表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート1月

おまじないなんてきかない

作者: たかさば

好きな人ができた。

とってもかっこいい、二年生の細田先輩。


サッカー部の、二年生。

ちょっと身長は低めだけど、私よりは高いから大丈夫。


サッカー部で一番モテる、古池先輩が180センチあるから、小さく見えちゃうだけなんだよね。

170センチあったら、十分大きいし、かっこいいって思う。


ちょっと天パの入った、サラサラの髪がいつも風に揺れているのを見て、私は恋に落ちた。


家庭科部の教室の窓から、ちょうどランニングするサッカー部の様子が見えるんだ。


おーえいお、えいお、えいお、えいお!

おーえいお、えいお、えいお、えいお!


声を出しながら、校舎周りを五周、毎日走るサッカー部の団体さん、その中で一番カッコイイ、細田先輩。


一回もしゃべったことないけど、いつかお話、してみたい。

一回も話したことがないけど、いつか私のこと好きって言ってもらいたい。

一回も隣に立ったことないけど、いつか抱きしめてもらいたい。


いつか、細田先輩のゼッケンもらいたいな。

いつか、細田先輩の第二ボタンもらいたいな。


でも、私には。


細田先輩との接点が、ない。


悲しいけど、私には、毎日細田先輩のランニング姿を見守る事しか、できない。




…毎日毎日、一生懸命走る先輩の姿を追い続けて、半年。


「ねえ、やっちゃんサッカー部の誰が好きなの?」


「え・・・。」


「バレバレだよー!毎日見てるんだもん、ねえ、誰?…もしかして、細田先輩じゃないの?」


とっても人懐っこい私の親友、さとちゃんに…好きな人がいることが、細田先輩が好きなことが…ばれてしまった。


「ふふ!協力するからさ!あたし二年に兄ちゃんいるからさ、すごく役に立つと思うよ?」


さとちゃんは、それから役に立つ情報をそれはそれはたくさん私に流してくれた。

誕生日、靴のサイズ、好きなアイドル、好きな食べ物、進学したい大学名、頭のサイズ、服のサイズ、指輪のサイズに電話番号、住所に家族構成…。


先輩と同じアイドルを好きになるために、アイドル雑誌を買い込んだ。

先輩が好きだというティラミスを毎日作って食べた。

先輩の行きたい大学に行くことを決めた。

先輩にぴったりサイズのキャップをかぶって散歩に行くようになった。

先輩がいつも着ているメンズLサイズのジャージを買って寝間着にした。

先輩の指にぴったるはまるハートデザインのリングを買って、ネックレスに通して毎日身につけた。

先輩の家の電話番号を暗記して、自分のパスワードにした。

先輩の家族構成の中に自分が入ると七人家族になるから、誕生日パーティーの時は座る位置を巡ってケンカになりそうだなって心配した。


毎日毎日、先輩の事だけを思って、幸せな日々が続く。


今頃、部活終わって家についてお風呂に入っているよね。

今頃、大好きなアイドルの出てるこの番組を見てるはず。

今頃、今頃、白米抜きの晩御飯をパクパク食べてるよね。

今頃、筋トレしてるはず。

今頃、ベッドに入ったよね。


先輩の事を考えるだけで、こんなにも私は幸せ。


でも、ちょっぴり、ものたりなくて。

少しだけ、欲が、出てしまった。


私には、さとちゃん以外にもとっても心強い味方がいた。


…先輩に直接話しかけることができない弱虫な私の強い味方、それはおまじないブック。


先輩が私の夢を見ますようにと、隠し撮りした写真に呪文を唱えて祈った。

先輩の夢を見ますようにと、先輩の名前の数だけ、枕を叩いておまじないをするのが私の日課になった。

先輩の顔を目に焼き付けてから、目を閉じておまじないのかかった枕の下に先輩の写真を入れて、電気を消して、眠った。

おまじないはとってもよく効いて、いつも私は夢の中で先輩に会うことができた。



毎日夢に出てくる先輩だけれども、いつまでたっても、私には声をかけてくれることはなかった。


私は、どうにかして…先輩に、声をかけてもらいたいと願うようになった。


ダイエットをがんばった。

ヘアスタイルをかわいくしてみた。

ちょっぴりお化粧をするようになった。

スカートを短くしてみた。

いっぱいいっぱいおまじないをした。


…たまに、先輩と目が合うようになった。


ランニング中の、先輩の目が、私にとまるようになった。

たった、一秒。

その一秒が、うれしくて、たまらない。


一秒が、もっと長くなりますようにと、私は一生懸命、努力をするようになった。


毎日、先輩の名前を自分の名前と交互に書いて、一日のお守りにした。

―――気になる彼から声をかけられるおまじないだよ!


毎日、先輩の誕生日と自分の誕生日の数字を全部足した数を日付で割った数だけ、水を飲んで学校に行った。

―――気になる彼が貴方の事を好きになるおまじないだよ!


毎日、早起きをして、先輩の靴箱に向かって三回お辞儀をして、三回お気に入りのハンカチで撫でた。

―――気になる彼とうれしいハプニングが起こる可能性が高まるおまじないだよ!


他にも、他にも、他にも、他にも…!


おまじないの効果があって、私は、先輩と顔見知りに、なれた!



バレンタインデーがやってきた。


私は、勇気を出して、先輩にチョコレートを渡すことを決めた。


さとちゃんの調べでは、先輩には好きな人はいないらしかった。

おまじないブックに乗っていた占いでは、先輩には好きな人はいないらしかった。

自分で何度もやったトランプ占いでも、先輩には好きな人はいないと出ていた。

友達に何度も占ってもらったタロットカードでも、先輩には好きな人はいないと出ていた。


私は、心をこめて、バレンタインデーのチョコを手作りすることにした。

私の手元には、お菓子作りの本と、おまじないブック。


チョコレートを刻みながら、先輩の名前をつぶやいた。

―――チョコにあなたの気持ちをよーく聞かせておくと成功率が上がっちゃう!


チョコレートを溶かしながら、先輩の誕生日と先輩の名前の画数、私の誕生日と私の名前の画数分のアーモンドを混ぜ込んだ。

―――アーモンドは恋のキューピッド!あなたと彼の生年月日、名前の数だけ入れてみて!きっとカップル成立間違いなし!


チョコレートを固めるために、先輩の名前と私の名前を交互に書いたラップをかぶせ、先輩にしてほしいことをびっしり書き込んだ箱に入れて冷蔵庫に入れた。

―――チョコはあなたの気持ちを伝えてくれるよ!彼にしてほしいことを書いた箱に入れて冷やすと全部伝えてくれるの!でも、ちょっぴり勇気のない彼だったら、恥ずかしがってしまうかも。


チョコをラッピングし、一日ポニーテールに巻いていたかわいらしいピンクのリボンをかけた。

―――髪は女の命!あなたの思いをしっかり伝えてくれるとっておきのおまじない!



「細田先輩!これ、受け取ってください!」

「ありがとう。」


私の努力はばっちり実を結び、先輩にチョコレートを受け取ってもらうことができた。



ホワイトデー、私は先輩からクッキーをもらった。


「あの、俺でよかったら、付き合ってください。」


私のおまじないが効いた!

先輩が私に告白してくれた!


「はい!喜んで!」


私は先輩と付き合うことになった。

毎日、部活終わりに、一緒に帰るようになった。

大通りの、交差点まで、15分の道のり。

幸せな、時間が過ぎてゆく。


先輩は、とっても奥手だった。


いつまでたっても、ラブレターを書いてくれない。

いつまでたっても、手をつないでくれない。

いつまでたっても、好きって言ってくれない。

いつまでたっても、いつまでたっても。


私はおまじないをがんばった。


―――未使用の鉛筆と一緒にお風呂に入って、乾かしたら彼にプレゼントしてみて!愛のメッセージ、もらえちゃうこと間違いなし!

……いつまでたっても、私のあげたラブレターに返事を書いてくれない。


―――一日握りしめたハンカチを彼にプレゼントしてみて!きっとあなたと手をつなぎたくなるはず!

……いつまでたっても、手をつないでくれない。


―――気持ちを込めて、彼の写真に向かって10分間好きって言い続けてみて!きっと彼から好きって言葉が返ってくるよ!

……いつまでたっても、好きって言ってくれない。


私はおまじないをがんばったけれど、全然効果が出ない日が続いた。



ある日、先輩とさとちゃんのお兄ちゃんに呼び出された。


「あのさ、何でいつも変なもんくれるの?」

「先輩が喜んでくれると思って…。」


いつも優しい先輩の声が、その日はなんだか少し…怖かった。


「お前、毎朝こいつの靴箱の前で、何してるの?」

「あの、おまじないを…。」


そこに、さとちゃんがやってきた。


「にいちゃん!!やっちゃんはすっごく恥ずかしがり屋で!!一途なんだよ!!いじめないでよ!!!」

「お前は黙っとけ!!ほら、真治、言えよ、言った方が良いって!」


先輩が、私の事を、見つめてる。

最近、私と目を合わせてくれなくなってたから、すごく、うれしい!


おまじないが、効いたんだ!!!


「・・・あのさ、俺の机の上で、何してたの?」

「水ぶき、してました。」


―――あなたの涙を一滴小瓶に入れてから、願いを込めて水を満たし月の光に一晩さらします!

―――これでスーパームーンパワーチャージ聖水の出来上がり!魔除け効果抜群!悪い虫を撃退しちゃお!


「お前なんでこいつの靴箱にお辞儀してるの?」

「尊い、から…?」


朝のおまじないが、見られてたみたい。


「あのさ、俺のノート、消しゴムかけた?」

「汚れてたから…。」


―――彼のノートの表紙全体に、お気に入りの消しゴムをかけて、そのケシカスを小瓶に集めてお守りにしちゃお!

―――彼の穢れた煩悩を消し去って、自分の勉強モチベーションアップアイテムにしちゃえば一石二鳥!ガンバ!!!


「お前さあ、こいつのロッカーに変なもん貼り付けるのやめろよ!」

「運気が上がるから…。」


―――未使用の絆創膏を一日ブラの中に忍ばせて…あなたの運気を染み込ませてみて!

―――彼の持ち物にダメージがあるのを見つけたら、大チャンス!そこに絆創膏を貼ったら夢のような展開が!


「あのさ、これ、何…?」

「おまじないシートです、良かった、見つかったんだ…。」


先輩の名前を自分の名前と交互に書いた、私のお守り…見つかってよかった、失くして一週間たってたから、もう出てこないと思って反省の意味も込めて10枚書いたかいがあったみたい。


私は、先輩から返してもらった、おまじないの紙を…ぎゅっと、抱きしめた。


「お前さあ…気持ち悪いよ。なんでこいつ本人がいるのに、本人に何も言わないで、何も伝えないでこういう事、すんの?」

「兄ちゃん!!やっちゃんの純情を否定しないでよ!!!」


先輩が、私を、見つめている。


「あのさ、いつも一緒に帰ってるけど、いつも、はいとかいいえしか言わないよね?なんで、話してくれないの。」


先輩が、私を、見つめている。


「恥ずかしいんです…。」


恥ずかしくて、目を、逸らしてしまいそう。


「あのさ、毎日すごく長い手紙くれるけど、俺そういうの苦手なんだよ。」


先輩が、私から目を逸らした…そっか、先輩も、恥ずかしいんだね。


「じゃあ、やめます…。」


大丈夫、渡さなくても、祈りを込めて燃やしたらちゃんと気持ちは伝わるっておまじないブックに書いてあったもの。


「あのさ、悪いんだけど、俺にはこういうのまだ早いってわかったんだ、別れてくれない?」


大丈夫、もう先輩の髪の毛はいっぱいゲットしたもの。

大丈夫、別れた彼とやり直すおまじないもいっぱい知ってるもの。


「わかりました…。」

「ちょっと?!やっちゃん?!」


私は先輩と別れることになってしまった。

別れたくないと、駄々をこねる勇気は、なかった。


私は、ひたすらにおまじないを続けた。


先輩の髪の毛と、自分の髪の毛を一緒に焼いて祈りを捧げたり。

先輩の爪と、自分の爪を一緒に植木鉢に埋めて、クワズイモを育てたり。


何年たっても、先輩と復縁できないまま、時は流れていった。



私は会社の同僚と結婚することになり、今は二人の子どもと旦那、二匹の犬と一緒に穏やかに暮らしている。


風のうわさで、先輩がまだ独身であることを聞いた。


ずいぶんかっこいいのに、全くモテないらしい。

ずいぶんお金持ちなのに、全くモテないらしい。


・・・ふと思うのは。


私は、先輩にずいぶんひどいことをしたなあという、後悔?


別れた後、私は先輩との復縁を願うと同時に。

先輩の孤独も、願ったのだ。


先輩が孤独になれば、私の事を思い出すに違いないと思った。

先輩が孤独になれば、私と付き合えた幸せに気が付くと思った。

先輩が孤独になれば、私とまた付き合いたいと願うと思った。


先輩の髪の毛を、縁切り神社の絵馬に貼り付けて人との縁を切ることを願った。

ジャノメエリカの鉢植えに、先輩の髪の毛を刻んで混ぜ込んで孤独を願った。

合わせ鏡に先輩の写真を入れ込んで、月の光を当てて孤独を願った。

先輩の髪の毛と爪と写真を船旅の途中海のど真ん中で重しを付けて投げ込んで孤独を願った。

先輩の生年月日血液型電話番号写真髪の毛爪全部を小さな粘土に丸め込んで、埋める直前の井戸の中に放り込んで孤独を願った。


ずいぶん、気持ちの悪いことをしてしまったなあと思う。

ずいぶん、勝手な行動を押し付けてしまったなあと思う。


顔だけ見て、かっこいいと思う気持ちだけが先行して。

先輩の人となりなど、まるで無視して、自分の気持ちばかり押し付けて。


おまじないに頼って、何一つ口に出さずに、向こうから何かを言って来るのを心待ちにしていた自分。

おまじないに頼って、何一つ口に出さずに、向こうから行動を起こして来るのを心待ちにしていた自分。


欲しいものは、与えてもらうのを待っているだけじゃダメなんだって気付いてなかった。

欲しいものは、手を伸ばして自分でつかまないとダメなんだって気付いてなかった。


どれだけおまじないをしたところで、自分が何一つ気持ちを伝えなければ、意味がないんだよって、あの頃の私に言い聞かせたいくらいだ。



……私の、闇歴史、なんだよね。



早く先輩が結婚して、孤独から抜け出してくれないと。



まるで、私のおまじないが、効いたみたいで…夢見が悪いじゃない?



先輩のために、おまじないをしてあげたいところだけれども。



私の手元には、先輩の写真は、一枚も残っていないのよね。

私の手元には、先輩の髪の毛も、爪もないのよね。

私の記憶の中から、先輩の誕生日も、消えてしまったのよね。



…聞くところによると、先輩は、髪の毛がずいぶんなくなってしまったらしいから。

もう、十分におまじないも、できないかもしれないのよね。



そもそも、24時間思い続けていたような情熱も無いから、多分、もう、どうにもならないとは、思うんだけどね…。



私のせいじゃ、ないよねえ…?



先輩が孤独なのは、先輩の、せいだよ、ねえ…?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] コェェェェ おまじない女子、こぇぇぇ。 さすがにやりすぎでしょ……。 途中からエスカレートしていくのが面白かったですけど。ね。 そして自分はちゃっかりと。 先輩……うん。
[一言] 先輩の気持ちも分かるけど、付き合ってるんなら、もうちょっと前向きな話し合いがあっても良かったように思います。 大丈夫!100%、先輩のせいですよ!(≧▽≦)
[良い点] 負の女子力を見た! [気になる点] なんというおそろしい話なんでしょう……でも気持ちは分かります。すっごく分かる。ママに振り向いてほしくて呪詛はき続けて嫌われたアホです。泣きそう [一言]…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ