ドラゴンは千年泣かない
おとぎの国には、「ドラゴンは千年泣かない」という言い伝えがある。森に棲む妖精ルナは、ドラゴンがどうして泣かないのか気になって仕方がない。そこで燃える火山の麓に向かい、
「こんにちは」
とルナは挨拶をした。すると噴火口が盛り上がり、溶岩の中からドラゴンが現れた。
「なんだ妖精。ここに何をしに来た」
背中を向けたままドラゴンは鼻から白煙を吐いた。
「千年泣かないというでしょう。どうしてかしら?」
とルナが尋ねると、
「それは迷信さ、ドラゴンは滅多なことで泣かない。珍しいことの例えだよ」
「ドラゴンは悲しくならない?」
「誰にも頼らずに生きていけるからな。聞きたいことが終わったなら帰るんだ」
体躯をねじり、避けるようにドラゴンは溶岩に潜ろうとする。
「待ってよ、また来てもいい?」
ルナが叫ぶと、ドラゴンは尻尾を振って姿を消した。
明くる日もルナは火山に出掛けた。
「お前また来たのか」
火口の縁に佇むドラゴンは呆れた様子で言った。
「あなた、寂しそうなんだもの」
ルナが上目遣いに見上げても、ドラゴンは知らんぷりをする。冷たい態度に腹が立ったルナは、
「こっちへいらっしゃい」
と言ってドラゴンの手を引いた。
二人がやってきたのはお花畑だった。
「あなたに似合う冠をつくるわ」
ルナは美しい花で輪をつくった。それをドラゴンに被せると顔が明るくなったようだ。しかしそれは一瞬のことで、すぐにまた暗くなった。
「どうしたのよ、気に入らない?」
ルナが問いかける。
「違う、そうじゃないんだ」
ドラゴンは苦い顔をして黙ってしまった。
また次の日も、その次の日もルナはドラゴンの元へ通った。
「もう来ないでくれないか」
ドラゴンの言葉にルナは戸惑った。
「ルナに会う度に、心惹かれてしまうんだ」
「だったらどうしてよ」
ルナは顔を赤くして詰め寄る。
「妖精のルナは、ドラゴンよりも遥かに寿命が短い。もしもルナを失ったら、悲しみを背負い続けなきゃならない。千年前もそうだった」
長い間ドラゴンは妖精と暮らした幸せな日々と、引き裂かれた悲しみを背負って生きていたのだ。
「ごめんなさい、知らなかったわ」
ルナはドラゴンに寄り添って涙を流した。
「このまま時が止まればいいのに」
ドラゴンの瞳もまた潤んでいる。
おとぎの国には「ドラゴンは千年泣かない」パラドクスが存在する。いつか訪れる別れのために、永遠の愛は誓われるという皮肉がこめられているのだろう。




