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エールデ・クロニクル2――剣姫、雪景に想う――  作者: 渡邊香梨
第6章 曇天の下 甦る悪意
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6-6 馬車の中(後)

「カレル夫人こそ、さぞや驚いているだろうね」


「ああ、うん。ちょっと天然で、父の事限定で明後日の方向に行動が飛んじゃうところがある母だけど……基本的には自分で考えて決断が出来る人だから――十中八九、設定だなんて言葉の方を信じないんじゃないかな」


 そもそも深青(みお)の「先輩」とも言うべき、私立聖樹学院出身者である。地頭が悪い筈がない。事実「花に携わる仕事がしたい」と望んだ夢を、異世界である事をものともせずに叶えている。


 ただ、父だけが母にとっての想定外――うっかり恋に落ちた。

 愛情が一方通行でない事は、見ていれば分かる。


「ただ、だからと言っていきなりローレンス夫妻が実の両親じゃなかったと言われたところで、すぐには自分の中で消化出来ないんじゃないかな……まあ、もうそこは父にフォロー頑張って――って、エーレ? どうかした?」


「いや……明後日の方向に動いてしまう事があるとか聞くと、やはりキャロルの母上なんだなと……」


「…………」


 キャロルの微妙な表情を見たエーレが、慌てて咳払いをする。


「君は……ローレンス夫妻のことは、あまり戸惑いがないみたいだね」


「うん……私はローレンス夫妻も、前レアール侯爵夫妻も直接知らないから。物心ついた時には、母と事実上の二人暮らしと言うか……母をカーヴィアルの自分達のお店に保護してくれたベンノ夫妻も、元が大陸中の種苗の仕入れ販売をされていたから、母にお店を任せられると、むしろ大喜びでカーヴィアルにいない事の方が多かったし……ごめん、前にエーレに『理想の家族』云々を聞かれた事があったけど、私の方こそよく分からないかも」


 かつての「八剣(やつるぎ)深青(みお)」の両親は、双方が国家公務員のキャリア組だったせいか、度が過ぎる程の学歴史上主義者であり、深青が聖樹学院にいる事と、ブランド品をこれみよがしに持ち歩く事とが同義語に等しいくらい、深青自身を顧みる事はなかった。


 彼らの中では祖父母の存在さえ、深青の子守要員的な扱いでしかなかった。


 ある日いきなり行方不明になったであろう深青を、少しは案じて――いないだろうなと思う。せいぜい自分達の自慢話のネタが一つ減った事を嘆いているくらいでしかなさそうだ。


 それに比べれば、志帆(カレル)もデューイも充分過ぎるくらいに、深青(キャロル)を愛してくれている。


 ただただ、理想の家族とするには違和感が拭えないだけだ。あれはどう見ても「理想の恋人」レベルだろうから。


「向こうのお祖父ちゃんお祖母ちゃんも、息子夫婦がちょっとロクでもなかったから……私には理想の夫婦なんだけど、理想の家族ではないかな、と……」


「キャロル……」


 思わず、窓の外を見て遠い目になったあたり、色々と察して欲しいと思う。


「……ごめん。余計な方向に話を逸らせてしまったみたいだ」


 エーレの声に僅かな後悔が滲む。


 今のエーレから見ればキャロルは良い両親を持っているとは思うが、そこに至るまでが、尋常とは言えない側面がある。


 一方のエーレは、父からも母からも、皇族としての制限はあれどそれなりに好意的な態度で振る舞われていたとは思う。


 ただ、両親共に既に現世から離れてしまい、今からは何も出来ない。


 どちらも、ないものねだりなのかも知れない。


「あっ、ごめん、私こそ……うん、だからもう、分からない者同士試行錯誤しながらやっていこう――で、良いのかなと思ってるんだけど……?」


「……そうか」


 キャロルが、どうかな……? と言う感じに首を傾げれば、エーレは一瞬だけ言葉に詰まったような様子を見せたものの、やがて静かな微笑を浮かべた。


「俺は間違いなく、レアール侯と同じ方向に振り切れると思うから、キャロルの希望があれば、と思ったんだけどな」


「……あの、エーレ?」


 不意に腰を浮かせたエーレが、キャロルの向かいから、真横へと移動してくる。


「もちろん、皇帝としての責務を疎かにするつもりはないけど、君は俺の〝唯一〟であり〝最愛〟だ。誰に何を言われても、己の意志を貫き通してカレル夫人を陥落させたレアール侯と言う存在がある以上、年月が経てばどうなるか分からない……などと周りが言う事に、少なくとも君は流されないで欲しいな。恐らくだけど公都を空けている間、仮に側室を送りこもうとする勢力が何か仕掛けていたとしても、レアール侯が旗振り役として、全て返り討ちにしてくれている筈だ」


「……お父様が?」


「レアール家の権勢がどうこうと言う話じゃないよ。俺と言う人間の内側を、身内以上に理解ってくれているのがレアール侯だからね。実の父である先帝陛下は亡くなってしまったけれど、俺はレアール侯を義父と仰ぐ事は、やぶさかじゃないんだよ」


 そう言ったエーレは、キャロルの左手をとり、軽く口づけた。


「……っ」

「まだ照れるんだね。とっくに、これ以上に踏み込んでいるのに」


「むっ……無理! 19年免疫なかったんだから、急には無理っ!」


「……まあ、もうすぐ辺境伯の邸宅だし、かえってアピールになるかな?」


 くすくすと笑ったエーレは、そのままキャロルを強く抱き寄せると、首筋に唇を這わせて、軽く歯を立てた。


「ひゃんっ⁉︎」

「ここだと、いつも面白い声をあげるよね――可愛いけど」

「か……っ」


 動揺するキャロルを揶揄うように、エーレがまた、別の場所を軽く噛んでいる。


「んっ……」

「キャロル。辺境伯を牽制する意味でも、令嬢に釘を刺す意味でも、いつも以上に積極的にいくから――ここに滞在している間は、気絶はナシで、頑張って」


「……えええぇっ⁉︎」

「煽るだけ煽って、ボロが出るなら万々歳だ」


 ここに来るまでだって、ストライド家分家や、エイダル公爵領の地主の邸宅で、仲の良さを散々にアピールしていた筈である。


 エーレの声は、どう聞いても楽しそうだ。

 まだアピールし足りないのか。


 結局キャロルは、辺境伯邸宅に着くまでの間に、首元に複数の赤い痕を付けられる羽目になった。


 余談だが警護の面々は、本人達の知らな所で毎回「エーレが馬車を出てから、何分間、キャロルに手を出さずにいられるか」と言う、どう考えても、不敬罪だろうと思える賭けをしているらしく、今回も、侍女として馭者席の隣に座る、キルスティン・ダーリが、後ろから「ひゃんっ⁉︎」と、声がした段階で、頬を染めたため、そこで判断された結果が――ルスランが、ここでの勝者となった。


 途中でやると賭けがバレるので、公都(ザーフィア)に戻ってから、飲み会をして、最終的な賭けの精算をするらしい。



 ……などと言う事をキャロルが知ったのは、当然、公都(ザーフィア)へ戻ってからの事だった。

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