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転生するなら変身ヒーローで!  作者: 東雲藤雲
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第6話 これが貴族のご令嬢

 夢を見た。

 俺は元の世界で、高校の卒業式に出席しているという内容だった。

 夢はとても曖昧模糊とした表現で為されており、不思議と既視感だけの塊だった。

 それもそのはずで、俺は高校の卒業式というものに参席したことはない。だから、それはきっと俺の過去の記憶を元に構築された幻像に過ぎないのだ。

 泣いてる旧友の顔は、これもまた曖昧として判然としない、靄がかかっており、個人を特定するには難しかった。が、それでも面識のあるような感慨を覚えるという矛盾した感覚だった。

 夢であるから時系列はメチャクチャだった。そして主観ではない、三者視点を時折交えてくる、正しく夢と呼ぶに相応しい体験だった。

「……」

 宿屋の一室。

 俺は先ほどの夢の大半を記憶しており、すっきりしない感覚の中、覚醒した。

 俺には理解出来ない。

 卒業式や行事ごとに泣くという感情はどういうものなのだろうか。

 級友達との今生の別れでもないのに何を泣くことがあるのだろうか。場の雰囲気というやつか。

 会おうと思えば、通信技術が発達した現代において、簡単に連絡を取り合うことが出来るだろうに。

 まあ俺は中学校の卒業式で今生の別れとなった友人がいるが……。

 微妙な心持ちで目覚めたわけだが、それはともかく。

 いつもの時間に活動を始めた俺はまっすぐギルドに向かった。

 やはり昼近くに起床しただけあって、街を行く人の数は多い。

「ん? おお!?」

 ギルド前、この異世界にそぐわない、しかし見覚えのある物体が鎮座していた。

 これはモーターサイクル……オートバイというやつでは? しかしこのメカメカしい見た目、完全にこの世界にマッチしていない。明らかに俺たちの世界の関係者が関与しているに違いない。

「かっけえ……」

 俺は実を言うと、メカニカルな物体が琴線に触れるまくる人間だ。

 どっしりとしかしシャープなそのフォルム、そしてみっちりと詰まったエンジン部分。排気量で言うと……そこは詳しくないので、車体の大きさから推測するにいわゆる大型バイクの部類だろうか。

「なんだ坊主。俺の女に何か用か?」

 ジロジロとバイクを眺めていると、不意に声がかかった。

 男はかなりのガタイの良さで、アメリカのバイカーのような、いかにもライダーっぽい格好をしていた。これも俺たちの世界の影響だろうか。

「いや、すいません。こんな間近でバイクを見るの初めてで」

「お? バイク知ってるのか。最近王都の方で流行ってるんだぜ。耳が早いな坊主。バイクは良いぞ~」

 喜色満面だ。実に充実したバイクライフを送っているようだ。

「風をさ……感じるんだよ」

 なんだ、語り始めたぞ。

 あー、でも格好いいなぁ。俺は男の語りを右から左に聞き流しながらバイクに目をやる。

「これどこで手に入れたんですか?」

「これか? 王都だよ。腕の良い職人がいて、そいつが作ったんだ」

 はぇ~。

 ところで燃料はなんだろうか。

 マフラーが付いていることを見ると、排ガスは出そうなもんだが。

「これか。簡単な魔術を動力にして動作させてるんだとさ。興味があるなら一度王都の職人通りにある工房を訪ねてみな」

 魔術が動力か……ある意味クリーンエネルギーなのだろうか。

「馬より早いから移動が捗るぞ」

 男はちょっと興奮した様子でバイクのことを語る。それだけハマってしまったということだろう。

「じゃあ俺は行くから、バイクに乗ることがあればまた会うこともあるだろうな。元気でな」

 男はバイクのエンジンをかけると、軽快な動作でそれを操り、その場から去って行った。

 王都かぁ……。

 どこにあるのか知らないけれど、俄然興味が湧いてきた。



  ※



 その日の夜。一仕事終えて、もはや日課となったラウラ組との夕食のとき、俺は王都について質問してみた。ラウラさん達ベテラン冒険者なら知っているだろうと踏んだのだ。

「王都か。スクンサスからだと、馬車便で3日くらいだろうな」

 馬車で三日か……遠いな。

「何よアキラ。王都に拠点を移そうっての?」

 何故か不機嫌そうなナタリーさん。ジト目だ。

「そういうわけじゃないんですけど、王都にある職人通りにちょっと気になるものがあるんですよ」

 俺がそう答えると、摩耶を除いた3人が得心したように頷いた。

「なるほどね。あそこなら大抵のものは何でも揃えられるけど……あんたそんな金あるの? この前、うちの扉の鍵の修理費用を持って貰ったばっかりじゃない」

 ああ……あれは確かに痛い出費だった。

「すぐにってわけではないですけど、事前情報としてどういう場所なのか知りたかったんですよ」

「ふーん」

 ナタリーさんの反応は、いつになく淡泊だった。興味が無いというか、あえて話題を避けているかのような。

「確かに職人通りは行ってみる価値はある。アキラの場合、そろそろ剣を新調してもいい頃だと思う」

 それまで静かだったマルタさんが口を開いた。

「それは確か鍛冶屋の既製品。使い慣れたかも知れないけど、アキラの活動を考えるともっと良い武器にしても良いと思う」

「そうですかね」

 俺は腰元の剣を見る。ご存じの通り俺はこの剣をまともに使ったことはない。というのも、チート転生能力である、『変身能力』のおかげでこの既製品の剣ですら生半可な武器を凌駕する得物と化すからだ。

 こと戦闘に至っては能力に頼りっぱなしなので、下手したら買ってから使っていないのではないかという可能性すらある。

「グリップとか刀身の長さとか、色々融通が利くから、まずはここの鍛冶屋でオーダーメイドも考えてみたらいいんじゃない?」

 ここまでアドバイスをして貰ってなんだが、俺が王都に行きたいと考えてるのは、完全にバイクに頭の中を占領されているからだ。

 しかし王都は距離的に遠いとわかった今、バイクへの思いは少し薄らいでいるのも事実。いやはや実に出不精らしい理由で揺らいでいる。

 それにしてもオーダーメイドの剣か……。俺の使い慣れたと言えなくもない刃物は、刀みたいな武器が妥当だと思う。いや、でも使ったことはないから、竹刀か木刀に近いものが良さそうだが、今使っているような剣のように片手で使うにはちょっと長くなるから……うーん、どうだろう。いっそ小太刀みたいなものにするなら、今のままで十分だし……。変に凝ったものを作って貰ってもメンテナンス性に問題が出てくると面倒だな。

 そう考えると、なんだかんだ既製品だけあって、汎用性の高さに改めて気付かされた。

 武器はしばらく……いや、ずっとこのままでも良いのかも知れない。何せ『変身能力』があるからな。もしかしたらものによって、変身した際に、ビームセイバーにも変化があるかも知れないが、これも今のままでも支障は無い。

「……」

 そう考えると、今身の回りですぐに欲しいものはないな……。

 ぬぅ。

 こうなるとまたバイクへの欲求が高まってくるじゃないか。

 別のベクトルで考えるなら、俺も自分の家が欲しいところであるが、さすがに高望みしすぎだろうな。

 俺は盛り上がってる4人の隙を突いて訊ねてみた。

「馬車便ってどこから乗れば良いんですか?」

「んぇ~? なに? 本気で行く気なの?」

 口をへの字にするナタリーさん。

 王都で何かあったのだろうか。

「馬車便なら、2日おきで北門から朝早くに出てる」

 マルタさんがそう述べ、ラウラさんがその後に具体的な時間を教えてくれた。意外と早い時間で、俺の活動開始時間から考えるとそれなりに早起きをしないとならなかった。

 日に3本ほど馬車便は出るらしいが、朝一の便に乗ればそれだけ野宿する回数が減るとのこと。

 野宿は慣れてないので、利用するとしたら朝一の便だな。

「止しときなって、人が多いだけで何にも無いわよ」

「王都で何かあったんですか、ナタリーさん」

「……」

 一瞬間を置いて、

「何も」

 そう一言、答えが返ってきた。

 いや、今のは間違いなく何かある反応だろう。しかしそれ以上続かないので、話せない理由があるわけか。

 藪をつついて蛇を出す必要も無いし、人にはそれぞれ都合というものもあるだろう。基本的に火の粉が降りかからないのであれば、余計な詮索をしないのが俺の主義である。

 ともあれ――。

 思い立つ日が吉日とも言うし、早速明日にでも出発してみようか。

 俺は王都に行くにあたって、どんな準備が必要かベテラン勢に色々と教えて貰った。

 通常、王都に入るには手形のようなものが必要だが、冒険者ならギルドカードがその代わりになり、審査もすぐ終わるという。冒険者ギルド様々である。

 しかしバイクかぁ。この世界の主な移動手段は徒歩か馬か馬車である。騎乗系の手段のどれもを禄に利用したこともない俺がバイクに乗れるのだろうか。

 元の世界なら教習所に行って一から乗り方を習ったり出来たのだろうが。

 こういうときにインターネットに頼れれば、大変助かるのだが、この世界ではそういう便利なインフラは整備されていない。

 そういえば姉が車を買うとかいうので、車販売のウェブサイトを巡回していた時期があったが、今は無事に車を手に入れたのだろうか。俺は恐ろしくて乗りたいとは思えない。あのアグレッシブな性格からしていつか事故を起こしかねないと、俺は思っている。

 今となってはもはやその結果を知る由もないが、安全運転に努めていることを願うばかりだ。

 件のバイクを販売しているという店も、ネットがあれがどんなものが揃っているのか確認することも出来ただろう。

 バイクはタイヤの少ない乗り物。……そんな程度の知識しか無い俺には前情報無しは少々敷居が高いかも知れないが、血気盛んなこの年頃、ワクワクが刺激されるのだ。

 バイクかぁ……。

 あれ……待てよ……?

 『変身能力』ポテンシャルを考えると、変身状態で走った方がもしかしたら速いんじゃないのか?

「……」

 いや、でもいつでも好きなときに変身できるわけじゃない事を考えると、何かしらの移動手段を確保しておくのは悪いことではないかも知れない。

 バイクも馬も乗ったことはないが……。

 馬と比べればもちろん、余裕のぶち抜きだろう。

 確か、バイクには時速300キロメートルという速度をたたき出す車種もあるという。……そのくらいなら変身したら簡単に出せそうな気がする。

 こうなるとバイクの必要性が微妙な立ち位置になってくるが……。

 いやしかしでも乗ってみたいなぁ。少年心の純粋な好奇心が俺の心をかき乱す。

「どうしたアキラ。手が止まってるが、やはり王都に興味があるか?」

 食事の手を止めてラウラさんが問いかけてくる。

「そうですね……やっぱりすこし職人通りに興味があります」

「ふむ……良いんじゃないか。アキラもこの国に来てしばらく経つだろう? スクンサスでこもるのも悪くないが、見聞を広めるために色々なところに行くのは悪くないと思うな」

 アルコールで頬を少し赤らめたラウラさんが言う。 確かに言うとおりである。この際ちょうど良いきっかけとして、旅行気分で王都まで出向くのも悪くないだろう。

 さすがに、「じゃあ明日早速」というわけにはいかないと思うが、今後の予定として近いうちに王都に出向いてみよう。もちろん主目的はバイクだ。

「観光目的で行くも良し、仕事目当てで行くも良し。行って損はしないはずだ」

 そんなに背中を押されるような事を言われると、本当にすぐにでも行きたくなってしまう。

 それにしてもラウラさんとナタリーさんとで王都に対する印象が随分違うようだが……まあ、いいか。

 とりあえず明日、雑貨店に行って地図を買ってみよう。そうして王都までどのくらいの距離があるのか、どれくらいの規模なのか確かめようと思う。



  ※



 さあ、やってきました王都――。

 って、そんなことはない。

 昨晩みんなと別れて一夜明かすと、俺は雑貨店を訪れて早速地図を入手した。

 購入したのは、元の世界基準で言う世界地図と、スクンサスを中心としたローカルマップのような地図だ。

 雑貨店を後にして、冒険者ギルドを訪れると、食事処の隅の方のテーブルを占拠し、早速地図を広げた。

 中世ファンタジーを彷彿させる世界だけあって、世界地図ともなると、それほど精度は期待出来なさそうという、ちょっと失礼なことを考えていたが、そんなことはなかった。

 地形の仔細さは目を見張るものがあった。

「……」

 気になったのは世界地図に、日本に似た島国があったことだ。果たしてここは未開の地か、あるいは文明が根ざした地なのか。スクンサスからはかなりの距離があったので、行く機会はないかも知れない。

 ちなみにスクンサスと王都の距離はそこそこあり、さすが馬車で3日かかるだけはある距離が示されていた。

 ……でもやっぱり変身して走った方が早そうだな。

 便利な能力ではあるが、使い方によっては情緒も風情も無くなってしまう。この点、『チート』能力というに相応しくもある。

「少年どうしたー? 家出?」

「出る家が無いですよ」

「あれー? ナタリーとこにいるんじゃなかったっけ?」

 どういう情報が巡り巡ってそうなったのだろうか。出入りは確かにしたことはあるものの、そんな噂が立つほどお邪魔してはいな……くはない、か? なんだかんだと2回ほどあの家で夜を過ごしている。

「ナタリーが、最近少年がよく来るって言ってたから」

 行ってない。

 マジックキーを開けられるようにして貰ってはいるが、それ以降は全くお邪魔してはいない。

 むしろ扉の修繕費の出費を取り戻すために、今までに無いくらい依頼に励んでいて、そんな暇は無い。

 貯金が減るということは、大変精神衛生上よろしくないと、この世界で自活して実感した。そして貯金額が増えることの充実感と言ったら、言葉に出来ないくらいの満足感が得られる。

 ……俺の医療費のために両親が苦心してくれていたのが今になってわかる。

「じゃあまだ宿暮らし?」

「そうですよ」

「家買えば? 最近頑張ってるみたいじゃん」

「いやさすがにそこまでの蓄えは無いですよ」

 今の年齢で一軒家を購入するなんて、かなりの冒険じゃなかろうか。

「あー……そういえば私の住んでるアパルトマンに一部屋空きがあったかな」

 あ、そういうのもあるのか。

 参考までに家賃を教えて貰うと、なるほど……無理の無い金額だった。

「少年がその気なら、大家に話し通しておくけど」

「……ちょっと考える時間もらっていいですか? 宿賃払うのとどのくらい差が出るのか把握しておきたいです」

「おっけー。で、注文は?」

「……」

 店員の鑑のような人である。

 俺は飲み物と、朝食として軽めの料理を注文した。

 ヘルミーネさんは満足げに去って行き、俺はその背中を見送ると、地図に意識を戻した。

 異世界の地図と言っても、元の世界と大きく違うところは無いようだ。強いて挙げるとすれば、国境線がそれほど多くないことだ。

 ということは国の数が少ないとも取れるが、実際はどうなのだろうか。地図の表記が元の世界とまるきり同じであるわけはないだろうし……。

 今回の目的地(仮)である王都・セン=ブレイブンと、ここスクンサスは同じ国境線で囲われていた。

「……」

 スクンサスは領地内ということになるのだろう。

「おっす、アキラ」

 地図に見入っていた俺の意識を引き戻したのは、背後からかけられた、聞き慣れた声だった。

「おはようございます、ナタリーさん」

「おはよ。最近早いじゃん」

「ええ、まあ……。扉の修繕費が思った以上に衝撃的だったんで、ここのところ朝一から張ってます」

「んふふふ。私たちからしたらありがたいことだわ。それにしても、あれから家に来ないけど」

「え。別にこれと言って行く理由が無いですし」

「はぁぁ? ラウラがいるでしょう」

「待って下さい。そのラウラさん推しはなんなんですか」

「何ってそりゃもう、けっこ――あだだだ!」

「朝から楽しそうじゃないか、ナタリー」

 俺たちの会話を止めたのは、正しく話の要となっていたラウラさんその人であった。

 ナタリーさんは後頭部を掴まれて、苦悶の表情を浮かべていた。

 後頭部アイアンクロー……。

「痛たたた……」

 己が主役とされていた会話が打ち切られたと見て、ラウラさんはナタリーさんを解放した。

「ちぇっ。ちょっとした冗談だったのに」

「ならば本人のいる前でやれ」

「じゃあ今から話すけどいい?」

「そういうことでもないっ」

 痛い思いをしたというのに、ナタリーさんはまだラウラさんをからかう。まるで男兄弟のようなやりとりである。剣呑な雰囲気を醸さない辺りは、2人の付き合いの長さ故だろう。お互いの距離感を分かり合えているように思えた。

「アキラもナタリーの戯れ言に付き合うことはないからな」

「わかりました」

「ん? 何これ地図?」

 ナタリーさんはテーブルに広げられたものに目が行ったようだ。

「ああ、はい。王都ってのがどこら辺なのか調べておこうかと思ったんですよ」

「……うぇ。あんた、本気で王都行くの?」

「まあ……機会があえば、ですけど。というか、ナタリーさんは王都に何か嫌な思い出でもあるんですか?」

 王都、という単語を聞いた途端にうんざりした表情を隠そうともしない。

「思い出というより、嫌なものがある」

 ナタリーさんがきっぱりと断言する。言葉にするのも嫌そうだ。

「そういえば昔、王都まで観光旅行に行ったことがあるのだが、その時もナタリーは来なかったな……」

 その、嫌なものの正体はラウラさんですら知らないようだ。

「やめやめ。朝っぱらから話すことじゃないわ」

 言いながらナタリーさんは俺の正面の席に腰掛けた。表情は相変わらずだ。

 と、ちょうど俺が注文した朝食がやって来た。地図を畳んで場所を空ける。

「じゃあ一緒に行きますか、ナタリーさん」

 ちょっと冗談めかして気軽にこぼしたとたん、空気が冷えた気がした。

「お前さぁ……。誘う相手が違うんじゃない?」

 呆れた表情のナタリーさんが、うんざりするように、そして今にも殺しにかかってきそうな気迫を漏れさせて俺を見る。

「嫌だなぁ冗談ですよ」

「だよなぁ。誘うならラウラじゃきゃ」

「えっ、いや、なんでそこで私が……」

「皆まで言わせる気か、いい年して」

「いや、年は関係ないだろ」

「男女のつがいが2人きりで旅に出るんだから、それはもう大人の話でしょう?」

 つがいって……。俺とラウラさんはいたってクリーンどころか、ただの冒険者仲間だ。そういう含みを持たせた言い方は誤解を招くじゃないか。

「でも一人旅もつまらないでしょ」

 目的が目的だし、他にも諸々の事情があるので、俺は一人で行くと言うことに、特段気にも留めていなかった。

 ちなみに俺は一人カラオケも一人焼き肉も全然大丈夫な人種だ。あとやってないソロ活動は、キャンプくらいかな。

「まったく……」

 そう小さく呟き、ラウラさんが、珍しくナタリーさんの隣の席に腰を下ろした。

「……」

「……」

 それをナタリーさんは目で何かを訴えている。

「なにか」

「そこでいいの?」

 女性陣のやりとりはそんな短さで終えた。

「……」

 ラウラさんが黙って立ち上がると、俺の隣に座り直したのだ。

 この人、ナタリーさんが言うように、本当に俺のことを意識しているのだろうか。

 ……まあいいか。

 俺は運ばれてきた料理に手を着け始めた。

「ちょっと地図借りるわよ」

「どうぞ」

 ナタリーさんが折りたたんだ地図に手を伸ばす。

「王都は無しとして、マヤが入ってからしばらく経つし、どこか観光でも行ってみる?」

「うん、いいんじゃないか。マヤもほとんど自分の国以外のことを知らないみたいだからな」

 隣で繰り広げられ始めたガールズトークを尻目に見、俺は朝食を食べ進めたのだった。

 途中、ヘルミーネさんが2人に注文をせびりに来た。さすが店員の鑑である。



  ※



 朝食を済ませて2人と別れると、俺は掲示板には向かわずにギルドを後にする。

 食事の最中、ラウラさんとナタリーさんはすっかり旅行の話で盛り上がっていた。あれはもう旅行は確定事項だろう。

 俺はもう今日の予定は決めてある。

 王都に行く!

 一応、考えた末の結論だ。

 スクンサスでの活動も最近マンネリ気味だし、依頼も似通った内容が多かったので、ここらで心機一転を図ろうと思った。

 移動手段は『変身』で。

 やはりどう考えても、変身して全速力で走った方が早く辿り着けそうなのであるからしょうがない。

 俺はスクンサスから出ると、街から見えなくなるまで歩き――こうしてみて気付いたのだが、スクンサスも田舎というわりに大きな街だ――、周囲に誰もいないことを確認して、能力を解放した。

「変質せよ」

 念のため変声の魔術も使っておく。

 さて。この場所からまっすぐ北上すれば王都に到着というわけだが……。

 幸い交通インフラは整備されており、街道を行けばそのまま王都まで行ける。

 だが、街道は直線ではないし、当然、他の旅人も利用するに違いなく、変身して突っ走るには迷惑をかけてしまうかも知れない。

 なので、脳を筋肉にして考えた結果、点と点を直線で結ぶことに決めた。

 ――スクンサスから王都までを直線でぶっちぎる。

 無意味かも知れないが、軽くウォームアップをして身体をほぐしたあと、クラウチングスタートの体勢を取った。

 方角、良し。

 風向き、関係なし。

 では――スタート。

 勢いよく地面を蹴ったのに身体は前に進まなかった。強く蹴りすぎたために、地面がつま先で抉られてしまっていた。

「……」

 出鼻をくじかれて、俺は腕立て伏せのような格好で固まった。

 周囲に誰もいなくて本当に良かった。

 気を取り直して立ち上がると、俺は普通に走り始めて、徐々にスピードを上げていった。

 途中途中で出現する障害物は、跳んで躱していく。岩だったり川だったり。

 こういうゲームあるよなぁ。強制横スクロールで地面の障害物をジャンプで躱してポイントを稼いだりするやつ。

 俺は今、それをリアルに実行しているわけだ。

「ん」

 先に見えるのは雑木林。このまま突っ切っても問題は無さそうだが、障害物は避けて通るべし!

 雑木林の少し手前。これまで避けてきた障害物より足に力を込めて、跳躍した。

 ぐん、と身体が浮かび上がり放物線を描いて、雑木林を越えていく。

「うほほほほ!」

 あまりの爽快感にゴリラみたいな笑い声が漏れる。

 緑の塊が足下を過ぎていく。

 視線を戻すと、雑木林の終わりが見えた。着地に備えて体勢を整える。

 若干オーバー気味な位置に着地と相成った。数十秒ほどの跳躍。

「楽しいな、これ!」

 よし。この調子でどんどん進んでいこう。

 俺は再び走り出す。これ、「黒騎士ジャンプ!」とかいうタイトルでゲームになんねえかな。ギルドカードの機能を考えると不可能では無さそうだが、この世界にはビデオゲーム、テレビゲームという概念がないだろうから、開発は出来まい。

 と、益体もないことを考えて走っていると、馬車が数台と、その周りでまったりしている人達が目に入った。

 もしかしてあれが、朝一のスクンサス発の馬車便だろうか。

 向こうも俺に気付いた人がいるようで、あからさまに見ている人もいたが、俺はその集団もあっさり過ぎていく。

 ……もうちょっと速度を上げても良いかもしれない。そう思って足に力を込めると、視界に入る風景の流れる速度が格段に変化した。

 風景を見てたら目が回りそうな速度で、めまぐるしく変化しているように見えてしまう。

「まだまだいけそうだな」

 俺は前方にだけ注意を向けて、さらに脚の回転を速めた。

 これもう新幹線より速いんじゃないか?

 気分が乗ってきた俺は、さらにさらに加速を重ねたのだった。



 そうして、速度にも慣れて来た頃、前方に白亜の塔が視界に入った。

「……」

 そして街道を行く人々も、ここまで見た中で一番の数ほどに増えていた。

 街道も、道中と打って変わって、かなり洗練された整備がされている。

 どうやら目的地は近いらしい。

 足を止めてどこか適当に、人のいなさそうな場所を探す。

 かろうじてスクンサス方面からの人足は少なかったので、来た道を少し戻って変身を解除した。

 そうして俺は街道に出ると、前方の白亜の塔をもう一度見た。

 デカい。

 塔の背後には峻険な峰が聳え立っている。

 この距離からあの威容である。果たして王都とはどのような場所なのか、好奇心が疼き始め、早足で街道を進んでいく。

 街道ももう石畳になっていて、随分歩きやすい。

 近づくにつれ、白くて高い壁も見えてくる。城壁だろうか。その一部に人の列が出来上がっていた。

 俺は駆け寄って、最後尾の人に何をしているのか訊ねてみた。

「審査だよ。来るたんびにこれだから、嫌になっちゃうよ」

 ということはここが、王都の入り口……!

 俺は最後尾に付いた。

 結構時間がかかりそうだななんて思っていると、さっきの人が、

「お兄さん、冒険者? 冒険者なら反対側で受付してるからすぐ入れるよ」

 そっち、と指さす。

「そうなんですか。ありがとうございます」

 確かに門の大きさに比べて列が偏ってると思ったら、そういうことだったか。

 列から離れると、俺は審査待ちの列を尻目に、冒険者用窓口に足早に向かう。

 窓口はどこか、冒険者ギルドのような雰囲気を湛えていた。

「どうぞ。ギルドカードをここに置いて下さい」

「はい」

 受付台には見慣れた窪みがあった。

 俺はそこにカードを置く。

「はい。問題ありませんので、どうぞお通り下さい。カードを取るのを忘れないように」

 早っ。

 反対側の一般窓口とどれくらい手続き量が違うのだろうか……。

 門を通ってすぐのところに、『ぶらり王都』というタイトルの折りたたみのパンフレットが設置されていた。

 興味本位で手に取ってみると、王都の簡易地図が掲載されており、観光スポットが紹介されていた。

 件の職人通りはもちろん、貴族街(一般進入不可)や王城、冒険者ギルドも表記されていた。

 ラッキー。これがあれば地図買わなくて済みそうだ。

 そういえば……。

 俺は時計を取り出して時間を確認した。

 うん、やっぱり『変身能力』で突っ走った方が相当早いのは間違いない。ただし旅情にひたる隙はこれっぽっちも存在しない。

 とりあえず観光もかねて、王都を回ってみよう。

 門から入ってからこっち、どこを向いても人、人、人。入り口付近だというのに、実ににぎにぎしい。スクンサスとは大違いだ。

 町並みもどこかスクンサスと似たような建築様式だが、洗練されており清潔感を漂わせていた。

 目にもの鮮やかなその光景は、王都と呼ぶに相応しいものだった。

 特に目を引いたのが、街の外から見えていた例の白い尖塔である。恐らくまだ距離はあるのだろうが、その大きさは大変に存在感をいや増していた。

 パンフによるとあの尖塔は王城の一部であり、さらに王城内の一部を見学できるツアーが定期的に催されていることが書かれていた。残念ながら直近のツアーは終わっていて、次回は来月の半ばに開催されるみたいだ。

 これは……あまり興味はないので、タイミングが合った時にでも申し込んでみようか。

 『ぶらり王都』には数件の宿屋の情報が掲載されていた。一般層向けの宿屋から始まって、ミドルランク、ハイランクと紹介されている。

 ハイランクは手の出せない金額ではなかったが、コストパフォーマンスを考えると、そう気軽に利用できるようなものではなかった。

 一般層向けでも、スクンサスと比べればいくらか高いというのに。

「……」

 さてと。

 では当初の目的通り、職人通りのバイク屋へ向かうとしよう。



  ※



 職人通り。

 セン=ブレイブンは国家として技術者を手厚く扱うという方針を固めている。これは国家の成り立ちが、初代国王が一大工だったことが元であるとされている。その技術者達を育成、そして研鑽を積む場所として、ここ、職人通りが創設された。

 という記録が残っているらしいので、職人通りは歴史ある区画のようだ。

 門の周辺とはまた違った趣のこの区画は、商店街のようでもあるし、また、工場街のような雰囲気も纏っていた。

 ここまでで歩いたところ、やはり鍛冶屋が多く見受けられた。それでも武器専門店や防具専門店と、特化した傾向が見られた。

「あっ!」

 そんな並びの中、店先にバイクを陳列している店を見つけた。

 俺は駆け寄ってバイクを眺めると、それはやはり機械の塊であった。ガラス張りの店は外から丸見えで、その中にもバイクが数台飾られていた。

「……」

 意を決して店の扉を開いて中に入る。

「いらっしゃい」

 案外丁寧な挨拶が店の奥からして、続いて一人の男が出てきた。

「……」

「……」

 俺たちは目が合うと数秒固まる。

「……転生者、ですよね?」

 先に口を開いたのは俺だった。

「お、おお! そうだよ! 君は……君は……」

 俺もそうだが、相手も同じようで、お互いの元の世界での出身国を計りかねている。

「俺は日本出身で、名前はアキラ・クラタです」

「おー! ジャポーネ! 俺はイタリアーノ!」

 何か作業の途中だったのか、前掛けで手をふきふきこちらへやってくる。

「よく来たね。ほらそこ座って。俺はフィリッポ・デ・ピッチニーニ」

 そういうと男――フィリッポは、右手を突き出して来たので、俺はそれを握り返した。

「いやぁ、嬉しいな。こっちに来てバイクなんて興味持つ人なんて少なかったから、元の世界の、バイクを知ってる人が来てくれるなんて!」

「知ってるって言うほど詳しくもないですよ」

「もともと俺はイタリアのバイクメーカーで、デザイナーをやってたんだけど――」

 フィリッポが口にしたそのメーカー名は確かに聞き覚えがあった。が、しかし耳に覚えがあるだけでどんなバイクを作っているのかはさっぱりだ。

 まあそこのメーカーに限らず、国内の有名なメーカーのことすらもとんと知らないのだが……いや、そもそもバイク自体のことに疎いという……。

「それで、乗りたいやつでもあるかな?」

 俺の目を引いたのは、よくレースでも見るのと同じタイプのバイクだった。やはり、レーシーなだけあって、シンプルに格好良さを感じる。

 そして大方の車体の大きさに驚いた。近くでじっくり見ると、二輪車といえどやはり迫力がある。

「いえ、実はバイクのことは全くと言っていいほど知らなくて……」

「ベーネ、ベーネ! 初心者大歓迎だよ。というかこの世界で商売するなら、基本的に初心者相手になるけどね。今うちで取り扱ってるのはオンロードだけ。向こうの世界で俺がメインに取り扱ってた車種。その中でネイキッドとスーパースポーツ、クルーザーの3車種さ。」

 ネイキッドというと……裸? どういうことだろう。

「いいかい、今ちょうど君の後ろにあるのがスーパースポーツ」

 おお。レースで見かけるタイプのやつだ。そのまんまな名称だ。

「で、こっちのがネイキッド」

 フィリッポさんはそう言い、自分の横に立っているバイクを示した。

「そっちのスポーツタイプと違って、カウルが付いてないからネイキッドってこと。ここら辺がエンジンなんだけど、見比べてごらん。そっちは隠れてて、こっちのは剥き出し」

 なるほど、そういう。よく考えつくものだ。

「自分の気に入ったのに乗るのが一番だけど、初心者なら、ネイキッドがおすすめかな。俺もネイキッドはピーキーに作ってないから」

 確かにネイキッドタイプはメカメカしい部分がまず目について、男心がくすぐられた。

 フィリッポさんが教えてくれた、エンジン周りのゴチャゴチャ感の中に見え隠れする緻密さ、それが見ていて強く関心を引かれる。ゴテっとして見えるが、それがまた良い。

「ちなみにどんな用途で使う予定かな?」

 用途? そういえば……全然考えてなかったな。

 そもそも普段から馬やそして馬車すらほとんど利用してない生活を送っているのに、「移動手段として」はちょっと違う気がするし……。むしろ変身すればバイクより速く移動できるに違いないからなぁ。

「考えてなかったですね……」

 俺は素直にそう答えていた。

「ははは。そうかそうか、若いうちはそんなもんだよ! その調子だと運転したことはないよね」

「はい。むしろこんな至近距離でバイクを見るのも初めてみたいな……」

 機械の匂いが立ちこめる店舗内を見渡す。この世界に来て体験する、元の世界の空気を感じるこの空間。……少し病院に似ているなと思った。

「それじゃあ、運転は出来ないわけだ」

「はい」

「それなら売る前に練習していって貰わないとだね。……っと。買って貰うの前提で話してたけど、そこのあたりどうなのかな?」

「買うつもりではあります。あとは値段しだいですね……」

「なるほどね。んー、一番安くて90万レデットからあるよ。ちなみにこのネイキッドがそう」

 うん、安くはない……が、出せない額でもない。

「ちょっと考えさせて下さい……」

「額が額だから、きちんと考えた方が良いよ。なんなら試しに乗ってみるかい?」

「え。いいんですか? 本当に全く運転できないですよ」

「平気平気。少しやれば自転車みたいに動かせるようになるよ」

 そう言いながら、フィリッポさんはネイキッドと呼んだそのバイクを移動させ始めた。

 軽々と取り扱っているが、バイクって結構重量があるよな……? フィリッポさんはそれを感じさせない手つきでバイクを取り回している。

 そうして出入り口の前まで持ってきて、いったん手を離すと、観音開きの扉を全開にした。

「着いておいで。外でちょっと触ってみようか」

「お店はいいんですか?」

「いいのいいの。この世界の人達が簡単に扱えるものでもないし、盗もうにも大きいから」

 再びバイクに手をかけ動かし始めて、車体を店外に出す。

 俺は言われるままにフィリッポさんに着いていくのだが、初めてのバイクにやや緊張し始めていた。

 やがてそのまま門に到着すると、フィリッポさんは審査官らしい人と一言二言ほど言葉を交わし、再び歩き出した。入るときと比べると随分と緩い。

 来るもの拒んで去る者追わずと言うことだろうか。

 ともあれフィリッポさんに着いて王都の外に出ると、そこは俺が王都に訪れた場所とは違って、舗装が甘かった。

「よし、じゃあ始めようか」



 フィリッポさんから教えて貰って、バイクを走らせる方法をしっかり教えて貰った。バイクとは四肢を駆使して、操作するものらしい。それに加えてハンドル回りに付属されたいくつかのボタンも操作するとなると、それなりに難しそうに感じた。

 そのことを伝えると、

「ああ、それはモード切替とかだから今は気にしないで問題ないよ」

 そんな返答だった。

「実際こっちの世界には他に車なんて無いから、ウィンカーとかいらないでしょ。巻き込まないように自分の目で確かめれば良いしね。目視、大事だよ。

 そもそもウィンカーそのものが理解されないし」

 なるほど。たしかに主な公共交通機関が馬車であり、機械式移動手段の発達のない世界では、ウィンカーは共通認識になり得ないだろう。

 ではなにゆえ取り付けてあるのかと訊ねてみると、曰く「デザインに必要だから」とのことだった。あのチカチカする点滅するだけの機能だが、見た目に一役買っていると言われれば……そんな気がしてきた。

 ところでフィリッポさんのように、元の世界の知識や技術をこちらの世界に反映させようとするチート能力を得た人が他にもいるのならば、車だってあってもおかしくないが、どうなのだろうか。少なくともまだ見かけていない。

「フィリッポさんは車は作らないんですか?」

「車? 四輪車は禁止されたよ」

 なんと!

「今の店の先代が車を作って売り出したは良いけど、事故の被害が大きくなりすぎて、法律作られちゃったんだ」

「えぇ……随分凄い事故だったんですね」

「まあ二輪車に比べると、あっちは数トンはある金属の塊だからね。破壊力考えたらさ、乗り物って言うより兵器に見えちゃったんだろうね。

 さて、じゃあここら辺で少し走らせてみようか」

 舗装はされていないが踏み固められた道。

 フィリッポさんは道の端にバイクを止めた。

 それから簡易的な基本操作方法の講習が始まった。




「うわはははは!」

 スロットルひねるとグンとGが身体にかかる。そうして周囲の景色を置いていくかのように錯覚する速度。

 楽しい。

 めちゃくちゃ楽しい。

「ブレーキ忘れないでね」

「はーい!」

 背後に乗っているフィリッポさんに教えを請いながらバイクを走らせている。

 自転車と違って左手側のレバーがブレーキじゃないことに違和感があったものの、そういうものだと割り切ってしまってからは簡単だった。

 王都にはぐるりと外周を一回りする広い道があって、そこを何周かしながらのバイク講義であった。

 今ちょうどスタート地点に戻ってバイクから降りた。

 ……なんかもう買わないといかんような流れになってないだろうか。というより欲しくて堪らん。

「どうだった?」

「いやぁ、バイクって楽しいですね~!」

「だろう? この世界だと馬とか馬車がメインの移動手段みたいだから、案外早く普及できそうだし。将来的にはバイク関係の法律を作って貰いたいよね」

 そうなると元いた世界と同じように、免許が必要になってくるのかもしれないなぁ。

 今のうちから乗っておけば色々と便利だし、何かと有利になるかも。

「でも転んだらすぐ怪我するけどね。怪我だけで済むなら良いけど、俺みたいに死ぬかも知れないし、そこらへんの覚悟は必要かな。転ぶ乗り物だっていう認識は捨てられないよね」

「……」

 そうか……生身が剥き出しな分、事故でも起こしたらイチコロの可能性も十分ありうるわけか……。

「必要ならヘルメットとかプロテクターも用意できるから言ってね。そういうところもカバーできる能力だからさ」

 バイクって危ない乗り物なんだなぁ。プロテクターやヘルメットはいざとなったら変身すれば代わりになるだろうけど。

「……」

 バイクを眺める。

 これって転けたら傷つくよな……。それがちょっと嫌だな。

 フィリッポさんは危なげなく取り扱っているが、やはり経験の差であろう。

 こちらは慣れるまで慎重に……。

 いや待て。

 何もう買う気になってるんだ。

 バイクを転がしているフィリッポさんの後ろで、俺は天を仰いだ。

 90万レデットだぞ。

 おいそれと簡単に決断して良い数字ではない……。「……」

 ないのだが……ないのだが……。

 脳裏をよぎるのは、先ほどまで体感していた疾走感とバイクから来る心地よい振動。

 ――っ、欲しい! 考えてみれば気軽な移動手段はあっても困るまいし……。

「あれ? そういえばガソリンとかあるんですか?」

 こういうのは大抵、燃焼機関か電動部品――エンジンやモーターというもので動いているはずだが、それらを駆動させる燃料に当たるものは一体何なのか。

「いいや。ガソリンじゃなくて魔力だよ。魔力を燃料にしてエンジンを回してるんだ」

「え。でも俺、魔術とかほぼ使えないんですけど……」

「ああ、それは俺も一緒。この世界の住人は大概の人が魔力を持ってるんだってさ。転生してきた俺たちも例外に漏れず魔力を帯びてるってわけ。それを燃料にあててるんだよ。だから長時間乗り続けたら元の世界で乗ってるよりも疲労感溜まるよ」

 最後には、乗り物も人も文字通りガス欠になる、と……。

「でも魔力ったらガソリンなんて目じゃないくらいの燃費を叩き出すし、ついでに排気物質もほとんど出ない作りにしたから環境への影響は気にならないよ」

 さすがチート能力。

「ん? でもこれマフラー付いてますけど……」

「それはね、ロマンだよ」

「……?」

 俄には理解出来ぬ返答に、俺は戸惑ってしまう。

「排煙も排気音も無くしたら、内燃機関を搭載した乗り物なんて、ただの移動手段になってしまうから」

 理由を聞いても解らなかった。

「こっちの世界はこういうものの法規制がまだしっかり無いみたいだけど、やり過ぎはいけないから僕らの世界……というか僕の国の基準に落とし込んでいるけどね」

 なんか、こう、デコったりするのと同じ感覚なのだろうと思うことにしておく。少なくとも俺には理解出来ない、プロフェッショナルなお話。

 もしかしたら俺も車やバイクに乗るようになっていたのなら、理解に及んだのかも知れない。

「まあそれはともかく、買う? 買わない? どうする?」

「買います」

 一も二もなく返答していた。死んだばあちゃんが言っていた。


 ――買うか買わないか迷ったら買って後悔しろ、と。


「サンキュー。受け渡しは二日後でよろしくね」

「わかりました」

 それならば、せっかくの王都だし、観光なりして時間を潰すことにしよう。

 なんならこっちのギルドで何か仕事するのも有りだ。王都ともなればさぞや多様な依頼が揃っているに違いない。先のことを考えると色々なことを経験しておいて損はない。

「それじゃ二日後に。きっちり仕上げておくよ」

「はい、お願いします」

 そのやりとりを最後に、俺は店を後にした。

 パンフレットを開いて次の目的地を選ぶ。

 宿屋や雑貨屋やらは結構散在しており、この場所が都会であることを再認識させられる。冒険者ギルドも判りやすく表記されていた。

「ギルドの周りに結構揃ってるな……」

 これはきっと冒険者向けに営業しているのだろう。

 宿を取るにはまだ時間も早いし、ここ――職人通りの他の店も物色していこう。マルタさんにも言われたが、武器の新調も出来るかも知れないし。

 さすがにパンフレットには、通りの店の詳細までは掲載されていなかったので、一軒ずつ見て回ることになった。

 さすが王都の名物とも言えるのだろうか、行き交う人の多さは、スクンサスで一日街中を歩き回っても比べるべくもないほど多かった。冒険者然とした人もいれば、見るからに観光客という人も多く見受けられる。

(あ。エルフだ……)

 人種や種族も様々だったが、スクンサスでも珍しい光景ではなかったので、とりわけ何か感慨が湧くわけではなかったが、強く感じたのは、改めて自分が異世界にいるということだった。



 ※



(デカいなぁ)

 職人通りを一通り見回ったあとは、いち冒険者として次の目的地はギルドに定めた。

 驚いたことにスクンサスのギルドより、遙かに規模が大きかった。一体どれほどの冒険者が出入りしているのだろうかと、少し離れたところで見ている間にもひっきりなしに人の出入りがある。少し気後れしてしまうほどに。

 スクンサスが素朴な佇まいとすれば、こちらは洗練されていて隙がない印象を受ける。

「……」

 このまま見ていてもしょうがない。

 意を決して歩を進め、ギルドの入り口に手をかけた。気分的には他人の家にお邪魔するような心境だ。

 内部はさらに洗練されていた。いかに効率的に業務を処理できるかが目に見えて判るくらいに事務的な作りをしている。

 もちろん待合場所もあるにはあるが、そこにいる冒険者たちも、スクンサスの冒険者たちが放つ空気とは違っていた。強いて例えるなら、スクンサスがアットホーム、こちらは職場的。

 依頼請負のシステムは同じようで、依頼書の貼り出された、スクンサスより大きめの、3枚の掲示板が設置され、今はその前で数人が依頼書を吟味している様子が見て取れた。

 建物の規模を考えると、やや掲示板が少ない気がしたが、よくよく観察していると、受付窓口を挟むようにして、反対側にも同じように掲示板が設置されていた。そちらは最初に見た掲示板よりも賑わっているようだった。

 せっかく広い建物に入ったのに人混みは嫌だったので、人の少ない方の掲示板に足を向けた。

「うわ……」

 依頼の内容もだが、報酬額に驚いてしまった。スクンサスでたまにしか見かけないような金額がズラリと並べられている。

(マジかよ。これ一件でバイクの料金まかなえるじゃん……)

 そんな依頼ばかりだったが、精読してみるとどうやら等級指定があるようだ。逆にこれはスクンサスでは珍しいことである。

 それだけ難易度が高く、精度も求められると言うことだろう。

 金額に目が眩み、数ある依頼の中からどれか請け負えるものがないかと目を走らせるが、どれも等級指定に引っかかってしまう。

「……」

 うーん。王都だけあって冒険者にも質が求められるのか?

 しかし等級指定があるとなると、駆け出しの冒険者は一体どうしているのやら……。

「……」

 もう一つの掲示板を見やる。

 明らかに人の数が多い。

 向こうの掲示板はどうなのだろう?

 思い立って移動し、もう一つの掲示板へと向かい、既に出来上がっている人の波の後ろから、依頼書を見る。

 するとこちらのものには等級指定もなく、金額のほうも馴染みのある数字が提示されていた。

 なるほど、冒険者の等級に合わせて掲示板が用意されているということだったか。等級指定がない分、掲載されている依頼の数はこちらの方が多いな。

「ちょっと。そこの貴方」

 依頼を眺めていると周囲の冒険者たちの話し声が耳に入ってくる。

「ちょっと! そこの!」

 なんか怒ってる人いるけど、パーティ内で何かあったんだろうか。

 しかし依頼量が豊富だな。しばらく王都で活動できればある程度は生活に余裕が出来そうだ。

「ちょっと!! そこの貴方ですわよ!!」

 うるせえな、なんだよ。公共の場所で大声出しやがって。

 背後から聞こえてくる怒号に近い音声に振り向くと、どうやら声は俺へと向けられていたらしい。周りの冒険者たちが、遠巻きに俺と、声の主を眺めていた。

「えっ、俺ですか?」

 それは自分にか、周囲にか、それとも声の主に対してなのか、発した俺にもわからぬ問いかけだった。

「そうですわ!」

 俺だった。

 相対したのは、金髪で縦ロールの美少女だ。その顔に怒りを露わにして俺を睨めつけていた。

「見たところ同じ初心者! わたくしと組みませんこと?」

 嗚呼、と周囲からなんとも言えない空気が俺に向けられる。

 その中の一人が、

「あいつはある意味このギルドの問題児だから、気を付けろ」

 そう耳打ちしてくれた。その声音は呆れた空気が漏れ出している。

「……」

 見回せば掲示板前の主役は、どうやら俺と金髪縦ロールに取って代わったらしい。

 そして俺に向けられる視線には憐憫が込められているように感じた。

 なんか嫌な感じ……。

「貴方、この辺りでは見かけませんわね。わたくしに付いてきていただけませんこと?」

「お断りします」

 即答した。

「なんですって!? ティキリア家の第一息女のわたくしの誘いを断るなんて!」

 周りは「そういうとこだぞ」という空気を漂わせている。

 俺の即答は間違っていなかった。

「ティキリア……はぁ」

 家名を名乗られても、スクンサスの外を知らない俺にはいまいちピンとこない。

「なんですのその反応は! まさか貴方ティキリアの名前を知らないとでも!?」

 いや、正しくその通りだ。

「……はぁ、すいません」

 金髪縦ロールは空を仰いだ。

「信じられませんわ。貴方ご出身はどちらですの?」

「普段はスクンサスで活動しています」

 そう答えると、縦ロールは得心したように表情を和らげた。

「それならば仕方ありませんわね! とはいえティキリアの名はスクンサスでも轟いているはず……」

 すいません、俺がそういうのに興味ないだけです。

「まあいいですわ。相応しいメンバーが揃わなくて困っていたところですの」

 そういうこと言うからメンバーが集まらないというのに気づけない辺り、どこか浮世離れしている。

 そういえば家がどうのとか言っていたが、ご高名な家柄の人なのだろうか。

「あいつは侯爵家、ティキリアのご令嬢なんだ」

 またも耳打ちで教えてくれる第三者冒険者の人。

 はー、なるほどな。高飛車な物言いと言い上から目線と言い、そういうことなのか。しかも貴族? 面倒くさそうだなぁ……。

 いやそれにしてもそんな家柄の、ご息女という人が何を目的に冒険者なんてなったのだろう。と、疑問に思ったがこれ以上踏み込めば藪をつつくこととなるだろう。蛇を出す必要もあるまい。沈黙は金である。

「観光で来ただけなので、別の人を探して下さい」

「んなっ!?」

 そう言うと面食らったように縦ロールは顔色を変える。

「わたくしがこれほど頼んでいるのに断りますの!?」

 些か困惑の表情を浮かべて縦ロールは食い下がる。「どうか共に依頼を受けていただけませんか!」

「いや、俺も大して経験は積んでいませんし……」

「この際犬でも猫でも構いませんわ! ですからどうか!」

 情緒不安定なのだろうか。

 言っていることがメチャクチャで、失礼にも程がある。俺は犬とか猫とかそういう扱いなのだろうか。

 先の問題児と言う発言もあながち誇張でもないのだろう。ここまで傍若無人な態度なら、誰も協力したがらないのも頷ける。

「これを見て下さいまし! 等級指定無しでこの報酬額ですわよ! 依頼を達成できれば等級だって昇格できるかも知れませんわ!」

 突きつけられた依頼書に目を通すと、確かに報酬は悪くない数字だった。だがそれなりに危険度があると言うことだろう。精読はしない。だって受ける気なんてないのだから。

 俺のつたない冒険者生活の経験からすると、スクンサスならこの金額だとせめてあと2人、合計4人くらいが適正人数ではなかろうか。

 それでもこのお嬢様が陣頭である限り、増援は見込めないだろうし……。

「それでティキリアさんは、なんでこの依頼を?」

「ジャンヌでよろしくてよ。わたくしはジャンヌ・ド・ホルン・ティキリアと申します」

「はぁ……俺は倉田彬です」

 って自己紹介してどうする!? 実によろしくない流れに巻き込まれていっている気がする!

「クラタアキラ? 不思議な名前ですわね」

「あ、東の方の国の出身なもんで……」

「そういうことですのね。それではアキラと呼ばせて貰いますわよ。確か東国では家名が先に来て、名前があとにくるのでしたわね」

 いや、待て待て。

 この流れはもう一緒に行くのほぼ確定してんじゃん! やばい!

「なにはともあれ、依頼頑張って下さい。それじゃ」

 強引には強引で対抗だ。

「どこへ行くのです。自己紹介も済ませたのですからわたくしたちはもう仲間ですわよ」

 そんな無茶苦茶な論理ある?

 俺たちを取り巻いて状況を眺めていた他の冒険者たちは、他人事のように生温かい目で見守ってくれている。

 これは……もう逃げられないと言うことなのか?

「なんですの!? わたくしの仲間になると言うことはティキリアの庇護を受けられるも同然ですのに! 何が気に入らないのです!」

 そんなお家柄の良いお嬢様が何故冒険者なんてやっているのかとか、そしてそんな人物と誰も組みたがらないとか……その胡散臭さだぞ。

 でも見た目と態度だけは立派だよなぁ。

 見た感じ、装備も俺よりよっぽどしっかりしてるようだし。そして、いかにも「くっ、殺せ!」が似合う外見をしているところとか、まだ何も起きていないのに何故か気の毒な気分にさせてくれる……。

「そうと決まれば早く出発しますわよ!」

 お嬢様はキメ顔でそう宣言したが、

「何を勝手に決めてるんですか!」

 ついついツッコミを入れてしまう。

「勝手も何も、お互いもう知らぬ仲ではないのですから男らしく腹をくくりなさい! アキラ!」

「……はい」

 一喝され、身体が自然に反応してしまった。

 女性に強く出られると従ってしまうのは、生前に姉から受けた仕打ちによるものだ。

 「よろしい! そうと決まれば早速手続きに行って参りますわ!」

 堂々とした足取りで、そして満足げに窓口へと歩き出すジャンヌさん。

 取り残された俺は、その背を見送るだけだ。

「災難だな」

 ぽん、と耳打ちしてくれた名も知らぬ冒険者が肩に手を置いた。

 そう言われて何も返す言葉がない。

 己の習性を呪うばかりだ。

 他の冒険者たちも口々に何か言い残して、俺から気を逸らしていった。

「さあアキラ、いらっしゃい! 手続きは済みましたわ」

 ああ、この人は声がデカいんじゃなくて良く通る声をしているのだ。少し離れた窓口から、名前を呼ばれた一瞬、スクンサスでナタリーさん達と行動している時間がフラッシュバックした。

「はいはい……」

 こういう強引な人に対抗するには、それを上回る強引さで対応せねばならない。しかし年上とおぼしき女性には俺は対抗できない。心と体に、短き生涯で染み渡っているのだから。

 嗚呼、なんと情けなや!

 ジャンヌさんは俺がそんな懊悩たる思いに身を馳せているなんて知ることはないだろうし、俺も伝える気はない。

 年上の女性には年下の男では太刀打ちできないのだ。

 ジャンヌ・ド・ホルン・ティキリアと名乗ったその貴族のお嬢様は、待合所のテーブルの一つにツカツカと靴音を響かせて歩み、陣取った。

「早く来なさい、アキラ」

 なんかもう俺のポジション、従者になってない?

 それでも忌避感とか拒絶感を覚えない辺り、調教が済んでいるということなのだろう……。

 俺は黙ってジャンヌさんの元へ向かったのだった。

「さて、それではまず依頼の内容から説明しますわ」

 逆逆逆ぅー!

 普通依頼内容を説明してから一緒に組む仲間を捜すんじゃい!

 ――と心の中で思うだけで、口にはしません。

 この状況から脱するには、大人しくして、嵐が過ぎるのを待つだけである。

 俺はジャンヌさんの対面へ腰掛ける。

 するとジャンヌさんは数枚の紙を卓の上に広げた。 依頼書と、どこかの地図だった。

「依頼の内容はこちらをお読みになってくださいな」

 ス、と依頼書を差し出してくる。

「どうも」

 俺は素直に受け取り、読み始めた。

「地下霊廟の、大掃除……?」

 れいびょう……? つまり墓場だよな?

 俺の表情の変化に気付いたのか、ジャンヌさんが付け加えるように説明してくれる。

「ここ王都には、王族専用の霊廟がありますの」

「えっ? そんなところに入っていいんですか!?」

「もちろん普段は許可もなくは入れる場所ではありませんのよ。ちょうどこの時期になると霊廟内にアンデッドが発生してしまうのです」

 曲がりなりにも管理された場所でそんなことが起こるのだろうか?

「無論、霊廟には魔術的な結界が施されていますから平時には問題ないのですが、正に今のタイミングでその術式の修整が行われています。このときのわずかな時間にアンデッドが発生するのですわ」

 そうか……アンデッドは死の気配につられる。霊廟ともあればそれなりの規模だろう。発生するアンデッドも一筋縄ではいかなそうだが……。

 いやもうホント、俺たち2人だけでどうにかなるのか?

 依頼書には2人以上必須って書いてあるぞ。最低限じゃねえか。

「今回わたくしたちの依頼では最も浅い階層の巡回ですから余裕です」

 そういうフラグみたいなの立てるの止めて欲しい。

「でも期日に間に合って本当によかったですわ。感謝いたしますわ、アキラ」

 ……おおぅ。お嬢様オーラが一瞬見えた。めちゃくちゃ美少女だった。

「それで、こちらがわたくしたちが担当する階層の地図ですわね」

 美少女だったのはほんの数秒間だけ。顔つきが戻ったジャンヌさんは、依頼書と一緒に卓に置かれた地図を指さす。

 霊廟の地図には、外回りに楕円形と、その中を4分割するような十文字に道が走っており、それに加えて細々とした道が刻むように記されていた。

「これは結構な規模じゃないんですか?」

「そうですわね。歴代の王族が眠る場所ですから、アンデッド退治を込みで考えれば、最低でも二日、長くても四日は見ておきたいところです」

 結構かかるな……。

「必要なものを手早く準備して早く向かいましょう」

 あれ? 意外だな。ノープランで突っ込んでいくかと思ったのに。

「どうしまして?」

「いえ、なんでもないですよ」

 俺は無表情で返答する。

 ジャンヌさんは依頼書と地図をまとめると、早速立ち上がった。

「さあ、行きますわよ」



 ※



 必要な雑貨類は冒険者ギルド周辺の店舗で全てまかなうことが出来た。いやはや都会というのはどの世界でも利便性に溢れているのだなぁ。

 高慢ちきで非常識なお嬢様かと思ったジャンヌさんは、的確に必要なものを揃えていった。

 が、しかし問題点が一つ出てしまった。

 俺の装備である。

 必要な雑貨全てが揃った時、ジャンヌさんが俺の装備の貧相さを指摘したのだ。

 この世界に来てからこっち、しっかりした装備を用意したことがなかった。何故かと問われれば、それは偏にチート能力の恩恵のおかげだ。

 あれのおかげで、普通の剣一本と、当たり障りのない革鎧(簡易)で今日までやってこられた。だから装備に対するアンテナが非常に弱かった。

 今回のようにパーティを組んでしまうと俺の能力は使いあぐねる。何せ、正体がバレると能力がダウンするというオプション付きだからだ。

「アキラ、初めて見た時にも思いましたけど、貴方それでよく今まで生きてこられましたわね……」

 憐憫を漂わせてそう言われた。ならば何故俺に声をかけたのかという疑問を投げかけたいが、彼女も彼女で追い込まれていたのだろうな。

「いえ……。でも装備の貧弱さに捕らわれないくらいの腕前……?」

 呟くような自問自答が聞こえた。

 スクンサスでは特に指摘されたことはなかったのは、やはりそれだけ王都との依頼の難度が違うと言うことだろう。報酬額が王都の方が高めなのもあるし、武具店の多さも要因になって装備が目立つのはなおさらに違いない。

「そうですわ! わたくしこれでも武具のことには自信がありましてよ。この際一新してはいかがです?」

「そうですかねぇ……」

 今の装備にすっかり慣れきったのもあるし、チート能力のこともあるから、装備はそれほど気にならない。

「せめて武器は変えた方がいいですわ。今回相手するのはアンデッドですから、魔術効果のあるものでないと苦戦しますわよ?」

「でもそういうのって高くないんですか?」

「なんならわたくしが買い与えてもよろしいですわよ!」

「いやそれはさすがに……」

「気にしないでいいですわ! 初めてパーティを組んだ記念に――あっ」

「えっ、あっ……初めて……」

「ち、違いますわよ!? 皆さんわたくしの名を気にして気を遣ってしまって……!」

 お嬢様に悲しい過去……。まあでも確かに貴族と気軽に馴れ合えるかと言えば……あー、よくわからんなぁ。日本には表面上ではそういう身分の違いはなかったし。あ、でも皇族がいるわけだから、……その関係者と冒険に出るということか。

 それは確かに気を遣うなぁ、うん。

「苦労したんですね……」

 ぽむ、と肩に手を置いた。

「哀れむような目は向けないでくださいまし……!」

 そして置いた手を思い切りつねられてしまった。

 俺は意図的にソロプレイをしてきたが、彼女は環境的にソロ――いや、ぼっちプレイを強いられていたのだ。

「そんなことよりアキラの剣ですわ! 職人通りに行きますわよ!」

「あ、はい」

 肩を怒らせながらもどこか優雅さも感じさせる歩みは、この人が本当に高貴な身分の人なのだろうと実感させられるものだった。



 ※



「ここですわ。わたくしが懇意にしている武具屋ですわよ。ここならば目当ての武器も手に入るでしょう」

 再びの職人通り。

 ギルドからは、ジャンヌさん曰く”裏道”を使ってやってきた。こちらのほうが近道なのだという。貴族のくせに実に庶民っぽかった。

 武具屋の入り口の扉の鐘をカランラと鳴らし入店する。

「ここの主人はドワーフですから、ものは全て一級品ですわ」

 まるで自分のことのように語る。

「おや、これはティキリアのお嬢様」

 マジでお嬢様なのかー……。

 ドアベルの音で店主らしきドワーフのおじさんが奥から出てきた。

「いつもごひいきに……。お連れのかたは新しい従者ですかな?」

 まあ身につけてるものとか、諸々のことを鑑みるとそう見えても仕方ないだろう。

「違いますわよ。この者はわたくしの仲間、クラタ・アキラですわ。これから依頼に取りかかりましてよ」

 そう言うとドワーフの店主は驚いた表情を見せた。

「それは――めでたいことですなぁ! お嬢様もようやく冒険者仲間を見つけたんですな」

「そうでしてよ!」

 ピシッとポーズを決めてキメ顔でドヤるお嬢様。

「いやぁ、めでたいめでたい! それで今日は何がご入り用で?」

 うんうんと嬉しそうに頷いてそう言うと、店主は話題を本題に戻してくれた。

「これから霊廟に向かうので、それに必要な剣を見繕って下さいまし」

「霊廟に……ははぁ、もうそんな時期ですか。しかし剣と言ってもお嬢様の武器は魔術で鍛えてありますから必要ないのでは?」

「わたくしのではございませんわ。アキラのものですわ」

「ほう、お仲間の。なるほどなるほど」

 値定めするように、店主は俺を観察する。

「今使ってるのはどんなもんですかい?」

 俺はホルダーから鞘ごと剣を取ると、店主に手渡した。

「おやぁ……えぇと、これはスクンサスで?」

「え、そうです。見ただけでそこまで判るんですか?」

「いやなに、こいつを作ったのがワシの弟子でしてな」

 世の中狭いものだ。

 店主は「へぇ」とか「ほぉ」とか声に出しながら、俺の剣を見定めていた。

「悪かないけど、こりゃ普通の剣ですなぁ。アンデッド相手じゃ苦労しまさぁ」

「そうですわ。ですからそれ用の剣を一つ見繕ってあげてくださいます?」

「わかりました。それでご予算はいかほどで?」

「いつも通りで構いませんわ」

「ちょ、いつも通りって、俺そんな持ち合わせはないですよ!?」

 当たり前のように進んでいく商談に、俺は慌ててしまう。

「安心なさい。初パーティ記念ですわよ! わたくしにお任せなさい!」

 ここぞとドヤ顔で決めるお嬢様。

 え。買ってくれるってことか?

 ……多分断っても押し切ってくるだろうし。

 じゃあここは懸賞にでも当たったと思ってありがたく受け取っておこう。だって何を言っても多分無駄だし。こういうタイプのキャラクターは。

「あい、わかりました。それじゃお兄さんこちらへ」

 でも……。

 ああ、流されてる。流れているぞ、俺……。

 そうして店主の見繕ってくれた剣は、素人の俺が見ても判るほど高価そうな業物。

 装飾が華美だとか見た目の話ではなく、その物品が持つオーラというものが、ただの剣ではないと語っている。

「いいですわ。わたくしのコレクションに欲しい逸品でしてよ」

 マジかよ。

 いくらするんだよこれ!

「さすがにここまで来ると気が引けるんですけど……」

「気に病むことはありませんわ。貴方がこの剣を使うことによって冒険者として名を上げれば、それだけ多くの人々のためになると言うことですもの!」

 なるほど……俺のためだけでなくその先も見ていると言うことか。ノブレス・オブリージュとか言うんだっけ? 合ってるかはわからんのだけど。

「剣一本で貴方を含む多くの人々が救われるのならば安いものですわ」

 満足げに言う彼女の瞳に揺らぎはない。

 結局反駁する理由も意気もなかった俺は、ありがたく彼女の施しを受け入れることにした。

「持ってみますかい?」

「いいですか?」

 店主の申し出に、恐る恐る柄を握ると……。

「おお……」

 初めて握ったのに、不思議なくらいのフィット感。

 端から俺専用に作られていたかのように馴染んでいる。

「決まりですわね」

 このキメ顔である。

 結局他の剣を試すことなく1本目で決まってしまった。

 その後も俺が介入する余地はなく、ジャンヌさんと店主とで金銭のやりとりが行われて、晴れて剣は俺のものとなった。

 腰には愛用していた前の剣と、新しい剣の二本がぶら下がることに。鞘からしてものが違うので、なんだかチグハグというか。

 ちなみに防具の方も新調することを勧められたが、さすがにこれ以上恵んで貰うのも気が咎め、丁重にお断りをした。

 そうして店を後にして、目的地の霊廟までの道すがら。

「ジャンヌさん」

「はい?」

「剣、ありがとうございました」

「……アキラ、貴方には何か不思議なものを感じます。その剣で多くのことを為しなさい」

 威風堂々と、強い視線に射すくめられる。

 ……なんだよ。きちんとした貴族っぽいじゃないか。

「あ、そうだ」

 神妙になりかけた空気を掻き消すように俺の脳裏に浮かんだのは、バイクのことだった。

 今回の依頼、長くて4日間かかるという。

 バイクの受け取りは2日後。

 念のため遅れることを伝えておこう。

「ちょっと寄りたいところがあるんですが」

「構いませんわ。何か買い足すのですか?」

 簡単に説明してから、フィリッポさんの店を訪れた。

「なんですのこれは……!」

 やはりバイクを見るのは初めてか。ジャンヌさんは驚いている。

「やあ、どうしたのかな」

 店の奥からフィリッポさんが顔を見せる。

 俺は状況を説明した。

「ああ、構わないよ。あんまり遅くなるようだと困るけど、2日やら3日くらいなら全然問題ないから」

「すみません、じゃあよろしくお願いします」

「アキラ! なんです、これは!?」

 未知のものに対して、ジャンヌさんは興味津々のようだ。

「乗り物ですよ。機械で出来た馬、みたいな……」

「そんな……こんな作りで倒れませんの?」

「倒れますよ。でもなんかこうバランス取れば倒れないって言うか……動き出したら平気というか……」

 確かバイクとか自転車のバランスって、結構難しい理論だった気がするんだが……摩耶だったら説明できたかも知れないな。

「倒れるのに倒れない……? なんですの? 魔術ですの?」

「そうですね! 今の我々には魔術に近い現象ですよ!」

「どうやって乗るのです?」

 ジャンヌさんの興味は逸れない。

 目も心もバイクに釘付けである。

「ジャンヌさん、それよりも依頼のほうに……」

「む……そうですわね。この店にはまた後で来ることにしましょう。アキラにも付き合って貰いますわよ」

 そのくらいならお安いご用である。

 新規客を開拓できるならフィリッポさんにとっても良いことだろう。

 後ろ髪引かれるのか、店からしばらく離れるまで、ジャンヌさんはバイクのことで頭がいっぱいだったようだ。

「ところで霊廟の場所はどこなんですか?」

 それを切り替えるさせるように、俺は質問する。

「心配無用ですわ。わたくしが案内しましょう」

 胸に手を当ててふんぞり返るお嬢様。

「付いてきなさいアキラ」



 ※



 到着して一目で、そこが荘厳で神聖な場所だと判断できた。

 目の前の建物は元の世界で言う教会、それが近いだろうか。建物は白亜の素材でなっており、清廉な印象づけをこちらへ促しているように感じ、そして尖塔がいかにもな雰囲気を作り出している。都の外から見えた尖塔とはまた別のものだ。

「アキラ、こっちですわよ」

 しかしその白亜の建物が目的地ではないらしい。回り込むように裏手に連れて行かれ、建物と同じ素材らしいもので出来た門がぽっかりと口を開けている。

 ここで空気が隔絶されている気がした。

「待て」

 その門とこの世を遮るように、2人の人物が門の両脇に立っていた。格好からすると兵士らしくもあり、聖職者めいてもあった。

「冒険者ギルドの依頼で参りました。依頼書はこちらですわ」

 自信満々にジャンヌさんは対応する。門番2人は差し出された依頼書を念入りに隅から隅まで検めているようだった。

「確かに。ではお2人の担当は第1層となる。それ以上進まれると安全は保証しかねる。気を付けて進まれよ」

 依頼書を返して貰ったジャンヌさんはそれを仕舞うと、門番に一声かけてから、足を踏み入れた。俺もそれに続く。

 門をくぐった瞬間ひやりとした空気が首の後ろを撫でた気がした。

 少し急に感じる階段の一本道。

 壁には等間隔で青白い炎が揺らめいて、内部を照らしていた。

 白亜に青という風景は、深海を連想させられた。

「ここからですわ」

 ジャンヌさんが足を止めたその場所は、元来た道を背にして、右に1本、左に1本、正面に1本の道が続く四つ辻となっていた。

「霊廟第1層の始まりです」

 そう言いながらジャンヌさんは地図を取り出して広げている。

「今いるのがここですから、ここからぐるりと1周します。万が一もありますから十分気を付けて進みますわよ」

「わかりました」

 アンデッドと言われると先日戦ったグールの群れを真っ先に思い出す。

 あれが来たらどうしたものか……。

 さすがに武器を新調したからと言って簡単に退けられる相手ではない。ジャンヌさんの実力もまだ未知数なのだから、いざとなったら逃走か、変身しかないだろう。

「……」

 ある程度の覚悟はしておこう……。

 青白い灯りに導かれるように歩みを進める。

 聞こえるのは俺たちの足音と、時折響く悲鳴のような金切り声。

 外ではあんなに饒舌だったジャンヌさんも、今は口数が少ない。

 まさかこんな依頼を請けておいて、幽霊が苦手と言うことはあるまいな……?

「来ましたわよ!」

 シャランと、抜刀音すら響くこの静寂に、声が突きぬける。

 ジャンヌさんは前方を見据えて剣を構えている。

 間違いなく空気が冷えていくのを感じる。

 俺も手に入れたばかりの剣を抜き放った。

 壁の青白い炎に照らされて、半透明の、かろうじて人型を保った影のような揺らめきが、耳をつんざくような叫びを上げてこちらに向かってくる。

 見たことの無いタイプのモンスターだ。だが、その見た目は正しく幽霊と呼べる姿形。

 俺が敵に目を取られているうちに、ジャンヌさんはそいつの迎撃を開始していた。

「はっ!」

 ジャンヌさんの剣がその揺らめきを縦一閃に両断する。その像を揺らがしながら、モンスターは絶え間なく悲鳴を響かせる。

「あるべき場所に返りなさい!」

 像が戻りきる前に、ジャンヌさんはさらに横一閃走らせる。

 十字に身を切り開かれたモンスターは、悲鳴を伴ってその姿を雲散させていった。

「ふぅ……」

 満足げに、ジャンヌさんは剣を納める。

「慣れたもんですね」

「あたりまえですわ。これでも冒険者ですもの。それに剣術は淑女の嗜みですわよ」

 なるほど。確かに知り合いの女性陣は刃物の取り扱いに精通している人が多い。

「ジャンヌさんは冒険者歴は長いんですか?」

 そう訊ねると、

「……まだ1ヶ月です」

 新米も新米、ド新米。ちょっと恥ずかしそうに、小さい声で答えた。

 そうだよなぁ。さしたる戦歴もないのに、自信だけはたっぷりで強気な人物でもあり、身分は貴族。避けられる理由は多いわ。

「そういうアキラはどうなのです?」

 思ったことが表情に出てしまったのか、負けん気を見せたジャンヌさんが問うて来たので答えたら、

「……嘘。あんな装備で……今まで?」

 信じられないものを見る目で見られた。

「い、いえ……きっとスクンサスの依頼が……」

 ブツブツと独り言をはき続け、顔をチラチラと窺われる。

「あっ。まさか魔術師ですの!?」

「いいえ、武器は剣です」

「それではやはり相当の腕前と言うことに……!? ギルドの等級は如何ほどですの?」

「確か7等級前後だったはずですね」

「わ、わたくしと大差ないですわね……」

 確かに大差は無いだろうが、差はある。

 そんな悩みの止まらないお嬢様の背後に怪しい影が迫っていた。

 俺は買って貰ったばかりの新武器を手に、踏み出した。

 さきほどジャンヌさんが倒したアンデッドと同じタイプのようだ。霧状の、ゆらゆらとし人型を保とうとするモンスター。

 俺が動いたことでジャンヌさんも察し、素早く身を翻す。

 ただし、もう俺の方が敵に近い。

 横に真一文字に斬り付ける。

 驚くことに手応えがあった。見た目に反しその感触は、実体あるものを斬った感覚に近かった。ただし形容しがたい感触である。

 敵はその一撃で姿を消した。

「さすがですわね」

「いやぁ……」

 照れる。

「アンデッド用に特化した武器なだけあります」

「……」

 俺じゃなくてそっちか。……でも確かに使いやすいのは確かだ。

 柄の感触を噛みしめつつ、納刀した。

「アキラも等級相応の腕前はありますわね。助かりました」

 ジャンヌさんの右手は己の武器にかかっている。タイミングが悪ければ俺が斬られることになったかも知れない。

 パーティ初心者同士、チームプレイを知らない2人組だ。お互いの動きをしっかり把握しないと、自滅する可能性があるかも知れないという事実が脳裏をかすめた。お互い良い武器を使っていること、剣術の経験者であること。この2点だけでも致命傷になり得る。

「今更危険地帯で考えることではありませんわね。敵に集中しましょう」

 そう言いながら、わかりやすく表情を引き締めたジャンヌさん。

 そしてその顔を見て、この人実は美人だな、と気もそぞろになる俺であった。

 青白い灯りに照らされた霊廟内、ほぼ全方位に人の亡骸が納められていると考えると、やはり気分は複雑だった。……摩耶だったら中に入ることすら出来なさそうだ。

 ジャンヌさんが地図を持ち直す。

「左側の道から行きましょう。時計回りに一周したら、中央のこの通路、次にこの横に走る通路、最後にまた外環を走る通路を中心にして小道を回ります」

「了解です。異存ないです」

 地図上に、ガントレットで保護された指先を滑らせてこれからの行動指針を示す。

「では参りましょう。入り口からこの調子ですと骨が折れそうですわ」

「グールやゾンビは出ないんですか」

「ええ。亡骸は全て祝福処理されてますから、第1層ではそういった心配はないはずですわ」

 そら助かる。ゾンビとの戦闘経験はないが、グールのことを思い出すと気が滅入ってしまう。変身しても結構面倒だったからなぁ。

 それに比べれば先ほどの半透明のやつは随分弱かった気がする。

 あれがいわゆるゴーストやレイスといった類いだろうか。

「ただし深い層に行くにつれて、出現しやすいといった話も聞きますわね。残念ながら経験はありませんけれど」

「階層の深さで敵の種類が変わるんですか?」

 まあ確かにテレビゲームでも、ダンジョンは深みを増すにつれ、敵が強くなっていくのは普通だ。

「そこは魔術的な要素が絡んでくるので、詳細はわかりませんけれど、確か……積み重ねることによって、その要素を強めていくのだとか」

 霊廟としての要素……。

 墓としての存在の強化、か?

「既にここより下の層では他の冒険者たちが活動していますわ。理屈的には下の方が厄介な敵が出現するはずですから」

「なるほど。深い階層ほど、求められる等級が高くなっていくわけですか」

「……その通りですわ。わたくしの等級では、行けて第3階層が限界ですの。さらに言うとこの依頼、単独では請けられなくて……」

「それでパーティ組む人を探してたんですね」

 依頼書の通りだ。確か必須人数2人以上ってなってたっけ。

「そうなのです。アキラが承諾してくれて助かりましたわ」

 ほとんど強制だった気がするのだが……まあ、そこはもういいか。

「結界の修整はもう始まっていますから、あとはそれが終わるまでの内部の掃討ですわ」

 それに関しては新調した武器のおかげで苦もなくこなせそうだ。あとは想定外の出来事が起こらないことを祈ろう。

「さて、それではさっそく行きましょうか」



 ※



 まず予定通り、霊廟内を大きく一周する外環道を進む。

 途中そこかしこで何か出そうな雰囲気が漂ったが、最初に遭遇した2体から以降、エンカウントはなかった。

 敵が来ないなら来ないで楽が出来て良いのだが、何が困るかというと、設えられた青白い光を発する灯籠と地下の閉塞した空間というシチュエーションのおかげで、時間の感覚が曖昧になりやすいこと。

 定期的に時計を見て、意識的に休憩を取らないと延々と歩く羽目になりかねない。今、幾度目かの休憩を取っている最中だった。

 王族が眠る場所で、地べたに座り込んで一休みというのもどこか気の引けるものがあったが、命には替えられない。

 ……長くないながらも冒険者を続けて、俺にも命への執着みたいなものが芽生えたらしい。

 もちろんジャンヌさんが一緒にいるから、特にそういう心持ちになっているのだろうが。

「さて、そろそろ参りましょう」

 壁を背にして優雅に休憩していたお嬢様が、立ち上がる。その所作だけでもそこはかとなく品位を感じさせ、俺は不意に質問していた。

「ジャンヌさんって本当に貴族なんですか?」

「どういう意味ですの?」

 ジト目で仄かな怒りを滲ませた視線が飛んでくる。

「いえ、とても親しみやすいというか、貴族であることをそれほど武器にしてないからというか……」

 そう述べると、ジャンヌさんは懐からアクセサリーのようなものを取り出して、目の前にかざした。

「これが我が家、ティキリアの紋章ですわ」

 それはシンプルながらも、見事な意匠の、家紋らしきものを象ったペンダントのようなものだった。

 とは言え、元の世界でもこの世界でもそういったものと無縁の生活を送ってきた俺には、いまいちピンとこない。

「アキラもスクンサスからきたのであれば、ティキリア街道を使ったはずですわ」

 ティキリア街道?

「あの道は我がティキリアが出資して整備した道です」

 煌めくキメ顔でジャンヌさんが言う。

 ……変身してすっ飛んできたから、そういうの見てなかったんだよなぁ。確かに途中から石畳で舗装されていた区間に変わっていたことが記憶にはある。

「もちろん、ティキリア街道だけではありませんわよ。他にも我がティキリア家が手がけたものは数えきれませんわ」

 そう誇らしげに言い、取り出したエンブレムに目を落とすと、愛おしげに手のひらで包み込んだ。

 この人が自分の「家」に愛着や誇りを持っているのはわかった。

 一般的な家庭に生まれ育った俺には皆目見当も付かない慕情ではある。

「アキラも何か困ったことがあれば話してくだされば、こうして同じパーティで行動した仲間ですから、ティキリア家は出来ることはいたしますわ」

「ありがとうございます」

 話半分に受け取っておこう。貴族なら人一人助けることなど難しいことではないだろうが、いち個人の悩みをいちいち解決していたらキリがないからな。

 背筋に嫌な感覚が走る。

 俺は抜刀して振り返るが、なんの影も見えなかった。

「敵ですの?」

 俺の様子を見て、ジャンヌさんも身構える。

「……!」

 目前――怨嗟とも取れる不快なうめき声を上げて、半透明のモンスターが天井から姿を現した。

 あまりに近くに現れて、俺はモンスターの貌を直視してしまい、動きを止めてしまった。

 こういう奴らは果たしてどんな経緯で、人に害なす存在となったのだろうか。

「アキラ!」

 グイ、と右肩が引っ張られ、モンスターとの距離が開く。バランスを崩して、倒れそうになる。すると顔のすぐ横を、鋭く銀色に光る刃が通り過ぎる。

 切っ先は目標違わず、モンスターの顔面へと突き刺さっていった。

 俺は引っ張られた勢いそのまま、尻餅をついてしまう。なんだか頭に靄がかかっている。

「危なかったですわね」

 モンスターが霧散したのを見届けて、ジャンヌさんが俺を見る。

「……」

 状況はわかるのだが言葉が出ない。思ったように身体を動かせないというか……。

「あの距離まで近づかれると、生気を奪われてしまいます。ですが、さっきのはほんの一瞬でしたからすぐに回復すると思いますわ」

 俺の目を覗き込むようにして、ジャンヌさんは言った。

 確かに気力というか体力というか、一瞬、身体全体から根こそぎ引っ張られる感覚があった。一人だったらあのまま……。

 身震いする。

 そうして息苦しさに、大きく息を吐いた。呼吸をするのも忘れていた。

「大丈夫ですの?」

 また顔を覗き込まれる。その顔は冒険者には似合わない美貌を湛えていた。

 奪われかけた生気が即座に回復する。

「だ、大丈夫です」

 慌てて立ち上がる。

「問題無さそうですわね。では参りましょう」

 俺は剣をしまって、ジャンヌさんの後に続いた。

 先ほどの件もあったので背後が気になって仕方ない。

 ジャンヌさんと適度な距離を保ち、霊廟内を進む。途中何度か敵と遭遇したが、適宜対応した。

 敵の出現頻度は多くもなく少なくもない、と言ったところだろうか。アンデッド特化武器を手に入れたおかげで、苦もなく進める。

「中間地点ですわね」

 月並みな表現かも知れないが、冥府への入り口に見えたそれは、下階層へと続く階段だった。

 青白い光は灯っているものの、それが殊更雰囲気を醸し出している。

「どうします、アキラ。いったんここで休憩しましょうか」

 ここまで、同じ景色と同じモンスター、似たような状況を繰り返し、休憩もまちまちだったため、やや集中力が欠けてきている。ジャンヌさんの提案に乗ることにした。

「アンデッドの相手は疲れますわね」

「そうですね。この剣がなかったらと考えると、ちょっと気が滅入ります」

「それに関してはやはり貴方が持つに相応しかった、ということですわ」

「ご期待に添えるように頑張りますよ」

 雑魚ばかりの相手で良かった。

 壁にもたれかかって座り込む。そうすると足に疲れを感じた。

 時計を取り出してみると、霊廟に入ってから3時間ほどが経過していた。こまめに時間を確認してたが、意外と時間が経っている。

 思えば、歩いて戦っての3時間だ。疲れるのも当然だろう。

 ジャンヌさんも同じように壁により掛かって、座り込んでいた。

「魔術儀式が完了するのが明日の正午の予定ですから、それまでの辛抱ですわね」

「これは深層担当はかなり骨が折れますね」

「そうですわ。凶悪なモンスターも出ますし、聞くところによれば、深い層に行くほど広さも増しているという話ですし。気を抜けば自分達がアンデッドになる危険性だってありますわ」

「それなら等級指定されるのもしょうがないですね」

「等級指定に関してはそれだけが理由ではないのですけれどね。王家の墓ですから、良くない考えを起こすものだって出てきますわ」

「良くない考えとは」

「端的に言えば、墓荒らしですわ」

 あー。王族の墓だ。どれだけかはわからぬが、さぞ貴重な装飾具と一緒に埋葬されているかは想像に難くない。

 等級が高いと言うことは、それだけ冒険者ギルドでの実績を積んできたと言うこと。つまりそれだけ長く冒険者ギルドに関わっている、それだけ身元がはっきりとしている。

 それなら墓荒らしが発覚しても、犯人捜しはそれほど苦労しない。

「でもそんな心配するくらいなら、騎士団か何かに投げれば良いのでは?」

「もちろん城の兵も動いてますわよ。冒険者を立ち入らせない深層が彼らの担当です」

「この霊廟どのくらい深いんですか?」

「それは秘匿事項で、誰もわかりませんわ」

 なんともダンジョンらしいダンジョンが意外なところにあったものだ。

 言うなれば、クリア後のエクストラダンジョン。

 ラスボスを倒して進入を許可される系のそれっぽさ。

「実に冒険者心を刺激しますわね」

 子供のような無邪気な笑顔。好奇心と興味ですっかり染まっている。

「そんなに気になるなら騎士にでもなる方が早いんじゃないですか?」

「いいえ。まずは冒険者です。わたくしの宿敵が冒険者として名を挙げているようなので、それに勝たねばなりません」

「家のかたがよく許してくれましたね……」

 貴族が冒険者なんて危険な道楽に身をやつす必要なんてないのに。

「父も母もわたくしの性格をよく理解しています。それに理由を話したら快く送り出してくれました」

 宿敵のことか? ティキリアのお家はちょっと愉快な一族なのかも知れない。

「そうですわ。休むならこれを使ってみましょう」

 ジャンヌさんが荷物を漁りだし取り出したのは、こぶし大ほどの三角錐の物体だった。

「これはアンデッドの嫌う植物の成分を練り込んであるお香です。これを焚けばアンデッドは寄ってこないらしいのです」

 そう言って自分の前に置いて火を用意する。

 三角錐の頂点に火が移ると、辺りにはミントに似た清涼な香りが漂い始めた。

「思ったより悪くありませんわね。もっとひどい匂いなのかと覚悟しておりましたのに」

「俺もちょっと身構えました」

 見た目が象の糞にしか見えなかったからだ。

 しかしこの匂いは休憩するにはちょうどいい。アロマセラピーみたいなもんだ。

「しかしあれですね。こういうのがあるなら儀式中はずっとお香を焚いておくとかすればいいのでは?」

「そんなうまい話はありませんのよ。霊廟から追い出されたら、アンデッドはどこに向かうと思いまして?」

「霊廟の外……街ですか」

「そういうことですわ」

 それから約1時間ほど休憩をして、また歩き始めた。



 ※



「随分静かになりましたわね……」

 小休憩から終えてほどなく。

 1時間ほど歩いたところで、ジャンヌさんが呟いた。

 休憩前に比べると、出現するアンデッドの数が少なくなった気がする。

 これはこれで楽でいいのだが、何かの前触れではないのかと気をもんでしまう。

 さっきのお香の匂いをまき散らしながら……しながら……。

 しながら……。

「ジャンヌさん、もしかして……お香の効果でモンスターが寄ってこないんじゃないですか?」

「あっ」

 スンスンと自分の腕を鼻に寄せて匂いを嗅いでいる。

 原因判明。

 休憩中にお香の匂いが身に染み付いてしまったらしい。

「いえ、でも道具屋の店主も進めてきたんですのよ? 何も問題ないと思うじゃありませんか!」

「落ち着いてください。別に責めてるわけじゃありませんから」

「どうしましょう……。これ、依頼失敗ですの?」

「いやあ、このくらいなら大して影響は出ないと思いますよ。あのお香だって、使用者に匂いを付けるのがメインじゃなくて、匂いを発生させるのが主効果のはずです。もう少し時間が経てば、身体に付いた匂いは消えますよ、恐らく」

 蚊取り線香みたいなもんだろ。

 心配そうなジャンヌさんを宥める。

「それと、このくらいじゃ依頼失敗にはなりませんから安心して下さい」

「そうですの? それなら良かったですわ……」

「どうしてそんなにこの依頼に入れ込んでいるんですか?」

「報償が美味しいからですわ! 報酬もですが、等級値も十分見込めますし、ついでに霊廟の内部も見学できますもの。こんな面白い依頼、見過ごせませんわよ」

 半分遠足気分かぁ。俺も最初のうちはそんな感じだったっけ。チート能力があるので、なおさらそんな気分が強かったことを思い出す。

「まあとにかく進みましょう」

「そうですわね。アキラの言うとおり、時間が経てば効果も切れるでしょうから、気にしないで行きましょうか」

 しばらくエンカウント無しって考えればいい。儲けものだ、って考えてたら目前から、もはや見慣れたモンスターが現れた。

 アンデッドは俺たち目がけてやってくる。お香の効力が弱まったのだろう。

「ほらね、来ましたよ」

「心配無用でしたわね!」

 勇んで飛びかかっていくジャンヌさん。敵に攻撃させる隙も与えず、切り裂いた。

 残るのは断末魔。

「今のは……」

 霧散した影を前に、ジャンヌさんの表情が険しくなる。

「どうしました? 怪我ですか?」

「……違いますわ。それは平気なのですが、今のアンデッド、先ほどまで戦っていた相手と少し違った気がしまして」

 言われてみると他のに比べて、本体が少し濃く見えていた気がする。

 でもこの青白く薄暗い場所では、見間違いというか、そういう風に見えることもあってもおかしくない。

「ただのゴーストにしては気配が強かったのです」

 パチン、と納刀して周囲を警戒している。

 気配の強いゴースト……?

「アキラ、今回の依頼ですが、もしかしたら少々手間取るかも知れませんわ。儀式が終わるまで気を入れて臨みましょう」

「わかりました。いざとなったら一旦引き返すことも考えておきましょう」

 お互いの提案に頷き合いながら、再び進み始めた。

 行程として、順調にいけば、単純計算であと2時間ほどでこのフロアを1周することになる。正直、ここまで広いとは思ってなかった。

 少し歩くと三叉路に辿り着いた。

 これを右に行けば、フロアを横に走る通路に入る。

 そしてこれで、ざっくりと見積もって外環を4分の3ほど歩いたことになるだろう。

 本当に広いな。王族だからって、墓場まで広くする必要あるか? 元の世界で言えばピラミッドや古墳が同じものに当たるわけだが、この霊廟はちょっと格が違う。数時間かけてようやく1周できる広さのフロアが、この下にいくつも作られているのだろうから。

 入り口は人間サイズだったが、内部の天井の高さは、墓としてみると開放感を覚えさせるくらい高かった。

 高貴な身分の人の考えることは理解しがたい。

 などと考え事をしながら歩いていると、半透明の霧状の魔物が現れた。

 まっすぐにこちら目がけてやってくる。

 2人揃って抜刀する。

「わたくしに任せて下さい」

 と、こちらが返事をする前にジャンヌさんは駆け出してしまう。

 ここまでの道中での戦いを見るに、彼女一人で十分だろう。俺は背後の警戒に気を割くことにした。

「はっ!」

 ジャンヌさんの鋭い掛け声が響く。

 続いて、

「アキラ! 2体目ですわ! 頼みます!」

 おっと。背中を向けていたから気がつかなかった。 振り返り敵を探す。

 ジャンヌさんが戦っている奥、そこにもう1体が出現していた。ゆらゆらと揺蕩うようにこちらに向かってくる。

 俺は駆け出してジャンヌさんのほうに向かわぬよう、間に立ち阻む。

 するともう1体は素直に俺に矛先を向けてきた。

「……?」

 明らかに違う。その亡霊の両手は鎌のようになっており、その形状は明確な殺意を発露している。

 それに気を取られ、初手を相手に取られてしまった。

 右腕の鎌の一撃を剣で受け、弾く。

 その感触はまるで金属同士のぶつかり合いのようだった。

 やはり今まで遭遇した敵とは何かが違う。ここまで露骨な害意は無かった。

 幸い、相手の動きは鈍く、次の攻撃合間を縫って、俺は一太刀浴びせることに成功した。本体を袈裟懸けに斬り付けた。

 甲高い悲鳴が轟く。

 左の鎌が振り下ろされたが、精度はそれほどでもない。

 受け止めて外側に払い、本体をがら空きにさせる。

 こちらの2撃目。強く踏み込むと同時に、剣を下から上へ走らせる。

 確かな感触があった。

 聞きようによっては虫の鳴き声、あるいは金属同士を擦り合わせたかのような、そんな音を断末魔にして、霧散した。

「アキラ!」

 振り返るとジャンヌさんが駆け寄ってきた。

「どうやら何かが起きているようですわ。今アキラが倒したのはただのゴーストでは無く、死霊ですわ」

「死霊?」

 そう聞いてピンと不意に浮かんだ単語は「はらわた」だった。あとはネクロマンサーとかそんなところ。

「ええ。死霊はただの霊よりタチが悪いんですの。生者に対して強い執着を見せ、積極的にあちら側に引きずり込もうとします。場合によっては取り憑かれる恐れもありますわ」

 なるほど、両手の鎌はそれの表れだったと言うことか。

「第1層で死霊が出たという話は聞いたことがありませんわ。もしかしたら儀式が上手くいってないのかもしません」

「……これからはあんまり気を抜けないってことですか……気を付けて進みましょう」

 幸いなことに、出口まではそう遠くはない。死ぬ気になれば走り抜けることも出来るだろう。それに変身だってある。よほど変則的な出来事さえ起きなければ誰も傷つきはしまい。

 ベストな選択肢としては、今もうすぐにでも変身してしまうことだが、まだ正体バレするには早すぎる。

 変身ヒーローを標榜するには少々セコい心構えだ……。元がチート能力だと考えれば、多少のパラメータ下降はそれほど気にしなくても良さそうだが……。

 いっそ気絶でもさせて……いやいや、古今東西そんなヒーローいるか? あり方としては無しではないが……。

「アキラ、また来ましたわよ!」

 今度は武器は携えていないが、大きく濃厚な気配を発する個体が襲ってきた。



 ※



 約5時間。

 死霊と遭遇し始めてから、出口前の通路まで辿り着くのにかかった時間だ。

 あれから、倒しては現れ倒しては現れ、次々に多種多様な死霊が襲ってきて、俺たちは足を止められる羽目になった。

 幸いなことに個々の死霊自体がそれほど強くなく、こちらの装備も(武器だけは)整っていたため、ダメージはほぼない。

 ただただ疲労だけが溜まっていた。

「なんですの……いったい」

 入り口前の通路で、例のお香を焚いて、俺たちは休んでいた。場所が場所だけに時間感覚が多少麻痺しているため、時計を見る。

 外はもう夜になっているだろう時刻だ。

 2人で話し合った結果、少し早いが今日はここで眠ってからまた明日に、残った場所を回ることにした。

 今はジャンヌさんが用意した保存食を夕飯として食べていた。干し肉だが、スクンサスで手に入るものと味が違う。

「何かこう、食事をすると人心地がつきますね……」

 と言っても2人ともヘロヘロである。

「そうですわね。ただの干し肉がこんなに味わい深いものだなんて、初めて感じました……」

 今夜はよく眠れそうだが、多分寝たら死ぬ気がする。そのため交代で睡眠を取ることにした。先にジャンヌさん、次に俺。

 最後のラッシュが効いたのか、食事を終えるとジャンヌさんはすぐに寝てしまった。

 正直意外だった。

 貴族のご令嬢の割に雑魚寝に対して拒絶感は無いらしい。自分の荷物を枕代わりにし、外套で身体を包むようにしてすっかり寝入っている。

「……」

 睡眠は1回3時間を2回ずつ。

 ダンジョン内で寝るというのは正直気が抜けたものでは無い。まして襲ってくる相手がアンデッドとなると昼も夜も関係ない。

 アンデッドを近づかせないお香も焚いているが、何故か死霊化し、強力になった個体が出現するようになった今、過信は出来ない。

「……」

 襲撃に備えて、寝入ったジャンヌさんのすぐ横に腰を下ろしている俺は、静かな寝息に聞き耳を立てていた――というより、他に音がないので自然とそちらに意識が持って行かれてしまう。

 その寝顔は、昼間の勇ましさはすっかりなりを潜めていて、整った目鼻立ちがよくわかる。寝ている女性の顔をまじまじと見るのは失礼だとわかってるのだが、他にやることが無く、ついつい視線が誘導されてしまう。

 元の世界だったら、姉に「見てんじゃねえよ」と喝破されるところだ。

 ……いや、咎める人がいないからやって良いということにはならないが。

 これをあと1セットこなさなければならないわけだから……ああ、疲れるなぁ。



 ※



「雑魚寝というのは身体に良くないのですね……」

 身体をさすりながらジャンヌさんが、なんとも言いがたい表情で呟いた。

 お互い睡眠2セット目が終了して、さあ今日の活動を始めようという状況である。

 ちなみに俺も同じ感想だ。今回は特に石造りの地面に伏していたから、なおさら身体へのフィードバックが大きいのだろう。

「やっぱり寝袋は必要でしたね」

 実はこの依頼に挑む前、道具屋で必要なものを揃えている最中に、寝袋の要否で意見の交換があったのだが、訪れる先が屋内ということで寝袋は不要という意見にまとまった。そのため今回は地面に直に雑魚寝ということになったわけだった。

「そうですわね。寝袋だけは忘れてはなりませんね……」

 自分のところのお嬢が、直に地面に横になって眠ったなんて知ったら、家中大騒ぎになりそうだ。

「お香も保ちましたね」

「これは店主の言ったとおりでしたわね。一晩くらいなら保つという話でしたもの」

 俺たちを中心に、周辺にはアンデッド除けのお香の匂いが立ちこめている。死霊にも効果があったのか、休んでる最中に襲撃は無かった。

 そうこうしているうちにお香は燃え尽きて、最後に太く短い煙を吐き出した。

 俺たちは身支度を整えると、地図で今日の行程を確認する。

「今日は階層を縦断しているこの縦の道と、横断している横の道をあたりますわ。もしかしたら途中で儀式が完了するかも知れません」

「儀式が完了したらアンデッドは全滅するんですか?」

「そう聞いてますわ。目的は儀式完了までの間のアンデッドの足止めですし」

 ……言い方を変えればアンデッドを引きつけるってことになる。

「ジャンヌさん、アンデッドってやっぱり生きてるものに近づいて来やすかったりするんですか?」

「そうですわね。生命力に惹かれやすいという研究結果もあるようですわよ」

 やっぱり。

 冒険者なら、生命力に溢れる人がたくさんいるだろう。それにモンスター退治に繋がるなら、実に良い配置になる。

「さあ、アキラ! もう少しの辛抱ですわよ! 出発ですわ!」

 自分に活を入れるように言い放つと、ビシッと向かう方を指さす。

 儀式は今日の正午頃に完了する予定だという。

 それまで凌ぎ切れれば、依頼は完了だ。

 俺たちは揃って歩き出した。

「思ったんですけど、地図の小道まで見に行く必要ありますか?」

「ありませんわね。でもたまにあるそうですわよ、他の冒険者の亡骸が。それを回収するのも役目に依頼の範疇です。けれど絶対ではありませんけれど」

 墓地で死体回収か。あんまりやりたい仕事ではないな。

 まだたった数歩歩いたところで、前方から嫌な気配が漂ってきているのに気付いた。

「来てますわね」

 ジャンヌさんが抜刀する。

「はい」

 続いて俺も武器を取る。

 甲高い音を鳴らして、その死霊は迫ってくる。今までと違い大きさも増しており、見た目も少々グロテスクに変化している。

「どうやらまた何かあったらしいですわね。死霊化がさらに進んでいますわ」

 多少手こずるかも知れないアンデッド。

 ふよふよと宙空を漂いながら、こちらへまっすぐ向かってくる。

「いきますわよ、アキラ」

「はい」

 数刻前の、怒濤のエンカウントのおかげで、俺たちはパーティプレイ、連携しての戦い方が少し身についた。

 先鋒は血気盛んなジャンヌさん。

 俺は彼女をフォローできるように状況を見ながら立ち回る。

 ジャンヌさんの一太刀。外すこと無く、見事相手の身体を捉える。

 そして次に反撃に備えて俺が前に出、敵の攻撃を弾き隙を作る。

「ジャンヌさん!」

「ええ!」

 敵の頭頂部から縦一閃。

 断末魔が響き死霊は霧散した。

 難なく撃破したが死霊は確かに力を増していた。相手取ることが出来ているのは、俺たちの武器が専用のものであるからだ。

 俺の貧弱な防具では一撃でも食らったらひとたまりも無いだろう。ジャンヌさんの防具は恐らく、あのドワーフが鍛えた特別製だ。ある程度は持ちこたえられるはず。

 その後も2体、同じような死霊を退けて、縦に走る一本道を踏破することが出来た。目前に下層に続く階段を前にして一息つく。やはり外環を回るより距離は短い。

「アキラ、この後のルートはどうしましょう」

 一筆書きが出来ればそれはそれで楽だったのだが、そううまい話は無い。

「今来た道を戻って横道を片方ずつ回っていきますか?」

「そうですわね……外廻りだと時間がかかってしまいますからそうしましょう」

 同じ道を通ることになるが、直線の最短距離で無駄を減らしていこう。

 10分ほど休憩して来た道を戻る。

 分岐点に近づいたとき、背筋を冷たいものが走った。

「気付きましたか?」

「ええ。これまでと比べものにならない気配ですわ」

 それは近づいてくること無く、そこにいるだけ。俺たちが慎重に歩を進めるごとに気配が強まっている。

 まるで待ち構えているかのように……。

 そうして辿り着いた場所は、縦断する道と横断する道、階層を十字に走る通路の中央にそいつはいた。

 異質。

 今までと違い実体を伴っているかのような存在感。その見た目は幽鬼の騎士。右手には剣が握られており、それは構えること無くだらりとぶら下がっている。すぐさま襲ってくる様子は見られなかったが、こちらを見逃す気は無さそうだった。

 さらに今までの死霊と違い、全身が靄で象られている。完全に見据えられているのがひしひしと感じ取れる。

「ジャンヌさん、危険な気がします」

「ただ事ではありませんわね」

 俺たちが危機を察知し足を止めた途端、その死霊騎士は剣を構えて駆けてくる!

 抜刀して迎え撃つ。

「出ます!」

 声をかけて、俺は騎士の初太刀を受け止める。

 鍔迫り合いになり、冑の奥に見える狂気に満ちた両目と視線が重なると、ぐら、と身体が傾ぐ。膝の力が抜けていき、押し込まれそうになる。

「アキラ!」

 鋭い声が走り、俺の頭上に影が落ちた。

 直後騎士が大きく後ずさる。

 その間に立ったのはジャンヌさんだった。彼女は見事な跳び蹴りを騎士に食らわせていた。

「迂闊ですわ! 相手は死霊、近づけば生気を奪われますのよ」

 そうだ。忘れていた。

 力の抜けた両足に活を入れて立ち上がると、ジャンヌさんの隣に立ち、剣を構える。

「死霊の割に剣筋がしっかりしてますわ。おそらく生前剣に覚えのあったものが死霊化したのでしょう。生者相手ならともかく、死霊相手に正攻法をとる義理はありません。前後で挟み撃ちにしましょう」

「了解!」

「では後ろは任せますわ!」

「えっ!? 普通反対――」

 俺の反論も聞かず、ジャンヌさんは駆け出していた。

 そしてジャンヌさんが死霊と斬り結び始めた隙に、背後に回る。後ろから見てもやはり、その様相は鎧を纏った騎士そのもの。

 ジャンヌさんは見事に戦い抜いている。適度な距離を保ち生気の簒奪から逃れ、そして隙を突き自ら斬り込み着実にダメージを与える。先ほどの俺のように攻撃を受け止めることはしなかった。

 背後は隙だらけだ。

 俺はジャンヌさんが攻撃をいなした瞬間を狙って、攻撃を加えていった。

 ジャンヌさんの攻撃。

 俺の攻撃。

 敵は2倍のダメージを常に負っている。

「はっ!」

 剣で攻撃をそらして空振りさせ、返し刀で一撃を打ち込む。ジャンヌさんの動きには無駄が少ない。

「……」

 しかしどういうことだろう。これだけ攻撃を食らわせたのに倒れる気配が全然無い。

 他の死霊ならとっくに成仏しているはず。

 耐久力が高すぎる。

 ジャンヌさんの作った隙を突いて、これでもかと力を込めて斬り付ける。

 ダメージが通っていないわけではいないようだが、相手は怯みもしない。

 その時だった。

 ジャンヌさんがそらした剣先を地面にぶつけ、振り抜いたままの姿勢で、死霊騎士が動きを止めた。

「好機!」

 ジャンヌさんがとどめの一撃をたたき込む――が。

 振り下ろされた幽鬼の剣がその一撃をはじき返す。

 渾身の一撃を返されてジャンヌさんが後ずさる。

 直後。

「……!」

「きゃあっ!?」

 けたたましい異音を発して死霊騎士がその身体を変貌させていく。

 身体を構築している霧状の物体が薄まり……。

 気付けば俺も騎士と相対していたのだ。

 一つの下半身に、前後一対の上半身。

 2対1というアドバンテージが減少してしまった。

 しかも一対の上半身の可動域はかなり広いようで、たまに前後両方で俺とジャンヌさんを交互に観察しているようだった。

 あの可動域なら、攻撃を流されてももう一方の身体でカバー可能だろう。

 先ほどまでの戦い方では上手くいかなそうだが……。

「……」

「……」

 2つの上半身に1つの下半身。下半身の主導権は両方が持っているようで、俺とジャンヌさんの間を行ったり来たりしている。

「少し驚かされましたけど、見かけ倒しですわね。アキラ! 同時に攻めましょう!」

「わかりました! 行きます!」

 ボスキャラっぽい敵の第2形態なので少々身構えたが、身体の統制が取れないなら何ら問題は無いだろう。

 今度は俺からだ!

 構えて距離を詰める。

 俺から見て前向きの上半身が俺に向かって剣を振るうが、間合いの大外。

 目の前を流れていく剣先を見送ってから踏み込んだ。

 カキン、と金属のぶつかり合う音がする。反対側でジャンヌさんが戦っている。半透明の靄の向こうに金髪縦ロールが優雅に舞っていた。

 死霊騎士の首元を狙って剣を走らせる。剣は淀みなく首元を通過する。

 強力な死霊だけあって、その感触は生きている動物を斬り付けた感触に似ていた。

 ただし死霊だけあって、これは致命傷になり得ない。剣の通過した部分の靄が少し薄くなりはしたが、数秒も待たずに靄が元に戻る。

 しかしノーダメージでは無いだろう。

 喉元を切り裂いた瞬間、悲鳴のような音を漏らしていた。

 このまま攻めきれば勝てそうだ。

 死霊騎士が空振った剣をそのまま戻してくる。飛びすさって間合いを取る。

 受け止めてしまうと精気を奪われかねない。

 大ぶりの一撃が目の前の空を裂く。力任せだったようで、バランスを崩して隙を作っていた。

 その好機を逃さず攻撃を繰り出したのはジャンヌさんだ。正確な突きを深く繰り出し、前後の上半身とも貫いてみせると、攻撃の手を止めずにそのまま払い斬りまで食らわせる。

 死霊の性質だからこそ出来た攻撃だろう。人体や実体を伴った相手では、女性の膂力で今の攻撃を為させるには難しいはず。

 ぱっくりと靄が切り払われる。

 その一撃で死霊は耳障りな悲鳴を上げると、動きを止めた。

「何か来ますわ! アキラ、気を付けて下さい!」

 死霊を形作っている靄の密度がだんだんと薄れていくのに、気配は強いままだ。

 セオリーと与えたダメージを鑑みると、また形態変化かも知れない。

「……」

 俺は空気を読まずトドメを刺しに行った。

 上段に大きく振りかぶって剣を振り下ろす。前後の上半身と、下半身までまとめて切り伏せる。

 断末魔を轟かせて、今度こそ死霊騎士が存在感を薄めていく。

 すると同時に周囲の風景に変化があった。

 青白かった灯りが、一斉に強い赤色に変わったのだ。

「これは……!」

 ジャンヌさんが周囲の変化に反応する。

 同時に死霊騎士は悲鳴をさらに強くし、その気配をどんどん弱めていく。

 薄くなっていく姿に戦闘が終わったことを確信する。

 しかし油断はならない。死霊騎士の姿が完全に消えるまで、俺たちは念のため剣を構えたまま成り行きを見守る。

「アキラ! 儀式が完了したようですわ!」

 儀式……この霊廟を清浄に保つ魔術結界。

「――! ――!」

 形容しがたい甲高い悲鳴を残して、死霊騎士は消え去った。

 最後の一撃が効いたのか、儀式の効果かはわからないが、消えゆく死霊騎士を見て、お約束破りとちょうどかぶって良かったな、と思った。

 曲がりなりにも変身ヒーローとして活動しようという男が、敵とは言え、形態変化中を狙ってトドメを刺しに行くとは、何がヒーローだという話になってしまう。そもそも自分があんな行動を取るとは思ってもいなかったわけだが……。実際どうだったかはもはや判りはしないものの、若干の後ろめたさを覚えている。

 やがて悲鳴は消えて、死霊騎士の靄が完全に消えて、俺たちは依頼の遂行を確信した。

 霊廟内の空気が先ほどまでと一変していた。

 陰鬱としていた見た目もそうだが、どことなく重苦しかった空気はなりを潜め、清浄な空気が辺りを満たし始めていた。

「第1層に見合わない強敵でしたわね」

「面倒なやつでしたねぇ」

「ギルド側の話でも、下級のアンデッドくらいしか出ないと言うことでしたけれど、さっきのはそうとも思えませんでしたわ。幸い凌ぎ切れましたけど、もう少し戦闘が長引いていたら、どうなっていたことやら」

 安心したようにジャンヌさんが一息ついて剣を納めた。パチン、と剣が鞘に収まる音が聞こえる。

 俺もそれに倣って納刀した。

「これで依頼も終了ですわ。帰りましょうか」

 達成感を漂わせた表情のジャンヌさん。

「帰り道はどっちでしたっけ」

「こっちですわ」

 霊廟の外と変わらない明るさを湛え始めた内部は、もはやアンデッドがいたという痕跡さえ薄めている。

 王族の墓に相応しい静謐さと清廉さを醸していた。

 先ほどまでの陰鬱そうな空気が嘘のようだ。魔術の結界とはそれほど強力なのだろう。

 出口に向かって歩き出した俺たちは、もちろん途中アンデッドの襲撃にも遭わず平和な帰り道に心をなで下ろしていた。

 途中から出現頻度を増していたアンデッド、そして最後の死霊騎士。場合によっては変身能力を使わなければいけない可能性もあったが、そうはならなかったのはそれだけ危険に曝されなかったということなので、良しとしよう。

 1時間ほどで、出口の階段に辿り着いた。

「思ったより内部を見て回れませんでしたわね。自由に回れるのはこういうことでもない限り、機会はありませんし、少し残念ですわ」

「やっぱり途中でアンデッドが強くなったのが痛かったですね」

「まあ今回は運が悪かったと言うことですね。来年の楽しみとしてとっておきましょう」

 観光気分とは、貴族のお嬢様は器が違う。

「さあ、ギルドに行って手続きを済ませましょう」



 ※



 正味丸1日ちょっとくらいのダンジョン徘徊だった。

 まっすぐ冒険者ギルドに戻った俺たちは、さっさと完了手続きを済ませると報酬の分配に移ったのだが、ここで一悶着あった。

 ジャンヌさんはフィフティフィフティを主張。

 俺は新しい剣を買って貰ったこともあって、報酬の全てをジャンヌさんが受け取ることを主張。

 両者ともに譲ることなく30分ほど揉めた結果、「年長者の言うことは聞いておくものですわ」という主張があったので、ここで初めて年齢を尋ねると、ジャンヌさんが2つほど年上だということが判明した。

「いや、でも剣のこともありますし……!」

「それはそれ、これはこれですわ」

 冒険者ギルドでのジャンヌさんの存在感もあり、俺たちの言い合いは少々目立つものになってしまった。

 お互い強い口調は全くなかったものの、チラチラと見られているような視線を感じた俺は不承不承、ジャンヌさんの提案を受け入れた。

 これ以上続けるとジャンヌさんの評判がまた面倒なことになりそうだったからだ。

 きっちり報酬半分を渡されて、貴族のお嬢様との冒険は幕を下ろした。

「ところでアキラはこの後どうしますの?」

 時差ぼけでは無いが時間の変化がわかりにくい場所にいたことで、ちょっと体内時計が狂っている気がしたので、宿屋に直行することを伝えた。

「でしたらもうちょっと付き合って欲しいのですけれど、よろしくて?」

 ジャンヌさんの目が好奇心に満ち満ちているのがわかった。

 少し眠気を感じる程度だけだったので、俺はジャンヌさんに付き合うことにした。

「どこに行くんですか?」

 ギルドを後にしてまず、俺はジャンヌさんに訊ねた。

「あれですわ。あの、なんて言いましたか……鉄の馬ですわ!」

「ああ、バイクですね」

 フィリッポさんのお店か。

「あんなもの見たことありませんもの。可能ならば乗ってみたいですし」

 ワクワクが隠し切れていない。

「試乗できるみたいですよ。俺も乗せて貰いましたから」

「本当ですの!? 早く行きましょうアキラ!」

 霊廟探索から戻ったばかりだというのに、驚くべきバイタリティだ。エネルギーが横溢しているのがありありとわかるくらいだ。

 職人通りには例の近道を通って向かう。しかしこんな裏道を貴族のお嬢様が通るというのも違和感があるし、安全面の問題もどうかと思う。

 とはいえ、ジャンヌさんの実力は霊廟で見たとおりだ。生半可な相手では返り討ちだろうな。

 と考えているうちに裏道から職人通りに出た。

「お店はどこでした?」

「こっちです」

 今度は俺が案内する番だ。

 通りに関しては大して詳しくも無いが、店先を見ればすぐにわかる。

 バイクなんて言う、この世界で珍しいものを展示している店など2つと無いだろう。

 やがてバイクショップの前に到着すると、ジャンヌさんのテンションがブチ上がった。

「すごいですわぁ! 何故この形状で倒れずに動くのでしょうか!」

 形で驚くということは、この世界には自転車も無いのだろうか。

「ジャンヌさん、自転車って知ってますか」

「ジテンシャ? なんですの、それは」

 お。やっぱり無いのかも知れない。となるとこれは商機なのかも知れないぞ。オートバイも作れるフィリッポさんの能力なら、自転車くらいなら造作無いだろう。あとで話してみよう。

 なんてことを考えているうちに、ジャンヌさんは足早に店内に駆け込んでいった。

「いらっしゃい」

 俺もそれに続くと、奥からフィリッポさんがやって来た。

「やあ。バイクは明日だけど、見に来たの?」

「ああ、いえ。こちらの方がバイクに興味を持ったらしくて……」

 店主を無視してバイクに夢中な貴族のご令嬢。

「あれ、こっちの人?」

「そうです」

 俺とフィリッポさんは小声で会話を交わす。

「あと貴族らしいです」

 その追加情報を伝えると、フィリッポさんが驚いたように目を剥いた。

 そして慌てたようにジャンヌさんの元へ。

「いらっしゃいませ。何か気になることがあればなんなりと仰って下さい」

 さすが王都を拠点として生活しているだけあって、貴族に対しての対応も心得ているようだ。

「貴方がこの店の店主でして? このバイクというものはどういったものなのです?」

「はい。端的に申しますと乗り物でございます。感覚的に馬に近いかと」

「馬……確かに造形は似ていますわ」

「しかしその速さは馬を大きく凌ぎます。また、一定の速さで長い時間走り続けられますので、ある意味では馬より優れていると、私は考えます」

「馬はわたくしも覚えがありますが、あれよりも速く、長く走り続けられるのですか……」

 ちなみにジャンヌさんはバイクから目を離せずにいる。

 その後もフィリッポさんは俺にしてくれたような説明をジャンヌさんに丁寧に聞かせていた。俺はというと、自分が買ったのとは違うタイプのバイクを見て時間を潰した。やっぱりカウルが付いているのも格好いいなぁ。

「お嬢様が試乗してみたいっていうんだけど、大丈夫かな……?」

 やっぱりそうなるよなぁ。

 俺と違って、ただの冒険者じゃない。

 貴族。しかも侯爵家ときた。

 そんなお家柄のお嬢様を、傷物にする可能性のある乗り物に乗せて大丈夫なわけがないが……。

「俺も説明したんだけどさ、大丈夫って言い切られちゃって……」

 ジャンヌさんはそういう人である。これも想定通りだ。地下霊廟で見た限りでは、運動能力に関してはジャンヌさんは問題ないだろう。

 フィリッポさんが心配しているのは家柄について。貴族に気に入られたとあれば、バイクの普及は随分楽になりそうだが、怪我をさせたとなれば、店ごと潰されかねないリスクがある。

 と、そんなことをフィリッポさんは立場上、ストレートに伝えることも出来ないので、たった1日ではあるが一緒に仕事をし、ある程度彼女に慣れた俺が話した結果、

「なんら問題ありませんわ。そもそも冒険者として活動しているのですから、死の危険性に関してはわたくしも家の者も覚悟しております。それにこれは自己判断で臨むのですから、何も心配はありません」

 はっきりと言い切られた。

「……」

「……」

 俺とフィリッポさんは30秒ほど見合って、これ以上の問答は時間の無駄だと目と表情で伝えた。

「……それじゃあ王都の外の道を軽く走らせてみましょうか」

「お願いしますわ!」

 おもちゃを目の前で焦らされていた子供のように目を光らせる。

「それじゃあ……どれか乗ってみたいものはありますか、お嬢様」

「これですわね」

 お嬢様はレースで見るタイプのバイクを指さして即答した。

 さすがというかなんというか。

「じゃあちょっと跨がってみて足つきを見てみましょうか」

「どう跨がればいいんですの?」

「こうですね」

「確かに馬のようですわね」

 フィリッポさんが降りると、すぐさまジャンヌさんが跨がる。

 足長っ!?

 ブーツを装備しているが明らかに足が長い。

「鎧だと少し乗りづらいですわね」

 俺が買ったネイキッドタイプに比べて、上半身はやや前傾姿勢。胸当てが干渉してしまっているのだろう。

 ちなみに足つきに関しては何ら問題無さそうだった。

「どうです、お嬢様。足は付きますか?」

「はい。問題ないですわね」

「それじゃあ降りていただいて、外に向かいましょう」

 相変わらず重さを感じさせない手つきで車体を動かすフィリッポさん。

 俺もゆくゆくはああいう風に玄人っぽく扱えるようになりたいものだ。



 ※



 結局ジャンヌさんはバイクを大変気に入り、何よりフィリッポさんに言わせると、いっぱしのバイク乗りより上手く乗りこなしたとのこと。そして1台購入する意向を示したという。

 なんとなくそうなる予感はしていた。二輪車にしろ四輪車にしろ、どちらでもジャンヌさんはきっと気に入っていたことだろう。

「アキラ、この後のご予定は?」

「特に何もないですけど……」

 フィリッポさんの店を出て、俺たちは職人通りをぶらついていた。

「でしたらどこかで食事でもいかがかしら」

 ジャンヌさんのバイク遊びに付き合っていたら、いつの間にか午後もいい時間。

 昼食というには遅いし、夕食というにはやや早いが。

 いずれにしろ断る理由は無かったので俺は誘いを受けることにした。

 何せ貴族のお嬢様からのお誘いだ。きっと良い店を紹介してくれるだろう。

「そうと決まれば早速参りましょう」

 先だって歩き始めたお嬢様に付いていく。

 まだまだ減らない職人通りの人波をすいすい抜けて、ジャンヌさんの歩みは淀みない。

 黙々と付いていくと例の、ギルドまでの近道に入り込む。

 狭い路地を進んでいくと職人通りの人波の音が遠くなる。

 両脇の壁には窓が数えるほどしか付いておらず、いくつかの――裏口だろう――扉がちらほらと見受けられた。

 やがて裏路地を抜けると大きな通りに出る。

 冒険者ギルドまではもう少しという距離。ジャンヌさんの足取りは……どうやらギルド方面に向かっている。

「さあ、到着ですわ」

「……」

 辿り着いたのは冒険者ギルドに併設されている食事処だった。

 ちょっと残念な気分に陥るが、王都の店だから味はスクンサスとは違うだろう。

「……いつか依頼を達成して、仲間とここに来ることが夢でしたの……」

 しみじみと、感慨無量の面持ちの彼女を見てしまうと何も言えない。

 早速中に入ると、

「いらっしゃいませ」

 入り口を開けたすぐそこに、見慣れた服装の店員がいた。

 スクンサスの食事処と同じ……ユニフォーム。もしかしてチェーン店なのか!?

「はぁ……。夢にまで見た食事処ですわ……」

 隣に立つジャンヌさんの呟き。

「すいませーん、ただいま混み合っておりまして順番にご案内いたします。少々お待ちくださーい」

 お姉さんはそう言って、店の奥の方へ駆けていく。 店の規模も違うのもあって、スクンサスでは味わえない賑々しさだった。

「お待たせしました。こちらのお席へどうぞー!」

 接客も実に事務的で、店員は貼り付けたような笑顔を向けてくれる。

 案内されたのは店の角の奥まった席だった。

 2人で使うには十分だろう。

 ジャンヌさんはもう卓に着いている。さっきのバイク屋で見せたような、良い表情を浮かべている。

「さあアキラ、早く」

「あ、はい」

 対面に腰を下ろす。

 ジャンヌさんは既に料理のメニューを広げている。 ここはどこか元の世界のファミレスを思い起こさせるような雰囲気だ。

「すごいですわ。どの料理がどんな料理なのかさっぱりです!」

 貴族のご令嬢が来るような場所では無いからな。

「アキラ! これはどのような料理なのです?」

「ええと――」

 突き出されたメニューに2人して目を落とす。メニューの数は多いが、スクンサスでも見かけた料理もあった。

 俺はジャンヌさんに、ざっくりとどれがどんな料理かとか、味はどうだとかを伝えてみる。

「肉ですわね」

「肉ですか」

「ええ!」

 ほぼ1日の地下霊廟内での活動と、疲れも取りきらずのバイク屋見学。

 店内に立ちこめる食事の匂いで理性が揺さぶられる程度に、俺たちは空腹だった。

「ジャンヌさん、飲み物はどうします?」

「こういうところではどんなものをいただくのでしょうか」

 郷に入っては郷に従えということなのか、お高そうな飲み物は所望しなかった。

「えーっと……あった。これとか俺はいつも飲んでるやつですね。お酒なんですけど、そんなに強くなくて、果実の風味が強くて飲みやすいです」

「シセラ……ああ、シセラですか。このような場でも飲めるのですね。ではわたくしはシセラにしますわ」

 オーダーが決まったので俺は店員を呼ぶ。

 まずは料理を4品に飲み物2品。足りなければ追加すれば良いが、俺の食事量は並だし、ジャンヌさんも大食いには見えない。空腹に任せてちょっと多めに注文したが、まあどうにかなるだろう。無理な量というわけでもない。

「おまたせしました」

 もはや見慣れたジョッキでシセラが運ばれてきた。

「?」

 これに理解が追いついていない人が1人。

「なぜ……シセラがこんな容器で……?」

「ジャンヌさん。ここではこう出てくるんですよ」

 小声で伝える。

「な、なるほど。いつものシセラと違っていたので戸惑ってしまいましたわ」

 いつものはきっと、もっと上質でいて、ガラスなんかで出来たグラスで飲んでいるんだろう。

 いわゆる一つのカルチャーショックに近い衝撃を受けているに違いない。

「では、アキラ」

 ジョッキを持ち上げるジャンヌさん。

 乾杯は知ってるのか。

「はい。乾杯」

「乾杯!」

 ココンと木製ジョッキのぶつかり合う音。

 俺はさっさと口を付ける。……スクンサスより風味が強いな。よりジュース感が増している気がする。

 ジャンヌさんは、まずはテイスティングでもするがごとく、ほんの少し口に含んだ。

「……んんっ! これは刺激が強くて美味しいですわね。味もしっかりしているし驚きましたわ」

 気に入ったのかジョッキを傾け始めた。お気に召して何よりだ。

「普段いただくものに比べると、繊細さはありませんけれど、こういうのも良いですわね」

「俺もいつもと違って新鮮です」

 酒の感想を言い合っているうちに、最初の料理が運ばれてきた。取り皿とフォークとナイフもご到着。

「これは1人分ですの?」

「いえ、これを取り分けて食べるんですよ」

「取り分ける……?」

 取り皿を渡して、取り分け用のナイフとフォークで肉を崩していく。

「……なるほど。そういうことですのね」

「まずは、ジャンヌさんどうぞ」

 先にジャンヌさんのお皿に切り分けた肉を置く。

 心配するまでも無く、お嬢様が普段口にする肉と比べてしまうと、その格は随分変わってくるだろう。果たしてお嬢様の反応や如何に。

「……」

 長く咀嚼していたようだが……。

「これは肉の歯ごたえと味付けが絶妙ですわね」

 新しい発見をした子供のような無垢な瞳で、満足げに頷く。

 俺も自分の取り皿に取ると、早速食べてみた。

「沁みる……」

 疲れた身体と空きっ腹に肉汁が広がる感覚。

 2人とも自分達が思っている以上に空腹だったらしく、最初の一皿はあっという間に平らげてしまった。

 次の皿がまだ来ないので、俺たちは自然と飲み物を肴に会話することになった。

 そうこうしているうちにも店内はさらに賑やかになっており、見回してみるとほぼ満席という状況になっているようだった。

「こうして騒がしさに包まれて食事をするのも良いものですわね」

「これぞ冒険者の日常ですよ」

「楽しいですわ。……あら飲み物がなくなってしまいましたわ」

「他の飲んでみますか?」

「いえ、先ほどのが気に入りましたから同じものにしますわ」

 俺も追加しようと残った分を飲み干すと、ちょうど料理が運ばれてきて、その店員さんについでに注文をした。

「シセラ2つで」

「ありがとうございまーす!」

 近くに、アルコールですっかり出来上がったのか、大声で自分達の戦果を語り合う人達がいた。見た目からして冒険者の一団だ。

 ジャンヌさんが食べるのに夢中になり、こっちの卓は会話が無くなり、自然と大音声の会話が耳に入ってしまう。



「だけどさあ、普通退魔香使う!? おかげでアンデッドの密度上がりまくってたじゃん」


「まあしょうがねえよ。第1層なんて初心者でも請けられるから、道具屋のオヤジの口車に上手いこと乗せられちまうって」


 ……第1層? もしかして地下霊廟の話?


「おかげで余計な戦闘して疲れるのはこっちよ!?」

「んなこたねえよ。使った方だってアンデッドが固まって死霊化する可能性だってあるんだぜ」

 

 死霊。

 死霊化って言った?

 なんか俺たちと同じ目に遭った人がいるのかな……。

「アキラ」

「はい?」

 対面のジャンヌさんが食事の手を止めて、こっちを深刻そうに見ている。

 そうして身を乗り出して、口元に手を当てて、小声でこう言った。

「霊廟で使ったお香なのですけど、道具屋の主人が『退魔香』と言っていました」

 つまり?

 つまりあの人達が話していたのは俺たちの、こと?

 要するに、使ったら良くないことになるアイテムを使って、しっかり良くない結果を引き起こしていたという……こと?

「アキラ、いいこと? わたくしたちは何も聞いてませんわ」

「……」

 例の冒険者たちの愚痴はまだ続いている。

 ここで俺たちが件のパーティだと気付かれたら、穏やかに終わらなそうだ。

「さ、さあアキラ、料理が来ましたわよ! 早くいただきましょう!」

 何もなかったことにはできないが、何も聞かなかったことには出来る。

 俺たちは会話も無く、件の冒険者たちがいなくなるまで飲み続けた。


―了―

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