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9/12

昨日から俺は

 全員揃っての和やかな昼食を終え、それぞれの作業へ戻るのを見送った後、再び残った俺たち三人で午後の予定を確認する。出来るなら他のみんなとも時間を取って話し合いたい、まだ顔と名前を全員覚えられてもいないし。だがまだ数日はドタバタしそうだ。

 まずタマちゃんは午前中の会議で話し合った事と前任者として俺の為の経営マニュアルを作成。俺は一度ブレーメンに戻り、この歓楽異人街ガーディウムに住むこととオーナーとなったことの報告。それにモンスター騒ぎのせいで飛び出して来ちまったからな。

 ユキには残ってタマちゃんのサポートを頼むつもりだったんだが、


「ユキもサイトーさまに同行してもよろしいでしょうか」


 俺がブレーメンに向かう事を告げるとそう申し出てきた。

 どうしたものかとタマちゃんに視線を向ければ「良いじゃないか。連れていっておやりよ」と承諾の言葉。

 うーん、ただ神殿に行く事になるから、正体を隠す事は出来ず、部族から追放され、未来の娼婦であることを悟られてしまう。昨日のリラの様子から、それが知れればあからさまに嫌悪感を示すだろうことは想像に難くない。そんな場所にユキを連れていくのは気が引けた。


「どうせ街の外の奴らと関われば偏見、差別は避けられない事さ。それならお前さんが一緒の方が良い」

「……ユキ、きっと嫌な思いをすることになる。それでも一緒に行くか?」


 決して逃れられない差別の目。だけどその悪意に幼いユキを晒していいものか。先送りにしてもいいんじゃないか、と迷う俺もいる。

 結局は本人に判断を委ね、それを尊重することにした。


「構いません」


 即答だった。これまでカイルの街に買い出しに出るのはタマちゃんか他の娼婦たちで、ユキはガーディウムの外に出る機会がほとんどなかったそうだから、それも当然か。

 なら大人として、少しでもユキが嫌な思いをしないようにしてやらないとな。


「じゃあタマちゃん、悪いけど出てくるよ」

「行ってまいります、タマモさま」

「あいあい。気をつけてな」


 俺の心配とは裏腹にタマちゃんはかんらかんらと笑い、ユキのことを不安がる様子はまるでない。俺を信頼してくれてるのだと思っておこう。しかしそれはそれとしてちょっと寂しい。


「なあ、前みたいに見送ってくれないの?」

「戦場に出るでもなし、街に出るだけで堅苦しくやりたくないよ、むず痒い。出迎えの挨拶はしてやるからさっさと行って済ませてきな」

「へーい……」


 オーナーにへりくだれとは言わないが、ちょっと残念だ。

 肩を落として俺はユキと共に再びブレーメンへと向かった。




 ◇◆◇◆




 タマちゃんたちが買い出しに出る時に使っているというフード付きのマントで欠けた角を隠し──サイズのせいで不必要に顔まで隠れて裾は地面につきそうだがそれはご愛嬌──顔が知れている俺の付き添いということもあり、問題なく転移魔法陣を使用してブレーメンへと転移。

 住人に何度か声を掛けられつつも一言二言交わすだけで広場を抜け、神殿へとたどり着いた。

 ちなみにユキはカイルとブレーメンの街並みに特別興味を示している様子はなかった。興味がないのかと尋ねると、


「ガーディウムに身を寄せる前はリオルの貧民街で暫く過ごしていましたから。特別、街が珍しいとは思いませんよ」


 とのこと。俺の察しが悪いせいで嫌なことを思い出させてしまったかもしれない。

 けれど、そうか。追放された後、すぐにガーディウムにやってきたわけではなかったのか。


「あの街の事を知っているのは大人たちだけです。ユキもリオルで噂を聞くまで存在すら知りませんでした」

「そう、だよな……」


 普通の大人が子供に聞かせる話じゃない。リラが言っていたように、このままだとあの街の存在を知る者も少なくなって、なかったことなっていたんだろう。そんなことは俺がさせないが。


「行くか」

「はい」


 いつまでも神殿前で立っていても仕方ない。

 門を叩き、名乗って人を呼べばすぐに奥からリラが駆けてきた。昨日と同じ光景だな。


「サイトー様っ! よくご無事で……!」


 掛ける言葉も同じ。旧き王とはぐれのモンスター一匹でも同じように身を案じさせてしまったのは俺が勇者ではなくなったせいだ。

 勇者じゃなくとも心配してくれる人がいるだけ、ありがたい話だ。


「リラ、昨日は悪かった。急に飛び出したりして」

「いえ……カイルの方からモンスター討伐の報告とサイトー様への感謝は聞いておりました。ですがもうお戻りになられないのかと気が気ではありませんでした」

「何も言わずにいなくなったりしないさ。勇者じゃなくなっても、それぐらいは弁えてる」


 リラは表情を陰らせたが、何かを言いかけたが口を噤んで俺の傍らのユキに目を向けた。


「サイトー様、そちらの方は……?」


 フードで顔の半分を隠し、俺にぴったりと寄り添うユキは怪しさ満点。人見知りするタイプではなさそうだが、なんで急に俺の服を掴んでくっついてるの?


「その前にまた、落ち着いて話がしたい。時間いいか?」

「勿論です。お伝えしたいこともございます。こちらへどうぞ」


 昨日と同じ応接室に通され、向かい合って席に着いた所でユキにフードを外すよう言って、改めて紹介する。

 ユキは普通にしていればリラの方からは目立たず見えない欠けた角が見えるように頭を下げ、フードを下ろすとリラが息を呑んだのが分かった。


「昨日言った、俺の命の恩人のユキだ」


 訝し気だったリラの目の色が変わる。嫌悪とまでいかなくとも、負の感情が宿っていた。

 対するユキは無表情、無感情にリラを見つめているだけ。だけどどう見られているのかは感じ取っているだろう。


「私はリラと申します。……あなたのお名前を、お尋ねしてよろしいでしょうか」

「……ユキ」


 リラが絞り出すようにして出した言葉にユキもまた躊躇いがちに返した。


「……ユキ様。サイトー様を助けてくださり、本当にありがとうございました」


 追放という内情はどうあれ、大罪人としての烙印を押されたユキ。それでも俺という元勇者を、誰かを救うという尊ぶべき行いをしたことに変わりはない。そんなユキをリラは罪人ではなく丁重に接すべき相手と定めたようだ。それが心からのものでないとしても。


「……いえ。ユキは当たり前のことをしただけです」


 二人の間に流れる気まずい空気に、俺は話題を変えようと口を開いた。


「それで、あの後何か進展はあった? 神官たちにも俺の事は話したんだろう?」

「はい。昨日、カイルを襲ったモンスターの撃退と討伐の報告を受けた後でサイトー様の今後について、私も同席して神官様たちと王宮の使いの間で話し合いが行われました」

「随分と対応が早いな」


 突然、俺が生還して王宮や神官たちも暇ではないだろうに。

 それだけ俺は勇者としては重要視されて、認められてたってことかな。


「サイトー様は最も旧き王討伐に近づいたお方、当然の事です。そして王はサイトー様のこれまでの功績に報いる為、首都郊外の土地と住居を与え、相応の地位で騎士団に迎え入れたいと考えていらっしゃるそうです」


 就職先が決まった今となっては裸一貫で放り出されても構いやしないとも思っていたんだが、俺を召喚した人族は勇者でなくなった後の扱いも手厚くしてくれるらしい。


「人族のみで構成された王国騎士団か……そいつはまた好待遇だ」


 条件として明言されてるわけじゃないが、騎士団員はみんな由緒正しい血筋、かつての貴族の血が流れている奴らの集まりだ。元勇者とはいえよそ者の俺が入ろうと思って入れる所じゃない。

 まあ実力は統率された一般兵士にも劣るってんで評判は良くないが。それを改善するための指南役として雇ってくれるってことだろう。


「悪い。その話は受けられないよ」

「! どうしてでしょうかっ? 確かにサイトー様の功績に見合っているかは分かりません。ですが誰もが羨むような条件ではありませんかっ」


 騎士団の話が出た途端、また俺の服の裾をぎゅっと掴んだユキの手に手を重ねて、安心しろと握ってやる。

 どんな条件であれ、俺が頷くことはないさ。


「もうこれからどうするかは昨日の内に決めてきたんだ」

「それは一体……?」

「俺は、俺を救ってくれたあの街で、ユキやタマちゃん、みんなのオーナーとして、あの街を昔みたいな世界中から人が集まる歓楽街にするために生きていく」


 だからその話は受けられない。きっぱりと言い切った。


「それ、は……そんな……」

「俺を召喚したリラには悪いと思ってる。君を旧き王を倒した勇者の召喚者にしてあげたかった」


 異世界から勇者を召喚できるのは選ばれた巫女だけ。召喚は一回きりでやり直しはきかない。最初は戸惑ったけれど、俺をこの世界に呼んでくれたリラに恩返しとして栄誉を捧げたかった。それがこんなことになって、すまないと思う。だけど俺の功績が評価されているのなら、それは俺を召喚したリラの功績でもある。今後も悪いようにはきっとならないはずだ。


「そんなことは……っ! サイトー様は立派に戦われましたっ、それは誰からも認められ、称えられるべきことを数多く為してきましたっ! そんなサイトー様がどうして()()()街に──!」

「リラ」


 首を横に振って、言葉を続ける事を阻む。

 ユキの前でその先は言わせられない。俺もリラの口から聞きたくはない。


「軽蔑してくれていい。だけどそれが、勇者じゃなくなった俺が今、やりたいことなんだ」


 たとえ日向の仕事でなくとも、元の世界では需要があって必要とされた仕事だ。

 後ろ指さされることになろうと、元は社会人をやっていた身として仕事に貴賎はないと言ってやる。


「……分かり、ました。神官様や王宮の方にもお伝えいたします」

「ああ。頼むよ」

「ですがサイトー様……そうなればもう、国も神殿もサイトー様に対して褒賞を与えることは二度とないでしょう。これまでの功績も、きっと公にはなかったことになるはずです」

「構わない」


 騎士団には入れないが褒賞はくれ、なんて虫がいいことを言うつもりはない。

 綺麗さっぱり勇者としての過去とはお別れだ。


「本当によろしいのですか? 今ならまだ間に合います。考え直してはいただけないのでしょうか……」


 縋るようなリラの瞳。けれど俺の心は変わらない。もう一度頭を下げて断ろうとして、ユキが口を開いた。


「くどいです」

「っ……私はサイトー様にお尋ねしています」

「そのサイトーさまが断ったのを聞いていなかったのですか。サイトーさまはもう勇者ではなく、私たちの主人です。あなたが何を言おうとそれは変わりません」

「ユキ、その通りだがそんな言い方はやめてくれ。……リラ、俺の気持ちは変わらない」


 俺の心変わりを恐れているのか、ユキは強い口調でリラを冷たく否定する。

 これ以上、話を長引かせるのはマズそうだ。


「あっちに仕事を残して来てるんだ。悪いけどそろそろ失礼するよ」


 強引だが話を切って、立ち上がり、ガーディウムに戻ると告げる。

 リラは何か言いたげだったが口を噤み、「……分かりました」と頷いた。


「見送りはいい。もう会うことはないかもしれないけど……元気でな」

「……サイトー様もどうか、息災で。行く道に神の御加護がありますよう」

「ありがとう。行こう、ユキ」


 俯くユキの頭にフードを被せ、ユキの手を引いて神殿を出た。

 追放者のことがなくとも、神職者である巫女のリラにはこれからの俺は受け入れてもらえないだろう。それも覚悟の上で俺はこの道を選んだ。後悔は、しない。


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