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断章①




 炎が踊る。赤から青へ、そして白へと色を変えながら。


 暗闇の中では目に痛いほどの輝きを、まばたきもせずに凝視する影があった。火明かりに浮かんだ端麗な横顔も、硝子を嵌め込んだような瞳も、怒りと憎しみに歪んで見るも無惨だ。


 「()()()()()()()()、ですって……!?」


 あり得ない、と、苛立ちに任せて爪を噛む。表面に歯が食い込むぎり、という不快な音がしたが、今は構っていられなかった。


 ――計画どおりに事を進めて、邪魔な侯爵令嬢を国外追放に処してやったのがほんの一週間前のことだ。


 王太子に婚約破棄された上に実家からも勘当され、さらには冤罪だと訴えても誰にも相手にされず、相当な精神的負荷がかかったに違いない。護送の馬車に乗り込むときに見えたが、長い髪からは艶が失せて目も虚ろで、足下がふらふらと覚束なかった。


 十人が視れば十人とも『哀れな囚人』という題をつけそうな有り様に、溢れそうになる笑いを抑え込むのが大変だったものだ。


 自尊心が高く、責任感も使命感も強く、他人には決して弱いところを見せない。そんな絵に描いたような気高い御令嬢が転落して、心身ともにボロボロになっていくのを見ているのは大層気分が良かった。


 出来れば最期の瞬間まで見物して、思うさま嘲笑ってやりたかったが、いまやこちらも多忙の身だ。残念だったが諦めて、護送についていかせた部下の報告を待っていたのである。


 しかし。


 「馬車はうまく落せたけど、崖が険しすぎて谷底まで下りられず死亡確認不能、ですって? まったく、使えないったらありゃしない」


 そんな体たらくだから面倒なことになるのよ、と、己の目元が憤りに吊り上がっていくのが分かる。確実に息の根を止めてこいと厳命していたのに、あいつらときたら。


 ……だが、かろうじて生き延びていたとして、今のアンリエットに何ができるだろう。法律の上で追放と決まったのち、彼女は国内におけるあらゆる記録と権利を抹消された。さらに二度と戻ってこれないよう、魔術面においても厳しい規制を科せられている。次代の宮廷魔導士筆頭と目された才能を以ってしても、すべてを取り除くことは不可能だ。


 あれこれ考えてどうにか気を鎮め、目の前のものに再度視線を戻す。古代の石板を思わせる、扁平で巨大な『何か』が広がっていた。


 「でも念のために、ちょっとだけ付け足しをしておこうかしら。――あの子なんか苦しんで当然なんだから」


 片手を鋭く薙ぎ払う。足元から沸き起こった無機質な光の群れが、暗い怒りを湛える術者の周りを取り巻いた。



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