職を求めて三千里?①
本日、天気は晴朗。風もほどほど。たぶん海ではほぼ波もナシ。そんな中、
「長いことお世話になりました!」
「いえいえ、元気になって良かったねぇ。気を付けて行きなさいよ」
「はいっ」
ありがとうございました、と丁寧に頭を下げると、ここ半月ばかりを過ごさせてもらった宿屋のおばあちゃんがうんうん頷く。見るからに優しそうな、笑いじわのかわいい目元が真っ赤になっていた。ちょっと鼻をすすりながら、
「本当にねえ……あのお兄さんが抱きかかえて連れてきたときは、あんまりひどいケガだったから覚悟を決めたものだけど……
無事に治ってほんとに安心したわ。きっとこれからはたくさんいいことがあるからねぇ、イブちゃん」
「はい、いろいろありがとうございます。奥さんもお元気で!」
しわしわで温かい、たくさん働いて歳を取ったんだなぁとよくわかる小さな手をぎゅっと握って、元気よくあいさつした。名残惜しいけど一回だけ振り返って、見送ってくれるおばあちゃんに大きく手を振ってから、待っててくれたみんなのところまで走っていく。
「イブマリー、あいさつ済んだ? そろそろ行こっか」
「うん。待っててくれてありがと、フィア」
「ねえねえイブ、ほんとに歩きで大丈夫? まだベッド出てから一週間くらいだけど」
「俺たち一応ギルドの依頼で来てるから、提携してる馬宿で馬とか馬車とか借りれるぞ?」
「うーん、馬かぁ。ちょっとだけ乗ってみたいけど……とりあえず今日は歩きたいな。早く体力戻したいし」
「あんた本とマジメよねぇ。すーぐ疲れたの休みたいのワガママ言う、どっかの神官に見習ってほしいわー」
「むう、ワガママじゃないもん! 私ちっちゃいからみんなより体力少ないだけだもんっ」
「ほいほい、わかってるって。あんまり出がけに騒ぎすぎるとそれこそバテるぞ」
「はは、相分かった。では今日はひとまず、イブマリー嬢の身体を慣らすことを第一に進むとしようか」
「「「「おー!!」」」」
リーダーであるショウさんの一声に、みんなの返事が元気よく響き渡った。
――ちなみに今さらですが。イブマリーというのは無論、わたしこと『エトクロ』ライバル、負け犬令嬢アンリエットのことである。
実はこのゲーム、プレイヤーの分身である主人公だけでなく、ライバル側の名前を変更することもできる。家でひたすらやり込んでいた時、わたしが付けていたのがこれだったのだ。なんとなく可愛くて運が良くなりそうだったから、というのがその理由だ。
一度は追放された上、確かめなくても死亡確実な大事故までやらかしているのだ。さすがにこのうえ追手まで放たれることはないと思うけど、念のために他の名前を名乗ることにしたのが十日ほど前。目が覚めて、助けてくれた冒険者のみんなに事情を説明したすぐあとのことだった。
ちなみに、苗字はレースライン。グローアライヒの言葉で『野薔薇』という意味らしい。中の人的にはちょっと可愛すぎやしないか、と若干の抵抗があったのだけど、女の子二人が絶対これがいい! としきりに激押ししてくれたので、結局根負けして採用する流れになった。……うーん、やっぱりちょっと恥ずかしい。




