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転生するなら変身ヒーローで!  作者: 東雲藤雲
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第5話 変身できなきゃただの一般人

 ある日、街を散策して暇を潰していると、

「助けてくれ!」

 金髪碧眼の、これぞファンタジーものの主人公かと思えるような容姿のイケメンに声をかけられた。

「あの、そういうのは冒険者ギルドに持ち込んだ方がいいかと思いますが……」

「冒険者ギルドとかどうでもいいんだ! 君、転生者ってやつだろ!?」

 一目見てそれを看破すると言うことは、この人も?「……黙秘します」

「それはもう答えになっているじゃないか!」

 どうやら元の世界では、見た目通り外国の出身らしく、オーバー気味のリアクション。でも嫌みが無いのがいかにも外国人らしい。

 まるで映画のワンシーンの撮影の中に巻き込まれた気分になった。ちょっと剽軽な感じが親しみやすく感じさせる人物。

「まあ、確かに……俺も転生者ですけど、あんまりおおっぴらにそういうこと口にしない方がいいと思いますよ」

「なんでだい?」

「魔術が発展しているこの世界で、別の世界からやってきたなんて知れたら、一体どんな目に遭わされるかわかったもんじゃないですから」

 それに明言や説明はされていないが、異世界からの使者という情報をおいそれと口にするのははばかられた。

「それは、僕らの世界で言うと、ミュータントや宇宙人が解剖されて徹底的に調べ尽くされるのと同じなのかい?」

「そんな感じです。きっとそうなります」

 この世界が元の世界と違う次元となるのか、それとも平行世界の別のあり方であるのか、それはわからない。

 普段……いやさ、元の世界では言葉も通じないであろう相手にここまで流ちょうに意思疎通が出来ているのは、この世界の言語を介して行われているからであろう。

「しかし、でも僕はまだ死んでいないんだ!」

 はぁ。

 まあ気持ちはわかる。

 自分の死を受け入れるのって結構な覚悟が必要だ。俺だって半ば死ぬことがわかっていた状態で死んだけれども、案内所のようなところで説明を受けて、どうにかこうにか死んだことをかみ砕けたくらいだ。

「それで……死因は何なんです?」

「おそらく食中毒だ。それと! 僕はまだ死んでいない!」

 お気の毒で。

「フグという魚が美味しいと聞いてね! 手に入れて食べてみたんだ」

 はい、アウト。しかも自分で捌いたのか……?

「君は日本人だろう? 食べたことないの?」

 食す機会はなかったと、そう伝えると驚かれた。

 珍しい魚じゃないけど、食用となるとまた違ってくる魚である。

「僕まだ生きている気がするんだよ! ほら!」

 そういって男は己の右手を見せつけるように突きつけてきた。

「あー……。なんかそれっぽいですね」

「だろう!?」

 男の右手はうっすらと透明になっていたのだ。さらに男は袖をめくってみせると、腕の方まで透明になっていた。

「僕はさ、日本のオタクカルチャーにも詳しいんだけど、こういうのって異世界転生とか異世界転移ってやつだろう? なのに僕には特別な力は無いし、右腕は透けてるし、もう何が何だかわからないんだ!」

 手違いというものがあるのだろうか。

「俺はここに来る前にチート能力を選ばせて貰いましたけど、そういうのも無かったってことですか?」

「なんだいそれ。僕はフグ食べて、調子悪くなって、意識が遠くなって、気付いたらここにいたんだよ! そしたらこの街の住人らしくない君が通りがかったってわけさ。こういうのって、スライムに転生してたり魔女に転生してたりするんだろ!? なのにほら! 僕は僕のままなんだよ!」

 スライムとか魔女はフィクションの話だろうに。ただ、あの転生特典の中には、もしかしたらそういう能力もあったのかも知れないが……。

「オタクカルチャーだけじゃなくて日本そのものが好きだからね! 日本語だってこうしてペラペラじゃないか!」

 いや、異世界語で話してるからこうして意思疎通が出来てるんです。

 そう伝えると彼は目を見開いて、二言三言何かを呟くと愕然としたのだった。

「すごいな……これがチート能力なのかい?」

「違うと思いますよ……」

 さすがに異世界の言葉を喋れるようになるだけなんていう能力は無いだろう。

「あ」

「ああ! なんだこれは!? 身体が……!」

 スゥゥゥと何かに吸い込まれるように、男性の身体が解けて消えていく。

「もしかして生き返れるのかな! 君、ありがとう!」

 いえいえ、何もしてません。

 それから数秒も経たないうちに、その人は消えていった。

 何だったんだ一体。

 ていうか手違いで、手順をすっ飛ばした転生とか御免被りたい。

 嵐のような一瞬だった。

 と、そのようなことを、ギルドの食事処でたまたま出会った摩耶に話すと、

「案外窓口も適当ッスね」

 そう述べた。

 言うとおりである。

「あー、もしかして臨死体験の、お花畑をみるとか、天国のようなものを見るのって……」

「あ。確かに! そういうことなのかもしれないなぁ」

 ある意味ここも俺たちにとっては死後の世界だし。

 ただし三途の川も……いや、あの窓口対応がある意味三途の川的なものなのかも。

「マヤ」

 軽快な声が響く。この声は摩耶の所属するパーティの1人であるナタリーさんだ。大音声というわけでもないのに、この騒がしい冒険者ギルドの建物内部でも良く通る声。

「依頼決まったよ。行こう」

 ラウラさんを先頭に、ナタリーさんとマルタさんが控えている。

「そうだ――アキラ! 仕事が終わったらここで落ち合おう」

「わかりました!」

 俺は手を振って応えた。

 摩耶と合流するとラウラさん達はギルドから出て行った。

 彼女たちは今日はどんな依頼を引き受けているのだろう。あのシェアハウスの一軒家のためのローンを払うために、頑張っているらしいが。


  ※


 ラウラ率いるパーティメンバー達は、スクンサスから離れた、ある洞窟の前にいた。

 ぽっかり開いた洞窟の入り口からは、既に嫌な空気が漂っている。中にいるゴブリンには、自分達が攻め入ることは既に察知されているだろう。

 低い知能の割に、野生の勘を備えたタチの悪い魔物。

 それがゴブリン。

 ここに来るまでに斥候のような小物もいた。それは簡単に「処理」できた。

 洞窟に侵入するための明かりを用意すると、隊列を整えて進軍を開始する。

 ラウラを先頭に、すぐ後ろ両翼にナタリーとマルタが並ぶ。最後尾は魔術師の摩耶が務める。

 周囲には既にゴブリンの住処特有の、饐えた匂いが立ちこめている。前情報ではそれほどの規模では無さそうだが、ベテランのラウラ達は、ある程度のゴブリンの集団の大きさの目処はつけていた。

 自然のコウモリが住み着いたような洞窟よりも不衛生で、不潔な気配。

 突如、奇声と共に一体のゴブリンがラウラの目の前に飛び出てきた。

 ヒュガっという、鞘と剣が擦れる音。荒木摩耶や倉田彬の世界で言うところの、居合いという技術に近い抜刀技。それは、達人ほどではないにしろ、ゴブリンはその身体を横一文字に両断されていた。女性ながらに、鍛えぬかれた肉体と、彼女の持つ業物のなしえた一撃だった。

 人のものとは違う血の匂いが立ちこめる。

 風は入り口から、洞窟の奥に流れている。この匂いは他のゴブリンにも届いただろう。

 いよいよ状況はここからだった。

「来るぞ。気を引き締めろ」

 ラウラのその一言に、パーティ全体が完全に戦闘態勢を取る。

 ナタリーは魔術による肉体強化を施し、剣を抜き構える。

 マルタはダガーを抜き放ち、構えるでもなく右手に握った。あくまで自然体のように見えるその構えには不思議と一分の隙も無かった。

 最後にこのパーティの魔術師である荒木摩耶。このパーティには不釣り合いとも言える駆け出し冒険者の彼女にはチート能力がある。ほぼゼロ工程で魔術の行使が可能であるため、いざというときのフォローを任されている。攻撃的ではあるが、摩耶を守るための布陣でもあった。

 ぞわぞわと、前方から何かが蠢くように塊が近づいてくる。

 それはまるで野生動物のようでもあるかのように感ぜられるが、規則的でいて、まるで会話のようにも聞こえる、鳴き声のような呻くような不愉快な音と共に接近している。

 これこそゴブリンの声であった。だがしかし、人としてそれを声と捉えるのは強い拒否感が生まれる。それほどに醜悪な響きの音なのだ。

「来るぞ!」

 ラウラがそう声を上げると同時に、天然の狭い通路をゴブリンが押し合い圧し合いやってくる。

 先頭のゴブリンがラウラへ飛びかかる。

 しかし、ラウラは一撃で、そのゴブリンの頭頂部を叩き切った。断末魔が耳障りだった。

 ナタリーはその強化された力を存分に生かし、ゴブリンを蹂躙していく。一太刀一太刀を必殺の一撃とする、魔術による強化。彼女の強化は全身にわたっている。

 不用意に飛び込んできたゴブリンの一体が、彼女の左手に首を捕らわれる。バギリと骨の砕ける感触を確認して、ナタリーは絶命させたゴブリンをうち捨てた。

 マルタはラウラの左。ラウラ、ナタリーと違い、積極的には動いていない。2人を標的から外したゴブリンを相手取っている。構えずに、まるでぶら下げられた様子のそのダガーは、しかし正確無比であった。

 しなるように振るわれる刃先は、ゴブリンの喉元を狙い撃ちする。細かい風切り音を発して、時には切り裂き、時には突き刺し、必殺必中の流れるような攻撃が繰り出されていた。

 ゴブリンは知能を持つ。が、人と比べれば些末なもの。もっと知能があれば、この3人を打ち崩せていたのかもしれない。

 ただ数に任せた物量で押し切る、戦法とも言えないゴブリン達の戦い方は、ベテラン冒険者には通用するはずもなかった。ましてスクンサスにおいて、別名まで背負っているこの3人を押し切れるわけもない。

 イージス・ラウラ。

 バーサーカー・ナタリー。

 アンサラー・マルタ。

 数に物を言わせるゴブリンの討伐におけるコツは、一撃必殺。それを彼女たちは、実現できるだけの実力を持つ。

 単純なことではないが、簡単なことでもない。

 魔物として低級に思われるゴブリン。確かに間違っていない。しかし初心者がゴブリン討伐で命を落としやすいのは、単純に、数の差で押し込まれてしまうからだ。

 饐えた匂いに血の匂いが強く混ざっていく。

「もしかしたらいるかもね」

「ああ」

 ゴブリンは群れる習性を持つ。

 ただし知能の低さ故に、一つの集団が大きくなりすぎることはない。しかしそのセオリーが崩れるときがある。それは集団を統べる存在がいること。

 ――ゴブリンキング。

 他の個体よりも長く生きたゴブリンは、知能も力も通常のゴブリンを凌駕し、集団を大きくする。

 今回の依頼。

 洞窟の規模、ゴブリンの数、それらから推測するに、この集団はキングの影をちらつかせていた。

 既に3人それぞれが、両の手の指では足らない数のゴブリンを斃している。

「ギーーーーーーーッ!」

 ゴブリンの集団の終わりが見え始めた頃、1匹のゴブリンが甲高い声を響かせて、洞窟の奥に走って行った。

「よっしゃ!」

「奴が来る前に片付けるぞ」

「わかった」

「了解ッス」

 ゴブリン達の攻勢がいや増した。これからくる脅威に士気が高まったのだろう。

 だがそれはラウラ達も同じだった。

「なんか持ってるか、な!」

 ナタリーは剣を使っているというのに、刃を立てず、剣の腹で叩くことにより、ゴブリンを斃す。ただ単純な撲殺。魔術強化が可能にした芸当である。

 彼女に襲いかかったゴブリン達の死骸の傷跡や死に様は多種多様であった。

 持てる手段全てを使って戦いを行い愉しむ、その所業がバーサーカーという二つ名の元である。斬り殺し、たたき殺し、握り殺して、殴り殺す。

「あとにしろナタリー。気を取られるな」

 ラウラは騎士として存分に力を発揮している。彼女の前に広がる敵の殺され方は剣による斬撃だけだった。ナタリーと違い、彼女は敵とあらば、ただ斃すものだと認識している。

 ラウラの持つ得物は特注のやや重めのロングソードであり、斬撃が主流となる。彼女の筋力と、剣そのものの重量で敵を屠っていく。中には縦真っ二つにされた死骸も転がっていた。

「疲れた」

 そうこぼしたのはマルタである。口にしたくせに表情は何も変わっていない。はぁ、と溜息一つ付く間にも彼女はダガーを振るい、敵を着実に仕留めていた。グギャァ、と味方を壁にして陰から捨て身の攻撃を振るってきたゴブリンに対してにすら、彼女は防御の姿勢を取らなかった。

 ヒュヒュと一際早い風切り音二つ。意識を向けなければ、一つの風切り音しか聞こえなかっただろうその速さの先――ゴブリンは武器を持つ腕を切断され、さらに喉元を突かれているという結果が待っていた。マルタの特徴は、避けないこと、そして防がないことである。己に降りかかる攻撃を攻撃によって迎え撃つ。彼女の周辺に転がるゴブリンの一部は、腕を切り落とされているものが見受けられた。

「……」

 暇そうなのは荒木摩耶である。他の3人が強すぎて撃ちこぼしが発生しないのだ。一応万が一のことは考えて、いつでも魔術を発動できるようにしているが、その瞬間はいつも来ない。今は、暗い洞窟内を照らす明かりを魔術で作り出している。前衛の3人のいずれかの手が松明で塞がらないよう、サポートに回っているのだ。下手に手を出すと熟練者の3人にとっては、隙を作りかねない。

「来た来た来た!」

 ナタリーが嬉しそうな声を上げた。

 まだ明かりの範囲外であるが、重い足音、そして濃い影が迫ってくる。気配が濃密であった。臭く感じる饐えたにおい。

 ゴブリンキング。――ゴブリンの集団の頭。

 低い呻り声を漏らしながら敵に近づいて行く。

 明かりに近づくにつれ判別可能になったその巨体は、人を怯ませるに十分な威容ではあるが、腕利きの冒険者にはただのデカブツと同じである。

 腕利きの冒険者である、と言うことは経験が違うのだ。ただの強いゴブリン程度ならどうと言うことはない。何故なら、それよりも大きく強力な敵と相対する機会があるからだ。

「マヤ、残りの小さい奴らを頼む」

「了解ッス!」

 やっと来た出番。摩耶はパチンパチン、と見える範囲内にいるゴブリンに対して魔術を発動させていく。グギャッ、と声を上げたゴブリン。地面から生えた大きなトゲにその身体を貫かれていた。その後も断末魔が連続する。

 既に前衛3人の意識は完全にゴブリンキングに向いていた。

 身の丈目測5メートルの、でっぷりとした体型。その右腕には巨大な槌が握られていた。ウォーハンマーというやつだろうか。だが、人の扱うそれとはかけ離れた大きさだった。槌頭が不自然なくらい大きい。

「いいもの持ってるじゃないの」

 お宝発見、とばかりにナタリーの目が煌めく。

「気が早いぞ、ナタリー」

 もう既に手に入れたつもりのナタリーにラウラが釘を刺した。だが確かに負ける気もしない。

「マルタ、私が右から行くから、左からお願いね」

「わかった」

 気付けばゴブリンの断末魔は止んでいた。残ったのはキング一体のみ。

 周囲の惨状に怒りを露わにするゴブリンキング。その猛りは咆哮として、ラウラ達4人に叩きつけられた。

 しかし彼女たちの戦意は昂揚する。

「よし、行くぞ!」

 ラウラの掛け声と共に場が動き出す。

 まず陽動、摩耶の魔術。限定的にゴブリンキングの目前に目映い光と爆発音が炸裂する。彼女の世界で言うところのフラッシュバンと呼ばれる道具と類似した効果を得られる魔術だった。

 思惑通り、ゴブリンキングの視覚と聴覚は麻痺する。 すると敵は得物をでたらめに振り回し始める。天井、壁、床にそれらが叩きつけられ、逆に隙が無いが、ラウラは臆せず間合いに入り。

「ふんっ!」

 振り回されたウォーハンマーを受け止める――!

「くっ!? 長くは持たん! 2人とも早めに頼んだぞ!」

 武器の動きを止められたことを、標的に当たったととったゴブリンキングは、そのまま力を込めて振り抜こうとする。

 だがその一瞬が命取りとなる。

 右からナタリーが走り込み腕を切りつけ、左のマルタも同様に腕を、しかし肘の内側のピンポイントに斬撃を残した。

 槌の力が弱まる。

 ゴブリンキングはそのまま武器を取り落としてしまった。マルタの放った一撃は、キングの腕の神経系を見事に断裂させていた。

 重苦しい音を放って、槌は取り落とされる。

 ゴブリンキングはすぐさま空いた左手でそれを拾い上げようとするが、ナタリーの斬撃がそれを許さない。

 猛るゴブリンキングは、迫り来る斬撃を止めるために、剣自体を掴んだ。そのままへし折ろうとしたのだろうが、剣は曲がりもしなかった。

「悪いね。この剣は私の強化にも耐えられるように、アダマンタイト製なんだ、よっ!」

 捕まれた剣をナタリーは力一杯に引き抜いた。

 ゴブリンキングが苦悶に喉を鳴らす。痛みに耐えようと右手を伸ばすが、指先に力が入らない。ゴブリンキングは、両の手のひらを合わせ、奇しくも祈るかのようなポーズになった。

 だが冒険者たちの手は緩まない。ここを好機とばかりに攻め立てていく。

「ふんっ!」

 自慢の剣を使わず、拳を振るうナタリー。それはキングの腹にクリーンヒットする。

 くずおれるゴブリンキング。両手両膝を地に着け苦悶する。

 それが大きな隙となった。

 マルタが音もなく距離を詰めると、ゴブリンキングの首にダガーを滑らせ切り裂き、そしてあっという間に距離をとる。

 ゴブリンキングは首から血を吹き出し、口からは血の泡を漏れさせていた。

 自由に動かせる左腕を動かし、喉の傷を押さえるが、流血は止まらない。

「悪いな、苦しませて」

 ナタリーは強化の魔術を最大限にすると、大きく剣を振りかぶり――。

「ふっ!」

 ゴブリンキングの首を刎ねた。

 ずん、とその大きさに相応しい音を発して、頭部が落ちる。そしてその数秒後、ゴブリンキングの身体は完全に地に伏せった。

 洞窟内に静寂が訪れる。

「……終わったか」

 自分達以外動くものがないと確認して、それぞれが各自の得物を納めた。

「皆さん、お疲れ様ッス」

 ただ1人、武器を出さずに後方支援を担っていた摩耶。正直なところ、チート能力持ちの彼女であれば、このくらいの敵なら、呼吸をするくらい簡単に殲滅できただろう。

 それをしなかったのは、荒木摩耶という少女は本気で、異世界の冒険者生活を満喫したいと、そう考えているからだ。

「いやっほぅ。お宝ゲット~!」

 無造作に転がったウォーハンマー。無骨で洗練されていないそれは、明らかに魔物が作り上げたものだと推測できた。

「いや、しかし……これを持って帰るのか?」

 ラウラの疑問は当然である。

 あの巨体が振り回していた武器だ。人が軽々しく持ち歩けるはずもない。

「イケるイケる。ちょーっと明日動けなくなるかもしれないけどさ。そこら辺は臨機応変に」

 よっこらせ、と。

 少し重さを感じさせる程度の挙動で、ナタリーはウォーハンマーを担いでしまった。

「いやこりゃ重いわね」

「見ればわかる」

 マルタは素っ気なく言い放った。

 人の身体に不釣り合いなその得物。

「まったく……本当に動けなくなってもしらないぞ」

「いやいや、こんな危険なものを置きっぱなしになんて出来ないって」

 ナタリーは強化の魔術を最大限に稼働させていた。普段使いなら2割、戦闘時なら5割、有事の際に8割、そのくらいの強化度で使っている。常に10割増しで運用すれば、身体の方がすぐに悲鳴を上げてしまう。今回はそれをキープしたまま街まで帰ろうというのだから、ラウラの心配も当然のことだった。

「仕方ないな……私も持とう」

「サンキュー、ラウラ」

「私も持つ」

「もちろん私も手伝うッスよ」

 長い柄を、槌頭に近い方からナタリー、マルタ、摩耶、ラウラの順に支える。

 こうしてこのパーティは功績を重ね、そして街で有名になっていくのであった。


  ※


 俺は散策を終えてギルドに来ていた。中途半端な時間だが、何か出来る仕事でもないものかと、掲示板を確認に来たのだ。

「……?」

 なんだ? 俄にギルド内がざわめき始める。

 それはギルドの入り口から奥に向けて、波のように伝播していった。

 何事かと振り向くと……

「げぇ!?」

 ナタリーさんが何かデカいハンマーみたいなものを背負っていたのだ。

 なんだあれ、おもちゃなのか!?

 そんなナタリーさんの前をラウラさん達が歩いていて……。祭りでも始まるのだろうか。

 そうやって好奇の視線を送っていたら、ナタリーさんに気付かれた。気付かれてしまった。

 ああ……何も持ってないならなんてことはないけど、あんな目立ってる人と話したくないなぁ……。

「よっ、アキラ」

 なんて考えているうちに、ナタリーさんはやって来た。

「はぁ、どうも。もう先に訊きますけど、それなんですか」

「これ? 戦利品。ゴブリンキングの使ってた得物」

 おっ、ゴブリンキング。その名をまた聞くことになるとは。ましてその武器を目にするとは。

「持ってみる?」

「いえ、やめておきます。ナタリーさんが勧めてくる時点で嫌な予感がするので」

「どういう意味よ。まあ嫌な予感は当たってるけどね」

 にひひ、と悪戯を見破られた子供のような笑み。

「待たせたなナタリー。等級上がったぞ」

「やったね。この重いのを運んできた甲斐があったってもんよ」

「それは関係ない」

 続々と集まってくるパーティの面々。これでさらにギルド内の視線を集めてしまう。

「これは一旦家に置きに行こう」

「そうね。ちょっと目立つわ」

 ちょっと? ナタリーさんの感覚はわからない。

 それからラウラさんのパーティ4人は、持ち手の部分を4人で肩に乗せて運び始めた。

 どうみても御神輿です。

 そして1人、身長が足りなくて、手を添えるだけのやつがいた。

 俺はしょうがなく手伝いを申し出た。

「やーん。アキラ優しい~」

「ひっ。気味の悪い声を出さないで下さい」

 ナタリーさんから聞き慣れない猫なで声なんて聞こえたもんだから、咄嗟に口が動いてしまった……。

「お前、あとでわかってるな」

 怒気をはらんだナタリーさんの声に聞こえないふりをして、俺は摩耶とマルタさんの間に入って、神輿を担いだ。

 いや本当に御神輿くらいの重みを感じる。

「おっ。ちょっと軽くなったわ」

 どこからかはわからないけれど、これを担いで街まで歩いてきたのかを考えると、この人達のガッツがやばすぎる。

 先頭から、ラウラさん、摩耶、俺、マルタさん、ナタリーさんの順に一列に並んでデカいハンマーを運ぶ。ギルド内でこれなのだから、街中に出たらもっと目立つだろう。

「おいナタリー! 武器の交換か?」

「あとでぶっ殺ーす!」

 他の冒険者たちの囃し立てを受けながら、俺たちはギルドをあとにした。

 街に出ると、いやはや、やはり目立つじゃないか。成人男性並みの長さのある棒の先に、無骨な形の塊。まがまがしいというかなんというか。その異様さは一般人にも伝わっているようで、それを運んでいる俺たちは人々の視線の的になっていた。

 しかし、運んでいる面々に、ラウラさん達がいることに気付くと、人々は得心がいった表情で、頷いていた。それだけこの人達が冒険者として名を馳せているということだろうか?

「みんな、着いたぞ」

 先頭のラウラさんが立ち止まると、俺たち担ぎ手の足も止まる。

「これ玄関通る?」

「よし。じゃあ私が運ぶから、みんなで誘導して」

 不意に肩に掛かった重みが軽くなる。

「わかった。先端は私が引くから、摩耶とマルタで外から指示を。アキラはそのまま担いでナタリーをフォローしてくれ」

「オッケーです」

 その指示が出、摩耶とマルタさんが外れると、さすがに重さが一気に肩に乗る。すげえなこれ……。

 ラウラさんが中に入るとそこからゆっくりと、金槌が家に吸い込まれていく。

「あー、待って待って」

 最後の部分、ハンマーで言うと叩くところ――頭の部分ていうのか――を搬入する段階で、ナタリーさんがストップをかけた。

「立てないと引っかかるわ。アキラ、ちょっと立てるから離れて。ラウラー! 中の支え外れて!」

 指示通りに柄から離れると、ナタリーさんが1人で持つことになる。

「大丈夫ですか?」

「ん。平気平気」

 少しだけ建物に侵入していたそれを引っ張り、ヒョイと持ち替えると、ナタリーさんは、重さを感じさせない手つきでハンマーをゆっくり立てる。

「中は平気ー?」

「いいぞ、そのまま入れる」

 ハンマーの頭の部分と並んで、ナタリーさんが家の中に入る。

「よーし入った。みんなありがとー」

 隅っこの方に立てかけて、ナタリーさんは手を離した。

「しかしデカいの手に入れましたね」

「ああ。あとはいくらになるか、楽しみ~」

 充足感に満ちた表情を浮かべる。

 そういうナタリーさんの身体は全体的に赤みがかっていたというか、火のような赤が身体を巡っていた。

「ってなんですかそれ!? 大丈夫ですか!?」

 あまりの異常さに俺は驚く。

「平気平気。ちょっと強化を使いすぎるとこうなるのよ」

 魔術の反動ということだろうか。

「ちょっと体質でね。オーバーヒート手前」

 ほら触ってみ、と明らかに熱を帯びた腕を差し出してくる。

「熱いですけど、本当に大丈夫なんですか?」

「まあちょっと?」

 そう言うナタリーさんはよく見ると汗だくだった。「というわけで、私はクールダウンしてくるから、みんな先に行ってて」

 他のみんなが慌てる様子も見せないのだから、特段危機的な状況ではないはず。

 あっちー、と漏らしながら装備を外し始めたナタリーさん。

 あの勢いだと服まで脱いでしまいそうだったので、俺は慌てて建物から脱出した。

 身体のあの熱は尋常じゃないのだが、ラウラさんもマルタさんも、特に気に留める様子は見せなかったので、部外者の俺が口出しするほどのことではないのだろうと、そう思うことにした。

「それじゃあ行こうか、みんな」

 ラウラさんの掛け声でマルタさんと摩耶が歩き出す。

 俺はギルドに戻って仕事でも探そうと思う。

 しかし重いハンマーだった。まだ肩が痛い。

 あれもモンスターが使っていた武器と言うことで高値で取引されるのだろうか。重さは金額に関係しないと思うが、それなりに高額になりそうな気配があった。……あくまで素人目で見てそう思っただけだ。俺が手に入れた武器もなんだかんだ良い額になったことだし。

 途中まで歩いて、どうやらラウラさん達3人もギルドを目指しているらしいことに気付く。彼女たちもまた新しい仕事を探すのか、それとももう本日は閉店か。

 そういえばさっきナタリーさんが「みんな先に行ってて」なんて言った気がするが、俺も含まれているのか?

 時間としては――先日買ったばかりの時計を取り出した。まあ、店じまいするにはちょっと早い気もするが、一仕事終えたあとならまあまあな時間帯だ。

 実を言うと俺は今日はまだ何もしていない。

 目的もなく街の中を歩き回ってたまたま出会ったアシュリーと世間話をして、ではそろそろ、というところで、デカいハンマーを運ぶ4人組に出会ってしまったという流れだ。とりわけ金銭的に余裕が無いわけではないので、そんなに急いて仕事に取り組むこともないのだが、何もしていないのに既にお仕事お終いモードに入るには、ちょっと罪悪感と背徳感が邪魔をする。

 とは言えど、冒険者としていくらか活動して気付いたが、この職業はそう言った感情とは無関係と言い切れてしまうくらいには、真面目な職業ではない。

 元の世界で言えばフリーランス、あるいはフリーター。自分の気分のさじ加減でその日の仕事を決めたり出来る業種。それが冒険者。

 どこまでも自己管理が重要な職種なのだ。だから堕落すればどこまでも堕ちていくことになる……。

 そんなことを考えていたらギルドの前まで来ていた。ラウラさん達の後について中に入る。

 そしてラウラさん達は、迷い無く食事処へと流れるように入っていった。

 ……俺はどうすべきなのか。ナタリーさんの言った「みんな」に含まれているのか否か。

 俺はあえて依頼掲示板に向かってみた。招かれてもいない酒席に、厚顔無恥に参加するほど俺のメンタルは強くないのだ……。「え、なんでこいついるの?」そんな空気にしたくないし、その中にいたくもない!

「あれ、倉田さんどこ行くッスか?」

 そんな小心者の俺に声をかけてくれたのは摩耶だった。

 彼女たちを見ると、その席順は、マルタさんと摩耶が並び、テーブルを挟んでラウラさんが1人で腰掛けていた。これはおなじみのパターンだった。

「いやぁ、なんかおいしい仕事ないかなって確認しとこうと思ってさ」

 俺は踵を返すと、彼女たちの元へ行き、ラウラさんの隣に腰掛けた。まだ酔ってないラウラさんは微動だにしない。

「ナタリーはまだしばらく時間がかかるだろうから、先に始めていようか」

 ラウラさんのその言葉で、まずは飲み物の注文を済ませた。

「あとはナタリーのために何か食べるものも頼んでおいて……」

 少しして飲み物を運んできたウェイトレスに、ラウラさんはよどみなく注文を伝えている。

 どうやら多めに料理を頼んでいるようだ。そんなにお腹が空いたのだろうか。あー可愛い。

「お待たせー」

 ナタリーさんがやってきたのは、料理が全て提供されてからだった。座ったのはやっぱり俺たちの対面の席、マルタさんと摩耶のいる方に腰を落ち着けていた。

「うー、お腹空いたー」

 卓上の料理を見つめ物色するその目は、キラキラ……いや爛々と輝き、肉食獣のそれのようでもあった。それも束の間、ナタリーさんはすぐに食事に手を着け始める。

 流れるように手を動かし、それを口に運ぶ。食事にしてはものすごいスピードだ。

 ラウラさんが、ウェイトレスを呼び止めて飲み物の注文をする。

 ナタリーさんは、まるで掃除機のように食事を平らげていく。その光景を汚く見せてないのは、そこはやはり女子としての矜恃があるのだろう。

「やっぱ、あんなデカいもの運ぶとお腹減るわー」

 言われてみればあの質量を運びきったのだ。エネルギーは消費するだろう。だがしかし……。

「倉田さん倉田さん」

「ん?」

「私と一緒なんですよ、ナタリーさん。魔術使いすぎると空腹に襲われるんです」

 なるほど。

 摩耶と同じタイプの人だったのか。

「お待ちー」

 ヘルミーネさんがジョッキを運んできた。

「相変わらずいい食いっぷりだねー」

 腕を組んでナタリーさんを眺め始める。

 ラウラさんは提供された飲み物をナタリーさんの前に置いた。

「ありがと」

 そしてそれも勢いよく飲み始めるナタリーさん。

 ジョッキを呷って、瞬間見える首元にちょっと色気を感じた。

 そういえば自宅で見たときの身体の赤みはすっかり消えていた。

 いや、赤み、というより、赤熱化したといった方が近いかも知れない。まるで熱した鉄のごとき輝きも見て取れた気がする。

「なに?」

 俺の視線が気になったのか、食事の手が止まった。「ああ、いえ、何だというわけではないのですけど、あんなに赤かったのにすっかり元に戻ってるなって」「まあ水風呂入って冷やしきればこんなものなのよ」 そうなのか、深刻な状態じゃないのは良いことだ。

「あ。今裸の私を想像した?」

「いえ、全く」

 可愛げの無い奴め、なんて言って会話を終わらせると、食事を再開したのだった。

「料理足りるー?」

「……ん。あとこれ2皿ちょうだい」

「まいどありー」

 満足そうにヘルミーネさんは自分の仕事に戻っていった。あの様子は追加注文が来るとわかって、先手を打った感じだ。だから待ってったんだな。さすがプロだ。よく観察しているし、お客のことをよくわかっている。

「アキラ、手が止まっているが、もう食べないのか?」

「いやぁ、ナタリーさんの食べっぷりがすごいので、ちょっと感心してました」

 そういうとラウラさんは、短く笑った。

「私も初めての時は面食らったよ」

 すぱぱぱぱと、付け入る隙を与えない華麗な手つきで料理を取っていくナタリーさん。大皿からみるみる料理が減り、1人用の料理の皿も空皿が増える増える。

「……なんかナタリーさんの食べっぷりでお腹いっぱいになりそうです」

「気持ちはわかるぞ、アキラ」

 かく言うラウラさん。確かに料理に手は着けてないようだった。

 しかし……よく食べること食べること食べること。

 魔術のエネルギー消費は相当大きいんだな……。


  ※


 ナタリーさんが満足し、その日はお開きとなった。ラウラさん達3人とはギルド前で別れた。

 摩耶と歩いて宿屋へと向かう。

「なんで摩耶はラウラさん達の家にいかないんだ?」

「いやぁ……なんていうか、シェアってすごい気を遣いそうで、それが気がかりで……」

 なるほどなぁ、知り合いとは言え、他人との共同生活ってかなり気を遣わないとならないだろうな。まして昼間は昼間で、冒険者として一緒に活動してるわけだから、実質1日中共に過ごすことになるのか……。

 俺は生前の病院生活を思い出す。気を遣いそうでそうでもない、絶妙な無神経空間。それが病室。

 さすがにラウラさん達の家なら個室があてがわれるだろうが。

「言ってもそれだけじゃなくて。帰る家があるより、宿屋に泊まる方が冒険者っぽくて楽しいッス」

 はあ、仔細までは計り知れないが、言いたいことはなんとはなしに理解出来る。

「そういえば馬小屋使ったことある?」

「さすがにないッス」

「だよな」

「私らの場合、チート能力あるから、下手こかなければ収入は確実ですし」

 そこが転生者の強みだろう。もちろん他にもあるけれども。そして能力によるだろうけど。俺と摩耶の能力なら討伐クエストにも積極的に挑戦できるし、討伐クエストならそこそこの金額は確保可能だ。

「そういえば、倉田さん、話しましたっけ。謎の黒騎士のこと」

 んー。俺のことかな?

「黒騎士? いやー……どうだったかな」

「私ら助けて貰ったわけなんですけど、どうやら冒険者の一部ではそれなりに話題っぽいんですよ」

「へー……」

 マジかよ。なるべく目立たないようにしてたつもりだったけどなぁ……。

「あ」

 前方に何か見覚えのある姿を見つけた。

 あいつ……。

「どうしたんすか?」

「例の外国人」

「え、どこッスか」

 俺が人影を指さすと、摩耶が何故か拒絶感を示した。「うわっ、こっちに気付いたぞ」

「倉田さん、対応は頼むッスよ」

 嬉々として走り寄ってくるイケメン外国人。

「やあ、また君じゃないか! よく会うね! ところで隣にいる彼女も日本人かい?」

 認識された途端、摩耶は俺の後ろに隠れてしまう。「無理ッス、無理ッス。陽キャオーラ強すぎて、溶けちゃいます」

 吸血鬼か何かか。

「それで今度こそ、死んだんですか?」

「いや、それがね、ほら」

 彼は水からの足下を指さした。

「足がない」

「Exactly! これは日本だと幽霊の特徴だろ?」

 彼はオタク文化に詳しいと言っていたが、むしろ日本文化そのものに強いのではなかろうか。

「ひー! 陽キャの幽霊! なんすかそれ最強じゃないッスか!」

 どういう認識をしたのだろうか。

「彼女は何を言っているんだい?」

「お気になさらず。それで、その感じだとまた、まだ死んでないってことですね」

「そうだよ! だってチート能力貰ってないからね」

 能力値で言えば魅力に全振りされているような見た目なのに。

「今回は家で転んでテーブルに頭を打ち付けたところまで覚えているよ」

 こいつ……どれだけ死にかけるつもりだよ。

 しかし死んでもいないのにこの世界に現れるのはどういう事情なのだろうか。

「思うんだけど、君たち死んでるんだよね?」

「まあ、死んだというか」

「それだけど僕って常日頃から君たちみたいなのを見るんだよ。死んだ人とか動物が見えるわけ!」

 ほほー、霊感的なものがあるということなのか? しかし、それがあるからこの世界に来られるというのはどういう理屈だろう……。やはり死人が転生させられる先の世界ということで、こちらの世界は死後の世界と捉えられているのだろうか。

「あ! 消え始めた。僕まだ死なないみたいだよ!」

 昼間と同じく、男性の身体が解けていく。

「またね!」

 嬉しそうに手を振ってくるので、俺は振り返す。またねってことは、また死にかけるつもりなのか。まあただの社交辞令みたいなものだろうが。それでも「またね」と言い残していくあたり、エキセントリックな性格をしてる。

 そして数秒後には完全に姿を消していた。無事に死なずに済んだのだろう。

「はぁぁぁぁ……陽キャオーラ死ぬ……」

 いや、そんなにか? 摩耶は胸を押さえて俺の後ろから出てくる。

「もう来ないで欲しいッスね」

 辛辣なことを言う。

「しかしあれですね。この場合、霊体験と言えるんですかね?」

「まあほら……生き霊って概念もあるわけだし、それに遭遇したのなら霊体験ってことでいいんじゃないの。霊は霊だしさ」

 摩耶はなんとも言えない表情を見せた。

 確かにあんなに生気が満ち満ちた幽霊ってのもないだろう。

 そもそも。霊体験をしたのは俺たちだったのか、それとも彼の方だったのか……。

「はー、うちの兄よりイケメンですよさっきの」

「身内なのに随分褒めるね」

「それだけが取り柄なので、そこは褒めてあげないと……」

 身内に優しいのか厳しいのかどっちなんだ。

「それよりも宿屋に向かいましょう」

 すっかり日が落ちた夜道を行く。大通りには、魔術を応用して作られた、いわゆる魔道具の街灯が設置されているが、宿屋への道にはそういったものはない。

 薄暗い道を行く。

「……」

「……お願いします」

 摩耶は必要以上にひっついてくる。

「え、ごめん、なんで?」

「なんでって、さっき心霊体験したばっかなのにこんな薄暗くて雰囲気バッチリな場所、怖いッス」

 お化けなんてないさ。

「そういえばこの世界にはアンデッドモンスターっているのかな」

「はぁぁぁあ!? このタイミングでどういう話題を出すんですか!!」

「不意に気になった」

 多分アンデッドはいるだろう。ゴースト系のモンスターも同じく。

「魔術使えるんだったら、別に怖くないでしょ? ゾンビなら炎系、ゴーストなら光属性? それとも聖属性っていうの? 使えばいい」

「対処法があるからって大丈夫なわけじゃないんですよ! あともうゾンビとか余計なこと言わないでください!」

 最初は服の裾を掴まれていただけだったのだが、今や完全に盾として使われようとしている俺。

 摩耶は俺の背中に張り付いて、頭を押しつけているようだ。服を掴む力が強い……。そうか……ホラー系の話はNGだったか。

 ちょっとからかったところもあるので、このままにして宿屋に向かってあげよう。

 摩耶は念仏を唱えているようだが、異世界の幽霊に俺たちの世界の念仏は効果があるのだろうか。ちょっと気になった。もし遭遇することがあったら試してみようか。

「ほら、着いたからもう離して」

「はぁぁぁぁ! はぁあああぁぁぁ!」

「なんなんだよ」

 摩耶は突如飛び出して宿屋へと駆け込んでいった。

 心霊系がダメな人ってああいう感じなのか。

 俺は後に続いて宿屋に入る。

「遅いッスよ、倉田さん。そして行きますよ!」

 右手を引っ掴まれて、引っ張られる。

 俺はまだ部屋を取ってないんだが、ちょっと驚かしすぎたかな……。

「わかった、わかっ、わかったから……」

 そうして引っ張られるままに部屋に着くと、

「……何も言わずにお願いします!」

 ベッドが2台。

「ツインの部屋取ったのかよ!?」

「いや、だって今夜1人で寝るなんて無理ッスから」

 力強く断言。

「ダブルじゃないだけいいじゃないっすか!」

 そういう問題じゃない気がする。

「正直ダブルが良かったんですけど、倉田さん嫌がると思いました」

「いや、別に嫌がりはしないけど……。いや、そういう問題じゃないんだよなぁ……」

「じゃあ今からダブルの部屋に替えて……」

「ダメダメダメ。このままで良い」

「はぁ、良かったッス」

「良くないわ! 年頃の男女が同じ部屋で寝起きするんだぞ!」

 ましてこちらは女子が気になってしょうがない年頃の男だ。

 別の意味で身の危険を感じないのだろうか。

 そう訊ねてみると、

「倉田さんはそんな度胸ないッス」

 そうのたもうた。

「仮に事が起ころうものなら、私にはこれがあります」

 指パッチンの構え。

 なるほど、指パッチンさえすれば魔術を発動できる摩耶なら、男の1人や2人に襲われても余裕で返り討ちにするだろう。

 そしてそれは俺へのメッセージでもある、と。その意気を幽霊なんかに向けろい!

「……まあいいよ。摩耶がいいならそれで」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 平身低頭の摩耶。

「みんなには黙っててくれよ」

 あとでナタリーさん辺りに知れたら……ゾッとする。

 それとラウラさんにはどうしても知られたくない気持ちがある。付き合ってもいないのに後ろめたさが生じる。

 マルタさんは……どういう反応するのか及びも付かない。

「当然です! ありがとうございます!」

 縋って礼を述べる。なんか意外だな。うちの家系は女連中の方が心霊話とか好きだったから、少し戸惑ってしまう。ちなみに俺はそういうのは信じていない。

 まあそれも人によるというものだろう。

 摩耶は勝手にベッドを決めると布団をかぶって、もう寝る準備をしていた。

「倉田さん……眠るまで手を握っててくれませんか」

「お前アメリカのホームドラマじゃねーんだぞ!」

「今夜だけでいいですから!」

 ……そんなに怖いのか。ていうか今夜だけって、またこんなことを繰り返すつもりなのか? ちょっと落ち着かせよう。

「わかった……わかったよ。ほら」

 差し出した右手を両手で握りしめられる。痛い。

「ああ神様仏様……」

 神様はともかく、仏様という概念はこの世界にあるのか疑問だった。そしてそれに祈る行為にどれくらい意味があるのか。……それは生前でも同じか……。

 すりすりと人の手をもみくちゃに擦るように、それで怖さを紛らわしているのか。俺の手が摩耶の手によって熱を帯びていく。

 出会った頃に言っていたけれど、確か摩耶の家は自給自足をしていて、鶏を絞めたり出来るという話だった。その鶏がお化けになって出てきたりとか考えたりしないのか?

「なんか……」

「ん?」

 心も少し落ち着いたのだろう、手のスリスリも落ち着いて摩耶が口を開く。

「ちょっとお兄ちゃんの手に似てます」

 なんか普通にイケメンとか、いい男って言われるより、イケメンの手に似てるという、身体の一部が似ているという褒めかたの方がちょっと嬉しい気がした。

「でも剣を使ってる割に、手のひらが綺麗ですね」

 ドッ。

 それもそのはず。俺の戦闘スタイルはあくまでも『変身能力』をメインとしている。全身を、それこそ頭の先からつま先まで鎧に包まれて、当然腕どころか指先にまでも能力は及ぶので、剣を握っても、タコができたり、柄が当たったりしても手は綺麗なままだ。

 剣道はやっていたものの、やらなくなってしばらく経つから、すべすべのお肌に戻ったのだろう。

「倉田さん、何かお話ししてくれませんか?」

「いや、だから洋物のホームドラマか」

「眠れません」

 こいつそういえば結構飲んでたな。酔っ払いか?

「じゃあそうだな、俺が入院してた頃の――」

「馬鹿か! そんなのどう考えたって心霊関係の話じゃないッスか!」

「よく気付いたな。看護師さん達の間では有名な話でな……」

「続ける!? もっとこうハートフルな話にして下さい!」

 注文の多い奴だなぁ。

 ハートフルねぇ。

「そうだな……入院中に10歳の女の子と仲良くなったんだ」

「ほう」

「何故か懐かれてさ、結構一緒に遊んだりテレビを観たりしたんだ。日曜朝とかのああいう系」

「私も欠かさず観てましたよ」

「摩耶はおっきいお友達だったんだな」

「その言い方はどうにも承服しがたい。私たちの年齢を考えると、まだセーフです」

 まあ本人がそう思ってるならそれでいいや。

「お兄ちゃんお兄ちゃんって懐いてくれてさ、俺は2人姉弟の弟だったからなんだか新鮮でさ。妹が出来たみたいですっかり仲良くなって毎日一緒に遊んだんだ。で、俺の病状が悪化するまですっかり一緒だったから、特撮にはまっちゃってさ。日朝はすっかり2人して盛り上がってたよ。子供向けかと思ってたけど、観てみると案外楽しいもんなんだよな」

「倉田さん。そこまではハートフルなんですけど、倉田さんがここにいると言うことは別れのシーンがあると言うことですよね」

「いや、無いよ。俺は退院したあとで病状が急変して死んだから」

「って重い……!」

 夜なんだから声を抑えなさい。

「眠れそうか?」

 あえて、わかっているが訊ねてみた。

「そんなわけ無いでしょ!? でも私も特撮は好きですよ。子供向けなのか大人向けなのかわからん演出とかストーリー展開、楽しいッスよね。爆発するし」

「そうなんだよな。たまに変な話もあるけど、それはそれで楽しい」

 俺はその変身ヒーローに憧れて、いや、触発されて能力を決めたというわけだ。

 ただ日本の変身ヒーローで理解出来なかったのは、変身しているのに正体を隠さないのなんの。当たり前のように人前で、そして敵の前で変身してしまう。

 力には責任が伴うって、そんな有名な台詞があるだろう?

 迂闊に素顔で悪人を成敗してみろ。身近な人が報復の標的になりかねない。ましてや素顔なら、たまたま出くわした馬鹿な悪人にまた絡まれてしまう。

 俺が考える責任とはそういうことなのだ。独りよがりに悪人を好き放題懲らしめるのではなく、自分が行っている事、行動に対する責任。

 力を持つという事への責任。

 力を使うという事への責任。

 うーん……。そう考えると、やはりこの世界を救うことが俺たちのようなチート能力者の使命なのだろうか。

 転生窓口では自由に生きて構わないと言われたが、そう無軌道で無策に生きるのも難しい気がする。

 何かを為せる力があるのに何もしないのは気が引けてしまう。

「……」

 思索にふけっているうちに、気付けば摩耶は寝ていた。結局話はいらなかったじゃないか……。

 握られた手を静かに離すと、俺は隣のベッドに横になった。

 はぁ。明日はちゃんと仕事しようっと……。



 翌日、日がまだ昇り始めた時間に目が覚めてしまった。もう1つのベッドからは静かな寝息が聞こえてきた。うーん……もうちょっと寝ていたいが、やけに目が冴えている。

 やはり同い年の女子と同じ部屋で寝たことで、気分が高揚しているのだろう。俺だって年頃の男なのだ。

 マジックペンでもあれば額に「肉」と書いてやれるのに、惜しいことにこの宿にそういう便利な道具は常備されていない。

 宿屋に感謝だな、摩耶よ。

 はて。

 時間を持て余しそうだがどうしたものか。

 部屋を取ってくれたのは摩耶なのだから、先に目が覚めたからといって、「じゃあまたね」ではあまりにも情がない気がする。

 起きるまで待つか。

「……」

 しかし昨日のビビりかたったらなかったな。まさか摩耶が怖いものが苦手だとは考えもよらなかった。本当、そういう人が周りにほとんどいなかったため、ああいう反応は新鮮すぎた。

 ふと思う。

 アンデッド系のモンスターと遭遇したらどうなるのか。

「……」

「……」

 摩耶の方を向いて考え事をしていたら、ちょうど寝返りをうった摩耶がこちらに向き、目が合った。

「おは――」

「ひぃぃぃぃ!? 倉田さんなんで!! 私たちそんな関係に!?」

「寝ぼけてんじゃねーよ! お前が昨日、1人で寝るのが怖いっつって、ツインの部屋を自分で取ったんだろうがぁ!」

「私綺麗な身体のままですか……?」

「今後何があっても俺の助力を得られると思うな」

「じょ、冗談ですよ……」

 摩耶は起き上がると身体を伸ばした。

「ていうかさ、お化けとか怖いなら、シェアの話を受ければいいじゃん」

「一理ありますが……」

 まだ何か譲れない、あるいは許容できないものがありそうだ。

「女だけのコミュニティなんて私にはとても……」

 それか。

「ラウラさん達なら別にそこまで気にしなくても……」

「だから余計になんですよ~。あの人達いい人だから迷惑かけたくないって言うかぁ……」

 確かにいい人達だ。

「いや、待て。その理屈だと俺はどうなる」

「ぬー。それは同郷のよしみで大目に見て欲しいですね」

 同じ世界を同郷というのなら、スケールがでかすぎるんだが。

「ちなみに倉田さんはどこ出身ですか?」

「俺? 生まれは東京、育ちは埼玉」

「あー」

 その反応はわからんでもない。しかも埼玉って言っても北の方の地方都市の皮を被った田舎だから、大多数の人がピンとこないぞ。

「摩耶は?」

「私は秋田県です」

「へえ。秋田美人じゃん」

「いやー、私にはほど遠い肩書きですね」

「えー、そんなことないと思うけどなぁ。しっかり秋田美人してるよ」

「いや、そんな、褒めすぎですよ。秋田でも田舎の方でしたから」

「関係ないって」

「ラウラさん一筋なくせに褒めすぎッスよ、マジで」

 そういう摩耶の中は軽く緩んでいるので、照れているのだろう。

「いや、俺は別にラウラさんのことをそういう目で見てるわけではない」

 ピシャリと訂正を入れる。

「いや、2人を端から見てると展開の遅いラブコメ漫画を見てるようですよ」

 いや、そこは本当にグレーというか……。

 理解して貰えるかどうかはわからないが、異性として見ていると言うより、人として尊敬あるいは憧れているというか。そういう感情なんだと、説明してみた。

「……まあ倉田さんにその気が無くても、ラウラさんが意識してるのは気付いてますよね?」

「あれはマジなの?」

「ガチですよ。何言ってるんですか」

 まあ確かにお酒が入ると、人が変わったように、俺に接する態度がおかしくなるけど。酔っ払いの気まぐれみたいなもんだろうと。その程度に受け止めていたのですが。

「恋愛漫画の主人公じゃないんですから! ガチのマジですよ!」

 うーむ。そういうこと言われると変に意識しちゃいそうでちょっと困るなぁ。

「まあいいや」

「こいつ! 乙女の気持ちをまあいいやで片付けるとは……!」

 摩耶が珍しくいきり立っている。

「悪い悪い。そういうニュアンスで言ったわけじゃなくて……とりあえず起きたなら、ギルドに行こう」

「ラウラさんと仕事、どっちが大事なんですか!」

「面倒くさい彼女やめろ」

 俺は荷物をまとめ始める。

「もー。乗って下さいよ-」

 倣って摩耶も荷物をまとめ始めた。

「でももうこっちの世界に骨を埋めるわけですから、そういう相手についても真剣に考えてもいいと思いますよ」

「そうは言っても俺まだ17だし。気が早いよ」

「私らの世界と異世界の婚期が同じ分けないじゃないッスか。私らの世界より早いはずッスよ。飲酒可能年齢を考えてみて下さい。きっと結婚できる年齢も日本より早いに違いないッス」

「……摩耶は色々なことをちゃんと考えてるなぁ」

 素直に感心した。俺はそんなことまで考えていなかったのだ。なるようになる、というわけでなく、自分がそういう人生を送るビジョンを想像できていなかったから、癖になってるのだ。

 そうか……この先俺はこっちの世界で、結婚やら何やらを経験するかも知れないんだ。本当に想像も付かなかった。

 手一杯というわけではないが、どうやって冒険を楽しむか、そればかりを考えていた。脳天気に異世界ライフを楽しむことばかり。

「秋田美人な上にしっかり者か。いいお嫁さんになれるよ摩耶は」

「結婚しても冒険者は続けたいッスよ」

「剛毅だなぁ。結婚って落ち着くイメージだよ、俺」

「私の実家は田舎なんで、倉田さんみたいな考え方の人間が多いですけど、農家が多いので、嫁は奴隷みたいに考える家が多かったですよ。私はそれが嫌で、大学は都会の大学に進学して、きちんとした会社に就職して、それでいつかは結婚をと考えてました」

 後半の摩耶の表情は、正しく乙女の顔はをしてはいたが、確かな芯のある表情も覗かせていた。

 昨晩のお化けで騒いでいた状態とは、打って変わった様子である。

 そんな言動について、不意に浮き出たのが、

「意識高い系JKだったのか……」

 頭の悪そうな感想。

「なんですかそれ。そこまでじゃないッスよ」

 いいや十分だろう。それは冷やかしや皮肉でなく素直にそう思った。

 きちんとした未来へのビジョンを抱いて、それに向けて、活力に満ちた毎日を生きていたのだろう。

 俺は年相応にアホな高校生だった。基本的に何も考えずに学校へ通っていた。まあそれも短期間だけだけど。

 将来のこと、未来のことを考えたりしたのは、病気が発覚して、もう手遅れという段階の時だった。

 あの時期ほど将来のことを考えた時間は無かった。

 追い込まれると逆にやる気というか負けん気が出るタイプ、というか。テスト勉強を始めようとやる気スイッチを押したら、部屋の掃除を始めてしまったりとか、そういう行動パターン。いっそ「どうせ死なない」くらいの心持ちでいたかも知れない。

「どうかしましたか?」

 雑多で、今となっては中身も無意味な思惑(しわく)から引き戻される。

「なんでもない」

 まとめ終わった荷物を置きながら答えた。

 使っていたベッドに腰を下ろす。

「ギルドが開くまでまだありますね」

「うん。早く起きすぎた。摩耶も何で起きちゃったの」

「いや、なんか人の気配がしたからでしょうね」

 大体俺と似たような理由。

「不思議なもんで、人がいると案外スムーズに起きちゃうんですよね」

 その後は時間になるまでとりとめの無い会話が続き、ギルドの営業開始時間を迎えた。

「さ、ギルド行こう」

「まだちょっと早くないッスか?」

 そうは言うが摩耶はバックパックを背負う。

「早めに行った方が、報酬の良い依頼が取りやすいだろ?」

 こと依頼は早い者勝ちであるので、先手を取った方がそれなりに良い依頼と巡り会える。

 チェックアウトを済ませて街に繰り出す。

 俺たちの世界とは違い、化石燃料を使った機関を持たないであろうこの世界の空気は澄んでいる。それはもちろんスクンサスがやや田舎という立地理由もあるだろうが、朝一番の空気は気持ちが良かった。

 そんな空気を満喫しながらギルドへ向かう。

 到着すると、やはり時間が早いせいか、いつもより活気が少ないのがわかる。

 扉を押しやって中に入ると、人がまばらにいた。

 仕事熱心な人もいるものだ。

 ギルドに会わせて食事処も営業を開始している。といっても、この時間に利用するのは専ら冒険者らしいが。

 ふと、病院の待合室が脳裏によぎった。広い場所に人がいるのに静けさを湛えた空間。

「なんか、朝一の学校みたいッスね」

 隣の摩耶がギルド内を見回しながらこぼした。なるほど。俺はいつも5分前登校だったので、学校のそういう一面は知らなかった。登校して教室に入れば、即喧噪が待っていた。

「こういう雰囲気も悪くないな。

 摩耶はどうする? 依頼決めるなら他のみんなと一緒にだろ? 俺は掲示板にめぼしいのがあったらすぐ受けちゃうけど」

「ああ、それならもうちょっとすれば、みんな来ると思うんで待ってますよ」

 ラウラ組は働き者だなぁ……。俺は昼近くから仕事に入ることが多いというのに。

 そんなわけで、ここでそれぞれ別れることにした。摩耶は待機、俺は仕事探しへ。

 依頼掲示板の前は空いている。ゆっくりと品定めが出来そうだ。

「……」

 チート能力のおかげで大体の依頼は難なくこなすことが可能だ。そういった状況で、どういう判断基準を持ってして依頼を決めるかというと、いかにも冒険者っぽい内容のものかどうか、それと正体をバラさずに遂行できるかどうか。

(おいおい。おいおいおい、おいおい)

 共同墓地の調査?

 このタイミングでこんな依頼か!

 グールやゾンビなどの出現の可能性もあるときた。これはもはや天の采配なのだろう。

 摩耶に見せてこよう。俺は依頼書を剥がすと、食事処の隅で仲間を待っている彼女の元へと急いだ。

「摩耶、これ、これおすすめ!」

「なんですか?」

 依頼書を手渡してすぐに摩耶の顔色が変わった。

「こんなん行くわけ無いでしょ!」

 クワッと、一瞬般若が見えた気がした。

「ごめ、落ち着いて……イージー、イージー」

 今の叫びでギルド内の視線を集めたのが気配でわかる。俺は慌てて摩耶を宥めた。

「ごめんごめん。そこまで嫌だとは……」

「そんなの昨日の件でわかってるでしょうに!」

「わかった! やめろ! 構えるな!」

 指を鳴らそうとする摩耶の右手を握る。すると左手に切り替えて来たので俺はそちらの手も握って動きを止めさせた。

「悪かった! 落ち着くんだ! ここで魔術なんて発動させたら面倒くさいことになるぞ!?」

「倉田さんを殺せるなら、その程度なんてことはありません」

 殺す!?

 殺すって言った!?

 殺意が芽生えた!?

 そんなに!?

「すまんかった! すまんかったから!」

 予想外の反応に、俺はもうただただ謝罪する。

「いや、もうホント! ホントに! しばらく同じ部屋で寝てくださいよ!?」

「どういう理屈だよ!?」

「そんなんゾンビがいるって知ったら、いつ襲われるかわかんないじゃないですか! そんな状態で独り寝が出来るとでも!?」

 そんな子供みたいな理由!?

「わかった! わかったから! 落ち着いてくれぇ!」

 どうにか摩耶を宥めすかし続けて、両の手の力が抜けたのを確認できたので、手を解放した。

「本当にどうしてそういうモンスターがいるんですか……」

 それはもう、悲痛な呻きだった。

 まあ中世風ファンタジー世界だからな。ゾンビを含めたアンデッド系のモンスターくらいお手の物だろう。いやしかし、それでもまさかこのタイミングで遭遇するチャンスがやってくるとは思わなかった。

「そのさ……いるのはもうしょうがないから……。あとは出くわさないよう祈るしかないよ」

 いるもんはいるのだからしょうがない。

「それにほら……俺たちにはチート能力があるじゃないか。いざとなったらそれでどうにかできるだろ?」

「違うんですよ、倉田さん……。対抗手段があるから大丈夫になるわけじゃないんです。もうそういう理屈抜きで怖いんですよ……!」

 まるで摩耶の周りにだけ黒雲が立ちこめているかのようだ。ズーンという効果音が聞こえてきそうな落ち込み方。

「嗚呼……こんな事実、知りたくなかった……」

 天を仰ぐ摩耶。それは諦めというか、折り合いというか……自分の中でどうにか感情を処理できた様子ではあった。

「おーん? アキラがいるぞぉ?」

 どう慰めようかと頭をフル回転させていると、ナタリーさんを先頭に、ラウラ組がやってきた。これぞ渡りに船である。

 俺は経緯を説明した。

「あはは。あるある。私だって最初は気持ち悪くてどうにもならなかったわよ」

 あっけらかんと、ベテラン冒険者はそう述べた。

「意外ですね……ナタリーさんが、あがががが!?」

 こんなことで魔力の無駄遣いは止めて欲しい。別に何を言ったわけでもないのに、無言でアイアンクローを繰り出してくる。

「やめないか、ナタリー」

 制してくれたのはラウラさんだった。

「なんか乙女のプライドを傷つけようとされた気がしたから、ついつい」

「アキラも、本人が嫌がっているのにからかうんじゃないぞ?」

「はい……」

 こめかみが痛くてそれどころではないのだけれども。ラウラさんに言われたらしょうがない。

「それにしてもアンデッド関係の仕事か……。アキラは初めてだろう?」

「そういえばそうですね……」

 未だに違和感を訴えるこめかみに手を当てながら答える。

「頭おかしいッスよ!」

「んー、まあ最初は、うん。気持ち悪いかな。死体が動くわけだし。死体の状態にもよるけど、綺麗な死体の方が案外」

「はぁあぁああぁあぁんんん!!」

 ナタリーさんの話に絶えられなくなった摩耶が奇声を上げる。

「え、そんな?」

 この光景にナタリーさんが驚く。

「死体はぁ! 動かないんですよぉ!」

 頭を抱えて、この世の全てを否定するかのような勢い。

「重傷だな。アキラ、お前何したんだ?」

「それを前提にしないで下さい。もともとそういうお化けとか幽霊とか苦手みたいで」

「なるほど……まあ、慣れてもらうしかないわね」

 難しい顔でナタリーさんが言う。他の2人も同じ意見なのか、首を縦に振って頷いていた。

「……こんなに怖がっていたら逆に危ないだろう。アキラ、残念だが1人で依頼にあたるか、別の魔術師を見つけるかしてくれ」

「ちょっとまってください。アンデッドも魔術じゃないと斃せないんですか?」

「いや、そんなことはないぞ。魔術師がいた方が楽になるくらいで。スライムと違って物理的な攻撃も効果はみられる。ただし他の魔物と違って、文字通り痛覚も死んでいるので怯むことがないから、タフで疲れるかも知れない。というのが私が昔ゾンビと戦った時の感想だな」

「ひぃ! ゾンビ!?」

 もはや怖い単語に反応するだけの生き物と化した摩耶。

「……アキラ、少し離れたところで話そうか。ナタリーとマルタは依頼を探しておいてくれないか?」

「ん。オッケー」

「わかった」

 俺とラウラさんは摩耶から一番離れたテーブルまで移動した。

 ラウラさんが座り、俺も座る。

「……いや、アキラ、そのなんだ。こういう場合、向き合って座るのが普通ではないだろうか」

「えっ、あっ!?」

 食事処ということで、いつもの癖でラウラさんの隣に座ってしまった。

 そりゃそうだ。サシの仕事の話し合いで隣に座るわけがない。

 俺はラウラさんの対面に座り直した。

「すいません、つい癖で」

「いや、まあ、しょうがないな……。

 それでアキラはアンデッドについてどのくらいの知識があるんだ?」

「そう言われると……」

 元の世界の映画や小説やアニメのフィクションの知識レベルだ。なお言えば、作品によって対処の方法が違ったりするので、これぞという方法は判然とさせられない。

「斃しにくいとか……弱点が無さそうとか……」

 俺はフワッフワな返答をする。

「そうだな、確かにそういう面もあるが、一口でアンデッドと言っても――恐らく今、依頼の内容からゾンビのことを考えているだろうが――、ある一定の特徴をした魔物の総称のことなんだ」

 そうしてラウラさんの簡易アンデッド講義の時間が始まり、冒険者に必要な最低限の対処法を教えてくれた。

 有り体に言えば、斃し方である。

「聖水があれば簡単なのだが、聖水自体が簡単に手に入るものでもないからな。極端な話、綺麗な水でも少なからず効果はあるが、武器を持ってるなら武器の方が早いな」

 そうか……聖水は道具屋で手に入らない世界か……。ていうかよく考えれば、少なくとも俺の身の回りでは、元の世界でも聖水は身近なものじゃないな。

「いや、ありがとうございます。勉強になりました」

「それでも厄介な相手が多いのは違いないから、油断はしないことだな」

 なんかもう依頼を請けること前提で話が進んでいる。まあやるけど。

「終わった?」

 ラウラさんの話が終わるのを待っていたナタリーさんが顔を見せる。

「ああ。待たせて悪いな。――アキラ、気を付けるんだぞ」

「もちろんです。ラウラさん達もお気を付けて」

 ラウラさん達を見送って、俺は依頼書を窓口に持って行き、手続きを進めた。


 というわけで早速共同墓地にやってきた。

 想像より整備されていて、一種公園のような雰囲気がある。と言っても、もちろん人がそこら中にいるわけはない。ましてモンスターが出現する可能性がある現状であれば、足は遠のくだろう。

 依頼が出た時点で、ギルドが勧告を出してるだろうし。

 さて、そうなるとどこをどう調べるのが正解か。

 墓の管理人も、万が一のことを考えて引き上げさせていると言うことで、完全に1人での行動となる。

 墓の様式で言えば、元の世界の欧米風の土葬の墓に近いようだ。故人の名前の刻まれた墓石が、きっちり並んでいる。

「……」

 厳かさに身が引き締まる。

 元の世界では俺の身体も既に墓石の下に納まっているはず。まあうちはよくある家庭なので、墓石の下には骨だけだろうが。……モンスターになるとしたら、スケルトンか。

 しかしこの墓石の数と同じ数だけ死体が埋まっていると考えると、摩耶ほどではないが、少し背筋が冷える思いだ。

 異常を見つけようと墓地の外縁に沿って歩いてみる。墓地自体に異変らしい異変は窺えない。自分以外誰もいない、ある種、聖域めいたこの場所に五感が揺さぶられる感覚がした。

「……ん?」

 墓地の一角に鬱蒼とした森のような林のような場所があった。

 薄気味悪いので通り過ぎようとすると、一瞬、鼻の奥が何か刺激されたような感じがした。

「……」

 立ち止まって周囲を見回す。

 小鳥の囀りと、墓地に所々植えられた木々の葉擦れの音がした。

 スン、と鼻から空気を取り込むと、やはり違和感がある。

 墓には俺1人だけ。

「変身」

 黒い鎧を纏う。

 強化された感覚で、森の方から微かに流れてくる異臭を嗅ぎ取れた。

 異常があるとしたらこの先に違いない。……念のため確認しておくか。

 匂いを頼りに歩みを進める。まるで警察犬。

 何の匂いかわからない。だが気持ちのいいものではないことは確かである。ゴブリンの巣窟と似ているようで非なる匂い。

(腐臭か?)

 経験したことのない状態。拒絶感が身体を縛り、歩調が重くなる。

 そんな感覚に襲われながら恐る恐る進んでいたため、反応が遅れてしまった。

 藪の中から、低い呻り声を上げた物体が飛び出してきた。それは明確に俺を狙って跳躍していた。

 応戦する間もないまま、どうにか防御態勢を取って攻撃を防ぐ。

 それは、ゲームの中で散見できる、わかりやすい、モンスターそのままの様相を呈しており、人型に近かった。

 攻撃を防いだことで、そのモンスターは素早い動きで一足飛びに距離を取った。そして四足歩行の動物のような体勢を取る。

 モンスターは俺から視線を外すことなく、呻り声を漏らしながらこちらの様子を窺っている。

 その身体は全体的に色白で、目は赤く充血しきっており、体中を血管のようなものが巡っていた。

 充血したゆで卵のような見た目だった。

 ……うぇ。変なたとえするんじゃなかった。もうゆで卵食いづらい。

 しばらく相対していると、口を開き歯を剥いて威嚇してくる。歯は人のそれと違い、一本一本が鋭い牙になっていた。

 肉食の捕食生物のそれに近い。

 ゾンビにしては……随分と生き生きしている。

 相手の正体がわからぬまま、俺は戦闘体制へと移行する。

 キシャー、と甲高い音と共に再びの威嚇行動。

 俺は腰に下げた剣を引き抜いた。

「……」

 忘れてた。変身前に持っておかないと意味が無い。剣の柄だけのような円柱の物体を握る。

「なんだろうなこれ――」

 フォン、と空気を裂いて、急に蒼い光の棒が柄から飛び出る。

(えぇ……なんだこれ。武器なのか?)

 さっきの円柱と併せて見てみると、まるで……。

「フォースの導きを感じる」

 そう。あの世界的に有名な、宇宙を舞台としたあの映画の例の武器のみたいな……。

 完全にそれに気を取られていて、隙の塊になっていた。モンスターが飛びついてくる――!

 その腕、あるいは前肢なのか、その指先に鋭く伸びた爪を振りかざされる。

 やはりゾンビにしてはやけに活動的だ――なんてのんきなことを考えながら、つい癖で、後ろに飛びしざり、剣を振りかぶって、当たり前のように相手の頭部に蒼い棒を叩きつけていた。

 要するに剣道の引き面というやつである。

 切りつけるつもりはなかったため、相手の頭部は抉られたように凹んだ。はたしてこの剣、いやさ、光の棒はどういう効果を秘めているのだろうか。

 思考は叫びのような奇声に中断させられた。

 モンスターは頭部を変形させながらも、しかしそれは致命傷には至らなかったようで、怒らせる効果だけ発揮していた。まさか獲物に反撃されるとは思いもよらなかったというところか。

 さっきより近い距離から、間髪入れずまた飛び込んでくる。今度は、威圧感バリバリのあの牙を剥きだして、首を狙っているようだった。噛みつこうというのか。

 近くで見るとさすがに恐怖を感じる。

 ええと確かアンデッド系のモンスターの弱点は……頭だったっけ。

 飛び込んできたゆで卵もどきを躱し、相手の横合いから首を狙って光の棒を振り下ろした。

 相手の首の後ろ、がら空きのそこに、滑らかに――まるで液体を斬るように、すんなりと、棒は首を切り落としてくれた。

「……おお」

 切り離された首と胴体は、直後はまだ動いていた。アンデッドのくせに生命力の強そうな動きをするのはいかがなものか。

 念のため頭部をきっちり潰しておく。

 そうしてそれが終わる頃にはもう、胴体も動いていなかった。

 いやぁ、俺も何かを斃すのに躊躇わなくなってきてるなぁ。今回の相手が、純粋に生物とは別のものなのも理由だとは思うが。

 多分こいつもアンデッド、だよな? 仮にそういう種族って言われても、襲われたんだから正当防衛を主張するぞ。

 ……まあいいか。

 とりあえずこいつが出てきた方へ進んでみよう。逆を辿れば何かしらに出くわすはず。

 ――いや、ちょっと待った。

 先に確認しておかないといけない。この魔法の棒のことだ。今までこんなの気付かなかった。武器を持ったまま変身すると、その武器も強化されるのは以前見たことだ。

 ただしこれはなんだろうか。

「……ほほー?」

 どうやら先端の蒼い部分は、俺の意志で自由に出し入れが可能なようだ。ラ○トセ○バーにも似てるし、ビ○ムサー○ルにも見える。両者のどこがどう違うのか問われても俺には……わからん。

 いずれにせよ役立つ装備なのは間違いない。今回遭遇する可能性のある敵の特性を考えると、さっきの切断力があれば鬼に金棒だ。蒼い部分、剣で言えば刃の部分に当たるわけだが、どこか魔術的な気配を感じるのだ。

 今触ってみようとも思ったが、この『変身能力』の恩恵だとすると、迂闊に触ったら怪我をしかねない。そりゃ謎の物質で出来た鎧だが、それの付加物となれば、その威力を推し量ることが出来る。

 よし。とりあえず今はこれの話題は置いておき、依頼の続きに取りかかろう。

 さっきの奴が出てきたのは……こっちだな。

 摩耶と違って俺はお化けだ幽霊だと騒ぐことはない。むしろこちらの世界ではモンスター扱いなので、対処の方法が確立されている分、対応しやすいのではないだろうか。そうするとますます怖がる隙が無くなろう。

 ああでも、モンスターである以上襲ってくるから、生命の危機的にはこちらのほうが数段ほど上かも知れない。

 どっちも善し悪しだな……。

「……臭いな」

 強化された嗅覚が敏感に感じ取る異臭。さっきのやつの足取りを辿っているわけだが、どんどん匂いの輪郭がはっきりしてくる。

「……」

 吐き気を催す臭気。なんだこのにおいは。

 思い切り顔をしかめたとき、樹上から、さっき聞いた鳴き声のようなものが響いた。

 咄嗟に後ろへ跳躍する。

 刹那、俺のいた場所に例のゆで卵もどきが、爪と牙を剥き出しにして降ってくる。その数2体。獲物が逃げたとあって、気味の悪い鳴き声のような音を発してこちらを睨めつけてくる。

 相手の手の内は知っている。

 今回はこちらから行かせて貰おう。

 トン、と地面を蹴ると、身体が羽根のように舞う。そうやって1体目との距離を一足飛びに詰めると、切り上げるようにセイバー(仮)を振り上げ、頭を切り裂く。その光景はさながら蕾から花が咲いたかのよう。……嘘。

 そんな綺麗なものではなく、モンスターは割れた頭を振り、耳障りな鳴き声を周囲に響かせてもんどり打った。

 スプラッター映画並みに頭部を切り開かれているのに、まだまだ元気だ。何せその2つに斬られた頭部を前肢で押さえてこちらを睨み付けたのだから。アンデッドのアンデッドぶり、恐るべし。

 俺は間髪入れず、セイバーを横薙ぎに払ってそいつの首を切り落とした。押さえていた前肢ごと斬ったので、ボトボトボトと音が続いた。

 ああ、こういうところがアンデッドの忌避される部分なのだろうと思う。

 2体目は仲間がやられたのを見て激高したか、それともこのゆで卵もどきの性質なのか。シャカシャカと前肢と後ろ肢に伸びる禍々しい長い爪を鳴らしながら、薄気味悪い四足歩行で近づいて、飛びかかってくる。

 前肢を突き出して爪での刺突。

「惜しい!」

 爪は的確に俺の左目を狙っていた。

 しかし強化された身体能力の前では相手にならない。

 俺は左手で相手の手首っぽい部分を掴むと、もどきの飛び込んできた勢いを殺さず、左手を振って地面に叩きつけた。

 キィィィ、という甲高い声を上げたゆで卵もどき。変身で強化された力で叩きつけられ、動きを止めてしまった。その隙に首をたたき切る!

 このセイバーの良いところは、きっといくつもある。今実感しているのは、あまりの切れ味の良さに、敵を斬った感触をほぼ残さないところ。

 切り落とした首を離れた場所に投げ飛ばした。

 ……なぜか。

 近くにあると復活しそうだったからだ。

 アンデッドだから油断は出来ない。

 さすがに弱点だからそれはないだろうとは思いつつ再び歩き始めた。

 強まってくる刺激臭が、依頼の核心に近づいていることを知らせてくれる。

 前方中数メートル先に異様な光景が広がっていた。 小さな火口のようなものを中心にして、十数体ものゆで卵もどきが蠢いている。そしてそれらの足下には人型の何かが転がっていた。

「……」

 認めたくないが……転がっていた人型は恐らく、元は人なのだろう。もはや肉塊と化し、動くことのない……死体。

 とすれば、この漂う異臭はやはり腐敗臭ということか……?

 突如、ゆで卵もどきが死体に群がった。

 『変身能力』で強化された聴覚が、悍ましい音を拾ってしまう。

 死体を食っている。

 つまりこのアンデッド――ゆで卵もどきが、グール(屍食鬼)なのだ。ラウラさんから教えて貰ったとおりだ……。

 あの死体の元々がゾンビだったのか、それともただの死体だったのかはわからない。いずれにしても何もない場所に死体が勝手に湧いて出るわけがない。数から見て、何か事件の匂いもする。

 気がそれた。

 あれがグールなら、あの小さい噴火口がグールの巣。あれを絶たなければ、グールは延々と出現するとラウラさんが言っていた。

 そうなれば……。

 この姿ならある程度無理が利くはず。周りのグールは後回しにして、本丸の巣を叩きたいところだ。

「……っ!」

 ギリリ、と矢をつがえた弓の弦が張り詰めるイメージ。膝を曲げて脚に力を込めて――それを一気に解放する。

 ドウ、と地面を蹴ると同時に身体が宙に浮く。それこそ矢が解き放たれたように、俺は前方に勢いよく跳んだ。

 グール達の注視を一斉に受けるが、狙い通り巣の入り口に着地する。

 ほんの出来心で巣の内部を覗き込んでみると、底知れぬ闇が広がっていた。それは自然のものではなく、悍ましい気配を放っている。

 巣を押さえられたグール達は怒りの声を上げて俺に殺到し始めた。

「絶掌波!」

 巣の奈落に向けて衝撃波を放つと、底から紫色をした、身体に悪そうな霧のような靄の渦が立ち上ってくる。吸い込むと身体に悪そうだったので咄嗟に身を引いた。

 穴から噴出した靄は宙に舞うと四散して、その濃さを薄めていった。

 改めて穴を覗き込むと、あれだけ異様な空気を発していたグールの巣は、何事も無かったかのように、ただの穴へと変貌してしていた。

「絶掌波!」

 気持ち的に嫌だったので、穴は塞いでおく。

 すると、ギャッ、ギャッと威嚇しながら、残されたグールは俺に対して敵意を剥き出しに、一斉に牙を剥き始める。

 素晴らしきかな、転生特典、チート能力。

 俺は繰り出されたグールの攻撃を躱して、戦いやすい場所へと移動していく。残念ながら避けながら攻撃するという、センスの塊のようなムーブが出来ないのが悔しい。

 グールは最初、執拗に俺の目を、自慢の爪で狙っていたが、次第に足を狙う個体が現れ始めた。俺が動き回りすぎたせいだろう。ガリガリに痩せた成人男性より少し小さい身体だが、それに見合った最低限の知能は持っているようだ。

 防戦一方。変身してるからグールの攻撃くらいなら痛くも痒くもないはずだが、性分なのか、ノーダメクリアを狙ってしまう。しかし次々繰り出される攻撃をヒラヒラと躱していくのは気持ちいい。

 と、そんなことを言ってる場合ではない。

 先ほどと同じく、目を狙ってきた腕を掴んで、今度はジャイアントスイングのように振り回す。

 仲間に叩きつけられて、グールはギャッギャッという声を発している。タイミングが悪いと、味方からの爪の一撃を貰ったりしている。

 一通り振り回した後に力一杯で放り投げて、そこらの木に叩きつけてやると、骨の砕ける音を発して地に落ちた。それでもまだやる気らしく、歪な格好でこちらに駆け寄ってきた。

 うひー。実に奇妙で悍ましいことこの上ない。

 アンデッドよ、嫌われるのはそういうところがあるからだぞ!

 俺は……ええと、ラ○トセ○バーじゃなくてビー○サー○ル……でもない……ああもう、ビームセイバーなら大丈夫だよな!?

 ビームセイバーを取り出して、攻めに転じる。武器の特性上、多分触れたら切れるようなので、攻防一体の武器になるはず。

 足を払おうとする一撃を防御すると、グールの爪はビームセイバーに分断されてしまう。そのまま踏み込み切りつけると、綺麗に腕が肩まで割れてしまった。

 ギヤァ、と悲鳴一発、後退した。と同時に別の方から攻撃が降りかかる。

 こんなのもう数の暴力だ。そのうえ一体一体の耐久力も高いと来たら、ああもう。俺もアンデッド嫌いになったわ!

 腕や足を切り落としても、奴らは一瞬怯むだけですぐにまた標的を仕留めにかかる。

 俺はチート能力でなんとなく戦えているが、――他の冒険者さん、スゲー。ラウラさん曰く、アンデッド対処専門の冒険者もいる、ってのは納得せざるを得ない。

 こんな面倒な奴ら、おいそれと戦っていたら、心も体も疲弊しきってしまう。

 俺はビームサー……じゃなくてビームセイバーを両手で持ち、腕を伸ばし、その場で回転した。

 そう。回転切りである。

 迂闊に手を出せば腕の1本や2本、簡単に吹っ飛ばしてやるぜ!

「……」

 しかし効果は芳しくなかった。

 ゲームのように必殺技とはいかない。確かにグール数体の手を切り落としたようだが、致命傷を受けた個体はゼロだった。

 見よう見まねで使いこなせないから、技は技たり得ているんだな。よくわかった。

 俺は攻撃を避けながら木を背にし、正眼の構えを取る。剣道はあくまでも武道だが、有段者の木刀の一撃は致命傷を与えると聞いたことがある。俺だって一応有段者。

 この必殺のビームセイバーならば。そしてここまで来る道すがら倒したという実績もある。

 やはり多少の知能はあるのか、グール達は俺を中心に扇状に広がって包囲を固めてきた。

「かかってこいや!!」

 剣道よろしく、気合い一発。

 一番近い相手の間合いに飛び込んだ。

 頭部を狙ってビームセイバーを振り下ろす。スパッと両断。構える暇も無く、横合いから足払いの一撃が降りかかるが、難なく足を上げて回避。そして、その攻撃を繰り出してきたグールの頭にセイバーを突き立てる。

 そうして俺は順当に、変身の恩恵を十全に賜って、残りのグールを斃していった。


  ※


「……」

 俺はギルドの食事処で呆けていた。身体のほうは変身のおかげで疲れ知らずなのだが、心が疲れ切っていたのだ。

 アンデッドなんてくそ食らえだ!

 あの後、俺は残らずグールを切り伏せると、念のため辺りを見回ってから街へと帰還した。

 そうして、墓場の状況と依頼の完遂をギルドに報告、報酬(グール討伐の追加報酬有り)を受け取って現在に至る。

 複数の死体があると言うことで、やはり何かしら事件性も浮上し、俺たちの世界で言う、警察のような組織が動くことになるらしかった。さすがに殺人やらの捜査までは冒険者ギルドの範疇から外れるようだ。

「少年、おつかれじゃーん」

 注文もせず呆けていると、ヘルミーネさんが声をかけてきた。さすがに注文もせず長時間座りっぱなしなのがまずかったか。

 正直、卓を押さえているのに飲み物の注文一つしないのは、店としては客とは言いづらいだろう。だがこの食事処はギルドの待合所も兼ねてたりするので、あからさまに人をどかすような真似はしない。

「すごい、あほ面ー」

 もう何を言われてもなんともない。

「マジでおつかれじゃん」

 素で返してくるヘルミーネさんにも動じない。

「もう……」

「ん?」

「もうアンデッドはいいです」

「あー、はいはい」

 それだけでわかるのだろうか。得心顔で頷く、ヘル姉さん。

「それでー? どのアンデッドだったのー?」

「多分グールかと」

「たぶんってなんだよー」

「いや、俺アンデッド退治とか初めてで、どれがどいつだかわかんないんですよ。一応そいつら死体を食べてたんでグールかなって」

「あー、じゃあグールだと思う。あれはねー、……面倒だよねー」

 やけに実感こもった一言。

「ヘルミーネさん、まさか戦ったことあるんですか?」

 冗談めかして言う。

「まーね。元冒険者だし」

 すると衝撃の事実と共に答えが返ってきたではないか。なんか争いごとや荒事とは無縁そうな人なのに。

 あ。だから今ウェイトレスやってるのか。

「ていうか、アンデッドって大体気持ち悪いし? だからちょっとねー」

 俺の知る彼女らしい感想である。

「あ。でもアンデッドが嫌で冒険者辞めたわけじゃないかんねー。殺せるだけマシってもんよ」

「殺せない魔物もいるんですか」

「いるいるー、結構」

 マジかよ。どんな奴らなんだろう。

「ま、それよか一杯やっときなって。飲んで切り替えなよ」

「そうですね。うん、そうします。いつもの下さい!」

「うんうん、少年はそうでなくちゃ」

 ちょっと時間は早いが、今日の苦労を考えれば、些細なことよ!

 俺はメニューを手にし、どの料理を頼もうか悩み始めた。

 グールなんて飲んで忘れよう!

「……」

 でも肉料理はちょっとあれかな……うん。

 一応グールを殲滅した後に、餌となっていた死体を確認したが、食い荒らし尽くされ、原形を留めておらず、死体を見たことに対することに関して、大したショックは無かった。グロテスクだったかと言えば、間違いなくグロテスクではあったが。

 初めて見る死体がああいう状態というのも、ちょっと現代っ子の俺には考えられないが、こっちの異世界ではどうなんだろう。

 まあ普通ではないか。

「お待たせー」

 コトンとジョッキが目の前に置かれる。言動や態度に似合わず丁寧な接客をするのがヘルミーネさんのいいところだと思う。

「でー? なに食べる?」

 やはり、肉は昼間のことがフラッシュバックしそうなので避けておく。俺は野菜料理と、ちょっとお高めの海鮮料理を注文した。

 ヒラヒラと手を振って去って行くヘルミーネさんを見送って、運ばれてきたシセラを一口。

 あー。さっぱりしたリンゴの風味が心地よいではないか! 景気よくゴクゴク飲みたいところだが、この世界に来て初めて飲酒した俺は、空きっ腹にアルコールを流し込むと大変な目に遭うことを知ったので、料理が来るまで、口を濡らす程度のペースで飲み進めた。

「おっ? アキラ、もうやってるの?」

 依頼上がりだろうか。ラウラ組の面々がやってきた。

「お先やってます」

「オッケー。こっちも仕事上がりだから待っててー」

「うーい」

 なんだかんだとこの場所で出会うと自然に同じ卓を囲む仲になっていた、ラウラ組と俺。

 ハーレム! などと大きな声では言えないが、そういう状態ではある。若いうちに病気にかかり早死にした分の運気が、こちらで発動されているのだろうか。

 ラッキースケベも経験したし、だとしたら運気は上々と言える。

 そう考えれば今日のアンデッド退治は、運気の調整で下がった1日ということなのか?

 そういうことにしておこう。そしてアンデッド関係の仕事はなるべく避けよう。

「よっす。お待たせ」

「やあアキラ」

「お疲れ」

「お疲れッス、倉田さん」

 ラウラ組がやってきた。席順は言うまでもない。

 俺の横にラウラさん、対面には残りの3人がランダムに座る。今夜の対面はナタリーさんだ。

「どうだったアキラ、アンデッ――」

 ラウラさんがそう言いかけると、摩耶の顔が苦痛そうに歪む。

「あ、うむ。こうしてここにいることが答えだな!」

「はい!」

 無理矢理に話を締めた。

「無事で何よりだ!」

 下手に話すと今夜も一緒に寝る羽目になりかねないからな。別に摩耶と一緒が嫌だと言いたいわけじゃない。トラブルの種――あるいは爆弾とも言う――を抱えたくないだけだ。

「……しかしだ。マヤも、いつかは遭遇することになるわけだし、少しずつ慣れていかなければダメだぞ」

 ラウラさんはそう優しく諭す。

「はい……心得ておりますが、何卒ゆっくりとお願いします……!」

 必死すぎる。何が摩耶をここまでにしてしまったのだろうか。

「逆に摩耶はどの辺まで大丈夫なの?」

「いぎぎぎ……それを話すのだってキツいくらいですよ……!」

 ああ、そりゃそうか。ダメな部分を思い浮かべなきゃいけないんだから。

「まあまあ、アキラはそんな心配しなくてもいいよ。私たちがしっかり教育するからさ」

 頼もしいが、ナタリーさんが言うとスパルタな光景が目に浮かんでしまう。

 そんな言葉までも恐れる摩耶。

「倉田さん、今夜もお願いします……!」

「えぇ……」

 困惑する俺。

 俺の年頃から考えれば、同い年の女の子と一緒に眠るなんてご褒美もいいところだが、案外、緊張で眠りも浅くなるし短くもなるし、簡単に諸手を挙げて喜べない。

「ラウラさん達のところにお邪魔すればいいんじゃ……」

「そんなの恥ずかしくて無理ッスよ……!」

「いや、丸聞こえだって」

 みんな何事かという表情で俺たちを見ている。

「ほら、話しとけって」

「倉田さんは敵じゃないって思っていたのに……!」

「なになに。何の話よ」

 何故か俺がかくかくしかじかと、事情の説明を行うことになる。

「なーんだ、そういうことならうちに来ればいいじゃない」

「いや、なんかそういう理由でお邪魔するのも悪いじゃないですか?」

 おい。俺は?

「平気平気。年頃の女の子らしくて可愛いくらいよ」

 なんとも頼もしいじゃないか。

「ナタリーさんもこう言ってくれてるんだから、な? お世話になっちゃえ」

 背中を押してやると、不承不承受け入れた摩耶だった。

「オッケ。部屋は……一番大きいベッド使ってるのって私だっけ?」

「そう」

 マルタさんが頷いた。

「じゃあ今夜は私の部屋で一緒に寝ようね」

 優しい笑みでナタリーさんが摩耶に告げる。

 この人こういう表情も出来るんだな……。

「へい、お待ちー」

 話が纏まった気配が漂った頃、俺の頼んでいた料理がやってきた。

 ラウラさん達は料理を運んでくれたヘルミーネさんに、ついでに飲み物と料理の注文をした。

「肉がないなぁ、アキラよ」

 俺の頼んだ料理を一瞥して、ナタリーさん。

「話がぶり返すので、その件については今日はそういう気分だと言うことで一つ、お願いします」

 せっかく摩耶が落ち着いたのに、理由を話せばまた騒がしくなってしまう。

 俺も良い記憶だったわけでもないし、みんなと話して忘れてしまうのが吉と見た。

 それから夜が更けて良い時間になった頃、本日の食事会はお開きとなった。

 ギルドを出ると、俺と、ラウラ組で二手に分かれて帰路につく。宿屋までの道は遠くない。もう慣れた道を1人トボトボと歩く。

「……」

 暗い夜道。

 ふと今日の依頼を夜に取りかかっていたらと思うとすこし怖い。グールの群れが暗闇からひっきりなしに、鋭い爪と厳つい牙で襲ってくるわけだ。

 アンデッドと言えば夜行性というイメージを抱いていたが、今日相対したグールは、確かに薄暗い森の中ではあったが、結構活発に動いていたんじゃないだろうか。

 なんて考えてながら歩いて、ちょっと人目が少なくなる場所にさしかかったとき、背後から羽交い締めにされた。

「え!? え!?」

「大人しくしろ!」

 低い声で男が唸る。

 そして何が起きたのかも理解出来ないまま、俺は鼻と口を濡れた布で押さえられ、あっという間に意識が――。


  ※


 水滴の落ちる音がした。薄暗くカビ臭く、ジメジメとした場所を思わせる感覚。

 頭がボーッとしている。眠気とかそういう類いではなく、身体の内側が言うことを聞かないような感覚。 何かを考えようとしても頭は上手く働かない。

 ならば、と身体を動かそうとすると、両手は後ろ手に固定され、椅子に座らされているようだった。両足は椅子の脚に縛り付けられていた。……恐らく両手もそうなのだろう。全く動かせないわけでもなく、肌にはざらついた麻縄みたいな感触があった。

「……」

 口には猿ぐつわ代わりの布が巻かれている。

 なんだこの状況……。

 何か薬品を嗅がされたのだろう。鼻の粘膜がムズムズする。こっちの世界にも化学薬品に近い何かがあるようだ。

 自分の置かれた状況を検めてみる。

 それほど広くない部屋――日本で言えば6畳間くらい――の中央に俺は設置されている。明かりは、蝋燭が部屋の四隅の壁に一つずつ。窓もないので部屋の明かりはそれだけで、今が夜なのか昼なのか、時間も判断しようがない。

 縛り付けられた椅子は床に固定されていて、このまま動くことも許されない。

 壁も床もレンガのような石造り。

 この体勢でどのくらい放置されているのだろうか。 天を仰ぐと黒い丸穴がぽっかりと口を開けており、そこは目の細かい鉄格子で塞がれていた。

 さらに首を回して部屋の内部を窺うと、右手側に頑丈そうな扉があった。

 すると扉の一部がスライドした。

 どうやら覗き窓らしい。光が反射して、ギロリと光を反射する二つの光が覗いた。

「起きたか」

 たった一言、ダミ声が聞こえた。

 覗き窓が閉じられると扉の施錠を外しているのだろうか、ガチャガチャという音がし始める。

 やがて扉が開かれると、どうみても堅気でない雰囲気の、スキンヘッドの男が現れた。冒険者とも違う、数々の荒事をかいくぐってきた雰囲気。

 男は中に入ってくると俺の目の前に立ちこう言った。

「黒い鎧の男はどこだ?」

 抑揚のない無感情な声色。

「黒い鎧の男?」

 まだ頭がはっきりしない俺はオウム返しに繰り返す。

 黒い鎧の……俺の『変身能力』の姿のことを言っているのだろうか。

「吐け。そうすれば楽に死なせてやる。吐かないのなら……」

 男は滑らかな手つきで刃物を取り出した。

「……」

 俺はボーッとする頭で考えて喋ろうとするが、平時のように躯が動いてくれない。

「まだ薬が抜けてねえみたいだな」

 そんな俺の様子を見た後、そう言って男はナイフをしまい込む。

「うっ……」

 前髪を捕まれ、目を覗き込まれる。

「けっ……まだ当分ダメみたいだな……」

 男は苛立ちを隠さずそう吐き捨てると、前髪を離しついでに一発頭を叩いて、俺に背を向けた。

 絶好のチャンスだが頭はボーッとしたままだ。

 男が部屋から出て行くのをただ見届ける。

 頑丈そうな割によく滑る、その金属製の厚い扉を閉めてまた施錠をしていった。

「……」

 あー、くそ。これピンチじゃないか……。

 どうやってくぐり抜けようか考えても、答えは一つしか挙がらない。

 変身のみ。

 現状それが確実で間違いの無い方法のはず。まさか助けが来るという劇的な展開はまず望めないだろう。なにせここがスクンサスであるかどうかすらも定かではないからだ。

 ただでさえ狭いコネクションの俺である。

「……」

 俺は出来うる限りに首を回して部屋の内部を観察した。

 まさかとは思うが、この世界に監視カメラがあるとは思えない。しかし魔術的な技術で、監視をする方法があっても不思議ではない。

 だが、それらしき物も気配もないようだった。

 かわりに俺の荷物と武器が部屋の隅に置かれているのを見つけた。ラッキー……。

 えっとまずは……。

「変身」

 腕と足の拘束を解いたら、すぐに変身解除。

 状態異常耐性の付いた『変身能力』のおかげで頭がしゃっきりとする。

 俺は素早く動いて、四隅の蝋燭の火を消した。そしてもう一度、

「変身」

 能力を解放する。

 驚くことに視力も強化され、明かりのなくなったこの閉鎖空間でも問題なく見渡せる。むしろ蝋燭の火が灯っていたときより明るく見えるではないか。

 『変身能力』恐るべし。これなら夜でも明かり無しで活動できる。

 俺は荷物を集めて全て身につけると、まず腰のビームセイバーを取り出そうと腰に手を着けたのだが、そこにはあの柄がない。

 どういうことだ?

 あれで壁に穴でも開けて逃げようと考えていたのだが……。

 何か条件でもあるのか?

「……」

 俺は腰に巻いたホルダーに納めてある剣を見る。

 これか?

 変身解除。

「変身。――変質せよ」

 やっぱりだ。ホルダーや下げていた剣が消えて、腰のところにあの柄が出現していた。

 どうやら帯刀しまま変身すると追加される武器のようだ。

 はあ~、そういう仕組みか。

 ということはバックパックも何かしら別の物になっているのかも知れないが、今はとりあえず置いておいて、後で確認してみよう。

 しかし、抜刀したのを持って変身するより、抜かないまま変身した方が強力な武器になるとは。思いもよらなかった。この能力を使いこなすにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 さっそくビームセイバーを取り出すと、壁に突き刺した。熱したバターナイフでバターを切るごとく、すんなりと壁は切り開かれていく。

 とりあえず長方形でくりぬけるように刃を通す。

「あれ……?」

 押してもびくともしない。残念ながら、この壁の先は通路にはなっていない模様。同じように残りの2辺も刃を通すが、結果は同じだった。

 どうやらここは地下と見た。

 あと残った脱出口は……天井の鉄格子。

 飛びついてぶら下がると、縁に沿って円形状に切っていく。切り終われば当然落ちる、が膝を使って静かに着地した。

 通常なら持てるはずもない鉄格子を静かに壁に立てかけて、俺はぽっかり空いた穴の下から、垂直にジャンプする。しかし、これまた何か硬い物で閉ざされていた。そこそこ高さがありそうだったので、やや強めにジャンプしたため、その硬い――恐らく金属で出来た物を少しひしゃげさせてしまった感覚があった。

 着地すると、水音が大きくなっていた。

 地下室、頑丈な扉、天井の穴、それを塞ぐ鉄格子。「……なるほど」

 恐らく溺死させる仕組みを持たせた拷問部屋なのだ。だから椅子まで床に固定されている。

 読めてきたぞ。ここの奴らが、グールの餌になっていた死体を墓地に捨てたんだろう。

 しかし、それはともかくどうやって脱出するか考えなければならない。

 誰にも見つからず脱出すると、また捕まってしまう恐れがある。

 かといって馬鹿正直に扉を蹴破りでもして出て行ったら正体がばれるかも知れない。

 じゃあ静かに出ればいいんじゃないか?

 俺はさらに慎重に扉に近づくと、さっき壁を切ったときのようにビームセイバーを使って扉を切り離す。音を立てないよう、ゆっくりと扉を部屋の壁に立てかけた。見張りは……いない。

 そろりそろりと歩を進める。通路の明かりはやはり蝋燭だけ。俺は蝋燭の火を消しながら進んだ。

「!」

 曲がり角の向こうに階段が見えた。が、見張りもいる。角に身体を隠して様子を窺うと、どうやら居眠りをしているらしく、コックリコックリと船をこいでいた。

 起こさないように慎重に近づいて、目の前に仁王立ちになる。

 そして見張りの胸元を左手で掴み、持ち上げた。

「起きろ」

「んひぃ!?」

「仲間はもう逃がした。見張り、ご苦労だったな」

 ビンタのように、指先で相手の顎をそこそこの力で叩いてやると、グデリと、見張りの身体が脱力する。

 初めてやったが、顎をやられると脳が揺れるというのは本当だったのか。意識とは別に身体が動かなくなるとかなんとか、何かで読んだ覚えがある。

 まあ純粋に能力の恩恵もあるだろう。もうちょっと力を込めていたら、多分首の骨もやっちまってたはず。 左手を開くと、どさりという音を立てて、見張りの男は人形のように手足を投げ出してしまった。

 ちゃんと失神してるよな?

 ペンペンと前傾の頭部を叩いても反応が無いのを確認すると、俺は階段に足をかけた。

 階段の先は少し明るい。人工の明かりでなく自然光のように見える。階段も石造りで軋まないぶん、音を殺して歩きやすい。

 ビームセイバーは人相手だとオーバーキル余裕なので納めてある。人を拉致するとは問答無用の悪人ではあるが、だからと言って、まだ生きている人を殺してしまう覚悟が俺には出来ていない。

 階段を上りきると、さっき監禁されていた部屋と同じくらいの広さの部屋に出た。

 ここには棚やらテーブルやらが配置されていた。

 扉は向かい合わせて2つ。普通の木製の扉と金属製の扉。

 金属製の扉は割と新しめだ。

 俺は木製の扉を選んだ。

「あ」

 開けると男がいた。

「ん? おお!?」

 俺の登場にひどく驚いたようだ。

 騒ぐ前に黙らせてしまおう。

 俺はひとっ飛びで距離を詰めると、水月に一発、ちょっと強めに入れておいた。

 声なき声を上げて倒れる男。膝の力が抜けてガクリと倒れ込んだ。

 反射的にやったけど、この人もさっきのスキンヘッドの仲間だよな、多分。

「来やがったな……」

 ペシペシと意識があるか確認していると、来た。さっきのスキンヘッドの男。

「……仲間が世話になったようだ」

 2人組だと思わせるため、こう言っておく。

「けっ、大人しくしてりゃ、2人仲良くあの世行きにしてやったのによ」

 慣れた手つきで取り出された刃物。ナイフ程度の大きさのそれ。

 全身鎧で固めた相手にあれで挑もうというのだから、この男はやはりかなりの修羅場をくぐってきたに違いない。

 俺は黙ってビームセイバーを取り出して構えた。

「おお? こんなちっちぇえ得物相手に本気で来る気かあ?」

「……私たちを追うのは止めろ。さもなくば」

 八相の構えを取る。

「怖え怖え、ちびっちまうぜ!」

 恐れることなくスキンヘッドは距離を詰めてくる。

 はあ、こういう手合いが一番相手しづらいんだよなぁ!

 ヒュッと、俺の喉元を狙ってナイフが突き出されるが軽々躱して、柄頭を横合いからこめかみに打ち付けてやった。

「がっ!?」

 その一撃で終わりだった。頭を抱えて倒れるスキンヘッド。うめき声を上げてるところを見るに、他の2人と違って失神はしてない。

 ただ痛みに呻いている。

 出口は男の後ろだ。どうやらもう日が昇って昼間らしい。

 どうやら俺は一晩以上気を失っていたようだ。

 さて。

 そのまま行くことも出来たが、俺は天井に向けて、「絶掌波!」

 渾身の力を込めて放った。屋根は瓦解し木材が崩れ落ちてくる。

 スキンヘッドの襟首をぞんざいに掴んで、建物外に放り出してやる。その後にもう一人も同じように外に逃がしてやった。地下の男はまあ地下にいるのだから大丈夫だろう。

「次は殺す。私を追っても殺す。仲間を追っても殺す。覚えておけ」

 スキンヘッドの耳元でそう囁いて俺はその場をさった。

 人目があったので、俺はそのまま道を行く。

 人によっては珍しい物を見たようなそぶりをしたり、わかりやすい二度見をする人もいた。

 目立つなぁ。

 早めに人のいないところに戻って変身を解こう。

 見覚えのない場所だったので適当に歩き回る。

 感覚的にはスクンサスで間違いなさそうなのだが、この風景はちょっと知らない。街のどの辺りだろう。「……あ。あそこいいな」

 ちょうど人目も絶えたタイミングで、絶妙な裏路地を見つけた。民家に挟まれているが、暗くジメジメした狭い場所。俺はそこに滑り込んで変身を解いた。

「解けよ」

 忘れずに変声魔術も解除する。これ忘れたら意味ないからね。

 そうしてそこから出るときも人がいないかきちんと確認してから戻る。

「はあ……」

 道はわからなかったが、とりあえず人のいそうな方を目指して俺は歩き出した。

 時計を見るともう正午も過ぎて午後。

 なんたる一日か。

「ん?」

 同じ格好をした人々が正面から走ってくる。巻き込まれたくなかったので、道の端によける。

「ご協力感謝!」

 すると、先頭の人がそう叫び、あとに続く人達が「感謝!」「感謝!」と口々に言い通り過ぎていった。

 なんの集団だろうか。随分と威勢の良い人々だった。運動部のランニングに似ている。

「……」

 よし。

 あの人達の来た方に向かって歩いてみよう。


  ※


 読みは当たりだった。見慣れた風景の中に戻ってきた。

 バックパックから地図を取り出す。

「えーっと……この道だから、ここか」

 俺が捕まっていたのは、いわゆるスラム街と呼ばれる区域だった。雑貨店のアシュリーに以前教わって、地図にそう書き込んであった。そしてスラム街という情報の他に、「危険。注意」とも書き込まれている。

 スラム街とはいうが恐らく、本物の荒くれ者、犯罪まがいの行動をする奴らのねぐらなのだろう。

 はたと気付く。

 自力で脱出できたからなんとも無しに現場から離れてしまったが、拉致監禁って通報案件だよな?

 ましてあいつら、グール騒ぎの元を作った奴らだ。ていうか、人殺しだよなぁ!?

 考えた末、ギルドで相談してみることにした。犯罪に関わったとき、こちらの世界ではどうすればいいのかわからない。

 早速ギルドへ向けて歩き出す。

 と、また一様に同じ制服を身につけた集団とすれ違った。今度の人達は帯刀しているではないか。向かったのは俺が来た方、スラムへと。

 昼過ぎとあって、街の中はのほほんとした空気が漂っているそんな中、その人達は厳粛な気配を纏っていたので、ギャップが凄い。

 俺はその人達を見送ると、足早にギルドへ向かった。

 ギルドの入り口を抜け窓口へ。

 ちょうどアイリスさんが受付をしていたので、一部始終を説明した。

「なるほど、それだと官憲の仕事ですね。ちょっと待って下さい。知り合いがいるので連絡してみます」

 精細ではないが、身に降りかかったことを説明したわけだが、アイリスさんは特に慌てた様子も見せなかった。

 連絡というと電話を思い浮かべるが、この世界では存在し得ないはずのものだ。以前ワイバーン襲撃の債に使っていた念話か何かだろうか。

「クラタさん。連絡したら今何人か捜査官がこちらへ来るそうですから、その方々にまたお話しして貰えますか?」

「わかりました」

 俺は食事処で待つことにした。ヘルミーネさんがやってくる。

「しょうねーん、今日早くない?」

「まだ飲みませんよ。ムストください」

「はいよー」

 注文ついでに日付を確認すると、俺が拉致監禁されてから半日近く経っていた。

 官憲か……。どんな人達が来るんだろう。

 と思ったのも束の間。

 さっき見た帯刀していた制服一団と同じ格好の3人連れがギルド内に入ってくる。

 するとまっすぐ窓口へと向かい、アイリスさんに声をかけていた。

 もしかしてあれかな、なんて思ってみていたら、アイリスさんが俺を手で示した。

 あの人達が官憲と呼ばれた人達か。動きが早い。

 まさかムストより早く来るとは思わなかった。

 3人組はピリッとした空気を纏って俺の方へとやってきた。

「こんにちは、クラタ・アキラさんでいらっしゃいますね?」

「そうです」

「事件について最初から詳しく伺いたいのですが、今よろしいですか?」

「大丈夫です、こちらこそお願いします」

 まず事の始まりである、墓地の森の死体の話。これは依頼完遂時に一緒に報告したとおり、同じ内容をそのまま伝えた。

 そして次。今日のことである。気付いたら監禁されていて、黒い鎧を着た人に助けて貰ったと答えた。嘘ではない。

「なるほど……ありがとうございます」

 手帳のようなものにメモを取りながら、その人は真剣に話を聞いていた。まんま警察官だな。

「もしかしたら後々、詰め所に来ていただいてもう一度話を聞かせて貰うかも知れませんが、よろしいですか?」

「もちろん。協力します。場所だけ教えて貰えますか?」

 俺は地図を取り出して広げる。

「ここです。書き込んで構いませんか?」

 また俺の地図が更新された。

「それではこれにて失礼します」

 3人それぞれが俺に頭を下げて去って行くが、その先はギルドの出入り口ではなく、窓口のアイリスさんへと向かっている。

「少年、なにやらかしたー?」

 そこへタイミング良くムストが運ばれてきた。

 興味津々なヘルミーネさんに事情を説明すると、少し驚いた様子を見せた。

「死ななくてよかったよかった」

 にへら、とヘルミーネさんらしい微笑み。

「いや、全くですね」

「生還のお祝いにそのムストは私が奢ったげるよ」

「ありがとうございます」

 そう言ってヘルミーネさんは仕事に戻っていった。 早速ムストを口にして気付いたのだが、半日以上水分を取ってなかったので、まあムストが美味いのなんの。ていうか前もこんなことあったな……。

 うぅ……。

 飲み物入れたら空腹感と脱力感が襲ってきた。一連の出来事に一区切りが着いた気がして、緊張がほぐれたようだ。

 ちょっと遅めの昼食としゃれ込もう。

 ヘルミーネさんを呼んで俺は料理を注文した。


  ※


 同じ日、夕方頃のことだった。

 昼食も食べて、何もしてないのに充実感に満たされて食事処でのほほんとしていた俺のもとに、昼間に話をした官憲の人がやってきたのだ。

 どうやら監禁事件の犯人を捕まえたらしく、その面通しをして貰いたいとのこと。

 もちろん二つ返事で引き受けると、俺はその人に連れられて官憲の詰め所とやらに行くことになった。

 道中世間話もなく黙々と歩き、冒険者ギルドほどではないが、それなりに大きい建物へと案内された。

 確かに。

 入り口に「スクンサス支部詰め所」と書かれた看板、というか板が掲げられていた。建物と違ってこちらは主張が小さい。

 建物内部に関しては特に案内はされず、一部見えた範囲の感想としては、小綺麗だなという感じ。

 上階へと案内され、扉が二つ並んだ場所へやってきた。

「現在聴取中なのでそれで確認していただきます」

 向かって左側の扉が開かれる。

 それは刑事ドラマでよく見る、マジックミラーで取調室が見えるあの小部屋だった。

「これはガラスではなく魔術鏡、通称ではマジックミラーと呼ばれています。こちらからは全て見えますが、あちら側は鏡になっていて、こちらを見ることは出来ません」

 これはきっと転生者がもたらした発明だな。名前もそのままだし間違いない。

「どちらかの人物に見覚えはありますか?」

「……」

 卓を挟んで2人の男が座っていた。

 俺から見て左側。あのスキンヘッドは間違いなくナイフの男だった。

「左の人ですね、はい」

 この距離でも確認できるこめかみの痣。そんなに強くしたつもりはなかったが、ああなったか……。

「間違いありませんね?」

「間違いないです」

「ご協力ありがとうございます。入り口まで案内しますので着いてきて下さい」

 お? もう終わり? 随分あっさりしているな。

 でもこれでまた襲われたりしないならそれに越したことはない。

 ほんの数分の滞在で小部屋を後にする。帰りは来た通路を戻るだけだった。

 そうしてエントランスの外まで連れて行かれると、「では、ご協力誠に感謝いたします」

 敬礼でもって見送られた。俺も頭を下げてから、その場を離れた。

 もっとなんかこうドラマティックな出来事があるかと想像していたのだが、案外淡泊な終わり方だった。

 面通しの時間よりギルドからここに来るまでの時間の方が長かったんじゃないかなんて考えながら詰め所の門を出て歩き始めたら、

「クラタさん」

 背後から声をかけられた。

「あれ、アシュリー」

「詰め所から出てきましたよね? どうかしたんですか」

 雑貨店のアシュリー。日課の散歩の途中なのだろう。

 深刻そうな表情でこちらを窺っている。

「ちょっと、なんて言うか……事件に巻き込まれて」

「ええ!?」

「犯人じゃないよ。被害者の方ね」

「わかってますよ! でも被害者って……大丈夫なんですか?」

 転生したての頃なら、拉致・監禁されたとあらば精神的に参ってしまったろうが、冒険者稼業をいくらかこなしたことで感覚が麻痺しているのか慣れたのか、それほどショックを受けていない。

「まあ荒事なんていつものことだから」

「そうですか……気を付けてくださいね?」

 やはり冒険者と一般人とでは、感覚が変わってくるのだろう。ストレートに心配されると素直に嬉しいものだ。

「それでどんな事件だったんですか?」

「ああ、拉致されて監禁されてたんだ」

 こうして言葉にしてみると結構ヤバいな。

 アシュリーは処理しきれなかったようだ。目を白黒させている。

「どっ、どういう……」

 もはや処理するのを諦めたのか、率直な質問。

 俺はちょっと長くなることを前置きして、昨日からの出来事を順序立てて説明してみた。

「……」

 やっぱりこうして他人に説明することで第三者視点を得ることが出来、客観的に事実をかみ砕くことで、本当に命の危機だったんだなぁと感じた。

 アシュリーは言葉を無くしている。

「その、なんていうか……」

 なんていうか?

「世の中何が起きるかわからないものですね……」

「そうそう。だからアシュリーも迂闊に怪しいところに行ったり、スラム街まで散歩したりしたらダメだよ」

「え、ええ、それはもちろんです……」

 はー、と一息ついて状況を整理しているようだ。

「ほ、本当に大丈夫ですか!?」

 かと思えば急に慌てたり。

 そうこうしてるうちに雑貨店へ到着してしまう。

「それじゃあ私はこれで……あの、本当に気を付けてくださいね」

「うん、ありがとう、アシュリー」

 扉を開けて閉めるまでを、こちらを窺いながら行う。

 俺はそんなアシュリーが見えなくなるまで。雑貨店の前にいた。

 うん、まあ、そのなんだ。

 ゴタゴタした日だったのは間違いない。

 雑貨店をあとにする。向かうのはギルドだ。

 今日のことはみんなに面白おかしく話してやろう。



 ということでその日の夜、早速合流したラウラ組に俺の身に降りかかった出来事を話してみた。パーティを組んでいるわけでもないのに、こうして話す相手がいるのはありがたい。

「アキラ……あんた運が良いのか悪いのかわからないわ」

 ジト目でナタリーさん。

「生きててラッキー」

 興味の薄そうなマルタさん。

「も、もう大丈夫なのか? 平気か?」

 メチャクチャ心配そうにラウラさん。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 とち狂った荒木摩耶。

 心配してくれたのラウラさんだけじゃん!

 しかも1人、自分のことしか考えてないやつもいるし!

 荒木摩耶、お前だ! 精神統一目的なのか護身目的なのかわからんわ!

「でも被害者とはいえ、事件解決には間接的に関わってるし、ご褒美に官憲から何か貰えたりするんじゃない? あ、でも墓場の方の死体の件では、まだ犯人と決まったわけでもないんだっけ?」

「そう……ですね、あれを見つけちゃったから拉致されたわけですけど、逮捕されたのは俺を拉致監禁した件についてでしょうし」

「そう……。墓場の死体についてはまだこれから捜査されるわけか」

 ちなみにナタリーさんが「死体」という言葉を出すたびに摩耶の顔には苦悶の表情が浮かぶ。

 別に死体は普通やろがい! テレビのニュースすら観られないじゃないか。刑事ドラマなんて見たら、もしかして爆発して死ぬのでは。

「安心しろマヤ。普通の死体は勝手に動いたりしないから」

「でもゾンビがいるって話は……?」

 苦痛に苛まれていた摩耶を慮ってか、ラウラさんがゾンビに関する講義を始めた。

 過剰反応気味だとは思うが、人はそれぞれ何かしらトラウマというものがあるのだろう。爆発しないうちに克服できることを願っておく。

「あとはね……例の黒い鎧の男よ」

 まあ、そうなりますよね。話の流れ的に。

 とりあえず、話としては、監禁されたところを助けて貰ったと伝えてある。

「私たちの時にも来たじゃない? なんなのかしら」

 ナタリーさんの声音には不満の感情が込められていた。

「だけど来なかったら、迷宮は崩壊して、私たちは閉じ込められてた」

「そうなのよ。今回のアキラの件もあるし、一方的に悪し様に言うほど悪くもないっていう……」

 ナタリーさんはなんとも言えない、答えを出せない表情で頭を悩ませているようだった。

「そういえばさ、他の冒険者が助けられたって話しは聞いたことある? マルタ」

「……姿を見たことはあるけれど、直接助けられたって言う話は……あ、でも雑貨店のアシュリーが助けて貰ったという話も聞いた」

 へぇ、とナタリーさんが意外そうな顔をした。

 俺は怪しまれることのないよう、表情を悟られまいと務めた。

 正体バレはノー、これが正体不明ヒーローの難しいところだ。話すだけなら構わないが、弾みで余計なことを口走ってしまう可能性がある。俺は勢いで喋ってしまう傾向があるので、特に気を付けねばならない。

 沈黙は金、雄弁は銀とも言う。

 とりわけ女子比率の高い集まりにあっては、ついつい口がよく回ってしまうので、本当に気を付けねばならない。周りの勢いに乗せられて喋りすぎてしまう。「悪いことしてないならいいじゃないですか」

「それが気に入らんわけよ」

 ナタリーさんが即座に反駁する。

「知り合いでもない相手を、自分の命のリスクを冒してまで助けたりする? 私はしない」

 そして語るその心情こそ、彼女たちが今日現在まで冒険者としてやってこられた秘訣なのだろう。

 しかし生憎、それがヒーローというものなのです。見返りを求めずただひたすらに人を助ける。

「あのときだって……」

 ナタリーさんは思い出すように呟く。

「ううん。あのときはマヤの魔術が効かなくて、結構危なかった。さっきも言ったけど、来てくれなかったら死んでいたかも知れない」

 マルタさんの意見に、ナタリーさんは納得いかなそうな表情を浮かべるが、事実そうだったのだろう、口を閉ざしたままだった。

「しかし……あの強さは納得いかないわ」

「魔術強化したナタリーより強かった」

「いつか倒す」

 闘志みなぎらせたギラギラした目をして、ナタリーさんが決意を露わにする。

 何故かターゲット認定されてしまう俺だった。

 ……戦いたくねえ。怖すぎる。『変身能力』なら普通の人なら敵にもならないだろうが、ナタリーさんにはそれすら払拭させる凄みを感じる。

「そうだ……アキラ、今晩はうちに泊まりなよ」

「……ああ、そうだな」

 ナタリーさんの発言に最初に反応したのはラウラさんだった。

「いや……まだ終わってない気がする。念のためうちにおいで」

 やにわに出された提案に、俺はどう返答して良いのかすぐにはわからなかった。

「官憲に捕まった奴だけじゃ無さそうでしょ? 死体を簡単に処理して、グールを呼び寄せる奴らが、たかが1人捕まっただけで引くとは思えない。むしろこれから本腰入れて、アキラを狙ってくる気がする。これが杞憂なら構わないけど、事が起こってからだと……後味が悪い」

 それはもうこれまでに見たことの無いナタリーさんの真剣な表情で、俺たちのテーブルは一瞬の静寂が降りる。

「拉致の手口と言い、小さい組織じゃなさそうだ。その可能性もゼロじゃない……」

 呟くようにラウラさんが言う。

 俺の、いや、墓地の死体遺棄は何かしらの犯罪組織が関わっていると、ナタリーさんは考えているのだろう。

 確かに、遺棄されていた死体の数は、かなり損壊が激しく判別が着けられないくらいだったが、その数は少なくなかったと思う。

「うん。多分また狙われると思う。それに官憲に協力した情報も相手に渡っていると考えた方がいい」

 マルタさんですら同意見だ。

 俺はすこし背筋の冷える感覚を覚えた。

 明確な殺意を持って襲われる……。漠然とした恐怖が心を侵食する。

「マヤも今日はうちに来てくれるか」

「ええ、そういう話なら協力しますよ」

 えへんぷい、と胸をどんと叩いて摩耶はうなずく。

 正直複雑な気分である。

 何故かと言えば、俺を守ってくれるとありがたい申し出をしてくれたのが全員女性だからだ。男としてはちょっと情けない気もする。『変身能力』のおかげでよっぽどの敵で無い限り、蹴散らすことなど造作も無いことなのだが。

「アキラはさ、」

 俺の考えを読み取ったかのように、ナタリーさんは口を開いた。

「人を殺せる?」

 それは俺の核心を突いた質問だった。

「アキラがそれなりに冒険者として活動できているのは知ってるけどさ、その中で人を殺すような依頼を請けたことはある?」

 悩むことなどない。答えは簡単だった。

「あっ……無いです」

 そもそも昼間の脱出劇だって誰一人として殺すことはしなかった。

「今回の相手は多分、プロを送り込んでくると思う。その時に一瞬でも躊躇ってたら、死ぬのはこっちだよ」

 俄に命の危機を迎えていたことを知った俺は、このとき、恐怖を感じるより先に心躍らせていた。降って湧いたような話に、実に冒険者らしい荒事感を見いだしてしまっていた。

(どうする……断るか?)

 逡巡していると、

「安心しなよ、アキラ。私たちなら大丈夫だから」

 俺が恐怖か何かで身を強ばらせているのかと勘違いしたのか、ナタリーさんがなんとも頼もしい表情と声音で俺に告げた。

「ああ。私たちにまかせておけ」

 それにラウラさんも続く。

「……」

 そして俺は反省した。それほどまでに俺は追い詰められているのだと、そこでようやく気付いたのだ。

 転生特典のチート能力のせいか、あるいはもう既に死んでいると言うことで感覚が麻痺していたのか。

 能力を使えば今回のことなど危機などと呼ぶには、些か軽すぎる出来事だ。変身してしまえば、仮にその筋のプロが束でかかってこようと、返り討ちにすることが出来る。

 ラウラさん達はそれを知らない。

 本気で俺を守ってくれようとしているのだ。

「でも待って下さい」

 一つ疑問が浮かび上がった。

「皆さんが関わったとなったら、後々迷惑がかかりませんか?」

「アキラ、私たちを甘く見すぎだ。頻繁ではないが、こういうことはままあることだ。冒険者なんだから、人から狙われることも慣れている」

 隣のラウラさんが肩に手を置いて優しく語りかけてくれた。

「……わかりました。お世話になります」

 自分の命の重さ。それはどれだけのものかはわからない。だけれどそれを守ってくれるという人達がいる。

 ……いや、思えば元の世界でも、俺の命のことを考えてくれた人達は多くいたに違いない。脳天気な俺はそれに気付かずに、病に冒されても深く考えずに日々を過ごしたのだろう。

 夕餉を済ませて、俺はラウラ組と道を共にした。

「アキラがうちに来るのって初めてだっけ?」

「いえ、ラウラさんを送っていってそのままリビングで寝かせて貰ったことがあります」

 あー、と思い出すようにナタリーさんが遠い目をしていた。

 ……そうだった。あのとき――

「いや、そういうのは忘れていいんだぞ……」

 暗がりで表情は掴めなかったが、声音でラウラさんが照れているのがわかる。

 寝起きの不用心な格好で俺の前に現れたときだ。あのときはそう――見事に下着だけの姿だった。まっこと眼福であった。

「ああそっか。ラウラが裸でアキラの前に出てきたときだっけ」

「裸じゃない! 下着だ!」

 下着だからセーフという理論は成り立つだろうか。「ああっ!? もうそんなことはどうでもいい!!」

 下着、下着、下着、という単語で、あのときの記憶が鮮明に蘇ってくるようだった。程よく鍛え抜かれた身体に、しなやかな女性的なボディライン。……半裸の女性の生の姿なんて初めて見たから、はっきりとは言えないが、それでも男心を刺激するものだった。

 シセラでほろ酔い気味の頭では、それしか思い浮かばなかった。俺だって年頃の男なのだ!

 それからはいつもと同じ調子に戻って、俺たちは食事を済ませた。

 そうして良い時間になった頃、ラウラさん達の家に到着した。道行き、先頭はナタリーさんが、その次に俺、そして摩耶と続き、マルタさんと、殿にラウラさんが入り、既に俺をガードする体勢を整えているようだった。

 さすがとしか言いようがない。他の4人は俺よりも強いアルコール飲料を多く飲んでいたにもかかわらず、すでに抜け目ない防御陣形が展開されている。

「玄関の扉は、外からなら私たち以外には開けられないから、まあ気休め程度にはなるでしょ。内側からならいつでも誰でも開けられるから、そこら辺は気を付けるように」

 確か、この家の玄関はオートロックだったっけ。

「部屋は……ラウラのところでいいでしょ?」

 至極真面目な表情と口調で問うてくるので、俺はラウラさんの方を向いた。

「……」

 ラウラさんはなんとも言えない表情だ。ただ、頬を赤く染めているのが、いつも通りと言える。俺を守るという目的と、何か別の感情が、己の中でのたうち回っているのだろう。

「……うむ」

「安心しなよアキラ。守ることに関しちゃ、ラウラはエキスパートだから」

 美女を守るのも良いが、美女に守られるというシチュエーションも悪くない気がする。

「ラウラ、顔が赤い」

「んな!? 少し飲み過ぎただけだっ」

「他意は無い」

「くっ……」

 マルタさんに弄ばれる、ラウラさんの図である。

「あ、そうだ」

 真面目なままの顔で、ナタリーさんがラウラさんに何事かを耳打ちする。

「ほぁあああ!?」

 これでもかというくらいに赤面させていた。

 ナタリーさんに弄ばれる、ラウラさんの図である。「じゃあ私とマルタはそこで見張るから。マヤはいつもの部屋で休んでね」

「はいッス」

 摩耶は最後の手段なので個室で待機と言うことらしい。なるべく家の中で攻勢魔術を使わないようにするためとか。確かに我が家で火や水、雷なんか落とされたら良い気分ではない。目も当てられないような惨事になること必至である。

「ほら、アキラこっちだ」

 他のみんなに気を取られていると、ラウラさんが扉を開けて俺を呼ぶ。

 その顔にまだ少し微妙な表情を浮かべているのがラウラさん(酔い状態)らしく、微笑ましかった。

「お邪魔します」

 不可抗力然として入室したことがあるので、今回のようにきちんとした理由があるとなると、何故かいろんな意味で緊張してしまう。

「では2人とも、外は頼んだ」

「オーケー」

「了解」

 そう言ってラウラさんは室内に入ると扉を閉め、何かぼそりと呟くと、施錠されたような音が室内に響いた。

「これでこの扉を開けられるのは私だけだ」

 魔術的な鍵か何かだろうか。

 ラウラさんはこの部屋唯一の椅子を、部屋の中央付近に配置して腰掛けた。

「アキラ。荷物を下ろしたらどうだ?」

「ああ、はい!」

 バックパックと腰のホルダーを外してひとまとめにする。剣はホルダーから外しておいて、持つことにした。守られていると言っても、自分が何もしない理由にはなるまい。

「……」

「適当に座っててくれ。ベッドも使ってくれて良い。私たちのことは気にしないで寝て良いからな」

 所在なげにしていると、ラウラさんがそう声をかけてくれた。

 そうは言われても、女の人のベッドに躊躇無く座るというのも勇気がいるものだ。ましてやそこで寝るなどと……。しかし他に身を置く場所もないので、尻の四分の一だけベッドに乗せて腰掛けた。

 ふわりと、ラウラさんが普段漂わせている優しい香りが鼻をくすぐる。

 俺に好意を寄せてくれているというラウラさんだが、果たして本当にそうなのだろうか。女心の機微に触れるには、俺には知識も経験も不足していた。

 酔ったときに見せるあの態度だって、他のみんな――いや、ほとんどナタリーさんがからかうからそういう反応を返してるだけであろう、と思われる。

「不安か?」

「え?」

「何やら難しい顔をしているから」

 ほんのとりとめの無い、俺の状況とそぐわない雑多な思考だったのだが、そんな表情だったのだろうか。

「安心して良い。私たちが必ず守る」

 本来なら男の俺が言いたい台詞なのだが、ラウラさんのその言は実に頼もしい響きを伴っていた。

「思ったんですけど、どうして仲間でもない俺にここまでしてくれるんですか?」

「アキラはマヤの友人だろう? それに幾度となく酒席を共にした中じゃないか。仲間じゃないなんてつれないことを言わないでくれ」

 なんやねん。この人めっちゃ格好いい。

 職業柄、守るという信念を貫くラウラさん。その生き様は俺には眩しいくらいだった。

「……雨か」

 部屋に1つだけの窓にはカーテンが掛かっていて外の様子は窺い知れない。耳を澄ますと確かにしとしとと雨音が聞こえた。俺がカーテンの隙間から外を確認しようとするとラウラさんに制されてしまった。

 曰く、狙撃される可能性がある、と。

 言われてみればそうだ。元の世界でも映画やドラマでも、窓辺に立つのは危険とされている。

 俺は慌てて窓から離れた。

 ラウラさんは少しズレたカーテンを戻すと、

「明かりも落として蝋燭だけにしよう」

 そういえばこの部屋の照明は、意外に光量がある。ラウラさんが再び何かを唱えると、部屋の明かりが一瞬で消え、部屋の中が暗闇で満たされた。

 光に慣れていた目には、今の状態は完全に暗闇に近い。それでもラウラさんは迷うことなく蝋燭に明かりを灯して、ローテーブルにそれを置いた。

 ……なんだかムードがあるな。

 蝋燭の火を眺めていると落ち着く。

 たまに揺らめく炎が、作り出した俺たちの影を揺らす。

 本当に、自分の置かれた立場を忘れてしまいそうなそんな一時。

「こうしていると、実家のことを思い出す……」

「ラウラさんの実家ですか?」

「ああ、うちは貧乏でな。それで私は早くに冒険者になることを決めたんだ。親や兄弟のために稼いで、家族が人並みの生活を送れるようにな。結果的に言えば、幸いにもこうして冒険者として生活できているが、振り返れば無謀というか無策な考えだった」

 えーと確かラウラさんが冒険者になったのが13歳の頃。俺たちの世界では、13歳はまだ義務教育の真っ最中、まして働くことが法律で禁じられていたはず。

 そんな少女がこの業界で功績を挙げていくのには、相当な苦労があったはずだ。

 それを長年続けて行けているのは、やはり才能と血の滲むような努力があったと言うことだろう。

 そう告げると、ラウラさんは快活に、運が良かっただけさ、なんて応えた。

 俺はそんなことはないと考える。モンスター相手に切った張ったの大立ち回りを強いられる世界で、運だけでどれほどの生存率になるだろう。きっと俺の想像も及ばぬたゆまぬ努力や研鑽を積んでいるに違いない。

「弟たちとのチャンバラごっこが意外なところで役立ったこともあったな」

「なんですかそれ」

 こうして、とりとめの無い会話が展開され、繰り返され、夜は更けていく――。


  ※


 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。

 他人様のベッドだというのに、ここまでぐっすり眠れるのは冒険者稼業で神経が鍛えられた証しだと思う。

 しかし不思議な枕だ。柔らかすぎず硬すぎず、二つの山が頭にしっかりフィットして包み込んでくれている。手で触るとその感触が一層心地よく感じる。

 ラウラさん、良い枕使ってんなぁ……。

「あの、アキラ……?」

「あ。おはようございます」

 姿の見えないラウラさんへ挨拶を飛ばす。

 しっかし、手触り最高の枕だわ。

「アキラ……その」

 心なしか照れの織り込まれた声音が、意外と近くから、しかも耳元らへんで聞こえてきた。

 首を巡らすと、思いの外、至近距離にラウラさんの顔があった。

 見上げる俺と、見下ろすラウラさん。

「んん?」

 どういう状態だ?

 枕を擦る。

「いや……だから、その」

 ラウラさんの頬が朱に染まる。

「……くすぐったいというか」

「……」

 ああ。膝枕だこれ。

「すいませぇん!!」

 バネ仕掛けのように上体を跳ね起こす俺。

「よく眠れたようで何よりだ……」

 まだ赤い顔でラウラさんはうつむく。

 しかし一体何がどうなって膝枕で寝ることに……?

 まさか……一線を越えてしまったか。

「んん! ともかく!」

 ラウラさんは立ち上がると、窓辺に行きカーテンを開けた。

 窓からは日光が差し込み、目に刺さる。

「乗りきったな」

 俺は窓辺のラウラさんの横に立つと、共に外を眺めた。

「……」

 ラウラさんはいつもの防具は着けておらず、剣だけ手にしていた。俺の警護のために寝ずの番をしてくれたのだろう。

 それは部屋の外で見張りをしてくれた2人も同じに違いない。

「ラウラさん、ありがとうございました」

「ああ」

 俺は踵を返して扉へと向かう。

「外の2人にもお礼を言ってきます」

「わかった、今扉を開けよう」

 そういえばラウラさんが鍵をかけたんだっけ。

 また呪文のような文言をぼそりと呟くと、部屋の中に鍵の開くような音が響く。

「さあ」

 ラウラさんが扉を開いてくれた。

「!?」

 玄関の前に、簀巻きにされた見知らぬ連中がいた。

「おー、アキラ起きた?」

「おは」

 共有スペースのようなリビング空間に、完全にくつろいだ様子の、ナタリーさんとマルタさん。警戒の色は全くない。

「あの……あちらのあの方々は?」

 ちらちら横目で見ながら俺は訊ねる。

「見ての通り。あんたを狙って来た小物だよ。生意気にもうちのロックを解除して、堂々と正面から来やがったから返り討ちにしてくれたわ」

 その言い方だと、こちらが悪側に聞こえてしまう。「……おは――おお!?」

 部屋から眠そうに出てきた摩耶が、簀巻きを見て驚く。

「いやぁ、兵は拙速を尊ぶとは言いますけども、まさか本当に来るとは恐れ入ったッスよ」

 珍しいものを遠くから観察する摩耶。

「ふむ……3人か。まあまあ妥当な数だったな」

 部屋から出てきたラウラさんが、簀巻きに近づいて何か調べているようだった。

「あ、ラウラ。捜し物ならもうあるよ」

「そうか。確認しよう」

 リビングテーブルにペシッと投げ出されたのは3枚のギルドカード……。

「なるほど。やはりな」

「どういうことですか? なんで冒険者が?」

「なに、そう難しい話ではない。普通の依頼で満足できないか、金に目が眩んだかした、そういう理由だろう」

 ラウラさんがギルドカード片手に、簀巻きの連中を確認しながら言った。

「まったく呆れた連中だ」

 その言の通りの表情を浮かばせて、ラウラさんは立ち上がるとギルドカードを元の場所へ置きに戻った。「官憲に突き出すんですか?」

「いいや、犯人は冒険者だ。まずギルドに報告だな」

 簀巻きの連中はぐったりとして誰一人動かない。

「ちなみになんですけど、あの人達、生きてるんですか?」

「んー? 残念ながら生きてるわよ」

 リビングのソファで身体を伸ばしながらナタリーさんが言った。隙あらば殺したかったのか? 怖いな……。

 でも生きてるにしても随分ぐったりしてるように思える。

「さって、じゃあ全員揃ったことだし、ギルドにこいつら運んで、お休みしようじゃないの。私が真ん中支えるから、ラウラが足でアキラが頭の方持ってくれる?」

「ああ、わかった」

「わかりました」

「マルタ、鍵直せそう?」

「やってみる。念のためマヤを借りる」

「ん。じゃあ二手に分かれてちゃっちゃと片付けましょう」


  ※


 簀巻きの連中を冒険者ギルドに引き渡して、俺たち3人は食事処で小休憩を取っていた。ナタリーさんとラウラさんがアルコール以外の飲み物を摂取している光景は珍しいのではなかろうか。

「ところで、なんで官憲じゃなくてギルドなんですか?」

 俺は家からずっと思っていた疑問をぶつけてみる。

 答えてくれたのはラウラさんだった。

「そうだな……ギルドからしてみれば、自分のところの構成員を使って犯罪行為をさせたわけだから、黙っていられない。それをギルドへの敵対行為とみなして、指示した組織なり団体なりに報復……いや、抗議しなくてはならないらしい」

 言い直したけれど確かに報復と言った。

 冒険者ギルドも中々に豪儀な組織のようだ。でも確かに冒険者という荒くれ者に近い人材を運用し、運営されている組織なのだからそのくらいの気概がなければやっていけないのかも知れない。

「だからアキラももう命の心配はそれほどしなくて済むぞ」

 まだ100パー安全とは言い切ってくれないのか。「ま、大丈夫じゃない? アキラに手を出せば、うちらが動くってだけで十分牽制になるでしょ」

「だが確実ではないだろう?」

 ナタリーさんの言い方だと、自分達にかなり自信があるようなものが含まれているように感じる。それともやはりそういうニュアンスでの発言ととってよろしいのかは、表情から窺い知ることは出来なかった。

「襲撃してきた連中はどうなるんです?」

「そうだな……ギルド員資格の永久剥奪は免れまい。その後は官憲に引き渡して、晴れて犯罪者の仲間入り、前科持ちとなるだろうな」

 しかしそれは、元々犯罪組織の依頼を請けてしまうような奴ら、冒険者という縛りがなくなれば、さらに犯罪行為に及んでしまうのではないだろうか。

 そんなことを話すと、

「安心しろ、そうなったら冒険者ギルドが黙っちゃいないさ。たとえ地の果てでも追い詰めるだろう」

 冒険者ギルドって豪儀と言うより、なんかその合法ヤ○ザみたいなイメージに変わってきたぞ……。

 でもそれだけ力のある組織だと言うことも理解出来た。

「さ、それじゃあ私たちは帰って一眠りしましょうかね。アキラの護衛ですっかり寝不足だし」

「本当にありがとうございました」

 平身低頭、俺はしっかりと頭を下げて2人にお礼を言った。

「家まで送りますよ」

「なぁに、エスコート? アキラのくせに生意気じゃない」

「マルタさんにも摩耶にも、お礼を言わなくちゃいけませんから」

「そう。あー、ついでにラウラの添い寝もしてあげてくれると助かる」

 添い寝……。今朝方既に、逆ではあるがそれに近い状況を体験したばかりだ。

「いや、それは……」

 これは俺ではない。ラウラさんが困ったように呟く。

「まんざらでも無さそうよ?」

 いや、俺も吝かではありませんよ?

 ラウラさんが良いというのであれば、ボクは喜んで抱き枕にでも何でもなりましょう。今朝方のラウラさんの太ももの感触がフラッシュバックされる。

「いや……遠慮しておく」

 ですよね。

「さ、じゃあしっかりエスコートして貰いましょうか」

 ナタリーさんは去り際に、ヘルミーネさんと軽い挨拶を交わしていた。

 ギルドを出て、

「うぃー……太陽が沁みるわ」

 目を擦りながらナタリーさんがこぼした。

「本当にすいません。一晩中起きてたんですよね」

「いいのいいの。アキラもこれで安心して一人歩きできるでしょ」

「本当だったらこういうのって、依頼として出さなきゃなんですよね?」

「まあ……そうだけど。ねぇ?」

 疑問符の先はラウラさんが継いだ。

「うん。パーティは共にしてはいないが、私はアキラのことは仲間だと認識している。仲間の危機ならこのくらいなんともないさ」

「そういうこと」

 2人はキラリと眩しい笑顔を浮かべて、そう言ってくれた。

 あかん、惚れてまう。

 そんなこんなで、ラウラさん達の家に到着すると、見知らぬ人が玄関の扉に何かしていた。

「ラウラ、ナタリー」

 中からマルタさんが顔を見せると、状況を説明し始める。

 どうやら、破られた魔術ロックは直せず、結局専門の業者に頼むことになったという。

 ナタリーさんが落胆の声を上げ、「無駄な出費が……」などと仰ったので、

「あ、じゃあ俺が払いますよ」

 そう申し出た。

 その瞬間のナタリーさんの、それはそれは嬉しそうな表情を、俺はこの先の生涯において、決して忘れないだろうという確信を持てた。

「お、おい、アキラ? 魔法錠は結構な金額だぞ?」

 逆に狼狽えるラウラさんだが、俺は言を続けた。

「本来ならギルドを通してやって貰うようなことを、俺は無償で享受することができたんですから、その代わりってことになりませんか?」

「いやあ、アキラ君、殊勝な心がけじゃない。ありがたくその気持ちいただいておくわね」

 本当に本当に、もう我慢できないのだろうその緩んだ表情で肩を抱き寄せられる。それが力強いのなんので、後には引けないことを知り、それ相応の金額なのだと言うことだけはわかった。

 まあコツコツ毎日依頼をこなしていたのと、以前のゴブリンキングの武器が売れたときのお金には手を着けていなかったので、余裕はあるはずだ。

「おお、そうだ。それならアキラも入れるように登録しておいてあげようじゃないの。3人とも良いわよね?」

 3人。ラウラさん、マルタさん、摩耶。

 一瞬3人が顔を合わせて、特に何も反論はないような表情を一様に浮かべていた。

「アキラなら、別に」

「倉田さんなら、まあはい」

「うむ……問題ないだろう」

 いや、ダメでしょ。

 倫理的に何か問題を抱える気がしたので、辞退するというように意見を述べたのだが……。

「いや、仮によ。あんたが変な気起こしたとして、剣一本でこの中の誰かに勝てると思ってる?」

「ああ、確かに! 勝てる気がしませんね」

 あまりのド正論に俺は感嘆の声を上げてしまった。

 そうなのだ。

 変身さえしなければ、俺はこの4人の誰にも勝てる気はしない。

 4人のうち1人はチート持ちだし、3人はベテランの冒険者なのだ。各々武器無しでも俺1人くらいなら制圧は余裕も余裕だろう。むしろオーバーキルものだろうことは予測できた。

「あ、いや、待てよ……ラウラは受け入れるかも知れないなぁ」

 そんなくだらないことを呟くナタリーさん。

「おい!? どういう意味だ!」

 もちろんラウラさんが黙っちゃいない。

「え? そういう意味だけど?」

 2人はそのまま喧々囂々と言い合いを始めてしまった。

 そんな2人を他所に、扉の修理は順調に進んだ。

 そうして、完璧に修理が終わって業者の人が請求書みたいな紙を――話が聞こえていたのか、俺にまっすぐ渡してきた。

「っ!?」

 たっか!? たっっっっっっか!!

 鍵の修理ってこんなにすんの?

「では、お支払いは振り込みか現金か選べますんで、近日中にお願いします」

 そう残して、道具を片付け終わった作業員の人は帰っていった。

「……」

 請求書片手に俺が固まっていると、摩耶がそれを覗き込む。

「うっわ、すごいッスね! 倉田さん太っ腹」

「うん。ありがとう、アキラ」

 マルタさんは珍しく微笑んで俺を見る。



 ――請求額 50万レデット



 払えない額ではないが衝撃を受けるに十分な金額だった。

 女性の自宅の合鍵を貰えるという条件付きだが、いやはや、実に実に……。

 高いのか安いのか、まだ、わからなかった。


―了―

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