表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エールデ・クロニクル2――剣姫、雪景に想う――  作者: 渡邊香梨
第2章 誘導と幸運の交差点
18/82

2-5 お詫びの昼食会(2)

「返す言葉もない――って、こう言う時に使うんだなと思ったよ」


 エーレ自身、常に異母弟(おとうと)()していたミュールディヒ侯爵家一派からの悪意に(さら)されていた所為(せい)もあってか、その辺りの機微に(うと)くなっていたのは否めない。


「本当にごめん。俺の配慮が足りなかった」


「あ、ううん、気にしないで。リーアムもありがとう。ただ私、ああ言った罵詈雑言(ばりぞうごん)は昔から日常茶飯事だったから……そんなには……」


「まぁ、何をおっしゃいます! でしたら尚更、嫌なことは嫌と、声に出さねばなりません。でなければ、ある日いきなり何かの(たが)が外れたように、心を壊してしまったりするんですよ? 私はこの宮殿でそう言った方を複数見てきておりますから、その辺りは恐らく()()()()()()も詳しいと自負しております」


「……ああ……」

「⁉︎」


 断言か、と一瞬思ったエーレだったが、キャロルが納得したような呟き漏らした為、思わず顔を覗きこんでしまった。


「キャロル?」


「え? あ、やっ、私は多分……まだ大丈夫だと思うんだけど……母も一度、それで侯爵家飛び出してるなぁ……って思って……」


「……多分、まだ」


「エーレ様、そこじゃありませんでしょう。……そうですか、レアール侯爵夫人が」


「父の、母への愛は……私が知る限り一度もブレた事はないと言うか、有事の際に私や弟と、母を天秤にかけなきゃならないような事態が起きても、間違いなく母を選ぶ人で。だけど、そこまで分かりやすい愛があっても、侯爵夫人を狙う立場の家や女性、母の立場が気に入らない、父の実の両親から、悪意だけを向けられ続けた結果、母は一度壊れた。それを見てたから、リーアムの言う事は一理以上の説得力があるなぁ……って」


「……っ」


 想像以上に重い話に、思わず言葉を呑みこむエーレを横目に、さもありなんとばかりにリーアムは頷いた。


「そう言う訳でございますので、エーレ様。どうかきちんと、キャロル様とお話をなさって下さいませ。私たちはいったん下がらせて頂きます」


 ――そうして、ガゼボの中にはキャロルとエーレが残された。


 リーアム達の姿が見えなくなった頃を見計らって、エーレが深いため息を吐き出している。


「……そもそもはね、君の意識が戻った時点で、いくら死んだ事になっているとは言ってもカーヴィアルに――アデリシア殿下にだけは、知らせない訳にはいかないと思って、手紙を書いたんだ。黙っていたところで、いずれどこからかは伝わるだろうと思ったからね」


「……うん」


 それは正しいと、キャロルも思う。


 カーヴィアルに戻れないにしろ、ルフトヴェークで地に足をつけて暮らしていくならば、いずれは分かる事だ。


 キャロル自身もそう思って、侯爵領にいた間にデューイに相談したところ、それは殿下(エーレ)が書くと言って公都(ザーフィア)に帰って行ったと聞いたために控えていたのだ。


「ただその時、俺は……君をやっぱりカーヴィアルに――アデリシア殿下の近衛に戻して欲しいと言われる事を、どうしても避けたかった。その時点では、その気になれば方法はいくつかあったからね。だからこそ殿下には、そのまま君を諦めていて欲しかったんだ。だから手紙には、俺が君を『皇妃として迎え入れるつもりだ』とも書いた」


「……っ」


 思わぬエーレの告白にキャロルの顔が(かす)かに赤く染まり、その照れを隠すように、目の前の紅茶を少し口に含ませる。


 キャロルがレアール侯爵領の本邸にいた間は、まだお互いに何も伝え合ってはいなかった筈だが、その時点で、エーレの気持ちは既に固まっていたと言うのだから、エーレの独占欲に関しては、その頃から既に片鱗が現れていたのだろう。


「そうした矢先に、今回の騒動だ。行き先がカーヴィアルではないと言っても、まんまと君を、ルフトヴェークから出国させるための道筋は敷かれてしまった。――あまりに自分が不甲斐なくてね。君が欲しいなら相応の実力を示せと言われたようなものだ。そうでなくとも、俺は君の事となると冷静さを欠く傾向にある。だからほんの少し、独りで考える時間が欲しかったんだ」


「エーレ……」


「だからと言って、君を不安にさせて良い理由にはならなかった。……朝からは大叔父上にも怒られてね。『一方的に愛情をぶつけるのも良いが、あの娘が誰の為に〝死の国(ゲーシェル)〟の門の前で踏み止まって、誰の為に他国での役職付の地位を投げ打って、公国(ここ)にいるのか。本気で理解しているのか? 実際、レアールやその奥方さえ、あの娘を公国(くに)に繋ぎ止める(くさび)にはなっていない。おまえが手を離した瞬間に、全てが瓦解する薄氷の上にいる事を、もう少し自覚しろ』って」


「⁉︎」


 キャロルは、発言の内容の恥ずかしさもさる事ながら、それを口にしたのがエイダルだと言う事実に衝撃を受けた。


「……すっかり大叔父上に気に入られたみたいだね。意外だよ」

「えーっと……それは私も意外と言うか……」


 エーレの右手が、スッとキャロルの頬に触れた。


「……君が、俺が宰相室を出た後――泣いていたとも聞いた」

「……それは……」


 エイダルのいた角度で、それが見えたとは思えない。

 宰相書記官殿(ファヴィル)だなと、キャロルは思った。


 まったく喰えない50代2人である。


「君さえいなければ、今回の件は単なるカーヴィアルのお家騒動で済んだ――なんて、俺が考えると思うかい、キャロル? いや……今の言い方は我ながらずるいな。暴言と悪意の中に晒され続ければ、不安が生まれてくるのは当たり前だろうし……むしろこれは、俺の自業自得なんだよ」


「エーレ……」


「不安な時は、何度でも俺に聞いて欲しい。俺はその度に、同じ答えを返し続けるから。――俺の隣の席は……永遠に君の物だよ。そして君の隣の席は……俺の物だ。俺はもう、その席は君自身にも返さない。――愛してるよ、キャロル」


「⁉」


 それは立っていられなくなる程の激しい口づけではなく、(いたわ)るような優しい、一瞬のキス。


「……()()は、夜かな」

「な……っ」

「とりあえず食べようか」


 穏やかに微笑(わら)うエーレに、赤くなりながらも、キャロルの肩から力が抜けたのも、また確かだった。


 否が応でも、カーヴィアルと再び関わらざるを得なくなっても尚、それは自分の所為(せい)だと、エーレは言ったのだ。


 お互いの隣の席は、まだ、お互いの物だと。



「……ストライド侯爵と、午前中会っていたんだってね」


 自分もフィンガーフードを口に運びながら、さも何気ない事であるかのようにエーレが問いかけたが、それは朝、宰相室に顔を出した際にエイダルから聞かされた事であり、それとセットでエーレは、エイダルから雷を落とされていたのだ。


「それもさっき、大叔父上に聞いたんだ」

「そっか……あ、それ、父も一緒にだけど? 昨日の件のお詫び――って言う事で」

「……物凄く()()()だと言う風に聞こえるな」


「うん。多分間違ってないと思う。エーレは知ってた? ストライド侯爵の奥様が、リューゲ四領主の中の一角、トルソー家の出だって言う事と、お母様がカーヴィアルのバレット公爵家分家のご出身だって言う事……」


「ああ……侯爵夫人が、リューゲの出だと言うのは、聞いた事があった。今はまだ詳しくは言えないけど、あの家は色々と特殊なんだ。ただ、先代夫人の話までは――」


 言いかけたエーレは、キャロルが言いたかった事の真意に気が付いたのだろう。片手を額にあて、ため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ