6-4 試される新皇帝
「恐らくアデリシア殿下の狙う最低ラインは、マルメラーデの貴族達の力を削いで、国自体が疲弊しない範囲で国王を孤立させるか、あるいは周囲どこかの国に依存さておく事。そろそろ自国のクラッシィ公爵家や隣国のイエッタ公爵家に我慢の限界が来ていてもおかしくない」
あー……と、キャロルも呟いている。
少なくともクラッシィ公爵家に関しては、もはやかける情けなど1ミリも残っていない筈だ。
「近衛の現隊長代理をリューゲに送り、元隊長をルフトヴェークから引っ張り出した時点で、ほぼそれは達成出来ていると言っても良い。現に君は、ファールバウティ宰相の関与を周りに疑わせるところまで辿り着いているし、リューゲにいる君の副長は、恐らく……姿を消したって言う、元副長の行方を追う為に四領主家に入っているんだろうしね」
「えっ、サウルがシジャス副長を追って?」
「……呼び捨て……うん、まあ名前は知らないけど、多分ね。マルメラーデ出身だからと言ってそこに逃げるとは限らない。むしろ逃亡理由が公に出来ない事なら、身内なり飼い主なりの伝手の先に逃げる確率の方が高い。これも予想だけど、カーヴィアルから追放同然に国を出たって言うクラッシィ家の姫。実は、ワイアード辺境伯領に現れた領主の孫に転身してるって言う可能性を、今は少し疑ってる」
「……言われてみれば、物凄くあり得る。そうなると私も向こうも、一発で身バレするけど……」
「知り合い?」
「全然。話した事もない。ただ……既成事実を作りたくて殿下を狙ってた姫と、守らなきゃいけない近衛隊だから……多分向こうからは、近衛と言うよりは、私が一番の邪魔者くらいに見えていた可能性が……」
「……覚えられているかも知れない上に、君が実は生きている事が、アデリシア殿下以外にも知られてしまう可能性がある、と」
「キャロル・ローレンスが殺された事に関してだけは、クラッシィ家も濡れ衣だから……多分殿下、クラッシィ家がその事を知って帝都で騒ぎだす前に、薬の証拠を握って完全に潰す気でいるんだとは思うけど……」
キャロルが何気なくそう呟いたところで、それまで淡々と話していたエーレが何かに気付いたように、大きく目を見開いた。
はは……と、乾いた声が漏れ、片手で髪をかき上げる。
「どうしたの? 何か……」
「ああ、うん。今のでアデリシア殿下がこちらに突き付けている事も、理解出来たよ」
「え?」
「彼はルフトヴェークと言う国に対しては何も求めてはいない。せいぜい友好国として、これからも協力しあいたいと言った程度でしかないよ。彼が答えを求めているのは――君の夫になろうとしている『俺』に対してだ。それも、君の隣に立つ男として相応しいかとか、そんな曖昧な事じゃない。問いかけられている事は、たった一つであり、その答えも出来るか出来ないか。ただ、それだけだ」
父親や他にも人がいる中で何を言っているのかと、キャロルは慌てたが、エーレの声に揶揄う要素はなく、ただ一人、エイダルが予想していたと言わんばかりに頷いていた。
「……彼の殿下は、未だ皇帝ではないが、既に宰相位にはある。その地位で切れる、最小限で最大効果の望める手札を切ってきた。どう転ぼうとも、何かは手元に残る、そう言う切り方だ。この娘か、マルメラーデと言う国家か、クラッシィ家の破滅か、違法薬の摘発か――あるいはその全てか。エーレにとってはこの娘が〝唯一〟である事に比べて、アデリシア殿下にとっては、手元にあるにこしたことはない手札の一枚。エーレがどちらを答えようと、さほど気にはしていない。ただし、答えないと言う選択肢だけはない。と、言ったところだろう」
「……さすがです、宰相閣下。殿下の性格と手法、把握しまくってます」
アデリシアがエーレに何を突き付けているのか気にはなったが、エイダルのアデリシア評があまりに的確過ぎて、キャロルは思わずそちらを向いて、拍手しそうになってしまった。
「何が『さすが』だ、馬鹿者が。中央権力に好かれやすい自覚をしろと、言った筈だぞ」
「いや、それはそれで、どうしろと」
「エーレの後ろで大人しくして――無理か」
「えっ、一人で納得した⁉︎ ちょっ……ヒドくないですか⁉︎」
「リヒャルト様に諦めさせるとか、相当ですよ、キャロル様」
「ソユーズ書記官まで!」
「おまえも混ぜ返すな、ソユーズ! ともかくだ」
バン、と片手で机を叩いたエイダルが、話を纏めるように、居並ぶ面々を見回した。
「ストライド、ワイアードに入る前の最後の立ち寄り箇所で、周辺の最新情報を渡すと言ったな。辺境伯の後添いと子供二人の情報も、更に詳細に調べて渡すように指示しておけ。あと、その控えはこちらにも送らせろ」
「え……ええ、承知致しました」
「エーレ達が出発した後、ラーソンに外政室書庫のユーベルの所に案内させる。現状、問題の未認可薬に関して、そこの娘以外は名称以上の詳細を知らんのが実態だ。専門外で把握出来ん部分もあるだろうが、それでもいざと言う時に、知ると知らんとでは、対応に雲泥の差が出る。レアール、ストライド、サージェント。おまえ達にも顔を出し貰うぞ」
微かに聞こえた舌打ちはデューイのものだろうが、それは単に、すぐにでも妻を迎えに出発したかったからと言うだけで、エイダルの命そのものを厭っている訳ではない事は、見ている全員が理解出来ているようだった。
段々と父のブレなさ加減も周囲にダダ漏れになってきたなぁ……と、キャロルは思う。
「ただしサージェント、息子は邸宅に帰らせておけ。学園内で他の繋がりがなかったかどうか、確認が取れるまでは無闇に国政に関わらせるな。せいぜい薬学本の編纂意義を理解させておくんだな。資料集めの助手にこき使われるなら、その説明は必要だろうよ」
「――――」
問題を起こした一族郎党を情け容赦なく公都から退かせたストライド家と異なり、自分達があからさまに、目には見えないものの、確かに温情をかけられていると……自覚のあるサージェントは頭を下げるしかなかった。
「そして最後にお伺いしますが――陛下」
ふいに口調を変えたエイダルに、反応したエーレが僅かに顔を上げた。
「婚姻の儀の日程を動かすおつもりはないんですね」
「……ああ、ない」
答えたエーレの口調も、為政者の口調だった。真っ直ぐに、エイダルを見やる。
「私の本気を周知させるには、そのくらいの衝撃性は必要だろう。それに結果論だが――〝5月の雪〟が咲き誇る頃の婚姻は、貴公にとっても感慨深いと思う。……エイダル宰相」
「……っ!」
エイダルと引き離されたナタリー・スフェノスが、恐らくは毎日、部屋から眺めていたであろう、彼女の象徴とも言うべき花。
この婚姻を、ナタリー妃も見守ってくれるだろうと思うのは、決してエーレ一人の感傷ではない筈だ。
エイダルが素の表情で言葉に詰まると言う珍しい光景が、しばらくの間この場の全員の脳裏に焼き付けられた。
「……仰っている意味が分かりませんが、陛下のご意思は理解しました。ですが前日や前々日に戻って来るのは、間に合った内には入りませんから、そこは充分に、ご理解頂きますよう」
視線を書類に落としたエイダルの真意は見えなかったが、間違っているとは、エーレもキャロルも思わなかった。




