去し思い出
─チリン
鈴の音が好きだ。
澄んでいて、誰にも汚されていないような。
自分も、この鈴の音のように綺麗なんだと。
そう、思わせてくれるような気がするから。
(まあ、そんなはずはないんだけど。)
ふと、影が差す。
鈴から目を離して顔を上げると、
『──、どうかしたの。』
ノイズが、一瞬。
私の顔を覗き込む彼は、一体誰だったのか。
『んーん、また、変な顔しながらその鈴眺めてるなぁって思っただけ。』
『変な、顔?』
『うん。って言っても、どんな顔でも可愛いんだけどね。』
そう言って、彼は笑う。
いや、実際には逆光で顔が見えないから、どんな顔をしているのか分からないのだけれど。
『…ね、可愛いって言ったことに関しては無反応?』
『え?…あぁ、ありがとう?』
『もう!そんなところも、好きなんだけどさぁ。』
拗ねながら、彼はそう言って、私の隣に座る。
(あなたはいつだって、私の事を、)
─チリン
鈴が、小さな音でなる。
『なんかさ、』
彼が言いかけて止める。
『ど、うかした?』
彼に、優しく手を取られ、握られる。
突然雰囲気の変わった彼に、少し戸惑う。
『いつも思っていたけど、この鈴の音、少し似ているよね。』
『…誰に?』
『誰にって、祈里ちゃんに決まってるでしょ。』
『そう、かしら。』
『似てるよ。…一瞬でも目を離すと消えてしまいそう。』
そう、ポツリと呟いた彼は、一体どんな顔をしていたのか。
確認をしたくても、その顔を見ることが出来ないのは。
ああ、きっと、これが記憶だからなのだろう。
今は思い出すことの出来ない、過ぎ去った儚い記憶。
『ねえ、祈里ちゃん。』
『…ん?どうかし、きゃあっ!』
きつく、きつく、抱きしめられる。
痛いくらいにきつく。
『消えていなくなったり、しないよね。ずっと、そばに、隣にいてくれる、よね。』
耳元で、まるで懇願するように彼は言う。
私を抱き締める腕と声が、辛いくらい震えていて。
思わず私も、彼の背中に手を回し、抱きしめ返す。
『祈里ちゃん、お願い。お願いだから、』
私はその願いに、答えを返すことが出来なかった。
ただ、抱きしめ返して、頭を撫でることしかできなかった。
もしもあの時に戻ることが出来るのなら、彼に何と言うだろうか。
きっと、何も言えないのだろう。
何度戻っても、同じように、貴方を不安にさせて、傷つけるのだろう。
─チリン
鈴の音が、鳴る。
久々で色々と思い出しながら書いてます。