5-11 外政室改造計画
「彼は、外政室で使い潰させて貰う――で良いんですけど、学園の内部でどこまでその話が吹聴されて、賛同者がいたのか、サージェント侯爵閣下の方でご確認頂いて、風聞を跡形もなく消していただく事は可能でしょうか？」
「風聞……ですか？」
「要は下世話な噂話を、綺麗さっぱり潰して欲しいって事です。多分、遠くない将来弟が入学する筈ですし、あまり色眼鏡で見られないようにしてやりたい、親心ならぬ姉心です」
親心、と言われたデューイが、僅かに身動ぎをする。
「……ある程度、本人が自分で対処出来る様に鍛えるんじゃなかったのか、キャロル」
「ええ、もちろん。ですがまだデュシェルは領地ですし、当主教育前の現状に関してまで責任を持たせるのは、流石にちょっと酷かな――と」
「……なるほど。一理あるか」
ある程度はキャロルの言葉を筋が通っていると認めたのか、デューイの視線がサージェントの方へと向いた。
どうなんだ、とでも言いたげに。
サージェントは一瞬の間を置いて、頷いた。
「ストライド侯の許可をお願いする事にはなるが…ニコス・ストライド殿が公都を追放された事を、愚息を卒業式まで停学処分とする事と合わせて、学園内でも詳らかにし、その上で室長殿が、エイダル宰相閣下と血縁
関係にあったとも明らかにすれば――あるいは、と」
そう言った後、ただ……と、サージェントがストライドを見やれば、ストライドは分かっていると言わんばかりに肩を竦めた。
「そうですね。入学までまだ５年以上ある、レアール侯の御子息より、来年入学予定の私の息子の方が直近の問題にはなるでしょう。ですが……レアール侯とご息女を拝見していると、私もあまり甘やかすまい、とは思いますよ」
多分、生まれた時からレアール家にいたら、こうはなっていない筈――と、キャロルもデューイも内心では思っているが、ここは綺麗に無視した。このあたりは父娘である。
「お二方の間で問題がないようでしたら、私はそれで構いません。後は……サージェント侯爵閣下の息子さんから『申し訳ありません』とか『反省しました』とか『見直しました』とか聞ければ、終了って感じですね」
「……珍しいな、キャロル。おまえがそこまで根に持っているのも」
「いえ、別に根に持ってる訳じゃないんです。単に『父親はこんなところで燻っているような人じゃないし、オレならその手助けが出来る！』って、なってる鼻っ柱を、パッキリ折っておきたいと言うか」
「は？」
声に出したのはデューイだが、内心は、皆が同じように思っただろう。その証拠に視線が集中している。
「アレ、重度のファザコンですよ。えーっと……最上位に父親がいるって意味です。ちなみに姉妹だとシスコン、兄弟だとブラコン、母親だとマザコン。夫婦とか恋人とかの間だと、溺愛だの、ベタ惚れだのとしか言われませんから良いですけど、対象が親兄弟だとタダの病気です。ヤバい人です」
「……婚約者でも危ないのはいるだろう…」
「……どの口がそれを……」
デューイとエーレが微妙な表情を浮かべているところに、宰相書記官ファヴィル・ソユーズが、咳払いを落とした。
「キャロル様。その……ファザコン、ですか？ 具体的に、何か問題が？」
「だって、父親と言う手札の切り方次第で、自分の思う通りに動いてくれるって事ですからね。こんなチョロ――いえ、使い勝手の良い駒、ソユーズ書記官だったら放っておけます？」
「今、チョロいと言いかけました？」
「気のせいです。忘れて下さい」
「……まあ、そう言う事にしておきましょうか。確かにあのまま彼の反発心を放置しておくのは、ちょっと問題だなとは私も思っていたんですよ。そうですか、鍵は〝父親〟でしたか」
「ね、いくらでも、抱き込めてしまうでしょう？ 上手くこちらに転んでくれたところで、告げ口一つですぐにひっくり返る可能性も残る訳で、手元に置こうが地方に飛ばそうが、危ないまま。ストライド家の皆さんと、同じ様なやり方はとれないんですよ」
「……ちょっと、こちらの言う事をよく聞いてくれるようになるお薬でも融通させましょうか？ その方が早いと思いますが」
「……真顔で何言ってるんですか」
「ソユーズ……」
さすがにエイダルも、呆れた表情をファヴィルに向けてるが、要は洗脳すれば？ と、唆しているのだ。
さすが、現〝黒の森〟の長は、発想が過激だ。
「その、素直じゃない子供の父親は、現役の司法大臣なんだが」
「失礼しました、閣下。提案くらいは良いかと思いまして。キャロル様を軽視される事に、良い気分ではないのは何もお身内だけではないのですよ。それで、つい」
「……おまえの『つい』は、大抵、相手を追い込んでいるようだがな」
一人、扉の側に立つ、サージェントの顔色は、今にも崩れ落ちそうな程に、蒼白だ。
「宰相書記官如きが、大変失礼を致しました、サージェント侯爵。どうぞ『そう言う気持ちだ』と言う事で、聞き流して頂ければ」
実際のソユーズは、護衛組織の長であり、予備皇統の筆頭公爵である。
表向きの肩書である、子爵家出身の書記官らしからぬ空気を、これでもかと、漂わせているのだから、質が悪いと言うべきであった。
「……いや。愚息に比べれば、室長殿が既に各方面に実績をお持ちなのがよく分かる。外政室で、室長殿がどれほどの事をなさっているのか――思い知るくらいで、ちょうど良いのだろう」
「あー……いや、それもあるんですけど、彼の中では、先代の皇妹が降嫁した家って言う意識が先に立っていて、司書長や司法大臣って言う役職も、随分と地味で低く思えているようなので、そのあたりの認識も一緒に直して欲しい……と、思ってまして」
「――――」
何故、あの短時間で息子の性格を、そこまで正確に把握出来るのか。
「ちょっと今、外政室は楽しく改造中なので、一緒に揉まれて下さい。化けるか化けないかは、本人次第。周りに手助けはさせませんので」
サージェントは、とっさに言葉も出なかった――。
