3-9 公国の継承権
「継承権第二位⁉︎ そこまで⁉︎」
少し遅めの夕食の後、ダイニングルームで紅茶を飲みながらキャロルは、父親との話の内容をエーレに伝えた。
公国産の希少石と言われる、シャンパンゴールド煌く〝幻影水晶〟を嵌め込んだ、大理石仕様の床や柱は、これで皇帝の私生活空間の為だけに使われていると言うから驚きだ。
未だに萎縮しながら話をしてしまうキャロルだが、エーレの方は、慣れているのか部屋の造りには無関心だ。
デューイやエイダルが、デュシェルを皇室に関わらせるつもりがないと言う点には黙って頷いたものの、デュシェルの皇位継承権がこのままだと第二位になる事を告げたがために、逆にキャロルを驚かせた。
エイダルの代にはもう一人妹姫がいたが、こちらはワイアード辺境伯領に輿入れ
した後、生まれたのは姫のみらしく、そのまた息子は継承権が認められないのだそうだ。
先帝オルガノの代にいた2人の姉妹姫、つまりエーレの伯母と叔母は、一人はリューゲ自治領のトルソー家へ、もう一人は――現在、司法大臣であるセオドール・サージェント侯爵の妻になっていると言う事だった。
二人ともアズワン帝の側室二人の、それぞれ姫である事、とにもかくにもオルガノ帝の弟フェアラート公爵と仲が悪かった点から、それぞれが政略を無視して、惚れた男性の下へ押しかけ同然で出て行ってしまったらしい。
最も、当時既に皇帝だったオルガノはそれを止めず、仮にそれぞれに息子が生まれたとしても、継承権を放棄させる事で公に婚姻を認めたと言うのだから、やはり彼は、エイダルが皇統を絶やしたいなら、それも仕方がないと無言の協力をしていたのかも知れなかった。
サージェント侯爵家としては今年17歳にになる後継者がいるとの事だが、サージェント侯爵自身は、皇位どころか、自身が皇族との縁を持ったと見做される事にすら無関心であり、加えて夫人とフェアラート公爵との兄妹仲の悪さから、エーレやエイダルとの交流さえも疎遠気味で、息子を中央に売り込む事もせず、エーレの即位式典の際も、筆頭侯爵になる事を忌避しているようだったと言う。
「……よくそれ、第三勢力とかに祀り上げられなかったね。と言うか、だから父も、軍務大臣はともかく、筆頭侯爵の位置に座らされた事にイラッとしてたんだ……」
即位式典時点では、一族内部で揉めていたストライド侯爵家を差し置いた事はともかく、先代皇帝の妹を妻に持つサージェント家に比べれば、レアール家などまさしく「成り上がりの田舎侯爵」だ。
娘の婚約を楯にゴリ押しで立場を強化していると思われるのは、業腹だったに違いない。
「うん、まぁ……ミュールディヒ侯爵家の異母弟アピールが凄すぎてね。反発する勢力が分かり易く俺の所に来ていて、女系男子であるジェラルド――サージェント家を祀り上げるって言う発想が誰にもなかったんだ。それに、侯爵は所謂本の虫。急ぎの用があるなら書庫に行った方が確実……なんて暗黙の了解があるくらいでね。多分侯爵は、大叔父上以外にただ一人、宮殿書庫の本を全て読破した人間なんじゃないかな。多分息子も、成人して出仕するようになれば、もしかすると3人目になるかも知れないとは思うけど」
「うっそ……あっ、だから司法大臣なんだ」
宮殿書庫の国内部分を全て読破したなら、当然、六法全書のような法律書にも目を通した筈だ。
「そう。ちなみに司書長も兼務しているよ。多分彼の頭の中には、これまでの全ての判例が、知識として入っている筈だ」
自分の頭を指さしながら、エーレも苦笑しつつ頷いている。
「だから後ろ暗い連中は、何を言われるか分からなくて、サージェント侯には好んで近付かない。ただこの先、レアール侯に手酷く拒絶された連中が接触しないとも限らないから、そのあたり、多分そのうちレアール侯が何かしら手を打ってくるんじゃないかな」
気が早いかも知れないと、とっさに口には出さなかったが、恐らくはエーレの血を引く皇子を後継者として、ジェラルドとデュシェルで補佐させるよう目論む気がしてならない。
アズワン帝の血を引くもう一人、フェアラート公爵に関しては、ワイアード辺境伯領に降嫁した自身の伯母の娘と結婚、2人の姫が生まれたものの、1人は流行病で早々に命を落とし、もう1人は昨年生まれたばかり――政略結婚の駒にするには早すぎた分、現在連座には問えずに、宰相書記官ファヴィル・ソユーズが、養女先を厳選している最中――と言う現状らしかった。
……ワイアード辺境伯領にキナ臭さしか感じないのは、キャロルの気のせいだろうか。
「そっか……男系継承が大前提なんだね……」
「ああ。女系に関しては、当該女子はその子供、男児にのみ継承権が認められて、孫の代には消滅する。とは言えジェラルドは、両親の婚姻時の条件として、そもそも継承権を持たない。だからその……俺と君との間に、男児が生まれれば話は変わるんだけど……現時点では、大叔父上の次に、君の弟が継承権を持つ事になるよ」
結局、子供の話を口にしてしまい、やや照れたように口籠るエーレに、つられてキャロルの頬も赤くなった。
「そ、そう……」
先々代アズワン帝の血統を、エーレの代で断絶させる事は、手遅れかも知れないだろう――。
エイダルが謁見の間で言い放ったらしい言葉はあながち間違いではなく、即位式典前の、あの雪の降る夜に初めて身体を重ねてからこちら、エーレは何故避妊の必要があるんだとばかりに、キャロルを都度抱き潰している。
前世では彼氏すらいなかったキャロルはと言えば、そもそも圧倒的にその辺りの知識が不足しており、夜の間は完全に、エーレに主導権を握られている状態だ。
つまりは、既にいつ、キャロルに懐妊の兆候が見られても、おかしくないのである。
「ま、まあ将来の継承権の話は今は置いて、僅か5歳の子供に継承権が降って湧い
ただけでも、大叔父上や、レアール侯の意思を無視して動く連中は、一定数出るよ。上手く取り込めれば、国政をやりたいように壟断出来る。多分レアール侯は、次期サージェント侯爵となるジェラルドの様に、いずれ君の弟には継承権を放棄させる方向で考えているだろうし、大叔父上もそれを支持しそうだから、果たしてその二人を出し抜けるのかって話になるだろうけどね」
「…………」
どんな無理ゲーだとキャロルが思うのは、二人ともを直接知るからだろう。
そんな心境が表情に出たのか、エーレは微かに微笑った。




