3-3 宰相と書記官は裏で動く
「……止めろ。両親どちらに似てると言われても、忌々しくなるだけだ」
舌打ちと共に、ようやく業務に区切りがついたらしいデューイが戻って来た。
「お父様。お疲れ様でした」
嫌味ではなく、素でキャロルがそう声をかければ、デューイも溜め息混じりに応接用のソファに腰を下ろした。
「ああ、まったくだな。あの公爵、ストライド侯といた時とお前が加わった時と、午後の大臣同席の謁見とで、日記の内容を小出しにして話していたんだぞ⁉︎ 知ってはいたが性格が悪すぎる‼︎」
「えっ」
足を組もうとしつつ、恐らくはワザと蹴り上げた応接テーブルが、悲鳴をあげる。
偏屈独身公爵、じゃないだけマシなのか、ロータスは何も言わず、お茶の用意をする為か、扉の向こうに消えた。
「……それで、お前はどうした。解毒剤の件か、あの公爵の件か」
「えっと……両方、でしょうか。媚薬の人体実験結果については、さっきの彼に伝えたんですけど、まだ宮殿内〝典薬部〟の全員が無害とは限らないので、しばらくは外政室書庫に、場所と材料を確保して、開発して貰うつもりです」
「……一理あるな。公国内で既に身の危険を感じていたようなら、ミュールディヒ一派の残党か、マルメラーデのイエッタ一派に雇われた連中なんかが、他の部署含めて潜んでいる可能性はあるからな。外政室の方は大丈夫なのか」
「外政室は、分かる範囲で馘首にしたので、大丈夫だと思います。箝口令さえ徹底しておけば。ただ、宮殿内居住区に引きこもってしまうと殺害手口が陰湿化する恐れがあるんで、ヒューバート将軍あたりを護衛に、休日にでも囮として、公都下を歩いて貰うのもアリかと」
「……鬼だな。まあそれも、有効な手段である事は否定出来んが。その辺は、将軍と相談しながら考えておこう」
軍と国内警察機構に対して、今、権限を持っているのはデューイだ。
お願いします、とキャロルは頭を下げた。
「それで、だ」
「……はい」
部屋の空気が、一気に重苦しくなったように感じられる。
「お前から見て、公爵の話は『設定』か、それとも『真実』か」
デューイの口調は、既に答えを察しているようにも感じられる。
――答え合わせをしたいだけであるようにも。
「……正直に言っても良いですか」
「構わん。ここには今、我々しかいない」
キャロルは僅かに息を吸った。
「真実――だと思います」
デューイは無言のまま、視線で続きを促しているため、キャロルは外政室と宮殿、それぞれの書庫で、ディレクトア、ルフトヴェーク両国の皇統図を見比べてきた事を告げた。
ナタリー妃の肩書が、両国間で異なっている事も併せて。
「しかも輿入れから一年足らずで亡くなっています。エイダル公爵の配偶者として輿入れしたところを、先々代陛下に側室として後宮に入るよう強要された――密かに公爵の子供を身籠っていたとしても、話としては充分に成立します」
「だがそれだと、先々代陛下の子供である可能性も残る――いや、だからこその〝日記〟か」
「はい。その日記に関してどういう話があったのか、お父様にお伺いしたかったんです」
デューイはすぐには答えず、ロータスが運んで来た紅茶を置くのを、しばらく無言で見つめていた。
「……ロータス、お前も残れ」
「は……」
「お父様?」
「誰とは言わないが、無表情を装いながら、何日か前から挙動不審になってる男が私の目の前にいる。加えてランセット――いや、ラーソンか。今更、アイツが軍だの迎賓館だの、お前がいる訳でもないのに不自然に姿を見せていたのも決め手だな。どう考えても、私やキャロルを飛び越して、どこぞの公爵からの横槍があっただろう。なら、詳細を聞く権利くらいはあるだろうよ。ラーソンには、後でお前から話してやれ、キャロル」
「あ……はい」
「デューイ様……」
人ん家の執事を、勝手に動かしやがって……などと侯爵らしからぬ口調で愚痴っている事は、キャロルもロータスも黙殺する事にした。
「デューイ様、申し訳ありません。恐らくは、そう間を置かずに露見します、とは申し上げたのですが、公爵閣下は『折込済みだ』と……」
「何を聞かれ、何を調べた」
「調べてはおりません。ただ、お尋ねになられただけです。ローレンス夫妻の事と、カレル様がお生まれになられた頃の事を知っている使用人はいるか、と言う事を……即位式典の前に。その時は立ち話でしたし、あまり気に留めておりませんでした。元々カレル様も独特の個性をお持ちの方ですし、気になっただけだと言われれば、その通りだとしか思いませんでしたので……ですがその後、二日程前でしたでしょうか。ソユーズ宰相書記官様が、迎賓館の方に突然いらっしゃいまして。公都内のとある侯爵家に、レアール家そのものが随分と侮辱されたようだ、と」
あー……と、キャロルが居心地悪そうに目を逸らす。
「揉め事そのものは、キャロル様とエイダル公爵閣下との間で既に解決をみていて、当該侯爵家ご当主様には、ソユーズ様が今から釘を刺しに行くから……と。裏で何かするのは勝手だが、ご当主自らが屋敷に乗り込むような真似だけは控えさせて欲しい、とも仰られましたので、ラーソンにはその『揉め事』の内容の詳細を確認させました。姿はその際、ご覧になっていたのかも知れません」
エイダル経由で、ファヴィル・ソユーズに完全に性格を読まれていたらしいデューイは、無言のまま顔だけを顰めていた。
「その際に『本当なら私が死んでから明らかになれば良いと思っていたが――今のままでは、遠からずカレル・ローレンスであった事が、皇妃となる娘の足元を全て崩してしまうかも知れん。だから悪く思うな』と、エイダル公爵閣下からの、デューイ様への言伝も預かりました。ただし『聞かれるまでは答える必要のない伝言』として、です」
「……私の足元?」
「……田舎侯爵の妾腹と罵られたんだろう。たまたま馬鹿が口に出しただけで、腹の中に燻らせている連中はまだいる筈だからな。だが、お前自身の資質を突く事に失敗した以上は、ローレンス夫妻の瑕疵、あるいは庭師の血を皇統に入れるなど……と言った、間接的な誹謗中傷を宮殿内に広げる可能性があると言う事だ。私は、そんなものはお前を望む陛下の甲斐性で何とかしろと思っていたがな」
デューイ自身は、カレルを「皇妃の母」として社交界に引っ張り出すつもりもなければ、誹謗中傷の矢面に立たせるつもりもない。
そもそもデューイは、即位式典が終わった後、侯爵領に帰るつもりでいたのだ。
それを引き留めたからには、相応の事をしろと、言わば割り切っている。
だがエイダルは――恐らく、我慢が出来なかったのだろう。




