5-15 辺境伯領の現状(後)
「それとキャロル様」
「えっ、えっ⁉︎」
「一応お伺いしますが、カーヴィアル帝国内でクラッシィ公爵家が例の媚薬を使用したのは、いつ頃の話ですか?」
隣のエーレを気にしたのか、あからさまに媚薬を皇太子に盛ったと言うのを避けたファヴィルに、顔を痙攣らせながらもキャロルは一生懸命に思い返した。
「ええと……結局アレで私が副長になったから……一年と9ヶ月……え、ちょっと待って……」
「キャロル?」
「待ってエーレ、ちょっと整理させて? あの時手引きをしたのが副長で……確かクラッシィ公爵家から金品を受け取っていたって言う話で、その副長は親がマルメラーデの出身だって話してて……薬の出所はクラッシィ公爵家出入りの商人の紹介で入手したって言う事以外、結局何も分からなくて……? その後は、副長は帝都追放になって、今どうしているかを探ろうにも、恐らく近衛の誰も知らない筈……って、うわぁ、何コレ! 全部繋がってるっ‼︎」
頭を抱えてしまったキャロルに、エイダルが「やはりな」と、唸った。
「そもそものエーレの以前の資料にあったジャガイモ以外に、裏で薬の取引もあったんだろう。もしかすると、アデリシア皇太子殿下との既成事実に持ち込もうとした、そのクラッシィ家の令嬢、マルメラーデのイエッタ公爵家と縁戚関係にあるかも知れん」
「……国内にはいられなくなりましたから、他国の親類を頼って、カーヴィアルを離れたらしいとは、後日耳にしました。すみません、どこに行ったかまでは聞いていなくて……」
「当時のおまえの立場で、本当に令嬢が国を離れたかどうか、どこに行ったのか、そう言った事を確かめるのは、無理だろうからな。だがまあ、その感じだと間違いなくマルメラーデに亡命しているだろうな」
「多分……」
「おまえはクラッシィ公爵家には頭脳がいないと言った。だとすれば、一連の糸はマルメラーデ側から引いていると言う話になるな」
「……はい。私ちょっと不思議に思っていた事があったんです」
「不思議だと?」
「ルフトヴェーク側の話なんですけど、フェアラート、ルッセ両公爵領、ミュールディヒ侯爵家。この派閥に属していた内の誰が、ユリウス第二皇子を担ぐ為に、そもそも策を練っていたのかな――と。この際、詰めが甘かったとか、そう言う事は抜きにして、参謀役の様な人って、いたのかな?って、気になっていて……いや、私もイルハルトの動きを追うのに必死で、そちら側を探る余裕もないまま事態も決着してしまって、今まで有耶無耶になっていたって言うのが正しいんですけど」
「――――」
キャロルの言葉に、ゆっくりとエイダルの目が見開かれていく。
「いや……私ですら、先帝の病が篤くなった事や政務に忙殺されていて、起きる事態への対応が精一杯だった。そうだ……よくよく考えれば、あの連中は……全て、口車に乗せられていた側の人間の振る舞いだ……」
「あの……コレ、多分ですよ? 証拠のない、仮のお話ですけど――多分、イエッタ公爵家か、ファールバウティ公爵家か、どちらかの中に5ヶ国全てを支配下に置きたい、なんて言う大それた野望を持つ人間が、恐らくはいるんじゃないかと……」
口元に手をやって、言葉を選びながら呟くキャロルに、エイダル以外面々の目も、キャロルへと向けられた。
一方のエイダルは表情が険しくなり、キャロルに話の続きを促した。
「そもそも、私が死にかける前の時点で、ユ
リウス皇子の派閥は、ディレクトアと――クラエス第一王子と組むと思わせての、コーネラス第三王子を傀儡にする事を狙ってた」
「死にかける……」
詳しい事情を知らないストライドが眉を顰めたが、他の面々の、悼むような、悔やむような表情を見ると、今、この場でそれを聞くのは憚られているようだった。
キャロルも、聞かなかった事にするように話を続ける。
「イエッタ公爵家には、ユリウス皇子にも、アデリシア殿下にも、年齢の合う姫君がいないと前にルスランから聞きました。と言っても、縁戚関係にあるミュールディヒ侯爵家出身の姫が、側室とは言え、皇帝の妻の地位に収まっている以上は、ルフトヴェークは意のままにしやすいと踏んだ。だからカーヴィアルの方に、こちらも縁戚関係にあるクラッシィ公爵家から、皇妃を出そうと目論んだ。カーヴィアルとディレクトアは、元々、軍を相互に常駐させる程の友好関係があるから、急いで手を打たなくても良いと思った」
一つずつ、確認を取るように口を開くキャロルに、エイダルも頷いて見せる。
「……筋は通っているな、今のところ」
「ありがとうございます。ただ、クラッシィ公爵家は基本的に迂闊な人が多いですから、案の定アデリシア殿下を籠絡する事は出来なかった。挙句、中央にすら寄り付けなくなった」
迂闊……と、エーレが呟き、エイダルは、ここは返事の代わりに顔を顰めている。
二人とも、クラッシィ公爵家主導だと、心のどこかで思っていたからだろう。
「そもそも私なら絶対に、クラッシィ公爵家の人間なんて主要な所で利用しません。その辺りも、詰めが甘いと言いたくなる一因なんですけど……まあそれはともかく、その甘さ故に、そこで諦めるって言う選択肢はなかった。更に、おおよそ二年待てば、再びカーヴィアルの宮廷に入り込める機会が回ってて来るって言う事の方に、気が付いてしまったんですよ。むしろ、かえって確率が上がるかも知れない、と」
「二年?――ちょうど、今か」
「正確には半年程前からですけど」
と言うか、キャロルがその可能性に気が付いたのは、たった今だ。
恐らくアデリシアは、証拠がなかったとは言え、とうの昔に察していた筈なのだ。
――ため息と共に、キャロルはその事実を、居並ぶ面々に告げる。
「アデリシア殿下への縁談です。――マルメラーデ王家、ご正妃様筋からの」




