5-6 侯爵二人は特大の地雷を理解した
「……先程の本の事といい、実に優秀な側近をお持ちですね」
「わざわざレアール侯爵家を離れて、私個人に従ってくれた得難い騎士です。彼ともう一人を見ていると、己もそれに相応しく在らねばと、常に身が引き締まります」
「……っ」
キャロルは未だしょっちゅうヒューバートやルスランと行動したりするため、ま
だまだ自分たちは未熟だと己を磨いてきたイオとベオークだが、こうやって面と向かって褒められるのは、やはり誇らしい。
無言で片膝をつきながら、後でエルにも教えてやろうと、イオは思った。
「さて、本題でしたね。サージェント侯爵――いえ、司書長殿」
「あ、ああ」
「キャロル室長が陛下の外遊に随行して不在の間、私が一時的に執務の代行をまあ、謝罪の一環として命じられた訳なんですが……その際、必要な本をお借りしに行くにあたって、いくつかご協力をお願いしたいのですよ」
「……協力?」
怪訝そうなサージェントに、あくまで和かにストライドは答える。
「私は侯や室長殿と違って、この書庫の蔵書や配置をまるで把握していない。まして背表紙を見たところで、探している本なのかどうかも分からない。ですので、私や外政室の人間がこの書庫に来て、本の題名ではなく、内容から問いかけた際に、それと思しき本をご提案頂きたいのですよ」
「……提案? 申し訳ないが、意味がよく――」
「御子息の為かどうかは、存じませんが、気付かないフリと言うのは、些か感心しませんね、サージェント侯爵閣下。室長殿が、既にこの書庫内の蔵書目録と本がそれぞれ置かれている場所を把握しているであろう事は、お気付きでしょうに」
「――――」
いっそ冷ややかなストライドの指摘に、サージェントは僅かに顔を顰めている。
「え、でも私まだ、この書庫の本はほとんど読めていない――」
「先程貴女は、側近である彼が持って来た外政室書庫の本を一瞥しただけで、誰にも書棚の位置を聞かずに取りに行き、ほとんど間を置かずに戻って来た。読んだ事はないにせよ、その本がちゃんと存在していて、なおかつ何処にあるのかもきちんと把握をしていると言う事になる。この期に及んで、まさかたまたまだとでも仰る?」
ギョッとした表情を見せたのは、ジェラルド・サージェントただ一人で、父親の表情は苦いものだった。
発言を途中で遮られた格好になったが、ストライドの言いたい事を察したキャロルは、父子の反応を無視するように「あぁ……」と、呟きを漏らした。
「一応これでも隣の書庫の管理監督者になった訳なので、蔵書目録は確認したんですよ。宮殿書庫分は、あくまでついでなのでうろ覚えですけど……確かに目は通しましたね」
「「うろ覚え……」」
当人以外の唖然とした視線が突き刺さるが、キャロルは気にするそぶりも見せなかった。
やがてセオドール・サージェントが大きな溜め息を吐き出すと、両手の拳を握りしめ、膝の上に置き、キャロルに向かって深々と頭を下げた。
「愚息の貴女への誹謗中傷、本当に申し訳ない。正直、司法大臣として御前に呼ばれた際は半信半疑だったのだが――少なくとも貴女には、宰相閣下の跡を継げるだけの資格も能力もあると、ハッキリした。聞けばストライド侯は、目録に書ききれない程のお詫びの品と共に、レアール侯の元を訪ねたとか。もはや遅きに失していると、侯の怒りを買う事は目に見えているが、それでも、何もしないと言う訳にもいかない」
呆然としたままのジェラルドはともかく、仮にも一国の司法大臣に向かって、何と言って良いやら、答えに困るキャロルをフォローするでもなく、限りなく事実に近いであろう「爆弾」を、ストライドが更に叩き落とした。
「確かに私が伺った時でさえ、これが自領なら目録ごと叩き返していると仰ってましたから……ある程度は覚悟頂いた方が宜しいのではないかと」
「…………」
「いやいやいや! どうしてストライド侯がそんな自信ありげに仰るんですか⁉︎」
「おや、貴女も同じ様に思われたから、サージェント侯にすぐさま言葉がかけられなかったのでは?」
「……っ! その……今回は対象が私一人なので地雷を踏み抜いた訳ではない……かな? と……ちょっとこう、オブラートに説明をしようかと……」
「地雷……」
そのまま顔を見合わせてしまったキャロルとストライドに、再び大きな咳払いで、
我に返らせたのはイオだった。
「お二方とも本当にいい加減になさって下さい。サージェント侯爵閣下と御子息殿が、先程から置いてきぼりですよ」
優秀な側近、とストライドが言ったのを、サージェントはこの時に実感した。
自分達の周りには、こんな風に耳に痛い事も、ちゃんと告げてくれる程の使用人、あるいは側近はいただろうか。
「……ハイ、ごめんなさい」
「いや、失礼。打てば響くような会話を交わすのが、本当に久しぶりでね。少し気分が高揚してしまった」
そして二人共、全くわだかまりなく、身分が劣る者に対して頭が下げられる。
自分は息子を甘やかしていたのかも知れない――。
「あっ! ちょっとサージェント侯が今、何を考えたか分かってしまいましたけど、レアール家には確たる教育方針なんてありませんから、見当違いだと申し上げておきます! 悔悟の先が違います!」
「……え?」
「レアール侯爵は、私が望む道を妨げない事だけを、己の中の主軸として定めていらっしゃるだけで、侯の最上位は、私でも弟でもないんです。私もそれは納得済みの事として動いていますし、この先は、弟にもそれを言い聞かせていくつもりです。最上位が異なる以上、巷で言われているようなごり押しもあり得ないんですよ」
もしや……と呟いたのはストライドの方で、そんなストライドに、キャロルはニッコリと笑って見せた。
「……田舎侯爵、の後が一番マズかったですね。そしてそれは、私が言われた事にじゃなく、単語そのものが特大の地雷だったんですよ」
「な……るほど……」
――つまりは『妾』腹、と。
「貴女とレアール侯の間が、どうにも父娘の会話らしくない、随分と公私の線引きが明確な会話をなさるものだと思っていたら……そう言う事でしたか」
「はい。ああでも、決して不仲だとか、そう言う事ではないんですよ? 最上位がどこにあるのかと言う事だけですから」
キャロルの笑みは、崩れない。
それが真実だからだ。
「サージェント侯爵。同じ身内の不始末に振り回された者同士として、僭越ながら私からご提案をさせて頂いても?」
キャロルが、サージェントの謝罪をこの場で受け入れるよりも先に、ストライドが口を挟んだ。
「ストライド侯……」
「あくまで『提案』ですので。まずは話だけでも」
そう言いながらも、ストライドはサージェントの「否」を聞くつもりはないらしく、そのまま言葉を続けた。
「叩き返されるにしろ、建前としての『目録』は必要だと思います。ただ、その中身として――キャロル室長が、これから編纂に取りかかる予定の、大陸全土の共通薬学本に関して、ご子息殿は当面、無給で協力をする事」
「薬学本……?」
意味が分からない、と言った表情を浮かべる父子の前で、片手を上げたストライドが、発言に合わせながら、一つずつ、指を折る。
「これはキャロル室長への『謝罪』ですね。次に、数日中にもレアール家に押しかけるであろう貴族連中の『弾除け』に、サージェント家として、全面協力をする事。もちろんこれは、我がストライド家と協力して、と言う形にはなりますが」
弾除け、の部分に、ピクリとサージェントが反応している。




