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エールデ・クロニクル2――剣姫、雪景に想う――  作者: 渡邊香梨
第1章 過去と言う名の棘
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1-8 とある噂

「カーヴィアルにいた間は分かりませんでしたけど、今、その書類を見れば、ワイアード辺境伯領で作られた草花がリューゲで加工されて、あまり評判の良くない貴族層や富裕層の間で取引される――と言う流れになってますね。クラッシィ公爵家は、その上得意と言ったところですよ。ディレクトアには取引記録はありませんでしたし、まだ、本格的に出回る前だったんだと思います。そちらは今からでも、大使館経由で警告だけ流しておけば良いんじゃないでしょうか。マルメラーデも基本は同様で良いと思いますけど、あの国にはイェッタ公爵家と言う、クラッシィ公爵家と繋がりの深い家がありますから、その経路だけは警戒した方が良いですね」


「ああ、そうだったな」


 イェッタ公爵家とクラッシィ公爵家との繋がりに関しては、エイダルも前回のエーレの監察書類で把握をしている。


 当主夫人の実家であったミュールディヒ侯爵家の失脚により、イェッタ公爵家が資金源を失って窮地に立たされている事も、である。


 次の資金源を探して、問題の媚薬に手を出している、あるいは出そうとする可能性は充分にあった。


「辺境伯はクロとは限らん……か」


 あくまで領内では、原料となる草花が栽培されているだけである。

 その先、どう加工されているかなど、いちいち把握をしていない可能性もあった。


 そうですね、と、キャロルも答えた。


「この書類だけでは、何の断定も出来ません。芥子(ケシ)だって、鎮痛剤と幻覚剤、双方の作用があるがために認可業者しか取り扱えない筈が、()流通しちゃってるでしょう? アレと同じですよ。産地だからと言って、悪ではない。先入観なく調べるべきだと思います」


「……裏流通を堂々と断言されるのも、宰相位にある者としては複雑だな」


 とは言え、エイダルでも反論のしようがない事は、確かにある。


「まあ、それは長い目での課題としておく。まずは喫緊(きっきん)の問題から片付けねばならんな」


「……はい」


 やはりエイダルは、一度目を通した書類の内容は、正確に頭に入っているようだった。


 頷くキャロルとは対照的に、怪訝そうな表情を見せたファヴィルに、カーヴィアル、リューゲ双方の書類を、順番に指で指し示して見せる。


「最近、カーヴィアルとリューゲで、ある噂が流れているそうだ」

「噂ですか」


「カーヴィアルの先帝陛下の落胤(らくいん)が、リューゲにいる――と言う、昨今、取って付けたように、降って湧いた噂だ」


 エイダルの口調は、全く信じていないと言った口ぶりだ。


 キャロルの話がなければ、流言飛語の(たぐ)いとして片付けてしまっていただろうくらいに、荒唐無稽な話だとエイダルには思えたからだ。


「その血を継ぐ子はリューゲの領主の一人となり、両国の交流を願いながらこの世を去った。今はその孫が、己の中に流れる血を知らず、カーヴィアルの宮廷に仕えていたところ、危篤の父親から話を聞かされ、祖父の代からの悲願を叶えるべく帰国した――とな」


「確かに……どこのお伽話か、と言うような……あ、もしや……」


 ファヴィルの気付きを、苦笑混じりにキャロルも肯定する。


「はい。サウル・ジンドは、カーヴィアルの皇族の血を引く――()()()です。多分本人も、笑って否定しそうです。と言うか、茶番と分

かってて、噂の根源を確かめようと、殿下と相談して、敢えて御輿(みこし)に乗った可能性の方が高いです」


「お前はこれを、現在、帝国唯一の皇位継承者であるアデリシア殿下の対抗馬を作り出す為の茶番だと見たんだな。殿下に取り入る事が出来なかったクラッシィ公爵家が、外に活路を求めた、と」


「あー……いえ、そんな知恵の回る人間も、あの一族にはいませんね。間違いなく、どこからか都合の良い事を吹き込まれて、矢面に立たされているだけです。あわよくばカーヴィアルを乗っ取ろうとしている人間が……リューゲか、ワイアード辺境伯領かにいます。あるいは双方が手を組んでいる可能性も――いえ、すみません。そこは私の想像で、証拠はありませんので、聞き流して下さい。ただ、その方向で調べたい、とだけ思っていて頂ければ」


 相変わらず、キャロルのクラッシィ公爵家に対する評価は最底辺を彷徨(さまよ)っている。


 言外に、考え過ぎだと言い切られたエイダルが、珍しく何とも言えない表情を浮かべている。


 深読みをしすぎる傾向があるのは、否定はしないが、そこまでか……とも、思うのだ。


 だがキャロルは、クラッシィ公爵家の話はここまでだとばかりに、ばっさりと切って捨てた。


「どうせあの公爵家は、最後に黒幕から梯子(はしご)を外されて、今度こそ殿下に完膚なきまでに叩き潰されて終わりです。なので、彼らに甘言を吹きこんで、おだてあげている(ほう)を探さないと、頭だけを()げ替えた謀略が、延々

と続く事になるので、面倒です。ワイアード辺境伯領に例えば潜伏しているとなれば、陛下(エーレ)にも無関係な話ではなくなりますから、それを確かめる意味でも、私は私の側(ルフトヴェーク)から、サウルやトリエルと連携して、動け――と、言う事なんですよね、これ」


 決して、カーヴィアルの事情のみで、呼び出そうとしている訳ではないと、そのギリギリのところを、アデリシアは突いている。


 そして少なくとも、キャロルはこれを断れない。カーヴィアルにおける「キャロル・ローレンスの暗殺」をアデリシアに選ばせた事で、アデリシア自身の周囲からの評価が、落ちている。――キャロルの想像以上に。


 それが今回のような騒動を生んでいるのだとなれば、尚更、目を背けてはいられない。


「公爵閣下……」

「……何だ」

「どうやって、()()に切り出すべきだと思いますか?」


 思わぬ事を言われたエイダルが、ファヴィル同様に、軽く目を(みは)った。


宰相室(ここ)には、これだけ堂々と書類を持ち込んでおいて、何を言ってる。同じように情報(プレ)伝達(ゼン)すれば良いだけの話だろう」


「いや……何か、すごく機嫌が悪くなりそうな気がする、と言うか……」


「それは、なるだろうな。元はと言えば、自分がアデリシア殿下に妙な嫉妬心を起こして、牽制かけた結果だ。自業自得なだけに、腹を立てるなと言う方が無理だ。今更お前が、どうこうできる事じゃない」


「いや、そこをほら、お身内として、こんな事を言ったり、やったりすれば、機嫌が治ると言うような、こう、取扱説明書的な……」


「馬鹿か。エーレは()()夫になる。取扱説明書? そんなものは、衝突しながらでも、自分で作れ。それが夫婦だろう」


「――――」


 ()()公爵の発言とは思えない台詞に、面食らったのは、キャロルだけではないようだった。


「……リヒャルト様が、人間関係の助言をなさるなど、初めて聞いた気がしますね」

「……予想とは違う助言(アドバイス)

「……ケチをつけるくらいなら聞くな。それと、どのみち手遅れだ」


 ため息混じりに視線を逸らしたエイダルに、まさか……と、キャロルが恐る恐る、宰相室の入口を振り返った。

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