み込む感覚。サスペンションが沈んでいる。

「こ、こうか?」

「そうそう、それでアキラの腰の辺りを手で掴むか、後ろの突起を掴むのよ」

 後ろの突起、というのはタンデムバーのことだろう。

「腰の辺り……」

 ふわりと優しく包み込むように手が添えられる。

「ラウラさん、もっと掴み込むようにして貰った方が良いです。もしくは腕を回しても良いです」

「わかった」

 そう伝えると腰骨辺りにラウラさんの手の感触が……。

「寄りかかった方が良いのか?」

「走ってる時に怖くなったらそうしちゃってください。そしたらスピード落としますから」

「ああ、わかった」

「じゃあ行きますねー」

 俺はゆっくり発進すると、ナタリーさんを乗せて走ったのと同じ道を走る。

「これくらいならどうでしょう」

「風が心地良いな」

 速度域はまだまだ低い。風切り音も少なく、耳元をラウラさんの声が撫でた。

「少し上げますね」

「大丈夫だ」

 スロットルを少し捻ってスピードを上げる。

「お、おお!」

 メーター上だと時速50kmと表示されている。

「ラウラさん大丈夫ですか?」

 風切り音に負けないように声を張り上げて、同乗者に確認を取る。

「問題ない! しかしこれは……楽しいなアキラ!」

 腰に回された手に力が込められる。まさかのラウラさんに響くパターンだったのか?

「まだ速くできますけど、どうしますー!?」

「なんだと!? 是非頼む!」

「わかりました! しっかり捕まってください!」

「ああ! いいぞ!」

 腰に伝わる力が強くなるのを確認して、スロットルをさらに捻る。

 ここまで来ると風切り音が凄い。

 時速80km。

「あはは、っはははは! すごいなこれは!」

 さっきのナタリーさんとは正反対の反応だ。

 ここまで出すと、運転している俺もちょっと恐怖を覚えるくらいだ。

 30メートルくらい走ってから速度を緩める。

「どうでした?」

 時速20kmまで速度を落とす。

「楽しい乗り物だなこれは!」

 ラウラさんはご満悦のようだ。そのままの低速を保ってナタリーさんの待つ場所まで走った。

「なあナタリー」

「ダメ」

 バイクを降りた途端に食い入る様な目つきで、ラウラさんがナタリーさんに詰め寄る。

「いや、しかし考えてみろ。王都に行くまでにかかる時間を考えても安いくらいじゃないか。王都でも活動できるようになるぞ」

「だってソレ、今見たけど2人しか乗れないでしょ。パーティで動けないなら意味ないじゃん」

「うぐぅ……」

 正論過ぎてぐうの音しか出てない。

「それにいくらだっけ? ん? アキラ」

「俺が買ったのは90万レデットでしたね、ええ」

「どこからその金が出るの?」

「くっ……! 分かった、分かったからそれ以上言うな! 私だってどうしても欲しいわけじゃない……」

 ここで食い下がって、「では2台買えば良い」という論に行かない辺り、大人である。

「せめて車輪が4つ付いていれば馬車の代わりになったと思うんだが……」

「それに関してですが、すでに法律で禁止されているようです」

 そう伝えると、

「……」

 ラウラさんは天を仰いだのだった。

 結局バイクの購入を却下され、失意のうちにいたラウラさんだったが、俺が使ってない時は無償で貸し出すことを提言すると、おもちゃを買ってくれた大人に向けるような、純粋無垢な瞳で感謝された。



  ※



 ある夜のことだった。

 俺は一仕事終え、宿屋で休んでいると、来客があった。部屋の扉がノックされる。

 珍しいこともあるなと思いながら立ち上がると、

「アキラ、私だ」

 ラウラさんの声がかかった。

「はいはい」

 早足で扉に寄り、鍵を開ける。

 時間が時間なのでもしや……と青少年らしいイケナイ妄想が脳裏をよぎるが、

「今日はありがとうアキラ。これを返しに来た」

 チャラ、と目前まで持ち上げられたのは鍵だった。「ああ、はい。ありがとうございます。楽しめましたか?」

 その鍵はバイクの鍵で、今日休日と言うことだったのでラウラさんに貸し出していたのだ。

「おかげさまで楽しかったよ」

 快活な笑みでそう述べ、鍵の受け渡しを行った瞬間だった。

 地響きが建物を揺らし、ズドンという、何か重いものが叩きつけられたかのような音が響き、窓ガラスが震えた。

「花火ですかね」

「いや、そんな生易しいものじゃ無いぞ」

 ラウラさんは異常を感じたのか、身を翻すと素早く駆け出してその背中を遠ざけていく。あっという間に階段を駆け下りて行ってしまった。

 遅れてしまったが俺も後を追った。

 宿屋から出ると、周辺の家々から人々が顔を出し何事かといった風に身を寄せ合っていた。

 ラウラさんの姿を探す。

 一人駆けているその後ろ姿を見つけると、俺はその後を追いかけ、どうにか追いつくことが出来た。

 その時また空気すら震わす衝撃が、轟音と共に身体を叩いた。

「ラウラさん!」

「ギルドの方だ。何か起きているのは間違いない。急ごう!」

「はい!」

 一体何が起こっているのか。

 ……ギルドの前に到着すると、はげた石畳、明らかに凹んだ地面、そして一部が崩れたギルドの建物――そして相対している一対の人影があった。

 それは戦闘の様相を呈していた。

 人影の一つは俺たちの良く見知った人物。

「アイリスさん……!?」

 この街の冒険者ギルドのトップ。その彼女が剣を構えて相手を見据えている。

 そしてその相手は、槍を携えていた。

 緊張感をみなぎらせているアイリスさんとは裏腹に、余裕を身に纏い、得物を肩に乗せ、まるで遊びに興じているかのよう。

「……アキラ、下がるんだ」

 今の場所からでも2人からはそれなりの距離がある。

 だというのにラウラさんは鬼気迫った声音で俺を制す。

「何が起こってるんです?」

「……分からないが……しかし……アイリス殿とあそこまでやりあうなど、ただの人ではない……」

 知らぬであろうアイリスさんと対峙している相手を睨み付けて、ラウラさんは息をのむ。

「っ伏せろ!」

 ガバッと俺に覆い被さるようにラウラさんに地面に押しつけられる。

 刹那。

 宿屋と、ここまでに来る道すがらに聞いた轟音が辺りを満たした。

 首だけもたげて音の発生源らしき方を見ると、アイリスさんが敵性人物の攻撃を受け止めていた。

「な、なん……」

「あの力にあの姿……使徒かもしれない。アイリス殿をあそこまで押し込める力は他にあるまい……」

 半ば諦観のような気配を漂わせて、ラウラさんが呟いた。

「ここにいたら危険だ……離れよう、アキラ。こんな街中で戦闘行為に及ぶなど、恐らく破壊神の使徒<ベレン>に違いない」

 破壊神?

 使徒?

 初めて聞く単語に俺は状況共々飲み込めないでいたが、ラウラさんに引き起こされて背中を押されて走らされた。

「私は装備を揃えてくる。アキラも一旦戻るんだ」

「わかりました!」

 俺たちは途中で別れてそれぞれの道を行った。



  ※



 スクンサス。冒険者ギルド前。

 対峙するはスクンサス最強の戦士と、神の使徒。

 両者の実力は拮抗しているように見えたが、使徒・ベレンは明らかに手を抜いていた。

 使徒。それはかつて人であった存在であり、今では人の規格を大きく外れた神の代行者。

「やるじゃねえかよ」

 口の端を持ち上げて満足げに神の遣いは漏らす。

「……」

 神の代行者と相対しているのは、凄腕の冒険者ではあるが、所詮ただの人。

 規格外れの存在相手によくやっているようだがその実、攻撃を受けるだけで精一杯だった。

 冒険者は生き残ることまでを考えられてこそ一流である。スクンサス冒険者ギルドマスターであるアイリスもそこは外れない。

 この敵と対峙してから、どうやって生きて戦闘を終わらせるか、戦いながら考えている。

 しかし実際そこに余裕は無かった。だが、思考を止めなかったのは、それしか生き残る術がないからであった。

 彼我との差は歴然。

 仮に他の冒険者たちが集まったところで、相手にとっては烏合の衆に過ぎないだろう。

 ここでアイリスが倒れればスクンサスは壊滅させられる。

「さあ、行くぞ。次も耐えてみせろよ」

「っ……!」

 剣に魔術防御を付与。

 次いで身体には魔術障壁を展開。

 ここまではこれで耐えてみせたが、敵はこちらを弄ぶがごとく、一撃ごとに攻撃の手を深めてくる。

 ピシッ、と空を震わせる跳躍。

 使徒の姿が消えた瞬間、防御の態勢を取る。

 敵は完全に遊んでいる。

 眼前にその姿を現した時、使徒は槍を大きく上段に振りかぶっていた。

 そしてそれを叩きつける。

 ――剣の魔術防御が破壊される。腕力だけで抑えきれない一振りに魔術障壁で耐えきる。

(こちらは身体強化の魔術も使っているのに――!)

 ズドン、と今までより大きな地響きが引き起こされた。

「くっ――!?」

 アイリスの足下の石畳が割れ、周囲の建物の窓ガラスが破砕した。

 せめてと、一瞬をついて剣を振り反撃を試みるが、使徒の姿は既に眼前には無かった。

「もう諦めろ。あたしはここを破壊すると決めた。もう覆らない。お前がすべきは、街の連中をさっさと非難させることだけだったんだ」

 よく言う、とアイリスは心の中で吐き捨てる。

 破壊神の使徒ベレンの悪名は知っている。

 彼女が滅ぼした街に生存者はいない。破壊神は慈悲何においても慈悲を示すことはない。故にその使徒である彼女も同じだ。

「さあ、次だ」

 アイリスの背筋に冷たいものが走る。

 構えたのだ。

 使徒ベレンが、今まで肩に担いで叩くことに使っていた槍を、構えた。

「……っ」

 遊びの終わりか、それともまだ遊びの延長なのか。

 それを図る余裕はない。

「っ!」

 ――身体強化増強。

 ――魔術障壁の展開。

 ――武器への攻勢魔術付与。

 捨て身で打って出る。アイリスは攻撃の構えを取った。

「いいねぇ、そうこなくちゃ」

 相対する使徒は愉悦の笑みを浮かべる。

 想定外の強敵。

 ベレンは思う。

 使徒になってから、果たしてここまで自分と渡り合った、”人”がいただろうか。

 アイリス渾身の一撃――。

「はっ!」

 満足そうな声を漏らして、使徒ベレンは槍の柄で攻撃を受けた。

 ズンと周囲の空気を震わせた一撃はいとも容易く防がれてしまった。

(使徒……こんなに……)

 ベレンは受け止めた剣を押し戻すと、アイリスの体勢を完全に崩して見せた。そして身を翻し、得物の穂先を相手目がけて――。


  ※


「らあああああああ!」

 俺はアイリスさんを貫こうとしている相手の土手っ腹目がけて、渾身の跳び蹴りをお見舞いしてやった。

「ぐっ!?」

「えっ!?」

 その場にいた俺以外の全員が疑問を浮かべたようだった。

 アイリスさんに槍を向けていたやつは吹っ飛んだ。

 後先考えず吹っ飛ばしたのだが、幸いなことにギルドの建物に突っ込んでいった。

 一般の民家じゃなくて良かった。

「あ、あなたは……!」

 変身を済ませた俺の正体を知る者はいない。アイリスさんの誰何の声が響く。それには驚きの感情も交じっていた。

 何せ突然現れたのは一部界隈で噂になっている、あの黒騎士なのだから。

「あとは任せろ」

 変声魔法で変えた声でアイリスさんに言う。

「あなたも……使徒?」

「いや、違う」

 チート能力者です。

「なぁんだお前ぇ……」

 吹っ飛んだ使徒が瓦礫の中から姿を現す。立ち上った周囲の土埃を、槍で切り払う。

 その声音には怒気を孕ませている。

 どうやらいたくご立腹のご様子。

「アイリスさ……殿は休んでいてください」

「……」

 呆然とした様子だが、敵かどうか見極められているようで居心地が悪い。

「! 気を付けて!」

 ヒュガッと音を残して姿を消す使徒。

 だがそれも一瞬。俺の目には槍を構えて突っ込んでくる使徒の姿がはっきりと見えている。

 そしてその攻撃の軌跡も。

 宿屋に戻らずに変身してしまったので、こちらに武器はない。

 果たして使徒と呼ばれるもの相手にどれだけ立ち回れるだろうか。

 槍の穂先は俺の顔を目がけて迫ってくる。

「シッ!」

 端から見てもそれは必殺の一撃だったろうが、今の俺には見えすぎている。

 首を傾けて槍を避ける。空を裂く音が聞こえた。

 と同時に使徒の姿が現れる。すさまじい速度だ。

 俺もこのくらいなら動けるが、それを生かして攻撃に転じることは出来ないだろう。

 さっきのようなただの跳び蹴りとか、体当たりとかが関の山だ。

 とか考えているうちに敵は間合い外に消えていた。

「おいおいなんだよ、いるじゃねえかよ。いいのが! あたしに一撃食らわせるなんて、そこのやつよりマシじゃあないか!」

 喜色の笑みを浮かべ、芝居じみた動き。

「ここまでやるやつが2人もいるなんてな」

 チート能力者です、すいません。

「決めた。お前を壊す」

 フラフラとさせていた穂先をきっちりと向けて、そう宣言された。

 そして凄絶な笑みと殺意が重くのしかかってくる。

「アイリス殿、下がってください」

「……」

 この辺りさすがベテランだけあって素直に従ってくれた。

 強化された聴覚が周囲の音を拾う。徐々に人が――恐らく冒険者たちが集まり始めている。

「おい。気が散っているぞ」

 目の前で声が聞こえた。

「!?」

 ――速っ……!?

 アイリスさんとやり合っていた時より圧倒的だ。

 槍はどこに……!?

「ぐっ!?」

 顎に一撃。鈍器で殴られたかのような感覚。大きく仰け反ってしまった。

 一旦距離を取ろうと飛び退ろうと地を蹴る。

 しかし突きは神速か。

 穂先が俺の心臓を突いた。

「!?」

 相手が驚愕の表情を浮かべた。

 しかし驚きは相手だけではない。心臓に届いた衝撃は俺のメンタルにダメージを与えていたのだが、実害は無かった。黒い鎧は鋭く光る槍の先端を、確かに受け止めていた。

「神器の一撃を防ぐとは、貴様も使徒か……? だがあたしはお前のようなやつは見たことがない」

 使徒は大きく跳躍して、ギルドの屋根の上に移動し、穂先を舐めるように見定めていた。

「全く……使徒同士の私闘は厳禁だってえのに、お前を殺したくてしょうがねえ。だが教会の決まりは絶対だ。反故にしたらおっかねえからな。この場は預けるぜ」

 そう残して使徒は姿を消した。

「使徒を……退けた……?」

 強化された聴覚が拾ったその呟きは、俺の後方から聞こえた。

 振り向けばそこにはアイリスさんと、装備を整えて集まってきていた数人の冒険者がいた。

 これ以上人が集まって注目を浴びるのは面倒だと判断し、俺は比較的人の少ない方へ駆け出していた。

「あ、待ってください!」

 呼び止める声はアイリスさんのものだった。だが従うわけにはいかない。

 人の少ない方へ全速で駆け抜ける。

 ギルド前の喧噪からあっという間に離れると、途端に人の気配が薄れていく。

 それでもさらに人のいない方を探して俺は足を動かし続けた。

 脅威。

 俺は先ほど相対した人の形をしたものを、そう断定した。

 変身すれば敵知らずだったこれまでのことを考えると、恐怖すら抱いていた。

 チート能力は万能ではないのか?

 純粋な疑問。

 いや、そうじゃない。

 能力自体は歴然としている。相手の攻撃も見えていたし、防げもした。

 足らないのは自分自身。ゲームで言えばプレイヤースキルそのもの。

「……」

 人気のない場所を見つけて駆け込むと、俺は胸を押さえて立ち尽くした。

 あの槍の一撃の感触が未だに残っている。

 全身を駆け巡る死の感覚。

 明確な殺意を持った衝撃。

 心臓の鼓動は今まで感じたことのないほど強く、そして俺の身体を震わせていた。

 変身を解除して、深い深い深呼吸を繰り返し気を静める。

「はぁあぁぁあぁああああ。生きてて良かったー」



  ※



 一旦宿屋に戻り装備を整えてから冒険者ギルドへ向かう。通い慣れた道々に並ぶ民家からは、住民が音の原因を伺っているのか、窓から顔を覗かせたり玄関口に立っていたりしている。

 俺は駆け足でその風景の中を抜ける。

 ギルドの周囲はあのままだ。

 違うのはそこに数多くの冒険者が揃っていること。飛竜がやってきた、あのときと似た雰囲気が漂っていた。

 しかし今回は事の済んだ後だ。

 俺は人波をかき分けてギルド内部に足を踏み入れた。

「あ。倉田さんじゃないッスか」

「お。こんな入り口の隅っこで何してんの摩耶」

「あっち見てください」

 摩耶がちょいちょいと指さす先には、アイリスさんを筆頭に、十数人の冒険者たちが集まって何か話しているようだった。その中にはラウラさん、ナタリーさん、マルタさんもいた。

「あー……。外のこと?」

「それの原因のことみたいですよ」

 原因……使徒と呼ばれたあの激ヤバな槍使いか。正しくはそれとアイリスさんの攻防なのだろうけど。

 ここからだと所々声が聞こえないから、ちょっと近づいてみよう。

「――例のその黒騎士にまた相手して貰えばいいんじゃないか? うちのギルドマスターが敵わなかった相手を退けたんだろ?」

「頼むにしろ、噂じゃ神出鬼没だし、そんな相手にどうやって頼むかだな」

「待ってください。ギルドとしては素性の分からない方に依頼を出すわけには……」

「そうは言っても、現実問題使徒とやり合えるのは、アイリスさんか、その黒騎士なわけでしょ? 街を救うためにはその辺は柔軟に対応して貰わないと」

「いえ、私も足下にも及びません」

「正味の話、ギルドマスターをフォローする形で俺たち全員でかかればどうにかならんかね?」

「どうにもならん。ならんからこうして話し合いの場が設けられているんだろうに」

「相手は破壊神の使徒『ベレン』ですから、生半可な力ではどうにもなりません。私もさっき以上に時間を稼げる自信は……」

 重い口調でそう言ったのはアイリスさんだった。

「となるとやはりあの黒騎士に頼るしかないというわけか」

 誰かがそう言うと、会合の場に重い空気が淀む。

 俺は自分の取った行動の重大性に少しずつ気付き始めていた。

「して、ギルドマスター。使徒はまた来るとお考えで?」

「まず間違いありません。使徒ベレンは一度目標を定めたが最後、それを破壊し尽くすまで行動します。今回のように、街や村が狙われたのは百数十年ぶりですが……」

「王都からの助力は?」

「期待は出来ません。そもそも間に合うかどうか……」

「その黒騎士は使徒じゃないのか? 使徒と対等に渡り合えるとしたら使徒しかいないんじゃないか」

「あるいは竜騎士か……」

 破壊神、使徒、竜騎士……。耳慣れない単語が飛び交う。その中に自分自身である黒騎士が並び呼ばれるのは奇妙な感覚だった。

 しかも会話の中枢に据えられようとしている。

「使徒同士だったのなら、心配はいらなかったのだが……」

「いっそ竜奉教会に竜騎士の派遣を頼んでみてはいかがかね」

「不可能ではありませんが、今後の皆さんの活動に影響が出るのは間違いありません」

「そうか……竜種の討伐かぁ」

「今取れる確実な方法は、すぐに住民の皆さんの避難を開始することです。街は……」

 アイリスさんが表情を暗くする。

 今度こそ会合は重く滞る。

「……」

 街がどうなるというのか。

 全てを理解は出来ないものの、話の流れからして、これは……スクンサスが危機に瀕している?

 それがどういう状態までを想定されているのか、それが判らないが、しかしこの会合の空気感はただ事ではないことを表している。

 話はまだ続きそうだった。

 俺はその場から離れて摩耶の元へと戻った。

「どうでした?」

「スクンサスがヤバいらしい。ちょっと知らない単語が多くて状況を掴みきれなかったけど」

「どんな話してました?」

 全てを把握し切れていなかったので、聞いた内容をそのまま伝えた。

「ラウラさん達から教えて貰った内容と一緒ッスね。その、ギルドマスターと黒騎士が戦った、使徒というやつがこの街を滅ぼすってことらしいです」

 どうやら俺の想像の範囲外の出来事が起ころうと、いや、起きているらしい。

 考えようによっては俺が手を出したことが、今回の出来事を面倒な方向に持って行っている気がしないでもない。とは言え、会合の内容を思い返してみると俺が介入しなければ、アイリスさんも倒されていただろうし、今頃スクンサスも破壊されていたかも知れないわけで……。

「摩耶の魔術でどうにかならないの」

「いやぁ、私の能力は魔術の即時発動ですし。そもそもどうにか出来るようなら、ラウラさん達から声をかけられてますよ。それがないということは、相手は魔術程度じゃどうにもならないってことッス」

「上手くいかないもんだなぁ」

「今求められてるのはあの黒騎士の力ですからね。……思ったんですけど、黒騎士って私らと同じチート能力者じゃないッスか?」

 ギクリとする。

「話によると使徒って、神の代行者って言われてて、人外の力を持ってるらしいッス。別名は亜神、つまり神に準ずるもの、2番手ってことッスね。まあ私らとは存在の規格が違うわけですよ。ん? でも転生者の私らとはどうなんでしょうね……?」

 マジかよぉ……。

「まあでもそんな存在と張り合えてこそ、チート転生の醍醐味ッスよねぇ。私はちょっと違いますけど」

「……」

 大いなる力には――。

「外に集まってる人達も使徒の相手をしに?」

「たぶんそうッス。スクンサスを拠点に活動してる冒険者の人達ッスよ。今ここで話し込んでる人達は、中でも名うての、凄腕達です」

 一人一人の実力は判らない。でも、そんな名うての冒険者たちが束になって、アイリスさんを伴っても敵わない相手。

 そんなやつが街を潰しに来る。

 そしてそんな状況においても心折れない人達。

「摩耶、俺ちょっと用事思い出したから済ませてくる」

「あ、はいーッス」

 来るというなら来ればいい。

 俺が迎え撃ってやる。



  ※



 と、意気込んで早3日。

 使徒の襲来はまだ無い。

 しかし街中に張り詰めた空気が漂っているのは確かだった。

 話を聞いた一般の人達の一部は各々の判断で避難を始めて、街からはいつもの活気が失われていた。

 道行く人とすれ違っても、どこか怯えているように見える。この人達も街から去るのだろうか……。

 使徒ベレンの事は、人々の間では天災のような扱いで逸話を残しているようだ。街や村という、人が大きな損害を受ける場所を狙うことは大変に珍しいことらしく、通常なら主に、別の神を祭っている神殿を狙うらしい。

 さすが破壊神の使徒だけはある。

 これに関してはどの組織も――ベレンが属している教会ですら――頭を痛めているとか。当然、歴史的な遺構もその標的になり得るため、なおのことタチが悪い。

 ただし、使徒の行動を妨害することに関しては禁止されていない。使徒の行動の結果に関しては天災、そう扱われることになる。そのため多くは法律で保護される。だから今回のように街が1つ潰されようが、国と教会が保障してくれるらしいが……。

 教会が動くのなら初めから活動をコントロールして貰いたいものだが、これもややこしいことに、使徒は亜神という神に準ずる存在であるから、端から行動を抑制することはないらしい。亜神に背くことは背教行為とみなされることもあるようだ。

 宗教関連は異世界でも、繊細な取り扱いが必要とされている。

「ふぅ……」

 ギルドの訓練所でダミー人形相手に木剣で打ち込みを続ける。ベレンが去ってからの3日間、毎日これだ。

 正直、付け焼き刃程度にもならないだろう。

 それでも続けているのは気を紛らわすためだ。来るであろう強敵を待つに当たって、何もせずにはいられなかった。

 最初の戦いで判ったことだが、断言しよう、勝てるわけがない。

 あんな使い手にたかが元・高校生が勝てるわけがないのだ。普段だってチート能力頼りの活動をしているのだから、今回の件だって当然チート前提の戦いだ。

 よってまた断言しよう。負けるわけがない。

 鎧は相手の攻撃を受けきれることは前回の戦いで痛感した。

 俺が倒れることはないだろう。

 そして俺は相手を倒せる気がしない。

 破壊神を主とするものとの戦いで、引き分けで大団円とは行くまい。それに相手には好戦的な面も見受けられた。どちらかが力尽きるまで戦いは続くだろう。

「精が出るな、アキラ」

 そんな声をかけられ、振り向き、そこにいたのはラウラさんだった。

 惰性だけで振り下ろした木剣が、ダミー人形を叩いて、ポコンと間抜けな音を響かせた。

「アキラがそんなに気にすることはないのだぞ」

「何かしていないと不安で……」

 正直に口にしてみる。

「アキラ、相手は亜神だ。私たちが出来ることはないと思った方が良い。出来るとしたら、街の人々の避難の手伝いくらいだ」

「亜神ってみんなこんなことばかりするんですか?」

「いや、ここまで人に害を及ぼすのは、ベレンくらいさ。他にも好戦的な亜神はいるが、皆、自身がどんな存在か心得て行動するものばかりだ。だがベレンのせいで亜神を誤解しているものも多い」

 名実ともに厄介な相手なのか……。

「ラウラさん達はどうするんですか? まさか残って戦おうなんて考えてるわけないですよね」

「逃げようにも自宅があるからな。あれを壊されるわけにはいかない」

 確たる決意を目に宿して言う。

 亜神はただの人が敵う相手ではない。俺たちのような反則級の能力を得たチート能力者、あるいは同じ力を備えたものでなければ戦いにすらならないだろう。

 ……これじゃ残った冒険者のみんなは死にに行くだけじゃないか!

「……ラウラさん。俺、あの黒い騎士と面識があります」

 現状俺がもたらせる最適解は、変身して俺が迎え撃つこと。そうすれば街も人も最小限の被害に抑えられるはず。戦う場所を考えればさらに被害は小さく出来る。

「黒騎士を知っているのか!? 今どこに――」

「居場所は……。でも連絡は取れる状態だし、あっちはこの街の状況ももちろん把握しています」

「じゃあ助力が得られるのか?」

 驚きに目を白黒させてラウラさんが言う。

「問題ないと思います」

 俺は決意を持ってそう答えた。

「なんてことだ……早速アイリス殿に伝えよう!」

 駆け出したラウラさんの背中を見つめる。

 これで正体がバレたとしても、悔いはない。

 街自体への思い入れは少ないかも知れないけど、この街の人々を思えば、正体バレなぞ些細なことだ。いや、もちろん率先して正体を明かすつもりはないが、そういう心境であり、覚悟もするということ。

 俺も木剣を片付けて、ラウラさんの後を追ってギルド内に向かうことにした。

 アイリスさんは黒騎士の参戦に積極的ではなかったようだが、果たしてどうなることか。

 決意してから、ふつふつと勝手に湧き上がってくる緊張感が少し煩わしかった。

 訓練所を出てギルドに向かうと、入り口に人が集まっている。

 冒険者の面々だ。妙な緊張を纏わせて、ギルド内部を窺っているようだった。

 また何か話し合いが行われているのかと、俺は隙間を縫ってギルド内に進入した。

 しかしてそこで繰り広げられていた光景は、見知らぬ男性とアイリスさんの対峙だった。それは第三者が立ち入るには少々空気が刺々しかったのだが、俺は2人の話が聞こえる位置にこそこそと近づいていった。

 同じように2人の成り行きを見届けている冒険者たちがちらほらと見受けられたからだ。その集まりの後ろの方に陣取って耳を澄ませた。

「アキラ」

 適当な場所を選んだつもりだったが、隣には先にこちらに来ていたラウラさんが座っていた。

「ラウラさん。……また何かあったんですか?」

 ひそひそ声で会話できるよう、顔を近づける。

 ……そんな場合ではないのだが、爽やかな香りが鼻をくすぐる。冒険者といえどさすが女性と言ったところか。

「別の使徒が来た」

「は」

 俺の思考は一瞬停止した。

 あのベレンですら手強かったというのに、それと同等の存在がもう1人来たというのか?

 何しに?

「まさかベレンみたいなのが?」

「いや違う。今度は創造神の使徒だ」

 創造神。その名前からして、破壊神とは対極にある存在と思われるが。もしかして街を救いに来たのか?

 ラウラさんから気を逸らし、アイリスさんと使徒との会話に意識を傾ける。

「統神教会としても、今回の件を重く見ておりましてね。僕が直接手を出すわけにはいきませんが、街を守る手助けくらいしても戒律には背かないと教会は判断し、こうして馳せ参じたわけでして。街1つ潰して何もお咎め無しだなんて、そんな時代でもないでしょう」

「使徒ホシ、具体的にはどういったことをしていただけるのでしょうか」

 使徒の名前はホシ。見た目は普通の男性で、ベレンと比べると知的で理性的に見える。

「ええ、話を聞くところによると、ベレンを退けさせた人物がいるとか。ベレンがそれを大層気にかけておりまして、僕を含め他の使徒に聞いて回っているのですよ。――黒い騎士の使徒がいないかどうか。

 そして幸いなことにそのような人物は使徒にはおりませんでした。現状ベレンが望んでいるのは黒い騎士との再戦です。それが出来るのであれば、この街を破壊するのは止めると宣誓させました。どうでしょう、悪い条件ではないと思いますが」

「……時間を下さい。本人抜きにして決められることではありません」

 アイリスさんは神妙な面持ちだ。

「それもそうですね。では意向が決まりましたら教会の方までご連絡を。出来れば2、3日中に返事をいただければと。これ以上長引くようだとベレンも我慢の限界でしょうし」

「わかりました。そのように」

「それでは平和的な結末が訪れるよう、願っていますよ。今日はこれで失礼します」

 男――使徒は踵を返して歩き出す。てっきり出入り口から出て行くのかと思ったら、その前にその姿は蜃気楼のように消えてしまった。魔術か何かだろうか。使徒、やはりただ者ではない。一連の話し合いを見守っていた冒険者たちも、その光景に動揺していた。

 そんな面々の動揺も納まらないうちに、ラウラさんが立ち上がってアイリスさんに歩み寄る。そうして二言三言交わしたかと思うと、2人の視線が俺に向けられた。

 訓練所でラウラさんに話した件だろう。

 アイリスさん先導で2人が歩み寄ってくる。

「クラタさん」

「はい」

 いつもの柔和な表情と違い、至極真剣な表情のアイリスさん。威圧感すらある。

「ラウラさんから聞きましたが、例の黒い鎧の方と連絡が取れるというのは本当ですか?」

「あ、はい。少し時間を貰えれば間違いなく」

 そう伝えると、アイリスさんは少し考え込んだ後、決意の籠もった表情を見せた。

「ギルドに来ていただくように伝えて貰えますか?」

「わ、わかりました。たぶん来るのに……1時間くらいかかりますけど良いですか?」

「問題ありません。お待ちしていますので、よろしくお願いします」

「はい。では早速ちょっと行ってきます」

 俺は立ち上がって小走りでギルドから出る。ふと目を引かれたのは破壊された壁だった。数日前、俺がベレンを蹴り飛ばして壊れた箇所だ。

「……」

 今度の戦いは本気の勝負になるだろう。ベレンが破壊せずとも、戦いの余波が街に被害を及ぼすことは容易に想像が付く。

 さっきの使徒はいかにも街を守るようなことを言っていたような口ぶりだったが、具体的にどうするつもりなのだろうか。またギルド前で戦うことになったら、ギルド前の広場はボロボロになることは必至。周囲の建物もただでは済むまい。

 俺はどう戦おうかと考えつつ、街をぶらついて時間を消費した。

 アイリスさんとの約束は大体1時間ほど。それまで無い頭を絞ることにする。



 ※



 ギルドに入るとどよめきが走った。

 変身済み、声も魔術で変えてある状態。

 ざわざわと色めき立つ冒険者ギルド。通常状態でも変身状態でもこんなに注目されるのは初めてだった。

 衆目の間を歩く。

 しかし奥まで行くまでも無く、目当ての人物の方からこちらへやってくる。

「お待ちしていました」

 アイリスさんが俺の前に立つ。他の冒険者と違い、動揺は無いようだ。

 奇しくも今の光景は、1時間ほど前、アイリスさんと使徒が対峙した状況と酷似している。

「話は倉田彬から聞いた」

「そうですか。ですが貴方は冒険者登録はされていませんよね? 今回のような状況の場合、ギルドとしては依頼という形式で事を進めるのですが……」

「そういった遣り取りはそちら側で勝手に進めて構わない。報酬が発生するなら、それは街の修繕にでも当ててしまえば良い」

「……解りませんね。どんな理由があって無償で引き受けるというのです。使徒と戦うのですからただでは済みません。私の知る限り、あなたはこの街に来て、それほど長くも無いでしょう」

 さすがギルドマスター。街の情報に明るい。

「自分が住む街だから守る、それ以上でも以下でも無い。使徒との戦いは任せて欲しい」

 そう断言すると、アイリスさんは複雑な表情を浮かべる。

 しかし直後、

「承知しました。……スクンサスをよろしくお願いします」

 ふ、と一瞬だけ自嘲的な表情を見せてこう言った。

「いけませんね。冒険者としての活動が長いので、どうしても損得勘定でものを考えてしまいます。――では統神教会には、黒い鎧の騎士とは話が付いたと連絡させて貰います」

「ああ。何かあったらまた倉田彬に連絡役を任せればいい」

「わかりました。冒険者ではないですが、くれぐれもご自身の命を捨てるような真似はなさいませんように」

「了解した」

「それでは」

 丁寧にお辞儀をしてアイリスさんは去った。

 さて。俺も絡まれる前に退散しよう。

 黒騎士のキャラクターを取り繕っているが、変身状態が長引けばそれだけボロが出やすくなってしまう。誰かに話しかけられる前に、慌てず急いでギルドから逃げなくては……。

 踵を返して歩き出しても、相変わらず注目を集めているのが解る。視線が痛いほどだ。声を潜めて俺に関する何かを言い合ったりするものもいる。

 ああ、居心地が悪いというかなんというか。

「なあ、あんたさ」

 ほら捕まった。

 俺の行く手を阻むように立ち塞がったのは、誰あろうナタリーさんだった。嗚呼、もう! 一番面倒そうな人に捕まった! 静かだったから気付かなかったけど、どこに潜んでたんだよ。

「普段見ないけど、どこで寝起きしてるわけ?」

「決まった場所はない。気が向いたその場が寝床だ」

「名前は? この街のために戦ってくれる相手の名前も知らないんじゃ失礼かと思ってさ」

「……」

 やっべ。この黒騎士のモデルにした絵本の登場人物にも名前は設定されてなかった。どうしたもんかな……。

「名前も言えないくらいヤバいことやってるわけ?」

 俺の沈黙をネガティブなものと捉えたようだ。

「おい、ナタリー。何か事情があるのかも知れないだろうにそんな言い方はないだろう」

 助け船を出してくれたのは、ラウラさんだった。

 今のうちに名前、名前ぇぇぇ……なんか適当に、思い付け! 黒騎士だから、黒っぽいなんか英単語とか外国語にいいのはないか!?

「好きに呼んでくれ」

 ダメだ、なんも思い付かん!

 英語でブラックじゃなんか物足りないし、他の外国語だと凝りすぎてしまう気がするし……。ていうかそれほど外国語詳しくないし!

「まあいいわ。今まで通り黒騎士って呼ばせて貰う」

 まだ懐疑的な表情だが、ナタリーさんは黒騎士への興味を逸らしたようだ。

「帰って構わないかな」

「そうね。また」

 嫌みっぽく、恭しい所作で道を空けるナタリーさん。

 助けはすれど何か恨まれることはしてないと思うんだが、うっすら敵視されている気がしてならない。

 いや。

 薄くないな……目の敵にされているというか。

 背中にビシビシと視線を感じながら、俺はギルドから出たのであった。

 ギルド入り口の扉が完全に閉まりきったのを確認してから、俺は全速力でその場から離れる。人通りの少ない場所を目指して、駆ける。

 これであと数日後には、あの圧倒的な力を持った使徒と戦うことが決まった。数日前やり合った記憶を思い起こす。やはり勝敗を決するのは簡単ではないだろう。この世界の基準からしても、相手もチート能力者のようなものだ。しかも気性の激しそうな相手。

 そんな対象の戦意をどうやって喪失させれば良いのやら、俺にはとんと見当も付かない。とことん叩き潰すくらいしかないんじゃないか?

 考えながら走ってると、人の少ない場所にやって来た。俺はさらに身を隠せる場所を探し当てると、そこに潜り込んで変身を解除した。

 倉田彬の帰還。ギルドに向かって歩き出した。

 敵の武器は槍で、こちらは剣。すでに間合いで大きくリーチを取られている。

 薙刀を相手にしたことはあるが、間合い感はあんなものだろうか。懐に潜ってしまえばある程度行動を限定できるものの、今回の相手に限っては練度が違う。仮に間合いを詰めたところで有利を得られるとは思わない方がいいだろう。

 ――となると間合い外からの絶掌波か? しかしあれは距離が離れると効果はぐんと下がってしまうから……使徒相手では決め手にはなるまい。絶掌波は単純な衝撃波のため、クリーンヒットさせるのが一番効果的だろう。

 ……ダメだ。

 いくらシミュレーションしても快勝しているイメージが思い浮かばない。

 大体なんだよ使徒って……神の遣いがそう簡単に街とか物とか壊そうとしたらいかんだろ。まあ、今回の相手は破壊神の遣いっつーわけだから、そうなるのも百歩譲って解らんでもないけど。元の世界でも破壊を司る、シヴァが有名かな。でもあの神様は再生も司っていたはず。

 こちらの世界では破壊神と創造神がいるようなので、それだけ教義やら行動原理がはっきりしっかりしているのだろうか。

「……はぁ」

 これは異世界に来てからの俺にとって、初めての大勝負になるに違いない。

 間もなくギルドに到着する。今頃どうなっていることか。

 入り口の扉を恐る恐る、少しだけ開けて隙間から中を窺う。黒騎士状態でいた先ほどに比べれば、落ち着いているようにも見えた。

 それでも中はまだ黒騎士の話題が主立っているようだった。

「……」

 こっそりと中に入る。

 普段とは違った騒がしさが違和感を抱かせる。

「お。使いっ走りが来た」

 めざとく俺を見つけたのはナタリーさんだった。この人は何かと敏感なのかも知れない。

「黒いの来ました?」

 さも別人で知り合い程度の中を演出すべく、軽く訊ねてみる。

「来たよ。ベレンと戦ってくれるってさ」

「それは良かった」

「ところでアキラは今までどこにいたの」

 正体を隠して活動している者には、逃れられない質問だ。

「散歩してました」

「は」

 ジト目でナタリーさんが俺を見る。

「いや、俺程度が話し合いの場にいても何もできないじゃないですか」

「そりゃそうだけど」

 ナタリーさんは腕を組んで呆れたように溜息と共に呟いた。否定してくれない辺りナタリーさんらしさがあふれ出ている。

 使徒との戦いは決まった。

 あと数日のうちに決戦の日は来るだろう。

「失礼。通るよ」

 入り口からの道を塞ぐように立っていた俺の身体をどけるように両肩に手が置かれた。

 穏やかそうなその声はどこかで聞いたことのある声だった。

「使徒ホシ……!」

「えっ!?」

 その姿を目にしたナタリーさんが息をのむ。

 俺は横を通り過ぎていく使徒の姿を見送った。

 ホシは一瞬だけこちらを――俺に目線をよこした。

 何か意味ありげなニュアンスが込められているような気がしたが、俺にはそれをつかみ取ることは出来なかった。その内に使徒はギルドの奥へと――恐らくアイリスさんを尋ねてきたのだろう――歩を進めて行ってしまう。

 ナタリーさんがそうだったように、他の冒険者の間にも驚きが広がっていく。

 昨日の今日、という次元ではない。

 まだ数時間も経ていない、つい先ほどまでここにいた人ならざる存在が、再び威容をもってやってきたのだ。

 あまりにも早すぎる再来。

 冒険者一同の動揺は隠しきれない。

 迎え出るように、アイリスさんが窓口からやってくる。

「使徒ホシ。お早いお着きですね」

「驚かせて申し訳ないね。食事をしていたら、思ったより早くに教会から連絡があったから、そのまま来てしまったよ」

 てっきり使徒の力か何かで瞬間移動でもしたのかと誰もが思っただろうが、何のことはない、ただスクンサスに滞在していただけだったらしい。

 ナタリーさんは俺との会話を早々に切り上げ、2人の会話が聞こえそうな場所に移動していった。

 他の冒険者たちもいつの間にか静まりかえっていた。

 俺もそれに倣って近づく。

「とりあえず話が穏やかな方に進んで良かったですね」

 使徒ホシだ。

「使徒と戦うことが穏やかというのなら、そうなのでしょうね」

「いやはや手厳しい。しかし安心して大丈夫だと思いますよ。この街がベレンの手にかかることはないでしょう」

「どういうことです?」

「何事もやってみなければ解らぬと言うことですよ。ここにいる皆さん、使徒が相手だというだけで悲観的に考えているようですが、事はそう単純ではないということです」

「まるで使徒ベレンが負けると言ってるようにも聞こえます」

「創造神の使徒としては、そのほうが良いと考えていますけどね。街1つ簡単に潰されるなんてたまったものじゃあありませんから。

 それはともかく、この街の近くに荒野がありましたよね。あそこの一部をちょっと使わせていただきたいんですけども、よろしいです?」

「我々、人の常識の範囲内であれば」

「では問題ありませんね。ベレンとの戦いの場が必要でしょう。それを用意します」

「承知しました」

「場が整い次第、ベレンには僕から連絡をしますから、皆さんはそのままお待ちいただければと。

 それでは、また」

 アイリスさんは去りゆく使徒を無言で見送った。

 使徒が行ったり来たり、俺のような使徒の脅威を一部しか知らない転生者はともかく、この世界で生を受けた使徒と共にある人々にとっては、今日という日はひどく消耗したことだろう。

 だがしかし、ベレンとの戦いが済むまでは、まだ続くわけで……。

 そのベレンと戦うことになっているというのに、俺はどこか他人事のようにその場にいる人達を眺めるのであった。



  ※



 さて、その翌日のことである。

 昨日の出来事が一段落したかのような空気になりつつあったギルド。俺はやる気はなかったが、どんな依頼が出されているか確かめるのに掲示板の前にいた。

 先述の通り、ベレンの破壊行為を恐れて、一部の住民は避難している。依頼の方もそのあおりを受けて、いつもよりかは気持ち少なめではあった。

 ただ、避難した人達がどうのというより、使徒との決戦を前に、皆が皆それどころではないというのが本音ではなかろうか。それは冒険者も同じで、ギルドにはいつもの賑わいがなかった。

「あああああああああ!!」

 バゴンと荒々しくギルドの入り口が開かれる。

「マスタぁあああああああ!」

 入ってきたのはギルド職員だ。何かとんでもないことにでも巻き込まれたのか、大声を上げて窓口の向こうに駆け込んでいった。

 ギルドらしい騒がしさと言えばそれはそうだが、ここ数日、スクンサスでは何かと不穏な出来事が続いているので、俺は意識を職員のほうに向けた。

 マスターと叫んでいたので、アイリスさんへの報告だろうが、あの様子はちょっと尋常じゃなかった。

 ギルド内にいた方々の冒険者たちも何事かと――どちらかと言えば「また厄介事か」という、うんざりした様子で事の始まりを待っているようだった。

 そして間もなくして、関係者オンリーの扉からアイリスさんが険しい表情で出てきて、それに続いて先ほど大声を上げながら飛び込んでいった職員が顔を見せる。

「こちらです!」

「わかりました。ですが少し落ち着いて」

「そんなこと仰っても本当に大変なんですよ!」

「使徒の件があるのに、もう……」

 俺の横を通り過ぎる時にそんな遣り取りをしながら2人はギルド出口に向かっていった。

「……」

 残された冒険者たちは、お互い顔を見合わせながら着いていくかどうか決めあぐねているようだった。

 そんな中、逆にギルドに入ってきた面々がいた。

 タイミングがタイミングだったので、一瞬でギルド中の注目を集めることに。

「……なに?」

 それは俺の知った面々で、ナタリーさん達パーティだった。

 何故か自分達が注目を集めていること、そしてギルド内の雰囲気を訝っている。

「なに?」

 誰にともなくこの空気の原因を探るためにか、ナタリーさんはギルド内を見回す。

 最近気付いたのだが、ナタリーさん達はこの街ではそれなりに名の通った有名人らしい。

 誰かが応えた。

「また何かあったらしいぜ」

 そんな彼女たちは、一大事に存分に力を発揮するだろうということは明白である。

「じゃあさっきアイリスさんが走っていったのは……」

「そういうこと」

「だろうな」

「じゃあ、追いかけてみようか。――アキラ、来な」

 ああ。そりゃ見えてますよね。まあどうせ追いかけるつもりだったし構わないか。

 来たばかりのギルドから早々に立ち去るナタリーさん達を、追いつけるように俺は早足で追いかける。

 ナタリーさん達は速く、追いつくにはそれなりに走ることになった。

「ちょっと待ってくださいよー」

 さすがベテランだけあって、ナタリーさん、ラウラさん、マルタさんは速い。俺は遅れ気味だった摩耶に追いついた。

「私は、元々、インドアタイプなんですよ……」

「なんとなくそんな気はしてたわ。頑張れ」

 ぼやく摩耶を追い抜いて先行する3人に追い縋る。

 この人達いつもの装備なのにプロマラソンランナー並の速度を出してるぞ……。

「アキラ、何が起きたか聞いているか?」

 一番の重装備なのに軽々走っているラウラさんが声をかけてくる。

「いえ、職員の方がギルドに突っ込んできたところは見たんですけど、何がどうなったかまではわからないです」

 それを聞いてラウラさんは溜息を一つこぼした。

「使徒が来て慌ただしいというのに、まさかスクンサスでこんなことに巻き込まれるとはな」

 しみじみと落ち着き払った声音でラウラさんは言う。本来ならスクンサスは落ち着いた良い街なのだ。

「見えた!」

 駆けているギルド職員服の後ろ姿が見えた。

「ま、待ってくださぁい……!」

 アイリスさん達を見つけたナタリーさん含む3人は距離を縮めるためにさらに速度を上げた。それに大して摩耶が悲鳴混じりの声をあげる。

「頑張れ摩耶。追いつけば少しはペースは落ちそうだぞ」

「いや……マジで……こういうの……慣れて来たと思ったんですけど……!」

 息も絶え絶えそうこぼす。言うものの今にも足を縺れさせて転びそうだ。

「アイリスさん!」

 先頭を行くナタリーさんが、アイリスさんに追いついて会話を始めた。

 俺は摩耶に付くことにした。目を離した隙にすっ転んでそうで危なっかしいし、それに目標に追いついたのなら、もう行き先を見つけに迷うことはないだろう。

 行軍スピードが案の定落ちる。

 これなら摩耶も安心だろう。

「……ひぃ……まだキツいッスよ……」

 頑張れ頑張れ。

 このまま行くとスクンサスから出てしまうが、事が起こっているのは外部なのだろうか。

 この先にあるとしたら……いや、確か使徒ホシが荒野がどうこう言ってたから、そうか。

 絶掌波をぶちかましたり、摩耶の魔術を見せて貰ったあの荒野があるはずだ。

 一体何が起きているのやら。

 また使徒がでたらめな力で事件を起こしていなければ良いけど。

 そんな思いを裏腹に、門をくぐったその先には……。「これは……」

 アイリスさん達はその巨大さに空を仰ぐように首を傾けている。

「うわぁ」

 ここは本当にただの荒野が広がっていたはずだ。

 なのに目前に聳えるのは巨大な建築物。

「まさか使徒が言っていたのはこれのこと……?」

 アイリスさんが目を丸くして呆れたように呟いた。「えっ……これ」

 息が整い、やっと他のことに意識がさけるようになったころ、建築物を見て息をのんだ。

「倉田さん、これ……」

「え? 何?」

「コロッセオじゃないッスか」

 摩耶に耳打ちされて、俺は再び建築物に目をやる。

「あ、あー……!」

 教科書とかに載ってたあれだ!

 なぜ異世界にこっちの世界のものが出来上がっているんだ!?

「いや、これは皆さんお早い。もう見つかってしまうとは」

 コロッセオから出てきたのは、使徒ホシであった。

「これは一体どういうことです」

 やや怒気をはらんだ疑問の声はアイリスさんから発せられた。しかし純粋に怒っているというよりかは、やや呆れも含まれているようだ。使徒の行いの突拍子のなさに疲れたのだろう。

 方や町を破壊すると宣言し、方や巨大な建築物を作り上げてしまう。

「どうも何も、昨日お願い申し上げたとおりですよ。まさかベレンを街の中で戦わせるつもりではないでしょう?」

「それはもちろんそうですが」

「ですからこちらで場所を用意しました。簡単な闘技場ですが、使徒との戦いに使われたとなれば良い観光名所にもなるかもしれません」

「簡単……?」

 アイリスさんを連れてきたギルド職員は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でコロッセオを見上げている。

 俺と摩耶も似たような心境なので気持ちはわかる。

 しかし異世界の住人が、俺たちの世界の建築物を見事に再現するとは一体どういう現象なのだろうか。

 生物で言えば収斂進化のようなものだろうか。「闘技場と言えばこの形」といった風な。それとも使徒には違う世界の情報を見聞きすることが可能なのか。

「もう完成してますから中をご覧になってはいかがですか? 地元民の特権ですね。――ああ、それとベレンには明日、来て貰うことにしますがよろしいでしょうか」

「明日……。クラタさん、鎧の方に伝えて貰えますか?」

「え、ああ、はい!」

 コロッセオに気を取られていたので、急な呼びかけに狼狽えてしまう。

「時間はそうですね……正午にしましょう」

 使徒ホシが付け加える。

 明日、正午。

「さて、それでは僕は作業に戻らせて貰いましょうかね。まだ完璧ではないので。先ほども申し上げましたけど、見学はお好きにどうぞ」

 そう残して使徒はコロッセオの中に戻っていった。

 しかしなんというか、こんな形でコロッセオを拝見できるとは思っても見なかった。まあただのコピーか偶然の産物なのだろうが。……偶然にしてはあまりにも再現度が高すぎるけれども。

「マスター、どうします?」

「……まさか使徒が悪巧みしてるとは思いませんが、それはさておき、勝手にこのような巨大な建築物を造られて、ギルドとして調べないわけにはいきません」

「そう、ですね。では行きましょうか」

「ええ。私が先に行きます。着いてきてください。

 ――皆さんはどうしますか? 万が一何かあった場合、あなたたちがいてくれれば力強いのですけれど」

「もちろん着いていきますよ」

 ナタリーさんの返答と共にラウラさんとマルタさんも頷く。ああも言われては行かないわけにいくまい。

 俺も摩耶も異論はなかった。

 異世界に突如として出現した、元の世界にある似た建造物への興味が尽きなかったからだ。

 一同の意は決した。

 使徒ホシが入っていった入り口から内部へ進入すると、そこは神殿めいた空気を湛えていた。

 今現在、人を受け入れたことのない建物の気配が強く漂って、一同を萎縮させた。外観の威容も相まって、荘厳さすらも感じさせるこの建物は、ここが決戦場になるということを忘れさせてしまいそうだった。

「へぇえええ……凄いッスねぇ」

 生憎と本物を訪れたことがないのでなんとも言えないが、大まかな構造は本当にシンプルな闘技場。柱などの劣化具合は再現されていないようで、新築そのものだった。本物のコロッセオの柱は風化してのっぺりしていたはず。

 細部まで再現されてないからこそ、この場所が神殿のように感じるのかも知れなかった。造りが完璧すぎて神性めいている。やはり神の遣いである使徒が関わっているからだろうか。

「広いですね。観光地化してもいいなんて言ってましたけど、統神教会の神殿にも出来るんじゃないですかね」

 アイリスさんを呼びに来たギルド職員が、そうこぼした。

「おーい! こっちこっち!」

 いつの間にやら先行していたナタリーさんが、建物の内部方向で、光を背にして手を振っている。

 あれは太陽の光だろうか。ほの明るいコロッセオの内部においては、強い光源だった。入り口付近と同じくらいの明るさだった。

「まったく……何が起こるか判らないのにどうしてああも突っ込んでいくのだ」

「私たちも向かいましょう」

 ラウラさんの呆れた呟きに応じるように、アイリスさんが歩き出す。

 残った全員で光の方へ向かう。

「見てよ! これ!」

 光の漏れたアーチを形作る壁の向こうには、開けた砂地の広場があった。

 ガワがあの巨大さなのだから内部もそれなりの広さが備わっていた。

「おお……内部アリーナ。これは現代の本場のコロッセオにはなかったはずですよ」

 摩耶が観客席を見回しながら言う。

 席から見下ろされる形のアリーナだが、ここから見える観客席が多くの人で埋まっているのを想像すると、冷や汗が出そうだった。アイドルとか歌手やらは、定期的にこの緊張感に包まれていたわけか。

 正確な広さは、あくまでも目測だが、形は楕円で長軸が100メートルあるかないか、短軸がそれの半分か以上くらいの数値はありそうだった。

 それにしても大仰な建造物が出来たものだ……。

 他人事のように考えてしまっているが、明日、ここでスクンサスの行く末を担って戦うのは、誰あろう自分自身だけど。

「すごいな。これほどの建物ならば、劇の舞台にも使えるだろうな」

 言うはラウラさんだが、劇に興味があるのだろうか。

「ねー。こんな凄いなら、使徒と黒騎士が使うだけじゃもったいないわよね」

 ナタリーさんはやや興奮気味だ。

「これだけ広いと弓の練習にちょうどいい」

 マルタさんも感心しているようだ。

 しかし程よく田舎であるスクンサスには行き過ぎた建築物ではないだろうか。それは頭を抱えたそうにしているアイリスさんの表情から見て取れた。

 そりゃそうだ。

 手入れのいらない建築物なんてない。これだけの規模の建物、清掃するだけだって大層な労力が必要だ。管轄がどこになるにせよ、スクンサスのギルドが引き合いに出ることは間違いないだろう。

 さすが神の遣いだ。

 かなり浮世離れしているというか、人の事情を考えていない。筋としては使徒が属している組織が管理するのが妥当だろうが、使徒ホシがそこまで考えているとは思えないし、スクンサスには宗教関係の組織があると聞いたことがない――これに関しては俺が物を知らないだけかも知れないが。

 ここに入れるのは今入ってきたところと向かい側、あとは右手側と左手側の4カ所――長軸の端2カ所、短軸の端2カ所――となる。

 再現度を考えると地下への出入り口もありそうだが、一見しただけでは判らなかった。

 しかし観客席の数、すげえ。さすがに明日はこれ全部埋まることはないだろうけど……ない、よな?

「どうかな。このコロッセオ」

 観客席に気を奪われているといつの間にか、背後に使徒ホシが立っていた。問いかけは俺と摩耶に向けられているようだった。

「どう、とは?」

 摩耶が驚きの表情を浮かべた。

「この、ひと……使徒の人、日本語喋ってますよ」

 摩耶が耳元で囁く。

「え!?」

 振り向くと、他の面々は突然現れた使徒に驚き、そして耳慣れない言葉に一様に不思議そうな表情を浮かべていた。

「いいかい、言葉の切り替えは意識するだけで出来るはずだよ」

 確か転生した時に、言葉は自動でインプットされると説明された。だから今までは気にもせず、異世界の人々と普通に会話していた。

 意識する……。

「これでどうですか」

「ああ、しっかり日本語だ。少しこのまま話そうか。君たち、日本からの転生者だろう? 実は僕もそうなんだ」

 なん……だと。

 チート能力者が神の遣い? 神に近い存在になってしまったというのか?

 状況すらもチートじゃねえか!

「ちなみに僕もその気になればベレンくらいには戦えるからね」

 マジかよ、マジでチートじゃん!

「開いた口が塞がらないって正に今の君のことだね」

「おい、アキラ。何話してるんだ?」

 遠い異国、いや、異世界の言葉を耳にしてナタリーさんが俺たちの様子を訝っている。

 どう説明したものかと言い淀んでいると、

「どうやら私たちと同じ国の出身らしいんです」

 摩耶が助け船を出してくれた。

「へ~。なんか不思議な響きのする言葉だな。初めて聞いた」

 強い興味を示しているいちばん厄介そうなナタリーさんが納得したので、使徒ホシとの会話に戻ることにした。

 使徒ホシ。

 俺たちと同じ日本人というが、顔立ちがどう見ても日本人離れしている。彫りが深く、そして濃い顔立ちは日本人と言われても、一言では信じ切れない。

「それでコロッセオはどうかな。僕が写真で見たのと、文献を調べた情報から造ってみたんだけど」

 俺と摩耶が顔を見合わせる。

 言葉には出さなかったが、「本場で見たことある?」「ない」というやりとりだった。

「俺たちも実際に見たことあるわけじゃないのでなんとも言えないですけど、確かに写真で見たことあるコロッセオにはなってると思います」

 そう言えば王都のバイク屋フィリッポさんがイタリアの人だったけど、あの人ならこの光景を見たら驚くかも知れない。

「そっか。今ぐらいの時代なら海外旅行も珍しくないと思ったんだけど」

「確かに珍しくないッスけど、誰でも彼でも簡単にできるわけではないですね。お金もかかりますし」

「なるほどね」

「ところでホシって名前はどこから?」

「え? 別に本名だけど。漢字だとこう書く」

 星。

「あー!」

 摩耶と声を揃えて感心してしまった。星さんね!

「星さんさっき、今の時代って仰ってましたけど、いつの時代の生まれだったんですか?」

「大正生まれ」

 人生の大先輩じゃねえか。

「あれ? でもそうしたらこっちの世界に来てどのくらいなんですか?」

「来たのは30歳の頃。能力使って色々やってたら、いつの間にか使徒になってたんだよね。使徒になると基本不老不死になるみたいだから、大体……100年近く使徒をやってるよ」

 ちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。

 不老不死?

 星さんがそうなら、同じ使徒のベレンだってそうだろう。

 やっぱり勝てる気がしねえ!

 不死の相手をどうやって倒すんだよ。

「あの、もしかしてベレンも能力者ですか?」

 一縷の望みを抱く。転生者なら何か弱点なりありそうなものだ。

「いや、ベレンはこの世界出身だってさ。あれでももう700年くらい使徒やってるよ」

 能力者でもないのに破壊神の使徒になるなんて、生粋のバーサーカーかなにかかよ……。

「ちなみにベレンの弱点とか……」

「ん? なんで君がそんなの気にするんだい」

 あ。つい勢いで口が動いてしまった。

「いやぁ、黒い騎士はそこまで深い仲じゃないですけど、街を守る手助けは出来るかなって」

「すまないけど、使徒同士の干渉は基本的に禁じられてるから、そういう込み入った質問には答えられないんだ。悪いね。

 でも人のいる地域を守ることぐらいは出来るから、今回はこういう形で手を貸すよ」

 使徒のこういう物言いはどこか人を超越しているというか、人のあり方とどこかズレている気がした。

「さて。同郷との懐かしい会話も出来たことだし、ほったらかしになってる他の方々とも話さないと」

 星さんは俺と摩耶から視線を外すと、完全に蚊帳の外にされていた他の面々に向き直った。

「さあ、皆さん。大方片が付きましたよ。明日のベレンとの決戦、存分にここを使ってください」

 そう言うとみんなの注目が星さんに注がれた。

 星さんの言葉は異世界語に変わっているのだろうが、俺の耳には日本語と変わりなく聞こえ、言葉の意味もしっかりとくみ取れた。

 これも異世界転生の特典、今更になってありがたさを実感する。意図せずバイリンガルになっていたわけだ。思い返してみると文字とかも特に問題なく読めてたしな。

 なんというか。その場凌ぎな刹那的な生き方してるな、俺……。

「使徒ホシ。この建物の管理はどうするつもりでしょうか」

「ああ、そこまで考えていませんでしたね。統神教会、冒険者ギルド、もしくは新しく管理する組織を作るかのいずれかの方法をとるというのはどうでしょう」

 アイリスさんと星さんとの会話は、やはりこの巨大な建造物をどう扱うかで侃々諤々の様相を呈す。

 ここまで使徒の力の一端を見てきた者として言わせて貰えれば、同じ土俵に立っているような物言いが出来るアイリスさんの胆力に感心してしまう。

 結局結論は出ずじまいのようだったが、2人のやりとりは、言葉という剣で打ち合いをしているかのような状況であった。

「明日また考えましょう。そちらの代表の方がやられてしまえば、ベレンは街と一緒にここも壊していきますよ」

 それもそうだ。これほど壊しがいのある建物は他にないはず。

 アイリスさんは街が存続すること前提で今まで会話を繰り広げていた。使徒の力を知っているだろうに、存続を信じている。

 それほどまでに街への愛着があるということか。

 あるいは黒騎士のというファクター以外の他の隠し手があるのか。あるのなら早めに出して欲しい。俺もチート能力を使うとは言え、ベレンとのガチンコ対決はなるべく避けたいというのが本音だ。

 しっかし、まあ、あれだ。

 チート能力を貰って転生したというのに、それに肩を並べるような存在がいるなんて思いも寄らなかった。

 やっぱり他にもいるのだろうか。星さんもその気になれば……なんてことを言っていたし。

 俺ツエー無双状態を望んでいたわけではないが、少し残念というか、面食らったというか。ああ、でも能力的に相性が発生するのかも。

「……」

 アイリスさんと星さんはまだやり合っており、他のメンバーはその成り行きを見守っている状態だ。

 ここまで来て何をやり合うことがあろうかという状態だが、恐らくアイリスさんなりのささやかな仕返しらしい。口調と表情が釣り合っていないのだ。……しかしそれも人の感性を持っている相手なら通じたであろうに、相手はあの使徒だ。

 先ほど日本語でやりとりもした同郷ではあるが、あの人はあの人で超人然とした雰囲気だったので、アイリスさんの八つ当たりめいた口撃も暖簾に腕押し状態で終わりそうだ。

 星さん――いや、使徒ホシは人の苦労など露程も解さないのだろう。結局最後まで、飄々とした態度を崩すことはなかったのだから。



  ※



 同日夜。冒険者から住民へ情報が流れ、コロッセオは街中の注目の的となっていた。

 危険がないことはすでにギルドが把握していたので、立ち入りが制限されるなどの措置はとられず、残った住民と冒険者たちの一部が見学のためにコロッセオを訪れた。

 避難者も含め人の数が減ったせいか、今夜は街中もギルドの食事処も、いつもの賑わいを忘れたかのように静かだった。

 そんな中で俺たちはいつものメンバーで卓を囲んでいた。

 一旦別れてまた集まったのだ。

 俺は黒騎士に接触できる唯一の人物という認識なので、明日のことを伝えてきた、ということになっていた。

 念のため早めに切り上げたかったのだが、このメンツが揃ってはそうは行くまい……。

 ただいつものと違うのは、場の雰囲気だろう。

 明日来る運命について、1人1人がそれぞれ考えているに違いないからだ。

 この場の全員が使徒の脅威を目の当たりにしているし、そして残された逸話でその力を実感している。さすがのお歴々も普段通りに振る舞うことは出来ないようだ。

 珍しく、だがしかし比較的に穏やかな食卓。

 もしかしたら俺にとってこれが最後の晩餐になるかも知れないと、ネガティブな思考が脳裡に浮かび上がるが、それよりも、この街の行く末を背負っているプレッシャーが重い。

 ああ、緊張してるわ。頭の中がグルグルしてくる。

 今夜のシセラはなんだか味が薄く感じた。刺激を求めていつもより多めに飲んでいる。

「アキラ、ちょっとペースが速くないか?」

 いつものごとく隣に座っているラウラさんから指摘される。

 正直に話せるならどれだけ楽だろうか。

「なんか今日は色々あって気が昂ぶってるみたいで」

 自分で記憶してる限り、5杯目のシセラを飲み干す。

「酒だけでは身体に障るぞ。何か食べるんだ」

 そういえば、卓に並んだ固形物に全く手を着けていないことに言われて初めて気がついた。

 しかし空腹感はない。

 元の世界では体調が悪ければすぐに報告したし、相談も出来た。

 今だってそれは出来ないことではない。

 チート能力の制約上、リスクを負うことは出来ない。相手はこれまでにないほどの強敵だ。弱気になればあっさりと負けてしまう気がする。だがそこはチート能力、わざと負けようとしてもそう簡単にはいくまい。

 嗚呼……どんどん緊張してきた。嫌なスパイラルだ。

胃が重くなっていく。

「おいアキラ、顔色が……水を頼むから、酒は一旦止めるんだ」

 ラウラさんが俺の顔を覗き込んで慌てたように言った。

 気分は悪くない。

 緊張だ。緊張してちょっと……。やっぱ気分悪い。

「倉田さん、顔真っ白ッスね」

 そう言う摩耶は俺より飲んでいるのにケロッとしている。

 俺の心境など思い立つこともないに違いない。公には黒騎士の正体は不明だ。まさか一緒に卓を囲んでいる目の前の男がそれだとは毛ほども思っていないだろう。

 大いなる力には大いなる責任が伴う。

 この言葉の重さと自分の力の重さ、そして意識もしていなかったが――死ぬかも知れないという事実の重さ。それで気分はどよめいていた。

 生前――ではない、元の世界で病に冒され死に瀕してすらそれを考えもしない脳天気さだったというのに、ここに来て死を強く感じるのは不思議というか、正直自分の単純さが恨めしい。

 しかしなんというか、これが生きるということかと生を実感してしまう。

 恐らく、いや十中八九、こちらの世界に来てから冒険者として活動したことが起因しているだろう。死の危機に直面すること、そして討伐対象の命を奪うことが、俺に死を考えさせているに違いない。

 それをさらに強く感じさせたのが、先のベレンとの一戦。

 チート能力と比肩するかもしれないあの力を見せつけられて体験して、より死が身近に。

「ほいよ、少年」

 ヘルミーネさんが水を持ってきてくれた。この人数の中、さらにはそれを頼んでくれたラウラさんをスルーして俺の前に置いたということは、言われたとおり心境が表情と顔色に反映されていたのだろう。

「……」

 一息に飲み干す。じんわりと細胞1つ1つに何かが浸透していくような感覚が身体を包む。

「はー……」

 五臓六腑に染み渡る、と言うと言い過ぎかも知れないが、気分的にはそんな心持ちだ。

「……すいません、今日はこれで帰ります」

「ああ。無理はするな。……送ろうか、アキラ」

「いや、そこまで悪くもないのでそのまま食事を続けてください。それじゃまた」

「気をつけなよー?」

「ん」

 ナタリーさんとマルタさんが、心配そうに見てくる。

 宿屋に辿り着けないことはない。酒に酔ったわけではないから1人でも問題ない。しっかり歩ける。

 俺は料金を置くと立ち上がって、みんなに挨拶をしてその場をあとにした。

 ギルドの入り口の扉を押し開く。

 背中に届くいつもより小さい喧噪が、使徒の襲来という非日常を投げつけてくる。ベレンの件もそうだが、日の落ちたこの時間でもまだコロッセオを見学している人達がいるからだ。

 落ち着いて考えてみれば、今スクンサスには2人の使徒が来ている。しかも片方は兼チート能力者。

 盆と正月が一緒に来たよう、とはこのことだろうか? いや、なんか違う気がする。一部の人は忙しいと感じているかも知れない。アイリスさんとか。それにめでたいことは今のところ何も起きちゃいない。むしろ街が滅亡の危機にある。

「あー……やだよー……」

 宿屋までの道のり、俺は小さく呟いた。何せ気付けばその渦中の中心近くに俺はいるのだから。

 考えると本当に気分が悪くなりそうだ。

 ただでさえ顔色が悪くて心配されたばかりなのに、これ以上深く突っ込んで考えていたら思考の負のスパイラルにハマりきってしまい、本当に体調不良を起こしかねない。

 街1つの行く末を担うと言う難役には、荷が重い気がする。しかし決断したのは俺だ。逃げるわけにはいかない。

 己を鼓舞するようにグッと両手を握りしめる。

 大声で叫びたいのはさすがにこらえて、両足をしっかり踏ん張る。

 そして両手を勢い良く、頭の上に突き出す。

「……!!」

 そして鼻から思い切り空気を吐き出してからの、ドラミング! ゴリラがこっちの世界にいるかは知らないが、どうやったってどう見ても変質者です。幸いなことに誰にも見られなかったのは喜ばしいことである。

 奇行を演ずることで少し気持ちが落ち着いた気がした。

 さ。では宿屋に行ってとっとと寝てしまおう。起きている分、それだけ脳が働いて余計なことを考えてしまう。

 気を紛らわすために、俺はスキップで歩を進める。 なんだか少し落ち着いて今更酒が回ったのだろうか。完璧な変質者ムーブで俺は夜道を行くのだった。

 そうして宿に到着後も、受付をウキウキで通過し、あてがわれた部屋へも変わらずスキップで向かう。

「飲み過ぎだよあんた」

 階段を上っているとそんな声が背中にかけられる。

 それを手を上げるだけで応答し、スキップは止まらなかった。

 部屋へ入るとそのままベッドにダイブ。安いベッドは軋みながら俺を受け止めてくれた。

 たまにはこういう馬鹿をしてストレスを発散するのが大事だ。

 即席の発散方法だったが効果はあった。

 俺はこの日、これ以上余計なことを考えずに眠りにつけた。

 しかし問題は翌日だった。

「……」

 何故か朝早くに目が覚めてしまったのである。完全に冴えきり、再び眠りにつこうとしても眠気は全くない。思いの外よく眠れすぎてしまったのだろうか。

 素面で昨日のプレッシャーと向き合うのは勘弁願いたいところだったのだが……。

 日は昇ったばかり。

 朝日が眩しいなぁ……くそっ。

 窓から身を乗り出して、空気を肺一杯に吸い込む。

 気分は最悪なのに、気持ちの良い朝だ。

 ああ、もう一眠りしたい。ギリギリまで寝ていたい。

「……はぁ」

 正午まで数時間ある。どうして過ごそうか……。

 昨晩は装備もそのままに寝入ってしまったから、身支度の必要もない。あったとしても数分で終わってしまうから時間稼ぎにもなるまい。

 しょうがない……。寝るのは諦めて少し街の中を歩いてみよう。

 ……俺が言うのもなんだが、もしかしたら今日がスクンサスの最後の日になるかも知れないのだから。

 いや! 重ねて言うが、負けるつもりもない。

 倒されるつもりもない。

 チート能力が絶対とは今回の件で言い切れなくなってしまったが、俺が頼れるのはそれだけである。

 星さん――使徒ホシが言うには、使徒は不老不死であるということだが、不老不死という時点でチートに匹敵するではないか。

 取りうる手段としては、神の遣いということだから、その加護を取り去ればまだ勝機はこちらに傾きそうだが。だが……その手段は知る由もない。

 あ。

 時間的にはまだ人が動き出すには早い。今ならギルドも人が少ないだろう。こういうことはアイリスさんが何か知ってそうだが、試しに尋ねに行ってみようか。

 俺は忘れ物がないか確認して、部屋をあとにした。

 そういえばヘルミーネさんがアパートを紹介してくれそうな話を以前していたが、身支度とか色々な面で楽になりそうだ。もちろん家賃は発生するが、以前に宿屋で一月過ごすのと、教えて貰った家賃ではそれほど差がなかった。賃貸を考えてみるのも良いかな。

 と、そんな日常的な考えで思考を満たしていないと緊張感がぶり返してきそうなのだ。

 宿屋の受付で鍵を返却して、外に出る。

 まだ暮らし初めて数ヶ月だが、スクンサスは温暖で気候としては過ごしやすい部類に入る。

 季節というものがあるのかはまだ判らないが、温度は元の世界と比べると体感的に平均的だと感じる。

「……」

 ジワジワと湧き上がる緊張に、俺はとりとめない思考でそれを紛らわそうとしている。

 避難した人達、そしてベレンの活動に怯える人達で、街の静けさは、朝とは言えまるでゴーストタウンのようだった。

 そんな中で人気の殆どない場所を見つけ出すのは簡単だった。俺はいつものように建物の影に滑り込み変身した。魔術での変声も忘れない。

 穏やかな空気の中黒騎士姿はことのほか目立つだろう。

 時折すれ違う人達が、ギョッとした表情でこちらを見やるのを俺は感じていた。

 目指すはギルド。

 この時間ならもう開いているだろう。



  ※



 ギルドに入るとちらほらと人がまばらに点在していた。この事態に仕事に励むとは実に熱心な人がいるものだ。

 窓口に向かって歩き出す。

 既に俺の姿に気付いた人々が、こちらに聞こえそうにない音声でえやりとりを始めたが、強化された聴覚にはしっかり聞こえている。

 多くは今日のことに関してだ。耳をそばだてる必要もない。負ける、だの勝てるだの、そういう話題が多く耳に入った。

 窓口に辿り着くと受付の職員は、萎縮して見えた。

 アイリスさんに会わせて欲しい旨を伝えると、すぐに奥に引っ込んで、少し待たされた。

「お待たせしました」

 ベレンやホシにしてもそうだが、黒騎士を含めて、アイリスさんはどこか冷たいというか、態度が実に事務的である。

「何かご用でも?」

「使徒を倒すにはどうすれば良いのか教えて欲しい」

 俺は前置きもせず返答した。

「……ありません。相手は神でもあり人でもあり、またその逆でもあります。あなた――いえ、私たちは勝ち筋の細い手段を選んだんです」

 悔しげに顔を伏せる。

「そうか……」

 ロールプレイングゲームにあるイベント戦のように、一定のダメージを与えると終わるだとか、ある条件を満たすと終わるなどという、そんな状況は起きえないだろう。

 ここは異世界だが、元の世界よりも実に現実的であることを今までの出来事で実感している。さらに冒険者という立場で言えば、「目には目を歯には歯を」を地でいっている。気を抜かなくても常に死がつきまとう。……これは異世界だから、ではないか。元の世界でだってそういう世界はある。俺は比較的平和な国と状況で育っただけだ。

「1つ、あるとすればですが――」

 望みを託そうかすまいか、微妙な表情でアイリスさんが口を開く。

「ベレンは大変気分屋だと聞きます。この街への興味を無くしたり逸らしたりすれば……」

 しかしその内容は実に現実的でなかった。まるで子供の機嫌を取るような手段はもはや手段だなどと言えやすまい。

 アイリスさんもそれが判っているのだろう。表情にありありと顕れていた。

 周囲を見渡す。

 ここにいる人達は黒騎士に期待なんかしちゃいなかったのだ。目の前にある終わりを、街の最後を受け入れている。

 回向返照。

 スクンサスという光の最期を見届けようとここにいる。

 良くも悪くも祭り気分。

「……」

 なんということでしょう。黒騎士への期待はそれほど強くない!

 黒騎士が負けるのを前提で今日を迎えていたのだ。

 ただ1人、アイリスさんを除いて。

 このギルドマスターはこの街の存続を強く望んでいる。それは言葉の端々や表情、行動から推測したものだが。

 エルフの彼女がなぜ人間の街に固執するのか、それを知る由もない。

 倉田彬としてなら訊ねることも出来たろうが、黒騎士の姿ではなぜか警戒されていて、突っ込んだ質問がしにくい。

 問題は信頼度か。

 しかしまだ数ヶ月程度で、俺への信頼があるのは嬉しいことだ。

 街の存続を強く望んでいる人がいる以上、手は抜けない。俺だってスクンサスがなくなったら困るサイドだ。全力でベレンを迎え撃とうではないか。

「邪魔をした。失礼する」

 もうこれ以上の情報は得られないだろう。俺はギルドをあとにした。

 コロッセオに向かおう。

 今更出来ることなんて無いと思う。

 問題は俺が緊張に耐えられるかどうか……。

 元の世界でだってここまで緊張したことはない。手術に向かう時だってもっと心穏やかだった。とは言えあの頃はものを知らなすぎて、謎の万能感が体中にみなぎっていた。思い返せば俺はなんて脳内お花畑だったのだろうか。

 それを今発揮できれば気持ちも幾分か楽になれるだろうに、今や異世界での生活の濃厚さのおかげで、命のやりとりに危機感を抱くようになった。もはや既に死んだ身である。死に対して恐怖はない。しかしそうなることによって失うことになるものが増えた。それを失うのが怖かったし、何より、ベレンと戦うに際して死に至るまでの過程が怖い。元の世界では死にはしないだろうという謎の自信が、失うことの恐ろしさを包み隠していた。今なら死んで失うことになるものを明確に思い浮かべることが出来る。それを失うことの怖さも。

 だから作戦は、命を大事にする方向で行こう。ただし諦めるのは無しだ。

 出来たばかりの巨大建築物に足を踏み入れる。

 こんな時間だ。人の気配はない。

 使徒ホシはそんなつもりで造ったのではないだろうが、やはりどこか建物の持つ雰囲気は宗教的な建造物の空気を纏っていた。

 なんとなく厳かで凜とした空気。

 俺が勝てばここが観光地として扱われるだろうか。

 使徒ホシはそうなるようなことを言っていたが、この異世界のファンタジックな世界観を考えるに、闘技場は珍しくなさそうだけども。

 元のコロッセオではないが、中を見て回ってみよう。それ自体に興味を抱いていたわけではないが、ここまで見事だとやはり見て回りたいと思うのが人情ではなかろうか。

 天井の高さ、廊下の幅、空気。全て違うのに深夜の病院を彷彿させる。人が使うものなのに、静けさを湛えた塊。

 まず1階部分を一回りしてみた。建築様式などの知識があればもっと楽しめたのかも知れない。柱の1本1本に見たことあるようなないような意匠が凝らしてあった。

 使徒ホシは俺たちと同じ世界から来た転生者。これらは元の世界に由来するものなのだろうか。それともこの世界に存在するものを元にして造られたのか。いずれにせよ、芸術に触れるとはこういうことなのかなという気分になった。美術館なんかも行く機会が無かったけど、同じような感覚なのかもしれない。

 うん、悪くない。

 なんとなく心穏やかになる。今の心境においては実に良い気晴らしだ。

 ついでに観客席も見てみよう。アリーナがどのように見えるのか確認しておくことにした。まるで役者か歌手のようだが、断じてそういう意図があるわけではない。ただ単純に気になっただけだ。

 まだ一回りしただけなのでなんとも言えないが、1階には観客席に繋がる通路は見当たらなかった。とりあえず数カ所ある階段のうちのひとつを上ってみると正面の壁が大きく開いて、光が差し込んでいた。

 外に繋がっているようなので早速くぐると、そこからの眺望は見事なものだった。

 目当ての観客席に辿り着いたわけだが、アリーナ全体を見渡せる作りになっていた。

 いやはや見事なものだ。こんなところから見られたら緊張してしょうがない。

 マジかよ。ベレンとの闘い並に緊張しかけてる。

 ちょっと落ち着くために中に戻ろうとすると、アリーナに人が入ってくるのが見えた。

 そして同時にこちらに向かって、高速で何かが一直線に飛んでくる。このままの軌道なら、五体のどこにも当たらないことが判ったので、そのまま立っていた。

 空を裂き飛翔してきたのは1本の槍だった。

 長軸の端からの投擲にもかかわらず、槍は威力を損なうことなく、客席の一つに突き立った。

 この槍は、使徒ベレンが振るっていた槍だ。

 強化された視力で捉えたベレンの表情は、凄絶な表情を浮かべていた。相手に恐怖すら植え付けるような、形容しがたい、笑みにも見える表情。

 持って良し、投げて良し。ベレンの槍の腕は俺の想像以上なのかも知れない。

 突き立った槍を引き抜こうとすると、その重さに驚愕した。自分の剣を扱うような力加減で手をかけたら槍はびくともせず、少し意識して握り込んでようやく槍は石造りの客席から抜けた。

 変身状態でもこの重さである。使徒の底力は計り知れない。

 抜いたもののどうすれば良いか考えていると、

「はは、ははは! おい本気かよ! 神器をもってやがる!」

 強化された聴覚が、ベレンの歓喜の声を拾った。

「お前本当にどうなってやがる! 只人が神器を扱えるわけがねえ!」

 ベレンが声を張り上げる。それは確かな問いかけだった。コロッセオの構造と強化された聴覚ではっきりと聞き取れた。声は感極まったかのように喜びに満ちあふれていた。

 ていうか、そんな誰でも扱えないようなものを投げつけたりするなっての!

 なんて思ったら、不意に槍の重みが消え、握っていたはずの手の内から淡い光を伴って消失した。

 幻かと思われたが、槍が穿った穴は確かに残存している。

 ベレンを見やると、その手には槍が握られていた。

 おいおい。チート能力に併せてチート武器も持ってるのかよ。投げても自動的に手元に戻るなんて、グングニルか?

 ベレンは槍を何回か振り回した。

 俺はこのまま終わるわけがないと覚悟すると、走ってアリーナに飛び降りた。

 ベレンとの距離が縮まる。

「やっぱり神器だよな。どうして持てた。使徒のなり損ないかなにかか?」

 ベレンがゆっくりと槍を構えた。

 この距離をどう詰めるつもりなのか。

 俺は迎え撃つためにビームセイバーを取り出す。前回は無手でやり合ったが、今回は条件は同じ、いや俺はそれ以上のはずだ。

 変身状態なら、ベレンとの距離を一足で詰められる。

 両足にグッと力を込め、いざ行かんとした瞬間。

「待った。待った」

 短軸の入り口の片方から、見慣れた人影が姿を現した。

「時間は正午からだろうに。2人とも随分と気が早いね」

 使徒ホシ。または星さん――その人が俺たちの間に立ちはだかった。

「ホシ」

 忌々しげにその名を吐き出すベレン。ともすれば開戦しそうなところで横やりが入ったことが気に障ったようだ。

「今回の件、僕が立ち会うことが教会で決められただろう。忘れたかい、ベレン」

「……忘れてねーよ」

 構えを解くベレン。それに倣って俺も剣を下ろす。

 そのままベレンはアリーナから出て行ってしまう。

 すると使徒ホシは俺に向き直って、

「君、転生者だろう?」

「……」

 そうか。俺にとって使徒ホシは既に知った人かも知れないが、彼にしてみれば黒騎士イコール倉田彬ではないのだから、初対面ということになる。

 俺は問いに対して小さく頷いた。

「やっぱりね。そうでもなければベレンの槍を持てるわけないから」

「あの槍は何か特殊なものなのか?」

「そうだねぇ。神器っていって、使徒がそれぞれの神から賜る唯一無二の宝具。それを扱えるのはその使徒だけ、のはずなんだけど」

 あの重みがそういうことだったのだろうか。変身してすら尚、重さを感じさせるということは相当な重量のはず。

「君はそれを使うまではせずとも持っちゃったからね。普通は人や、他の使徒ですら無理なんだ。だから転生者だって判ったところもあるけど。ベレンとしては己に与えられた、使徒の矜恃でもあるものを易々と扱われて、さらに興奮したようだよ」

 興奮……。とことんバーサーカーじみた気質だ。そこは怒りを覚えて欲しい。

「面倒なやつを相手にしちゃったね」

 言葉とは裏腹に、至極楽しげで愉快そうにそう述べた。

「街1つが破壊されるかも知れないというのになんとも思わないのか」

「僕らが亜神だからさ。人のことなんてなんとも思わないんだよ。人でも神でもない存在。君だって元の世界の神がどんなものか知ってるだろう? この世界だって大して変わらないんだ。そして亜神の在り方は神の側に寄っている。そして、そんな相手と戦おうなんて、君は随分街に思い入れがあるようだ」

 心底他人事のように飄々と語る、使徒ホシ。その言葉の端々にも人への無関心さが滲み出ていた。

 この人は元々俺と同じ世界の人間だったはず。なのに亜神という存在になるとこうまで変わるのか、それとも元々そういう性格だったのか。

 しかし使徒ホシの言葉から感じられるのは、亜神になるとそういう精神構造になってしまうかのような印象だった。

 この世界の神がどのような存在なのかはわかりかねるが、亜神という存在を生むだけあって、「みんなの心の中に」といったような、元の世界とは同じ在り方ではなさそうなのは感じられた。

 亜神がこれなら神はどれだけの力を有しているのだろうか。そしてどれほど無慈悲なのか。

 俺は大多数の平均的日本人少年だったので、特定の宗教を信仰はしていなかった。だから神がどうこういう会話なんて日常的ではなかったし、そのものが自分の日常から乖離していたと思う。

 今回の件は正しくカルチャーショックなのではなかろうか。

「なんにせよ、どんな理由であれ時間は守って貰わないとね。もう正午に出し物があることを街中に触れ回っているんだから」

 は?

 出し物って……祭りか行事かのイベント扱いかよ。アイリスさんが知ったらまた怒りそうな……。

 やっぱりちょっと感覚がズレている。



  ※



 そして時が来た。

 俺は使徒ホシに指示されたアリーナへの入り口で待機していた。

 恐らく反対側にはベレンが同じようにその時を今か今かと待っているのだろう。これまでの接触から鑑みるに、起動した時限爆弾のような状態になっていそうだ。姿は見えないが気配がひしひしと伝わってくる。

「さあ、会場にお見えの皆々様、長らくお待たせいたしました。これより本日のメインイベントをご覧いただきます」

 闘技場内に響く、使徒ホシの声。

 粛々とした口調はいくらか葬儀めいている。あれは性格によるものだろうか、狙っているのだろうか。

「まず東門からは、破壊神アリシュヴァの使徒、ベレン!」

 場内にブーイングが響く。なにやら思った以上に客足は上々のようだぞ……。

 それを浴びながらベレンが姿を現した。この催し事に辟易した様子が見て取れた。

 彼女としてはとっとと俺をぶっ倒し、とっとと街をぶっ壊し、とっとと次に行きたいのだろう。

「そして西門。名も無き黒騎士!」

 歓声はまばらだった。むしろ「勝てよコラ!」「負けるんじゃねえぞオイ!」とか、怒号に近い声が上がっていた。普通の応援はなかなか聞こえない。

 まあ黒騎士の素性のわからなさを考えれば妥当か。

 俺はゲートをくぐるとアリーナへと踏み出した。

 同じように対面からはベレンが歩み来る。

 視線が交わったその距離でお互い足を止めた。剣にしろ槍にしろ、少し開き気味な微妙な距離。

「さあここに両者が揃いました。ルールは単純、片方が戦闘不能に陥ったら、そこで決着。ただそれだけ。禁じ手、反則大いに結構! 両者持てる力を全て発揮してぶつかり合いなさい! 立会人は私、使徒ホシが務めましょう」

 空気が軋んだ。

「では、始め!」

 使徒ホシが初めて声を轟かせる。

 まるでスイッチが切り替わったかのように目前の気配が強く濃くなるのを感じた。

 開幕一閃が飛んでくるのを感じて、抜刀する。

 その隙にベレンが超高速の足捌きで間合いを決めてくる。

 槍の間合い――当然、剣の間合い外。

 キン、という甲高い音が耳に届いた。

 今俺はビームセイバーでベレンの一撃を払った。

 ビームセイバーが弾かれたのだ。何でも斬れるものとばかり思っていたがそうでもないらしい。

 あるいは神器がそれを防ぐポテンシャルを秘めたものなのか。これで、相手の武器を破壊して戦闘力を削ぐことが不可能と判った。槍の達人とガチ勝負となったわけだ。

 ベレンの動きは無駄がなく、全てが次の攻撃への布石と変えられている。

 第2撃目。

 首を狙った突きが飛んでくる。なんという速さだろうか――。このままでは早々にベレンのペースに巻き込まれてしまう。

 弾くだけでなく、槍先を攻撃するくらいの勢いで迎撃しなければジリ貧になる。

 となればもう1本!

 実は俺は剣を2本装備している。1本はスクンサスで初めて手に入れたあの剣。そしてもう1本は以前王都に行った際にひょんな出来事から入手した例のあの業物。贈ってくれた相手に敬意を込めて、ジャンヌブレードと密かに呼んでいる。

 やったことはないがチート能力があれば初めての二刀流でもどうにかなるだろう。

 ベレンの2撃目を躱し、もう一振りの剣に手をかける。

 逆手に抜いたそれは、2本目のビームセイバーとなっていた。

 3撃目が間を置かずに襲い来る。

 逆手の剣をそのまま振り上げて穂先に叩きつける。

 浮き上がった槍はそのまま軌道を大きく変える。今までに無いくらいの小さな隙。

 俺は一歩踏み出して、自分の間合いを取る。

 が、ベレンは巧みに槍を操り、剣の間合い内ですら鋭い突きを繰り出してくる。

 距離が縮まった分、ベレンの手数を多さでは俺が不利になってしまう。

 雨あられのように次々に繰り出されてくる突きに、俺は防戦一方になりつつあった。

 弾いていると思っていた攻撃ふと、柔らかくなる瞬間が増えてきている。

 手応えがあるようでない。まるで羽毛を叩いているかのような瞬間が増えつつあった。

「受け流されているぞ! 気を付けるんだ!」

 誰かの声が剣戟の合間を縫って轟く。

 こちらの魂胆は見抜かれたということか。

 鋭い一撃を斬り付けているが、その感触が弱い。

 なんという使い手だろう。これはベレンの槍の練度なのか、使徒という力がなしえている技術なのか。

 達人との実戦経験なんて持ち合わせていない俺はいよいよ打つ手がなくなってきた。

 経験の差がここまで顕著とは……。

 振る舞いや言動からさぞかし粗い攻撃を仕掛けてくるかと思いきや、ベレンのそれは正確無比。一撃一撃が必殺に繋がらんとする、洗練されたもの。

 この鎧ならば槍の一撃を防いだという実績がある。しかしそれにしても、あの一撃を食らうという踏ん切りが付かない。

 それほどまでに初戦でベレンから受けた一撃は俺へのトラウマとなっていた。死にはしないが、死を感じさせるに十分な威力。

 ベレンの見た目は俺と同じくらいか2つ3つ年上くらい。そんな彼女の槍捌き、どれほどの修練を積んだのだろうか。

 場は拮抗した。

 ベレンの突きを渾身の力を込めてたたき落とすという状況が続いている。

 縮めた間合いからこっち、俺はまともな攻撃を繰り出してすらいなかった。あまりにも見事な槍の乱舞に防戦一方だ。下手に攻撃を繰り出そうものなら、神速の一撃を食らわせられるだろう。

 武器のぶつかり合う音が激しく響く。

「あはははは! 大した使い手でもないくせによくやるじゃないか!」

 見抜かれている……!

 ベレンの攻撃がさらに加速する。俺も応じて、弾く力を強めるが、ただ防ぐだけに終わってしまい、攻撃につなげられない。

 くそ……! チート能力のおかげでついて行けないことはないが、やるとしたら力任せに押し込むことしか思い浮かばない。というより考えてる余裕すらない!

「ほらどうした? 手が緩んでるぞ!」

 ベレンの猛攻がさらに苛烈になり、それに応えるように俺は剣を振る。

「ああ、いいぞ。こんなに斬り結べるなんて何年ぶりだろうな。あのエルフの娘も頑張った方だが、あれより数段劣るお前の方がここまで続くとは、世の中わからないもんだ!」

 こんな激しいやりとりを交わしながらも、ベレンの声音には何の変化もない。まだ本気にもなっていないのだろう。

 しかしまだこちらも本気ではない。

 ……ただ、手が出ないだけだ。

 ベレンはこの斬り合いに心底満足したように、こちらを弄んでいる。速さはそれこそ常人なら着いていけるはずもないものだが、一撃一撃の攻撃の筋が素直すぎるのだ。

 搦め手は一切無く、まるでセオリー通りのような攻撃だけが繰り出されている。言い方を変えるなら、稽古そのもの。きちんと凌げるように誘導されている状態。

 見た目俺と大差ない若さだろうに、なんという練度だろう。と思ったが、亜神は見た目で年齢を判別できないか。確か不老不死という話だから、亜神でいる期間が長ければ長いほど、技を磨く時間はそれこそ腐るほど出来るだろうし。

 などと気もそぞろになった瞬間、これまで捌いたことのない一撃が繰り出され、槍の穂先が首筋を撫でていった。

「せっかく楽しんでるんだから集中しろよ」

 地の底を揺らすような、低く怒りの籠もった声。ベレンの目には殺意が満ち満ちていた。

「……」

 なんだ今の動きは。曲線で迫ってきたぞ。

「まったく一体なんの鎧だっつーの。神器がかすったのに軽く弾きやがる」

 完全にこちらの間合いだというのに、ベレンは構えを解いて槍の穂先を眺め始める。

 確信があるのだ。

 俺が絶対に動かないという確信が。

 不意の一撃が広げていった死の感覚。それが俺の身体を凍り付かせる。ベレンとの闘いでは2度目となるこの感覚。

 俺の気配を察して、そして己の腕への自信がベレンのこの余裕を作り出していた。

「神器も……傷は無し、と。こりゃお互い苦労するな」

 ベレンの口の端が嬉しそうにつり上がる。

 そしてゆっくりと構え直した。

「どうした。まさか今ので怖じ気づいたんじゃねえだろうな」

 いや。今のでこの闘いは俺に傾いてきていることを強く感じた。

 神器。それがどれほどの力を持っていたとしても、それだけでは俺の能力は崩せない。

 であれば、多少捨て身の攻撃に出たとしても無傷で済ませることが出来る。

 相手がチートクラスの存在でも、それを上回るチート能力が俺にはある!

 俺はビームセイバーを納めた。

「なんだ? 諦めるのか?」

 怒り交じりに訊ねてくるベレン。

 それに対して、見よう見まねの空手の構えを取り、まだ戦う意志があることを伝える。

「はっ、あは、あはははは! 槍に対して素手で来るかよ! なんてデタラメなやつだ!」

 言うまでもないが、前述したとおり、見よう見まねなので空手は使えない。剣を持たない戦法をとろうというだけだ。

 チート鎧のおかげでこちらは何をしようと無傷で済むことが先ほどの一撃で裏打ちされた。ならばある程度無茶な戦い方をしてもカバーできるはずだ。得物は違えど、素人と達人では闘いにもならない。

 俺たちのようなチート能力者が、能力に頼らずして事を為すなどということは、――もちろんあり得るだろう。だがそれを使わないという選択肢は誤った判断と言える。

 そもそもチート能力を付与されて転生したというのに使わない選択肢はない。

 ほんの一瞬の思考の隙を突いて、ベレンの突きが俺の頭部目がけて繰り出された。

 俺はそれを受け止める。

 突き出された槍をつかみ取り、次の一手を封じる。 不思議なことに槍に重さを感じなかった。ベレンという正規の使い手が持っているからだろうか。

 いや、それはいい。

 俺は掴んだ槍を力尽くで引き寄せると、槍を掴んだままのベレンとの距離を最大まで詰める。こちらの攻撃が届く距離――。

「絶掌波!」

 ベレンの鳩尾目がけて掌底を繰り出す。並の相手なら、少々グロテスクな光景が展開されていただろう。

 しかし……。

「っ……」

 絶掌波はベレンの身体に掠りもしていなかった。そこにいたはずのベレンが姿を消していたのだ。

 掴まれた部分を支点として、ベレンは大きく跳躍し、俺の背後に回り込んでいた。

 なんという戦闘センスか。

「おー。今のは危なかったな」

 渾身の一撃を外した俺は、ベレンの人外離れした動きに驚愕し固まってしまった。

「ほら、お留守だぞ」

 背中に衝撃が走る。槍の重さに腕を拘束される。

 ベレンは槍を手放していた。重たい一撃が背中を打ち、俺はたたらを踏んだ。

「本当にどうなってやがる。大した立ち回りも出来ないくせに、その基本性能だけは褒めてやるよ」

 急いで振り向くと同時に、掴んでいた槍が消失してベレンの手に戻る。

 そして息つく暇も無くベレンの猛攻が再び始まる。

 突きは先ほどよりも鋭さも正確さも増していた。こちらの手の内である絶掌波の危険性に、ベレンも気付いてしまったのかも知れない。

 その一撃一撃を躱し去なし、俺は次の攻め手を考える。

 ベレンの攻撃は苛烈を極めた。

 こちらの徒手空拳の間合いを完全に把握され、攻撃の届かない距離を保たれている。

 考えようによっては絶掌波はベレンにとっても、避けねばならない攻撃だったと推測する。

 指先からつま先までチート能力に包まれている俺は、ベレンの槍を、手の甲手のひらを使って躱し続けている。

 その一撃は重く、鎧を震わせるほどであった。指先、手のひらに痺れを感じさせる。

 チート能力者を追い詰めかける力を有した存在ってなんだよいったい……。

 型どおりにはまった攻撃なら、リズムがある。しかしベレンのそれは全く違い、かなりの搦め手でこちらを攻め込んでくるのだ。まさに達人の技。

(くそっ……)

 一度距離を取る。ベレンは追ってこない。

 先ほどの位置で構えたままだ。

「本当に面白いなお前。あたしからの手向けだ。とっておきを見せてやるよ」

 ベレンはそう言うと大きく飛びすさると、これまで見せたことのない構えを取った。

 そして体制を低くして、大きく跳ね上がった。

「ゲイボルグ」

 そう言い放って槍を投げつけてくる。

 ゲイボルグ……確か何かの神話に登場する武器だったはず。ゲームで聞いたことのある武器。

 しかしそれ以上考える時間はなく、高速の槍が俺を目がけて飛びかかる。

 しかし直線に、ただ飛翔してくる槍に対して、俺は身を捻って簡単にやり過ごした。

「……」

 アリーナに静寂の帳が降りる。

「おかしいな、神話に出てくる技だから再現出来ると思ったんだけど、上手くいかないもんだな」

 不発、に終わったのだろうか? ベレンの呟きはそんな感じだ。

 飛んできた槍は地面に突き刺さり、前衛的で、まるでオブジェのようだった。

 どう、と轟音が響く。

 反応した時にはもう目の前にベレンがいた。槍ではなく俺に向いている。

 咄嗟に防御を取ろうと腕を上げたが、間に合わずにベレンの拳が腹部に叩きつけられた。

 驚くべきことに、数歩分、後方に押し出された。なんという膂力だろうか。さすが破壊神の使徒というだけある。

「いってぇ……」

 ベレンは痛みを誤魔化すかのように、右手をプラプラと振った。空いた左手には既に槍が戻っていた。抜かりない。

 俺はといえば、ノーダメージにもかかわらず、思いも寄らぬ衝撃に身を貫かれて、それに気を持っていかれていた。

 生身なら確実に死んでいたし、スプラッター映画さながらの光景をお送りしていたであろう。

「見な」

 ベレンは俺に打ち込んだ右の拳を突き出した。

 鎧との衝突によって、その拳は皮膚が裂けて血が滲んでいたのだが、それがみるみるうちに消えて、あっという間に滑らかな肌に変わっていった。

「こういうことだ。あたしたち使徒は不老不死。死なないんじゃあない、死ねないんだ。お前はそんな相手と、たかが街一つのために命をかけてるんだ」

 街一つを「たかが」でくくってしまう感覚の違いに俺は呆れてしまった。

 傷の再生といい、使徒というのはつくづく人から離れた存在なのだと知らしめられた。

 しかしそれがわかったところで引くわけにはいかない。俺にだってスクンサスはもう、こちらの世界の故郷のようなものだ。

「どうだ、まだ続けるか?」

 槍の穂先を俺に突きつけて使徒は問う。

 何を今更と、俺は構え直した。

 応える必要など無い。最初の襲撃で蹴りをぶちかましてやった時からもう決まってしまっているのだ。

「大した実力も無いくせに良い度胸だよ、お前」

 ベレンは嘲笑めいた表情で吐き捨てるようにそう言った。

 事実であるが、幾分腹の立つ対応だったのでイラッとした。

 が、それが大きな隙になるとは思いも寄らなかった。

 体勢を低くしたベレンが間合いの内におり、槍を構えていたのだ。

「……!」

 距離を離そうと両足に力を込めるが既に遅く、顎に途轍もない衝撃が走り、構えを崩されてしまった。

 この感覚は知っている。

 姉が遊び半分で、脳震盪を起こさせたいというクソみたいな理由で俺を実験体にした出来事があった。あのときの感覚。結局上手くいかず、顎を殴られた痛みだけが残っただけだったが……。

 このベレンの一撃は、チート能力が無ければ顔を抉っていただろう。一切容赦の無いこの攻撃は、確実にこちらの息の根を止めに来ていた。

 次の衝撃は腹部に及んだ。

 槍の石突きが腹に触れていた。

 ベレンの動きを目で追えない……!

「やっぱり硬いな。まあそれだけ苦しむ時間も増えるけどな」

 石突きを押し込まれて間合いが開かれる。

 そして息つく暇も無く槍の連撃が始まった。

 一撃一撃がまるで雷撃のようだ。幸いこちらはチート能力のおかげで痛くも痒くもないが、こうも一方的に攻撃されると戦意を削がれてしまいそうだ。だが、そうなってしまえばスクンサスが壊滅してしまう。

 使徒の力とチートの力。拮抗してしまっている理由は力の使い手にあるだろう。

 相手は達人を超えるようなレベル、こちらは中学生の部活レベルのうえ、メンタリティに関してもド素人。……こう考えてみるとやはりチート能力は使徒の力にも勝っているのだろう。

 けど、どうやってチートを圧倒しかねない相手を倒せば良いのやら……。

「!」

 こちらを狙う槍の軌跡が一瞬見えた。

 その穂先目がけて拳を突き出す。

「は――!」

 槍と、鎧に包まれた拳がぶつかり合って、コロシアム内に金属音が響き渡った。

 槍を押さえたことで攻撃は止む。それが数十秒の膠着状態を生じさせる。

 ベレンの様子を窺うと、愉悦を滲ませた笑みを浮かべていた。

 ぞわりと背筋に寒気が走るのを感じた。

 拳を開いて槍の穂先を掌で押さえながら押し返しつつ、絶掌波を放った。

「くっ……!」

 ベレンは一瞬苦悶の表情を浮かべ、この闘いで初めて俺の攻撃で大きく退いた。

「……」

 これは好機かと、攻め始めようとベレンを見据えて、俺は彼女の異様な状態に目を引きつけられた。

 絶掌波の一発は確かに効果を発揮していた。

 槍から伝わった衝撃で、ベレンの右腕はあらぬ方向を向き、明らかに骨に異常を来しているのが見て取れた。

 あそこまでなって血の一滴も流れていないのが不気味で、なんとも言えないグロテスクさを醸していた。

 それでも槍を手放していないのが凄い。

 いや、すげえ。

 すげえよ、使徒……。

「ちっ」

 しかしそれも束の間、逆再生のように腕は元に戻っていった。しかも、変身していれば聞こえなかったであろう骨の軋む音を響かせて……。

 パキ、ペキ、ポキリと不老不死の身体が回復していく音は、どこかおぞましさすら抱かせる。

「……わからねえ。お前、いったいどういう存在なんだ?」

 すっかり治ってしまった右腕を振りながら、ベレンが口を開いたが、その問いに答えようがない。

 ”存在”という単語を使ったところを考えると、ただの人であるという認識をされていないことは判る。

「正直、もうあの街はどうでもいい。今はお前を壊すことしか興味ない」

 あれ? じゃあもう戦う必要ないんですけど……。

 とは言えそう思っているのはきっと俺だけ。

 ベレンも、この闘いを見に来ている人たちもどちらかが明らかな戦闘不能状態になることを想定しているだろう。そもそもそういう規定だしなぁ……。

 俺としては理由がないのならばもう終わりにしたいところだ。本来なら攻撃の全てが致命傷になる、そんな緊張感を変身していてもひしひしと感じてしまう。そんな状況から速く脱したい。

「いくぞ。ちゃんと付いて来いよ――」

 ベレンの姿が掻き消える。

 咄嗟に構えると、衝撃が背中に走り、たたらを踏む。

「馬鹿正直に何度も正面から行くと思ったか?」

 隙無く、首、肩、腰、背中と連撃を浴びてしまい、体勢を戻す間も与えて貰えない中、どうにか片足に力を込めて前方に転び出る。

 鋭いものが空を裂く音が聞こえる。

 素早く立ち上がり向き直る。

 右目のすぐ前に槍の切っ先が迫っていた。

 首を倒してすんでの所で躱す。

 彼我の間合いは拳の届く距離。絶好の間合い!

 俺は覚悟を決めて一歩踏み込むと、槍ではなく、ベレンの突き出された腕を思い切り掴んだ。

「くっ!?」

 手の中で骨の砕ける感触。

 ベレンの抵抗はやはり強力だったが、俺の能力の方が膂力を上回っているようで、手が振りほどかれることはなかった。

 そして――

「絶掌波!!!」

 空いた手を、再びベレンの鳩尾に叩きつける。

 今度こそ逃げようのない一撃がベレンの身体を震わせる。

「がっ……!!」

 掴んだ腕から力が抜けるのを感じる。

「クソ、が……」

 盛大に血を吐きながらベレンは俺をにらむ。使徒になってからこっち、ここまで傷つくこともなかったのだろう。

 俺は掴んだ腕を放す。すると、両膝からくずおれ、ベレンは地に伏せた。

 この様子なら回復までしばらくかかりそうだ。

「そこまで!」

 使徒ホシの声が響いた。

 無防備に晒されたベレンの頭部に絶掌波を食らわせようとしたところだった。

「なっ……ホシ、まだ――ガハッ……!」

 ベレンの回復はまだ完全ではない。鮮血を口から漏らしながら抗議を申し立てようとする。

 絶掌波の一撃は充分すぎるダメージを与えていたようだ。やったぜ、チート凄すぎ。

「勝者、黒騎士!」

 立会人の宣言が轟くと、観客席から数瞬遅れて歓声が上がった。

 ……終わっ、た? 俺の心臓はこれでもかというくらいに鼓動を刻んでいる。

「っ……くそ……!」

 驚くべきことに、ベレンはもう動けるようになっていたが、しかしまだ戦える様子ではなく、槍を支えにして立ち、時折血を吐き捨てていた。衝撃波の威力を考えると、内蔵グチャグチャになってたろうに大したものだ。さすが不老不死を標榜するだけある。

 そんな相手に勝ったというのだから、もっと誇って良いのではなかろうかと思うが、戦闘の緊張が尾を引いていたので、ただただベレンの様子を眺めているだけだった。

 使徒……恐るべき存在である。



  ※



 片田舎の街を騒がせたイベントはお開きとなり、使徒達は引き上げていき、スクンサスはいつもの落ち着きを取り戻した。

 残ったのは闘いの余韻に浸って興奮冷めやらぬ街の人々と冒険者たち。ギルドの食事処はそんな面々で埋まり、賑々しさに満ちていた。時間が経てば、避難していた人達も戻ってくるだろう。

 ちなみに黒騎士は早々に退場した。ある意味で今回の騒動の主役の一翼を担っていたわけだし、長居すると今後の行動に何かと面倒になりそうだからだ。

 倉田彬に戻った俺は、いつものメンツで卓を囲んでいた。

 俺が黒騎士である以上、同時に存在できないわけで、ベレンとの決闘時にどうしてコロッセオに来ていなかったのか、やっぱりナタリーさんに詰められはした。

 しかし、念のため街の守りに回っていたと、適当に誤魔化したら納得して貰えた。どうやらそういう意図で決闘を見学しなかった冒険者も少なくなかったらしい。

 それにしても今までにない強敵との闘いだったので実に疲れる数日間となった。

 能力があったとしても実力が伴わなければ宝の持ち腐れということが、今回の出来事で感じられたことだ。

 俺の素の実力が今どのくらいなのか明確に出来ないが、未だ元の世界の部活レベルの域を出ないことは間違いないだろう。普通に過ごしてる分には支障は無いけれど、それが通用しないかもしれない相手がいることを知ることが出来たのことは成長に繋げられる。

 今回の敵はあまりのイレギュラーさに、他と比較するには適してはいない気もするんだけども……。

「しかしさぁ」

 ジョッキの酒を一口呷り、ナタリーさんが零す。

「あの黒い騎士、使徒を倒したは良いけど大したことないよね」

 知らないとは言え本人を前にしてぶっちゃけすぎではなかろうか。自覚してる分ちょっと傷つく。

「確かにな。剣捌きはまあそこそこで、体術はかなり荒削りな印象だな」

「全体的に素人の域を出てない」

 先に口を開いたラウラさんに続いて、辛らつな言葉を浴びせてきたのはマルタさんだ。

 俺はといえばダメ出しされて口を差し挟む気力すら無い。

「とは言えあの使徒とやり合って倒してしまうだけの力はあるというわけだ。ただ者ではないのは確かだろうな」

 ラウラさんが呟く。

「基本性能だけのごり押しだけどね」

 ナタリーさんが嘲笑気味に吐き捨てた。

「なんにせよ街が無事で良かったじゃないですか」

 おお摩耶よ! この空気を変える切り返し。

 摩耶のことだ。黒騎士が転生者だという考えに至っている可能性もある。これからは尚更慎重に活動していく必要性が生じる。

「まあ私はあの2人の攻防は全く見えなかったですけどね。なんすかあれ、人間業じゃないのは間違いないッス」

「そこはほら、人外と正体不明のやりとりだから」

 人外。

 神に準ずる存在。神に等しくもある存在と対等以上に渡り合えるチート能力者は、それ以上の存在なのだろうか。

 ……いや、でもそうでないとチートじゃないよなぁ。恐らく能力次第では世界征服も夢じゃないんだろう。俺はそういうのに興味ないけど、今までそういう能力者は出てこなかったのだろうか。

「しかしアキラさ、お前みたいのが今日の闘いを見るべきだったんだけどな」

「そうなんですか?」

 すっとぼけてそんな返事をする。

「使徒の槍捌きは大したものだったよ。良い勉強になったんじゃない? もったいない」

 なんてナタリーさんが言う。

「でも俺、槍なんて使ったことないですし」

「冒険者やるならある程度の数の得物の扱いは慣れた方が良いってことよ」

 確かにベレン並みとはいわずとも、近いレベルまで扱えるようになれば俺自身の戦い方の幅も広がる。

「でもナタリーさん達は槍使ってる人いないじゃないですか」

「私はアキラ程度を相手にするくらいには扱えるわ」

 と言ったのはナタリーさん。

「私は昔使っていたことがある」

「それなり」

 続いてラウラさん、マルタさんと繋がった。

 残った摩耶に訊ねると、

「倉田さん判ってて聞いてますよね」

 こんな返答があって安心した。達人レベルだったらいろんな意味で衝撃がでかい。槍を自在に扱う元女子高生ってのもあれだ、かなりインパクトがある。

「冒険者だからな。様々な場面を想定して、多様な武器を扱えば活躍の場が広がるかもな」

 ラウラさんがジョッキを傾けつつ述べる。

「と言っても、剣をまともに扱えれば特に問題ないさ。下手に手を広げて器用貧乏になって中途半端になってしまうのももったいない」

 せっかく異世界にいるのだからいろんな武器を使ってみたいところだが、ラウラさんの言うとおり、中途半端にならないようにまずは剣の腕を一人前にしたい。変身してしまえばそんなもの全く関係ないがスキルアップすればそれだけ戦いやすくなるだろうし、変身しなくても戦えるのなら、確かに行動の幅も広がろう。

 チート持ちとしては能力に頼るのが筋だろうが、第二の人生、健康体を手に入れた今としては色々とやれることはやってみたい。チート能力という後ろ盾がある分、多少――いや、大抵の事柄はどうにか出来ると言う保険がある。

「まあ、なんにしても今日はいい祭りだったなー」

 酒を飲みながらナタリーさんは言う。

「使徒なんて滅多に遭遇出来る奴らじゃないうえに、ましてやそういう奴らの闘いぶりなんて、そうそうにお目にかかれるもんじゃないし。そんでもって街も破壊されなくて良かったよ」

 はぁ、と息を一つ吐いてナタリーさんが漏らす。

「そんな風に街をおまけみたいに言うんじゃない」

 呆れたようにラウラさんがたしなめると、ナタリーさんは「そんなつもりはない」とぶーたれた。

「あの黒騎士には助けられたこともあるのに、何をそんなに嫌うのか私には理解出来ないよ」

「強いて言うなら愛想がない」

 なんだそりゃ。と思ったのは俺だけではないようで皆がナタリーさんの顔を見た。

「全身鎧の相手に愛想も何も……」

 全くもってその通りである。表情でこちらの心情が伝わるわけではないから仕方ないだろう。あとは声色も要因の一つかも知れないけど……変な声にはしてないと思う。

「たぶん」

 普段喋る方でないマルタさんは今宵も例に漏れなかったのだが、口を開く。

「愛想は建前で、助けられたことをまだ引きずってる」

 その一言にナタリーさんが言葉を詰まらせる。

「そして今日の件がさらに追い打ちをかけた」

「あーあーあー、わかった! 分かったからもう喋るな!」

 頬を赤くしているのは酒に酔ってるだけではなく、ほんの少しの怒りと、照れが混じったものが顕れたのだろう。それを誤魔化すように、大げさにも見える動きでジョッキを傾ける。

 その光景を見て俺は、大騒動が収まったことを実感したのだった。

―了―

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