4-2 お風呂は普通に入りたい ※
※前半、軽いR15シーンがあります。気になる方は中ほどからお読み下さいませm(_ _)m
レアール侯爵家にしろエイダル公爵家にしろ、本邸は公都外の自領にあるのだが、ストライド侯爵家は本邸を公都に持つ、ただ一つの貴族家だった。
何十代も前に不祥事を起こして臣籍降下させられた皇族の流れを組むため、将来にわたって皇統を継いだり、皇族が降嫁する事はなく、皇位継承権を持つ皇族が、狙われるような事が起きた際の潜伏先として、存在する事を義務付けられた家系。
側室の身分、出身は自由だが、本家分家共に正妻だけは、他国から迎えて、いざと言う時の伝手を維持する――。
ストライド家の本家分家当主と、歴代皇帝のみが知る不文律であり、各国に張り巡らされた伝手は、通称〝皇帝の箱庭〟として、長きに渡って、裏から皇家を支えている。
「まぁ、要は俺が大叔父上に叛旗を翻されて公都落ちするような事態に陥った場合に、一時的に匿ってくれる家――と言う事かな。だから本来ストライド家は特定の皇族を贔屓しない。してはならないんだ。そう言う意味では、ヤリス・ストライドが実父と言えど見切りをつけたのは正しい。あの時点では、皇帝は父オルガノ。俺に靡いても、異母弟に靡いてもダメなんだ。とは言え、それは知られてはならない事だから、表向き彼とは一定の距離を保つ事になるけどね。ただ、何かあっても彼が皇帝である俺を裏切る事はない。実父の追放によって、彼は次代の皇帝に正しい〝皇帝の箱庭〟の在り方に戻す事を、予め宣言していたんだから。俺は当代皇帝として、黙ってそれを受け止める。キャロルも、その事だけ覚えておいて」
「……エ……レ……っ」
……いくら最も聞かれる可能性が低いからと言って、まさかそれを浴室、それも、湯船の中で聞かされるとは、思わなかったのだが。
それは今言う事かと――エーレの手が、間断なく身体中を滑り、唇が首元に幾つもの痕を付けていく、とても人様に言えない状況と、まだ婚約者でしかない立場である点との双方の意味で、言葉を不自然に途切れさせながら――息も絶え絶えに聞くキャロルに、エーレはキャロルを背中越しに抱いた格好のまま、良い笑顔で答えたのだ。
共に闇夜を歩いてくれるなら、もう全部知ってくれて構わないから話した、と。
「明日、ストライド侯爵家別邸に行くんだろう?話題に出なければ知らないフリのままで良いし、何かの切り札に出来るなら、使うと良いよ」
「やっ……っ‼︎」
……意識と一緒に知識も飛ばさなかった自分を、誰か褒めてくれないだろうか……
* * *
「キャロル様、間もなく到着致します」
自分でも止められない、あの声は、どうにかならないものかと、自己嫌悪にキャロルが独り馬車の中で頭を抱える中、公都を出て――約1時間。
公都から流れ出る川の先、湖沿いに街道を下った先にストライド侯爵家別邸は在った。
「確か、普段は先代侯爵夫人と側付の使用人だけで暮らしてるんだっけ……」
ヤリス・ストライドは確かに実父を追放はしたが、共に追放されたのは、義母にあたる側室。
とうに何十年も夫婦関係は破綻していて、ヤリスの実母、カーヴィアル出身の正妻は、ヤリスの婚姻を見届けたタイミングで独りずっとこの邸宅にいるのだと言う。
そんな両親を見てきたせいなのか、ヤリス自身側室を持っていない。
意外に父と話が合うのではないかと……思わなくもない。
「ようこそお越し下さいました。当代ストライド侯爵ヤリスが妻ジーンでございます。本日は夫の我儘をお聞き届け下さり有難うございます」
ジーン・ストライドは、リューゲ自治領を動かす四つの領主家の一つ、トルソー家の現当主の義妹。
トルソー家当主自身は婿養子であるため、領主会議での発言権がそれほど大きくはないのだと聞いている。
濃紺色の髪色はともかく、褐色肌のリューゲ人の特徴がやや薄いジーンだが、むしろ黄色人種肌に近いためか、キャロルは何となく親近感を覚えた。
「また、夫からの謝罪とは別に私の方からも改めてお詫びを。一族の者達の不敬、本当に申し訳ございませんでした」
「レアール侯爵家長子キャロルです。この度はお招き有難うございます。一族の方の件につきましては、当家当主と貴家ご当主様との間で、一応の決着がついていると認識しておりますので、どうかそのあたりで……」
ふと、ジーンの表情が動いた。
言いたい事を察したキャロルが「まだ奏上がされただけのお話ですから……」と、柔らかく微笑む。
エイダル公爵の縁者であると言う話が、恐らくヤリス・ストライドからいったのだろうが、ここは「まだ公ではなくわきまえている」と言う事を、言外に示しておく。
「……本当に。夫が申しておりました通りに、慎重な方でいらっしゃいますのね。とても私と10歳も違うとは思えませんわ」
答えようがなく曖昧な微笑を貼り付けたままのキャロルに、ジーンも今日の趣旨を思い返したのだろう。玄関ホールから優雅に身を翻した。
「お義母様――カティア様は、温室にいらっしゃいます。御足労をお願いしても宜しいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです。実は〝ルクリア〟の花をお育てだと、自慢の温室だと、侯爵閣下から伺って、とても楽しみにしておりました」
フラワーアレンジメント自体には、さほど興味のないキャロルだが、幼少の頃から、店番をしていた関係上、花自体には、かなり詳しい。
エールデ大陸では、現時点で桜の存在は確認されていない。
ただ〝ルクリア〟は鉢植えサイズながら、たくさんの小さな花がピンクの半球状に咲き誇る姿が、盆栽用の〝一才桜〟に似ていると、冬になると母が自宅用に好んで仕入れていたのだ。
今はもう〝レウコユム〟がキャロルにとっての大切な花だが、桜を思わせる〝ルクリア〟も、決して嫌いではない。
「まあ……〝ルクリア〟をご存知でいらっしゃいますか。確か原産地は、カーヴィアル帝国の山岳地帯と聞いておりますが……そう言えば母君――レアール侯爵夫人は、オリジナルの花飾の意匠権をいくつもお持ちの、ご高名な方でいらっしゃいましたわね。トルソー家の義兄が、一度お会いしたいと申しておりましたわ」
屋敷の中を先だって歩きながら、ジーンはサラリと、世間話以上の事を口にした。




