拾うは恥だが役に立つ③
ほんの少しの心配を抱えてもふもふしている私に、ショウさんが柔らかく笑った。わざわざこちらに向き直ってから口を開く。
「この辺りは国の西端ゆえ、気候は元々ランヴィエルに近いのですが、今年は殊更温暖だったようです。異常気象で草木の芽のものが少なくなれば、それを口にする動物も飢えて気が立つ。腹が減っての狼藉ならば、こちらの正当防衛共々おあいこでしょう」
「……えーと、つまりお腹が減ってイライラしてたかもしれない、ってこと?」
「はい。もっとも、我々の夕餉の匂いで先に宥められるやもしれませんが」
「ぶふっ!」
冗談めかした推理にうっかり吹き出してしまった。なんだそれ、お腹空いて大暴れってめっちゃかわいいな!?
いや、幻術の迫力とか強風攻撃とかはシャレにならなかったけど、無事にクリアしたからもういいよね、うん。ますます起きるのが楽しみになってしまったんですけど!
じゃあ張り切ってお野菜焼こう、と焚火に目を戻す。水分が多そうなものはまだまだ生焼けだったけど、先に並べていた魚の方は早くもヒレがこんがりし始めていた。
丸ごと枝に刺してある中に何匹か、お腹を開いたものがあるのに気づいて首をかしげる。戻ってから作業をしていた記憶はないから、釣ったその場ですぐ内臓を出したんだろう。見た感じは他のと同じ種類の魚だけど……
「あの、ここらへんのって」
「ああ。――実はリラが、腸が苦いせいか不得手にしておりまして」
聞こえないように小さい声で教えてくれたところによると。リラはそもそもお魚自体が苦手で、当初は渋ーい顔をしてもぐもぐやっていたらしい。でも本人は隠してるつもりみたいだし、旅の空では好き嫌いなんて言ってるわけにもいかないし、新鮮なやつだったらしっかり火を通せば何とか食べられるし。それなら工夫すれば克服できるかも、ということで、特に頼まれてないけど捌くようにしてるんだとか。
「良ければいくらか取りましょうか? 多少ですが生も残っておりますゆえ」
「大丈夫です、川のはあんまり食べたことないけど魚は好きですから。……あ、でも」
「はい?」
「なんかショウさん、いい旦那さんとかお父さんになりそうだなって。結婚するひと幸せだろうなあ」
マメで面倒見のいい男性はモテる。これは現在絶賛婚活中な叔母さんからの情報だ。確かに気配りの上手いひとって一緒に暮らしてて助かりそうだし、思わずなるほど、と頷いてしまった覚えがある。自分で言ってて悲しいが、わたしもあんまり気の利く方じゃないしなぁ。
が、しかし。純粋に褒めるつもりで言ったことばに、相手がびしっと音を立ててフリーズしてしまった。ちょうど手に取っていた魚がぽとっ、と地面に落ちたのだが、まったく気付く様子がない。……なんか、マズいことでも言ったんだろうか。わたし。
「……おー、見事に固まったわね。天然てコワいわ~」
「ねえねえねえ、アニキどう思う!?」
「んー、これはあれだな。ほめてもらったこと自体は嬉しいけど、うら若いお嬢さんがそういうことを言うのはよろしくないって注意したい。でもイブマリーが婚約破棄されたの知ってるし、幸せな結婚に憧れがあるってのも痛いほどわかるし、ぶっちゃけ可愛いなー守りたいこの笑顔、とも思うから無下に窘められない。ってとこか」
「「おお~~~」」
「なっ、ディアス!? お主またそのようなことに生得魔法を!!」
「だーいじょうぶだって、ちゃんと加減してるから。今日はもう食って寝るだけだし」
「そういう問題ではない!! 使う場面を選んでくれっ」
いつの間にかミントグリーンに光ってた目でいろいろ分析してくれるディアスさんに、真っ赤になったリーダーが本日一番の大声で食ってかかった。ずいぶん落ち着いた性格してるなぁと思ってたんだけど、からかわれたりすると年相応の反応するんだな、ショウさん。ちょっと安心した。
「ふふふ~~」
「なんか嬉しそうねぇ。そういや魔法ひとつは使えたわけだし、魔導士枠でうちのチームに入ったらどう?」
「えっ、いいの!? ……でもなぁ、前に比べたら全然幅が足りないし」
「まあまあ、そのへんは旅の間にちょっとずつ考えるってことで! とりあえずごはん~~~」
この辺食べれそう! と、ご機嫌なリラがさっそく野菜の串に手を伸ばした。さっき刺したトウモロコシがこんがり焼けて、美味しそうな香りを漂わせている――
と。
『とうきび~~~~!!!』
かぷっ!
「ひゃあ!?」
突如上がった甲高い声に続いて、ものすごい勢いですっ飛んできたものがあった。叫んでのけ反りつつ離さなかった串に、はぐっと噛み付いているのは、
「……あっ、元飛竜の子!?」
そう。さっきまでずーっと眠り込んでいた、淡いタマゴ色のもふもふだった。




