星守る狼③
この辺りで一番高い山の頂上からは、うんと向こうに広がる海までが見渡せる。その水平線の向こう側で、沈もうとしている太陽が最後の光を投げかける。
そんな光景をバックに、森から舞い上がった妖精玉が乱舞していた。夜と昼の間にしか見られない群青の空を、ホタルより柔らかくて月明かりより澄んだ灯がふわふわと飛び交う。なんとも心が洗われるというか、ことばで表現できないくらいにきれいだ。
そして、きれいなのは目に見える光景だけではなかった。星の子たちが舞い始めてすぐ、すうっとあたりの雰囲気が変化したのだ。どんどん空気が透きとおっていって、雪が降った日の朝早く外に出た時みたいに清々しい。深呼吸すると身体の内側まで浄化されそうだ。
……なんてことを思ってぼんやり見とれていたら、本当に気温が下がってきていたらしい。なんせ吐く息が真っ白なのだ。
「うわ寒っ! え、なんでこんな急に――っくしゅ!!」
『ご主人、だいじょーぶ? ぼくエリマキになるよ?』
「ふぁい、ありがとねティノくん……、あ」
ばさ、と布がはためく音がして、何かが肩にかかった。思わず振り返ると、自分のマントを取って着せ掛けてくれてる若旦那、もといショウさんの姿が……
「あ、ありがとう――じゃなくて! ショウさんが寒いでしょ、着ててください!」
「いやあ、それが先程から妙に懐かれてしまいましてな。自分には少々暑いほどです、よければ使ってやって下され」
あら、ほんとだ。なんてことなさそうに笑っているリーダー、意外とたくましい肩とか腕とかに星の子をずらりと乗っけていた。確かにひとりだけでもほんのり温かったし、鍛えている人なら代謝がいいからぽかぽかするかもしれないが。
(それにしても、こうやって女の子扱いされるのって慣れないなぁ……)
今までいっしょに過ごしてきて実感した。リラとフィアメッタもたいがい世話好きで親切だけど、男子二人も負けてない。重いものを持とうとしているとさっさと引き受けてしまうし、高いところに手が届かないときなんかもすぐ気づいて取ってくれる。
わたしがボロボロの状態で発見されたのもあってか、しょっちゅう体調を気にかけてくれるし……『自分のことは自分でする、他人には出来るだけ迷惑をかけない』が当たり前の現代で暮らしていたときとは大違いである。
(……そういえば、ライバルって元々そんな感じだったっけ。殿下の負担になりたくないって)
ふと、エトクロのゲーム画面を思い出した。
基本的にRPG方式で進むゲームでは、クエストは攻略対象ごとに設定されている。王太子編では王様の名代となったレオナールと共に旅することになるが、あれは確か寒い地方に差し掛かった時のイベントだった。
ライバルはしっかり者なので防寒バッチリな一方、ヒロインは国の一大事に急いで出発したせいでマントを忘れてしまっていた。うっかりくしゃみをしてしまい、それを心配した王太子に上着を借りる場面があったのだ。
何てことないシーンだけど、友達いわく『ああいうときは素直に頼ってもらえた方が男は嬉しいもんだ』とのこと。ライバルは王太子の負担になりたくなくて、常に優等生でいようと頑張ってたしわたしも大好きだったんだけど、そういうとこが裏目に出たのなら悲しすぎる。でもヒロインも悪くないよなぁ、要はタイミングと相性の問題なんだしさぁ……
「……イブマリー嬢? 如何なされた?」
「いえっ何でも! とってもあったかいです、ありがとうございます!」
「それはよかった」
ついつい原作に思いを馳せてぼーっとしてしまい、さらに気を遣わせてしまった。大急ぎでお礼を言うと、ほっとしたように笑ってくれて安心する。
しかし、殿下がアップになったスチルを思い出した上で真正面から見ると、このひとホントに男前だよなーと実感してしまう。なんでゲームに登場しなかったんだろうか、マジで。
「うふふ~なんかイイ感じ~~♪」
「よしよし、確実に心証よくなってるわね。ナイスよ若旦那!」
「まあなー。リーダーの体質とか、今までのこと考えたら奇跡的な光景だよな、これ」
「…………ものすごくよく分かります、おれ」
「あー、やっぱそうか。お前も大変だなぁ」
なんだか楽しそうにおしゃべりしているみんなのそばで、やたらと神妙な顔して深々と頷くスコールくんがいた。ディアスさんが訳知り顔で肩をぽんぽん叩いてる辺り、なんか相談事でもしてるんだろうか。うんうん、そのひとたち面倒見の良さはカンスト済みだから、何でも聞くといいぞ!
そんなのん気なことを思いつつ眺める目の端で、橙色の光がすうっ、と水平線に消えた。




