対決
廃研究所の深部で、場違いなピアノの音色が響く。集音マイクがすぐに分析、外部スピーカーから流されている。
「おれたちが侵入してるのに音楽鑑賞とは、ずいぶん舐めた真似をしてくれますよね、主任設計者は」
マクシミリアンが毒を吐く。
「マックス、これは敵の挑発だよ。まんまと乗せられちゃダメ」
「しかし、現にこうして襲撃中であるにもかかわらず、こんな真夜中にベートーヴェンの『月光』とは、変な挑発の仕方じゃありませんか、シェリー殿」
「それにいい曲じゃないか、『月光』」
「それをこうして大音量で流すから、腹が立つんですよ。マンイーター・ワン」
無駄口を叩きつつも周囲を警戒しているマクシミリアンの横で、ナスターシャが扉のすぐ脇の壁に、テープ型プラスチック爆弾を器用に貼りつけていく。
そして、壁を爆破して切り取る。
ウィリアムはきっかり二秒後に爆発する閃光発音筒を投げ込むのを忘れない。
起爆と同時にマグネシウムを主とする炸薬が亜音速の「爆燃」として燃焼して、一七〇から一八〇デシベルの爆発音と一五メートルの範囲で一〇〇万カンデラを超える閃光を放つ。
この部屋のなかにいた連中は今ごろ、突発的な目の眩みや難聴、耳鳴りに苦しんでいることだろう。
ウィリアムたちには、あらかじめ定められた以上の閃光や音響をカットしてくれる装備がある。
光量を補正し、その輪郭を強調してレイヤーに表示してくれるコンバットグラスが捉えた敵影を、マクシミリアン、ナスターシャ、ウィリアム、シェリルが頭撃ちで確実に仕留めていく。
奥のほうからひゅんひゅんひゅんと的確な三点射が飛んでくる。
「敵性勢力、未だ健在ッ!」
マクシミリアンと三人の間に銃弾が走り、戦力を寸断しようと試みる。
マクシミリアンがコンバット・チェスト・ハーネスに取りつけられた無数のポーチのなかのひとつから手榴弾を取り出したことが、戦術リンクでウィリアムのコンバットグラスに表示される。
安全クリップを取り外す。Tの字に折れた安全ピンの先端を真っ直ぐに戻す。スプリングを固定する安全レバーを親指と人差し指で押さえ込み、安全ピンを抜く。きっかり二秒後に爆発するようタイミングを見計らってから、投擲する。
安全レバーが外れてから約五秒後に、炸裂した。
イヤーカバーが突発的な難聴になる大音響をカットしてくれる。
ウィリアムはコンバットグラスで敵性戦力をあらためて走査する。
立っている人影はもういない。
マクシミリアンが今し方殺めた敵性対象を検める。爆発時に五メートル範囲にいた人間は致命傷となる破片や衝撃波を受けて絶命していた。
「強化兵士、主任設計者の私兵のようですね」
「それじゃあ、長居は無用だな」
「そうでありますよ。体内の医療分子が何か悪さをしでかすやもしれません」
ナスターシャが華奢な体を震わせる。
「さぁ、諸君。この先にはお目当ての主任がいる恐れが大だ。気を引き締めていこう。くれぐれもナチュラルにな」
ウィリアムが言う。
「次の侵入もフラッシュバンで行くでありますか?」
「建造物内や室内の制圧となり、非戦闘員の存在が想定され、敵の注意を逸らす必要性がある。次も使うぞ」
「しかしながら、シェリーじゃないですけど、おれもなんだか嫌な予感ってやつがしてきました。順調過ぎて怖いくらいだ」
壁を爆破して、開いた穴から閃光発音筒を投擲する。
はたして、壁に無数の穴が開く。
内部からであります。ナスターシャが叫ぶ。皆はすぐに最寄りの遮蔽物の陰に身を隠す。相手は投げ込まれた閃光発音筒をものともせずに壁の向こう側から執拗に攻撃を加えてくる。
「最低だ。ミニガンだ」マクシミリアンが毒づく。
七・六二ミリ口径の機関銃が壁の向こうで唸り声を上げていく。六本の銃身を持つ電動式ガトリングガン。生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死んでいるという意味で“無痛砲”と呼ばれている。
本来の用途は軍用ヘリコプターの地上目標に対する制圧射撃用であり、側面ドアの銃架に装着して“ドアガン”として用いられる。
「強化外骨格でありますッ!!」
ミニガンは本体重量だけで一八キロもあり、加えて多数の弾薬と作動に必要な大容量のバッテリーが必要となる。
そのため、ひとりの歩兵が携行兵器として使用するのは非現実的だ。
だからこそ、人型自律機動兵器やこうした強化外骨格が搭載している。
「マックス、その外骨格の中身を確認できるか?」
「ネガティヴです、マンイーター・ワン。全身甲冑タイプで外部からは搭乗者の素顔を窺い知ることはできません」
<……ああ、あなたたちなのね。ウィル>
外部スピーカーから木霊するのは若い女性の声。ウィリアムの背筋が自然と凍る。
「……主任、あんたなのか」
<そうよ、わたしよ>
マクシミリアンが唸りながら、アサルトカービン下部に装着していた四〇ミリ擲弾発射器でどうにか敵をその場に釘付けにしようとする。
高性能炸薬弾で敵の移動速度が鈍る。
しかし、ミニガンが文字通り火を噴くと、マクシミリアンの自動小銃を屑鉄に変える。マクシミリアンは強化兵士特有の驚異的な反射神経で咄嗟に小銃を手放す。
「マックスッ!?」シェリルが悲鳴を上げる。
「マックス、自身の状況を説明しろ!?」
「銃を失いましたが、両腕はともに健在です」
ホルスターからアクセサリーでごてごてさせた拳銃を取り出しながら、マクシミリアンは言う。
「……それは、不幸中の幸いだ」
「マンイーター・ワン、小銃は使い物になりません。ですが、四〇ミリ擲弾発射器は無事なはずです」
「じゃあ、それを拾って、単体で使おう」
「了解です、マンイーター・ワン」
ぶううん。スズメバチの羽音のような凶悪な音とともに七・六二ミリ口径の銃弾が吐き出される。突如出現する弾幕に、皆が遮蔽物の陰に釘付けにされて身動きが取れなくなる。そして、銃弾が遮蔽物を少しずつ、だが確実に削り落としていく。
「アーニャ、対物ライフルでセンサーを狙って」
同じ遮蔽物の陰に隠れていたシェリルとナスターシャが作戦を練る。シェリルの言葉に、ナスターシャが思わず顔を歪めて必死の抗議を行う。
「こんな至近距離からあんなにめきめき動く敵を相手に……使えませんよう」
「アーニャ、やって!!」
「シェリー殿、ひどいであります!」
シェリルの叱咤に観念したのか、ナスターシャは背部に背負っていた対物狙撃モジュールを展開する。
戦術リンク経由で遠距離狙撃モードから近接射撃モードへと切り替えると、遮蔽物の陰から胃カメラのような探査触手を伸ばして目標となる強化外骨格の姿を視認する。
「……捉えましたよ」
「ウィル。わたしはショットガンのスラグ弾でやってみるから」
シェリルもまた背中に背負ってきた副兵装のショットガンに持ち変える。ガシャコン、とポンプ音がして、スラグ弾が薬室に叩き込まれる。
「なんでも開けられるマスターキーか」
シェリルの牽制射撃の間に、ウィリアムは普通の人間には到底真似できない速度で駆け抜ける。そして、シェリルとナスターシャの隠れている構造物の柱の陰まで行って合流する。
「おれとシェリーで動きを止める。アーニャ、頼むぞ」
「ウィル殿まで!」
ナスターシャが水色の瞳に涙を溜めて、音を上げる。
「……仕方がないであります。やってやりますですよ!」
タイミングを合わせて、物陰からウィリアムとシェリルがそれぞれ反対方向から別の遮蔽物へと走る。強化兵士の驚異的な脚力で遮蔽物から遮蔽物までの間を駆けていく。
ミニガンが火を噴く前に、支柱の陰に身を潜めていたマクシミリアンの拳銃が三発放たれる。
その間、ナスターシャは息を止めて、引き金を引く。
すると、銃口から一二・七ミリの銃弾が飛び出して来る。強化外骨格のラインセンサーの双眸を銃弾はしっかりと捉えていた。凄まじい音がして、ラインセンサーの発光が不規則に点滅する。
「これ以上、やらせはしないよ」
ミニガンの掃射が途切れた隙に、シェリルのショットガンが火を噴く。
側頭部に命中させる。勢いもそのままにスライディング、小さな体が支柱の陰へ滑り込む。
<……プロジェクトには最初から欠陥があった>
ウィリアムが高周波ブレードをミニガンへ正確に振り下ろす。短銃身のミニガンの先端が溶断されていく。
爆裂ボルトが炸裂して、使い物にならなくなったミニガンが腕から切り離される。背部に背負っていた弾薬と大容量バッテリーも捨てて、強化外骨格は身軽になる。
<誰も悲しまないはずの兵士なんて最初から存在しなかった。あなたたちに関わり合いのある多くの将兵や兵士、それに民間軍事請負会社の社員たち。彼ら彼女らが、あなたたちを憐れむようになっていった。皆があなたたちが傷つく様子を見て心を痛めて、悲しむようになった>
主任の言葉に、ウィリアムは困惑する。
「なぜだ。なぜ今さら、そんな話をする? おれたちとあんたは殺し合ってる。なのに、憐れむ? おれたちの死を悲しむだって?」
<そうね。わたしの行動は完全に矛盾しているというわけね。でも、わたしの殺害に普通の兵士たちがやって来るわけないじゃない。そのために、あなたたちという存在がいるのだから。秘匿作戦に、秘匿された人員。決して表に出ることのない、幽霊のような存在……>
強化外骨格を着た主任は背部にX字にマウントされていた高周波ブレードを抜く。
二刀流の構えでウィリアムを牽制する。
ウィリアムも上段の構えで立ち向かう。
<あなたたちはわたしの子どもも同然よ。だから、武装を解除して>
「それはできない。おれたちは任務を遂行する。そう仕向けられている。おれたちを作ったあんたならば、そんなことはわかり切ってるはずだ。なのに、なぜそんなことを言う? おれたちを小馬鹿にしているのか?」
「ウィル、言葉は不要よ。相手に心理的な隙を見せかねない」
物陰にひそんだシェリルが窘める。
「あんたの身柄を連行する。殺せとは言われてないからな」
<そう、後悔するわよ。きっと……>
「いいや。親殺しはしたくはない」
次の瞬間、両刃の高周波ブレードが次々に振り下ろされる。
ウィリアムは間一髪のところでそれを避け、後退を余儀なくされる。
強化外骨格の拡張装置が戦いの素人である主任に、ウィリアム並の技量を授けていた。
「マンイーター・ワンッ!!」
マクシミリアンが警告する。
高周波ブレードの刃、その切っ先がウィリアムのヘルメットを容易く切り裂く。
しかし、次の瞬間にはウィリアムもまたカタナを振り下ろし、主任の強化外骨格を袈裟斬りにしている。
しかし、何分装甲が厚い。
それに、主任の身柄は保証せねばならない。
難しい任務だった。ウィリアムは思わず額に浮いた汗を手の甲で拭う。
主任の強化外骨格は自身の重量を感じさせない軽快さで次から次へと刃を振り下ろしてくる。
正確無比な、機械的な動作だ。だが、そう易々と斬られるウィリアムではない。
ウィリアムは右手で地面をとらえると、宙へ舞う。そして、両脚で主任の胴を渾身の力で蹴った。
スマートスーツで筋力増強された両脚蹴りで、強化外骨格の体が微かにぐらつく。
すると、後頭部からポニーテール状の放熱索が展開する。両方の肩と太股の装甲が捲れ上がり、無数の廃熱フィンが露わとなる。
ぼうっと白い蒸気が上がる。
骨格内部を循環する水冷式の不凍性冷却剤だけでは発熱を抑えられずに、強制的に廃熱を行っているようだ。
「ウィル! あと少しの辛抱だよ!」
「行くであります、ウィル殿!」
露出した廃熱フィンに、ショットガンのスラグ弾と対物狙撃モジュールの一二・七ミリ口径の銃弾が殺到する。ふたりの援護射撃に、主任の動きが目に見えて鈍る。
ウィリアムは駆けて、一気に間合いを詰めると高周波ブレードを振り上げる。そして、稲妻のような素早さで一息に振り下ろす。
がちり、と刃と刃が噛み合う。
そして、主任の右手に握った高周波ブレードの攻撃が迫る。
間に合わない。
ウィリアムは咄嗟に左手に保持したカタナを引くと、投擲した。
投げた高周波ブレードの直刀が強化外骨格の側頭部を削る。
削り落とした箇所から流体プロセッサの青い液体がぷしゅうと間抜けに噴出するも、そこまでだった。
<……わたしの勝ちよ。ウィル>
「いいや、おれの勝ちだ」
ウィリアムは微笑む。
マクシミリアンの四〇ミリ擲弾発射器を拾う。
すると、ウィリアムは主任の懐へ飛び込む。
そして、引き金を引いた。
高性能炸薬弾が主任の強化外骨格の胸部に炸裂して、両手がだらりと下げられる。その手から両刃の高周波ブレードが落下して、地面に突き刺さった。
「勝負は決した。主任、そこまでだ。武装解除に応じてくれ」
<……そうね>
外部装甲が跳ね上がり、なかからスマートスーツ姿の若い女性が姿を現す。主任設計者だ。
マクシミリアンが拳銃を向けて警戒している間、ナスターシャとシェリルが強化樹脂の結束バンドで主任の両腕を後ろ手で拘束する。睡眠導入性の微細機械を主任に投与して、意識を一時的に奪う。
「マンイーター・ワンより戦闘事務。ターゲットを無事に確保した。負傷者なし。これより帰投する。交信終了」
「さぁ帰ろう、ウィル」
そう言って、握り拳を差し出すシェリル。
「そうだな」
ウィリアムはその拳に応えるように、自らも握り拳を作るとこつんと相手の拳を押した。
シェリルは握った拳を開いて、指をひらひらとさせた。
一言だけでも感想がほしいです! なんなら「にゃーん」だけでも構いません!