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レディ・グレイの肖像①


 ひととおり見て回って問題なし、との判断をみんなが下したのは、太陽がちょっと西に傾きかけた頃のことだった。


 「よし、ひとまず安全面は確保だね。じゃあ、あとは合流してくるのを待つとしようか」


 「はーい」


 何でもりっくん、離宮を開けっ放しにするわけにいかないので、本国から人員が合流するまでここで待機することになってるそうだ。食材はすでに数日分を準備済みで、こっちは管理を任されてる公爵さんの計らいらしい。


 後から来る、殿下やリュシーのお世話をしてくれる人たちの分は到着次第搬入って伝達までしてくれているんだとか。まだ会ったことはないけど、本当によく気が付く人だよなぁ。


 昼からいろいろあったし、たくさん歩き回ったしで、そろそろ小腹が空いてくる頃だ。軽く伸びをしたフィアメッタが、真っ先にありがたい提案をしてくれた。


 「薪も運んでもらってるのよね? じゃあ厨房借りてクレープでも作るかー」


 「イオンちゃん、なにかリクエストとかある?」


 『えっと、くれーぷってなあに?』


 「小麦粉にタマゴと砂糖入れて、混ぜたのを薄くのばして焼くの。中にクリーム塗ったり、果物巻いたりするよ」


 『あい、ちんびんさー! 黒いおさとう使うの、かかさまがつくってくれた~』


 「んじゃそれにしよっか。黒糖あったかな」


 「国内有数の貿易港だからね、少々珍しいものでも揃えてくれてると思うけど」


 そんなことを言いながら、そろっててくてく移動していく。まずひとつ目的が達成されたので、みんな足取りが軽やかだ。


 居館の中二階、中庭を望む廊下を歩いてたときだ。ことんと、小さな物音を聞いたした気がした。そっち見ると、他の部屋と同じドアがひとつ。


 「……ねえ、今なんか」


 「した気がするわね。音」


 ついさっきまで鍵が掛かってたし、開けた後すぐにバリアを展開したから、他の人が侵入するスキはほとんどない。音がしたとすれば家鳴りか、はたまたネズミかイニシャルGか……


 イヤな考えを抱きつつ振り返ったら、同じことを考えたらしい女子二人が珍しく引きつった顔をしていた。ですよね。


 「いいよ、僕が見てこよう。先に行っててくれ」


 「あ、わたしも行くよ。虫とか一応平気だし……イオンは」


 『……ん~、おやつがまんする。ねーねーといっしょがいいさー』


 フードから抜け出したとかげさん、わたしの肩に乗っかって神妙な顔でそんなことを言ってくれる。かわいいなぁと思わずほっぺが緩んだのは言うまでもない。


 「……まあ、赤ちゃんがいるのにみょーなことはしないか……」


 「はい? どうかした?」


 「いやなんでも。ごめん、悪いけどお願いしていい?」


 「でもここで待ってるから! なんかあったら言ってよねっ」


 「はいはーい。じゃありっくん、ぱっと入って戻ろう」


 「了解」


 入った瞬間飛び出してくることも考えて、ドアをそーっと潜る。時間帯のせいで日が入らない上に、カーテンがしっかり閉まってるので薄暗い。


 りっくんが明かりの魔法で照らすと、本がぎっしり詰まった天井まで届きそうな棚と、ホコリ避けの布をかぶせた机とテーブルらしきものが見えた。どうやらここは書斎らしい。


 床は毛足の短い絨毯が敷き詰められていて、ちょっとやそっとでは足音が立たないようになっていた。じゃあさっきの音はやっぱり生き物系かな、と思いつつ、出来るだけ静かに移動していると、

 

 ――ごとっ。

 

 再び、今度こそ聞き間違いではない音がした。二人で顔を見合わせて、急ぎ足でそっちへ向かう。


 どうやら入り口から見て右側、壁際にある暖炉の方かららしい。火の入ってないそこはやっぱり大理石のマントルピースが据え付けられていて、上には燭台が置いてある。銀製なのかちょっとだけ曇っているが、細かな装飾がしてあってかなり重そうだ。


 そんなことを思いながら見てたら、りっくんがおもむろに手に取った。明かりを近づけて目を細め、しばらく観察して、


 「イブマリー、ちょっと下がって。埃が立つかもしれない」


 そのまま燭台を持って、暖炉の中へ入っていく。懐から引っ張り出した『鍵』の石を、正面の壁に当てる。


 「――我は秘された路を求める。開け、常世の防人(さきもり)よ」


 決して大きくはないが、きっぱりとした口調で唱えた瞬間、ぱっと石壁が消えた。そして、


 『ま~~~~っっ』


 「へっ? わ、うわわわわわっ」


 悲鳴を上げながら転げ出てきた小さなものに、泡を食いながらもどうにか両手で受け止めることが出来た。


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