4-12 父と婚約者の牽制(前)
「お父様。恐らくですけど、私がリューゲに着いた時に、トルソー家当主の方から、母の作品の展示販売について、交渉の依頼が入ると思います」
「……何?」
「ジーン夫人から、さりげなく示唆を受けました。無茶な価格設定、原価予測でなければ、基本的にはその場で受けて、契約を締結するつもりです。リューゲでの販路拡大は、悪い話ではないと思いますので。それだとストライド家とも、表向きは、そう癒着しているように見えないと思うのですが……」
ジーンは「社交辞令かも」と言っていたが、キャロルは間違いなく、トルソー家当主は接触をしてくるだろうと、思っていた。
フラワーアレンジメントはともかく、プリザーブドフラワーは、この世界では、まだ、志帆がオンリーワンの「職人」だ。その「マネージャー」が自国にいると聞けば、動かずにはいられない筈だ。
逆に動かないようなら、商人としては、致命的だとも言えよう。
「あくまで、商売上の付き合いだと、ごまかせる――か」
何より、これでまた、カレルの立場を底上げする事が出来る。
キャロルにとっても、デューイにとっても、優先されるのはそこだ。
「その契約を結べば、リューゲ国内において、他の三家への牽制にもなりますし…状況次第では、ウェルディ家との交渉に使える筈なんですよね」
「まあ、まだそのウェルディ家の立ち位置がハッキリしないからな。確かに件の家が、カーヴィアルに真剣に喧嘩を売るつもりなら、販路を潰す意味でも有効な手札になるだろうな」
「はい。そこはもう、リューゲに着いてからしか判断出来ませんが、そう言う形で動くつもりだと、ご了解下さい」
「なるほど、理解した。と言っても、あまり納得はしていないがな」
「エイダル公爵邸で、二人とも預かって頂く方が良かったですか?」
その瞬間、デューイの周りの空気が、音を立てて冷えた。
「……キャロル」
「……すみません、失言でした」
前回の、フェアラート公爵の差し金による、エイダル公爵邸の襲撃時、館付の護衛達は、ほとんど役に立たなかった。
当時と状況が違うとは言え、妻と息子だけをそこに滞在させるなどと、ストライド家別邸以上に、デューイが是とする筈がない。
「……分かれば良い。カレルを〝迎賓館〟からストライド家別邸にやる時期に関しては、周囲の状況を見ながら、こちらで判断する。もし、ディレクトアから、誰かが訪ねて来るような事になれば、ストライド家別邸に行くどころでは、なくなるかも知れないからな」
「そう……ですね」
「リューゲでの販路開拓と、外政室での薬の研究の件に関しては、思う通りにやると良い。前者はカレルのため、後者は公国のため、それぞれ理に叶っていると判断しよう」
「――有難うございます、お父様」
素直に頭を下げたキャロルに、デューイも片手を上げて、それを制する。
「明日の朝、どこぞの宰相閣下にも話は通せ、キャロル。また、斜め45度上から事態を降らすなと、怒鳴られんように――と言うか、遅れるなよ。仕方がないから、旅支度はロータスとダーリに、させておく」
「……え?」
――この流れには、覚えがある。
デューイの視線が、キャロルを通り越して、背後の扉を捉えている。
油の刺していない人形のように、ぎこちなく後ろを振り返ると、そこにいたのは――黒い髪の婚約者。
「おかえり、キャロル。レアール侯への、報告は終わった?」
「……あの……ちょうど、いま……終わりました」
答えるキャロルの声は上滑りで、壁際にいた、ベオークの顔色は、真っ青だ。
「そう。じゃあ、俺にもその内容を説明して貰おうかな。――〝綵雲別邸〟で」
「……っ」
「レクタードは……苦言は充分に、レアール侯から聞いただろうから、近々、俺と手合わせして、身体で反省して貰おうか。これが、ラーソンなら、理詰めで追い込んで、反省して貰うところだが……なに、反省の仕方は、人それぞれだ」
エーレの後ろで、護衛を兼ねて付いてきたイオルグ・ラーソン青年が、片手で額を覆いながら、ため息を吐き出していた。
「……自業自得だぞ、エル。仕方がないから骨は拾ってやる」
エーレの剣の腕が、自分達よりも遥か上である事を、イオもベオークも、5年前から知っている。
「……承知しました陛下……」
ベオークは観念したように、項垂れた。
「……陛下。一応まだ、娘の居住区は〝迎賓館〟である筈なのですが。私の勘違いでしたか」
一応、のところを強調するデューイの嫌味に、エーレは怯まなかった。
「もちろん承知している、レアール侯。明日の朝、ちゃんと、旅の荷物を受け取りに、寄らせるつもりはしている」
「…………」
軟化しかけていた部屋の空気が、再び凍りついたようだった。
エーレのそれは、朝まで離すつもりはない、と言い切ったようなものだ。
「……これでも人並みに、娘を心配する親心はあるつもりですが」
暗に、陛下の辞書に「加減」の二文字はないんですかと、嫌味と警告と、純粋な心配とを折り混ぜたそんな声色で、デューイは視線を険しくしたが、エーレは涼しい表情だった。
「彼女に、いったい誰に愛されているのか、そろそろ自覚をして貰いたいと言うのは、私の我儘だろうか、侯?」
その場にいたロータス、イオ、ベオークは、言い切った……とばかりに目を剥いているが、キャロルとデューイの反応は、やや違っていた。
キャロルは首を竦めて縮こまり、デューイは半目になって、キャロルとエーレを見比べている。
「……確かに、貴方の婚約者である事と、次期皇妃である事とが、娘の中では、まだ一致していないんでしょう。だから、今回のような振る舞いが出来てしまう。その事を仰りたいのであれば、なるほど、貴方の我儘だとは、私にも言えない。いえ、言えません――が」
デューイの言葉に、ベオークが再び、深く首を垂れているが、イオがその肩を掴んで、言葉を発する事は止めていた。




