潜入
ときは一九九三年、モガディシュに二機のUH六〇ブラックホーク中型多目的軍用ヘリコプターが墜落してからというもの、合衆国の上層部は強い危機感を抱いていた。
アメリカは今後も世界で唯一の超大国として、必要に応じて世界中で展開し続けたい。
だが、自軍の兵士たちの遺体が裸にされ、住民に引きずり回されるという残虐な映像が全世界に向けて放送されるのはごめんだ。
何か妙案はないか。そこで生み出されたのが、幽霊のような特殊部隊員だ。
遺伝子情報を戦闘に特化した形に変更を加え、代理母によって産み落とされ、以降厳しい選抜を経て運用される、最強の兵士たち。
戦場で死んでも、誰も悲しまない。悲しむ遺族という存在自体を持たない、生体兵器。
それが、米国諜報軍特別検索群“クロームクラウン”第一一九特殊作戦部隊に所属する“人喰らい”や“首狩り”と呼ばれる存在、ウィリアムたちということになる。
◆
着地と同時に、人員輸送ポッドが衝撃を完全に吸収し尽くして細かく砕け散る。
特殊部隊員たちが次々となかから飛び出して、事前に調べて決めていた遮蔽物の陰に隠れる。
そして、戦術リンクからスマートスーツにアクセスして、光学迷彩モードを起動する。
すぐに自らの体がカメレオンのように周囲の景色に溶け込む。こうなると目視で発見することは至難の業となる。赤外線カメラを持ち出さないと発見は困難だろう。
このまま約四〇分の間はこうして姿を消しながらの行軍となる。砂埃を立てないよう、痕跡を残さぬよう、ウィリアムたちは慎重な足取りで進んでいく。吹きつける砂塵を含んだ風が厄介だ。光学迷彩が真価を発揮できない。
先を進むマクシミリアンとナスターシャの最小単位を斥候として、その次にウィリアム、殿をシェリルが務めて進む。
砂漠のなかのオアシスに築かれたかつて研究所だった廃墟に陣取るのは、ウィリアムやシェリルたちを生み出した主任設計者だ。
自分たちの遺伝子情報を操作して、この世に生み落とした張本人。ウィリアムは彼女と会ったこともある。名前はマル秘扱いのため、ウィリアムには開示されなかった。それは、本作戦での要旨説明でも同様だった。
彼女は今では、合衆国が定義する国益のひとつだ。だから、ウィリアムたちは彼女を回収せねばならない。流れ弾や跳弾で殺めてしまうだなんてご法度だった。ずいぶんと難易度の高い作戦だ。ウィリアムは冷静に事実を受け止めていた。
今のウィリアムは心理的に完璧だった。裏切りに対する主任への怒りや憎しみは完全に理性の制御下に置かれていた。ウィリアムは仲間や上司の裏切りにも心理的に耐えうる、強靭さを備えていた。
歩哨も皆、ウィリアムたち遺伝子組み換え技術によって生み出された最強の兵士であるのは確実だ。
これから自分と同じような存在と対峙し、殺し合うことになる。だが、ウィリアムにとっては慣れっこだったので、今さら驚くようなことではない。
強化兵士の研究ではむしろロシアや中国のほうが一歩先を行っている。彼らは痛覚を遮断できたり、胴体に補助脳を宿していたりする。彼ら彼女らが軍事顧問団として派遣された国で交戦したときは難儀だった。
撃てども撃てども倒れやしない。
手榴弾の破片も脳を破壊せねばどうにも止まらない。グロテスクな戦場だった。ウィリアムが心的外傷後ストレス障害《PTSD》で生ける屍にならなかったのは、そういうふうに後天的に傾向付けられていたからだ。
主任の強化の性能について、ウィリアムは熟知している。痛覚遮断も補助脳・副脳もない、自分たちと同等程度。ただし、主任が選抜し、また志願した兵士だ。油断ならない相手だろうことは容易に想像できる。
マクシミリアンから戦術リンクが繋がる。
番人を殺めていいか。ウィリアムは迷った。
迷ったのは倫理的な配慮ではない。今、ここで歩哨を殺せば、生体兆候が失ったことを医療分子が主任側の兵士に知らせてしまうだろう。施設内部まで進出していない現状では論外だ。
では、スタントンファーならいかがですか。ナスターシャからのメッセージがリンクから届く。
際どいところだった。医療分子が異常事態を知らせてしまうのは避けられない。だが、ステータスが「昏倒」ならばうまくすれば警戒網を攪乱できるかもしれない。ウィリアム以外の他のユニットにとって、助けになるかもしれない。
スタントンファーで頼む。ウィリアムはメッセージを送信する。
マクシミリアンとナスターシャは、音もなく背後から歩哨へと接近する。それはまるで現代の忍、忍者を彷彿とさせた。次の瞬間には、スタントンファーがひゅんと空気を裂いて、相手の首筋に打ち込まれる。
視線の先では、スタントンファーの高圧電流で意識を失った歩哨が倒れるのを、マクシミリアンとナスターシャが押し留めているのが見えた。
マクシミリアンとウィリアムが警戒するなか、ナスターシャとシェリルが強化樹脂の結束バンドで歩哨のふたりを拘束し、体の自由を奪っていった。口にはご丁寧に粘着テープで猿ぐつわを噛ませる。
一歩先を行くマクシミリアンの二人一組が、センサー網を事前に洗い出してくれる。ウィリアムとシェリルは警戒網をかいくぐり、施設の動力室まで辿り着く。
配電盤からはまだ施設のいくつかの区画が生きている――死んでいた設備を蘇らせていることがわかる。
すると、配電盤にテープ型可塑性混合爆薬や爆発ジェルを貼ったり塗ったりする。
そして、侵入路となる扉の横の壁にもテープ型爆弾を貼りつけて、突入までの時間を待つ。
「……なんだか胸騒ぎがする」
シェリルが小声で言うので、ウィリアムは小さな肩にぽんと手を置く。するとシェリルの強張った表情がいくぶんか緩む。
「嫌な予感じゃなきゃいいですけどね」髪を青に染めた伊達男のマクシミリアンが言う。
「ちょっと待ってください。ここで談笑でありますか? それなら帰ってからにしましょうよ」独特な口調で話すナスターシャがそれを窘める。
「……三、二、一、〇」わざとらしく咳払いをするシェリルがカウントを始める。
「突入」ウィリアムが吠えた。
テープ型爆弾が火を噴いて、薄い建材からなる壁を長方形に切り取る。
マクシミリアンが切り取られた壁を蹴り倒して、内部へと走っていく。
続いて、彼の相棒であるナスターシャ、ウィリアム、最後にシェリルが突入する。
ウィリアムはコンバットグラスに戦術リンクの状況を表示させる。
ウィリアムを含む総勢一六人の部隊員が一斉に突入し、外縁部から施設を制圧していく。施設の見取り図で、ウィリアムたち隊員が突入しクリアリングが済んだ箇所が緑色へ表示が変化する。
そのとき、複合センサー群が味方でない赤外線ストロボの反応を検知する。
緊張が走る。ウィリアムたちはそのストロボに向かって銃を一斉射する。
「連中、自律型機動兵器で防御を固めています」
マクシミリアンが怒鳴る。
体長二メートルを超える人型の自律型機動兵器の、両腕に装備した五・五六ミリ軽機関銃と両肩からはえている補助腕にマウントされた一二・七ミリ重機関銃。
それが文字通り火を噴く。銃声に次ぐ銃声で、まるでチェーンソーのよう。
マクシミリアンを遮蔽物である研究施設の構造物の陰に釘付けにする。コンクリート製の柱がまるで掘削するかのように、面白いように削り取られていく。
「マックスッ!?」シェリルが三点射を加えて敵の注意を逸らそうとする。
マクシミリアンはアサルトカービン下部に装着していた四〇ミリ擲弾発射器で敵を押し留めようとする。
多目的榴弾では効果が薄いと感じたのか、マクシミリアンは高性能炸薬弾に切り替えて、撃つ。
「顔面のセンサーボールターレットを狙い撃ちにするであります!」
ナスターシャは遮蔽物の陰からアサルトライフルのフルオート射撃で敵を制圧しようとする。ライフル弾の集弾効果で衝撃を受け止め切れなかった装甲の一部が瓦解する。マクシミリアンに向いていた銃口がナスターシャのほうへと向く。
「マックス、アーニャ。ここはわたしが」
ふたりの援護射撃に支えられながら、シェリルが破片手榴弾を投げる。
六・五オンス(一八四グラム)の混合爆薬がきっかり二秒後に炸裂するよう投げられて、超音速の爆轟として炸薬が燃える。
生み出された危険な破片の数々が頭部にみっしり詰め込まれたセンサー系を粉々に粉砕した。
「最後はおれが」
ウィリアムは自動小銃を撃ちながら、敵性自律型機動兵器まで走破する。敵は複合センサー群を破壊されて、ウィリアムの姿を捉えられずにいる。
そして、腰にマウントしていた直刀型の高周波ブレードで首を刺す。
装甲と装甲の間、芳香族ポリアミド系樹脂をその鋭く尖った切っ先で食い破る。
そのまま立ち往生している自律型機動兵器に、スプレー缶に入った爆発性ジェルを吹き付ける。
「サンキュー、マンイーター・ワン」
執拗な銃撃が止み、虫食いになったコンクリート製の柱の陰から、マクシミリアンが飛び出してくる。
四人が適切な距離まで後退してから、戦術リンクでシール状信管を作動させる。
自律型機動兵器は木っ端微塵に破壊された。
「一機撃破であります!」
「ええ、さすがです。マンイーター・ワン」
「やったね、ウィル」
三者三様褒めたたえてくれるのを、ウィリアムは少しだけ照れながら頷く。